「この餓鬼があの【チラバラシ】?」
機奇がワープゲートなる個性で連れてこられた場所はバーだった。木製のカウンターに並ぶ椅子に座り、気だるそうに睨む、全身黒服に身を包む痩せた男。血のように赤い瞳に銀に薄い水色が合わさった髪をしている。
「チラバラシねぇ……私名前あるからそっちで呼んでくれると嬉しいね」
「お前の名前知らねぇよ」
「そっか、私は【四罪忌・機奇】。機奇でいいよ、貴方は?」
「……【死柄木・弔】だ」
「死柄木・弔ね、うん。覚えた、どうも初めまして死柄木くん」
「なんで「くん」なんだよ。「さん」だろ普通年上だぞ」
「君はくんの方がしっくりくるから」
フッフフと笑う機奇に心底嫌そうに舌打ちをし死柄木は首を掻く。しかし機奇は気にしたようすもなく横の椅子に座り、鞄からクッキーを取りだしカウンターの上に置く。
「おい、もっと向こうに座れ」
「別に良いじゃないか、ほらクッキーあげるよ」
「誰がいるかそんなもん」
「えぇ、美味しいんだよコレ。高いし、私一押しの洋菓子店のクッキーなのだよ?」
「知るか一人で食ってろ。黒霧コイツ本当にチラバラシってやつなのか?」
機奇は残念そうに渡せなかったクッキーを口に入れる。こんなに美味しいのに何で食べないだろうと思う。
間違っているんじゃないかと指をさす死柄木を機奇は黙って見つめていると、所々跳ねた髪は柔らかそうで触ってみたくなる。しかし話し中なので口は出さない。それなりに空気は読めるのだ。
「本人に聞いた方が早いでしょう」と黒霧が言い死柄木は目を値踏みするように機奇を見やる。
「私が【チラバラシ】であった方が死柄木くんは嬉しい?」
「はぁ?」
「私が殺すのは幸せそうな人、幸福な人なんだよね。見てて妬ましくて堪らない、そんな人」
「嫉妬かよ」
「そう、嫉妬だよ。だってズルいと思わない?私は幸せじゃ無いのに幸せなやつらいるんだよ?妬ましいよ」
「お前とんでもなく自己中だな」
普段から我が儘なお前がそれを言うのかと黒霧は思ったが面倒なことになりそうなので言わないでおく。機奇自分語りの様に話す。
場所を選ばずイチャつくカップルがウザイや、友達と仲良く話しているやつらが目障りだ。仲間を気遣いながら仕事をするヒーローが鬱陶しいや助けた子供にお礼を言われているヒーローが胡散臭いなど。一般からヒーローまで口を開けば不満の数々。日常的にある全ての光景に対する妬み、嫉妬。
殺されたもの達がこれを聞けば何とも身勝手な言い分だと激怒するだろ。しかし、死柄木はそれの言い分を怒ることも責めるでもなくただ聞いている。
「おや?怒らないのかい?だいたいこれを言うと皆怒鳴るだけどね」
「俺に関係ないからな、他人がどうなろうがどうでもいい。寧ろヒーローが減るのは俺的には両手を上げて歓迎する」
「そうかい、そうかい!それは良かった!いやぁ、嬉しいね、握手しようか」
「なんでそうなる……」
機奇は純粋な笑顔でニコニコしながら死柄木に握手を要求する。脈略のない機奇の行動に死柄木は意味がわからないとただその手を見つめる。
「どうしても俺と握手したいのか?」
「あぁ、したいね!私の話を最後まで手を出さず聞いてくれたの君が初めてだからね!」
「……俺の個性が五本指で触ったものを崩すことだとしてもか?」
死柄木がそう言うと一瞬驚いたような顔をするが直ぐに元に戻り、一段笑顔を深める。
「うん、握手しよう!」
「お前馬鹿か?」
「おや、酷いな。考えなしに言っている訳じゃいないよ。五本で崩れるなら四本ですればいいだろ?」
「俺が五本で触ったらアウトだが?」
「しないでくれると嬉しいね」
そう言って再び握手を求める機奇の手を死柄木は今度は拒否せず握る。嬉しそうに上下に振りながら笑う機奇に死柄木はまた舌打ちをする。
「それで黒霧さん用ってなにかなぁ?」
「はい、それは貴女にヴィラン連合に入って頂きたく」
「ヴィラン連合?」
「その名の通りヴィランで構成された団体です」
「ふぅ~……、そうだねぇ……。それ入ると私にメリットあるの?」
「何が欲しいのですか?」
機奇は考える。特に今のところ欲しいものは大抵自分の力で手に入れられる。金も地位も名誉も、魅力的に感じない。
「ん~……、今は思いつかないから帰ってから返事でいいかな?」
「はい、構いませよ」
《私が投影された!》
「へー……」
雄英高校からの手紙を開けると机の上にムキムキのマチョマン平和の象徴オールマイトが投影された。機奇はそれをリンゴジュース片手に薄い反応をしながら見ていた。
機奇は他にも滑り止めとして受験しているので別に雄英に合格していなくてもいいと思っている。皆が目指して受験していたから便乗して受けただけだ。特別ヒーローになりたい訳ではない。
皆がしていることを真似してただけ、動機としては不純だろう。
《初めましてだね、四罪忌・機奇君!私がオールマイトだ!君は今何故私が投影されたか驚いているだろ?》
「いえ、とくには」
《それは私が!この春から雄英の教師として勤めることになったからだ!》
「そうですか、おめでとうございます」
《えっ……時間押してるから本題を話せ?それさっきも言ってなかったか……》
「…………」
中身の無くなったコップにさしたストローをガジガジ噛みながら話を聞く。
《では試験内容について話そう!筆記試験は問題なし、実技は99ポイント文句なしの合格だ!》
「そうですか……」
《レスキューポイントがないながらも入試1ち……》
合格の言葉を聞くとその投影機をゴミ箱にポイっと投げ入れる。それだけ聞ければ十分であると機奇はコップの中の氷をガリガリ砕きながら思う。
機奇は人の話を聞くのはあまり好きではない。決まった返答しか話さない機械ならなおのことだ。
「あっ……」
機奇はスマホを操作し電話をかける。たった今いい案が思いついたのだ。
「やぁ、黒霧さん欲しいものが思いついたよ」
『そうですか、それは良かった。それでなんですか?』
彼女の手に無いもの、手に出来なかったもの。密かに焦がれ憧れたもの。
「弔くんと黒霧さん、私の"友達"になってよ!」
機奇が望んだもの、それは"友達"。
電話の奥から聞こえる間抜けな声を聞きながら、機奇は満足そうに笑った。
話が中々進まない。四話になって主要人物達との会話が皆無です。次ぐらいで多分学校に行くと思います。