太郎と姫子はついに玉手箱に龍の玉を封じることに成功した。竜の実体を作っていたヒトの魂が飛び散り、骨だけになった竜が鬼ヶ島に土煙と共に落ちた。悪の化身である竜を倒したのである。
「きゃあ~!やった!」
大喜びの姫子。太郎も飛び上がって喜んでいる。
「ざまあみろ~っ!あはははは!」
「太郎。本当にがんばったわね」
「でへ、自分でもそう思うよ。ところでおじいさんとおばあさんはどうなったんだろう?」
「私、二人に会ったわ。今ごろは村へ帰っているはずよ」
「そうかあ!でも何で骨は残るんだろ。体すべてを人間の魂で作っていたわけじゃないのかな」
「あれは玉手箱に長きに渡り封印されていた竜の鬱憤が骨として実体化したものだと思う」
「なるほどなぁ」
「すべてヒトの魂で体を作っているのなら、骨も残らないものね」
「もう二度と開けてはいけないな。玉手箱」
姫子は供をしてくれた仲間たちに向いた。
「りんご、まつのすけ、おはな」
「「はい」」
「今までありがとう。私にとって二度目となった竜を封じる戦い。貴方たちのおかげで成し遂げることが出来ました」
「いや、そんな姫様。私なんて大事な時に太郎さんを助けられなくて」
「怪我していたんだ。仕方ないよ、おはな」
「その点、おいらは大活躍だったな!もう里のやつに先祖の名前負けなんて言わせないぞ」
鼻高々のまつのすけ。
「よく言うよ、お前はしめ縄を外しただけじゃないか」
「りんごだって玉手箱の匂いをかいだだけじゃねえか!」
「ほらほら喧嘩は駄目よ。さあ鬼ヶ島を出ましょう。玉を封じたから間もなく沈むわ」
「じゃあその下にある龍宮城が潰れて…」
「特殊な結界が城の周囲に張られているから大丈夫なのよ。落ちてくる瓦礫も海流で城に近づけず流れていってしまうしね」
「へええ、うまく出来ているんだ」
「うふ、そうよ」
「よし、まず海まで出よう。おはな、低いところなら飛べるかい?」
「ええ、何とか…」
「よかった。それじゃ行こう」
「お~っ、何だもう帰るのか。ひのえ様のお告げを聞いた儂は寝る間も惜しんで来たのに。お~っ」
「仕方ないわ天ちゃん。だってここにいたら島の沈没に巻き込まれちゃうもん」
「お~っ、何か宝はなかったのかなー。鬼ヶ島と云うから少し期待していたんだけどな。お~っ」
太郎も頷く。
「ほんと残念。宝の山とは言わないけど、おじいちゃんとおばあちゃんに暖かいハンテンでも贈れるほどのお金でもあったら良かったのに」
「そういえば、長串村はそろそろ冬支度をしなきゃね」
おじいさんとおばあさん愛用のハンテンはだいぶ痛んでいたと思い出した姫子。
「姫子、帰ったら冬支度で大忙しだぞ。おじいちゃんじゃキツいからおいらたちがやろうな!」
「……」
姫子が太郎の言葉に返事できなかったこの時、鬼ヶ島が音を立てて揺れだした。
「地震よ!おはな、大鳥に!」
「分かりました」
と、おはなが大鳥になろうとする、その時だった。いち早く太郎が気づいた。
「姫子!これは、これは違うぞ!」
太郎の声に皆が振り向いたその瞬間、巨大なものが押し寄せてきた!
『ぐわあ~っ!ごぎゃあ~っ!』
竜だ!骨だけになっていた竜がまだ生きていて、太郎たちに襲い掛かってきた!竜が目指すものは姫子の持つ玉手箱!
『それを…よこせぇぇっ!!乙姫ぇっ!!』
「キャアアアアッッ!」
「お姫様!俺が囮になるから逃げろ!」
まつのすけが言うと
「駄目だ、竜の狙いは玉手箱、しつように姫様を狙うに決まっている!」
りんごが言った。
「じゃあどうしろと!」
「おはなは鬼ヶ島から出るに必要、ならば私とお前で竜と刺し違えても!」
「…分かった!」
りんごとまつのすけが竜に飛び掛るよう身構えた。
「おはな、姫様と太郎さんを頼む!」
刀を抜いた太郎、太郎には分かっていた。彼らでは刺し違えることも出来ない。りんごとまつのすけも分かっていただろう。出来るのはわずかな時間稼ぎくらいだと。しかしこれしかないと思った。
「おいらがやる!みんな、姫子を安全な場所へ!」
「太郎さん!」
『ぐおぉぉぉぉ~ッ!!』
迫り来る竜をしっかと見据える太郎。
「こんにゃろ~っ!」
「太郎~っ!」
太郎は竜の頭に飛び乗った!
「うわあ~っ!」
『こわっぱぁ!このまま地面に叩き落してやるわ!』
「そうはいくか!」
太郎は刀を竜の眉間めがけて突き刺した。
「ぎゃあ~っ!」
より激しく暴れ出した竜。太郎は必死に刀にしがみついた。
「はなすもんか!」
「おはな!あそこまで飛べない?」
「近くまでなら行けます!」
「お願い!」
おはなは大鳥になった。りんごとまつのすけも乗る。
「儂も行くぞ!お~っ!」
「早く!太郎が振り下ろされてしまう!何とか落ちた瞬間を受け止めるのよ!」
「任せてください姫様!」
「太郎さん、今行きますよ!」
「意地でも刀を放すな!」
りんごとまつのすけも懸命に声をあげて太郎を励ます。
「でも、どうしたら。太郎を上手く救出できても竜は止まらない!」
(姫子よ)
「その声は、ひのえ様!?」
(姫子よ、ご苦労であった。よくぞここまできた。よろしい、私も力を貸そう。太郎を救った後、首飾りを掲げるのだ)
「でも、首飾りは私から外れません!」
(今は外れるはずだ。分からぬか、お前はもう完全に乙姫として覚醒している。私を召還できる者は乙姫のみ。我を召還せよ)
「はい!」
とうとう力尽きた太郎は刀から手を放した。
「あ~っ!!」
「おはな!」
「大丈夫です!みんなしっかりつかまっているのですよ!」
おはなは間に合った。おはなの柔らかい羽根が太郎を受け止めた。
「だいじょうぶ、太郎!」
「うん!ありがとう!」
「よし、今だわ!」
怒れる竜がおはなに狙いを定めたこの時、今まで外れなかった首飾りを握った。体から首飾りが取れて、しっかと握った瞬間に力が湧いた。姫子は完全に乙姫として覚醒したのだ。そしておはなのうえで姫子は首飾りを天空に一際輝く星に掲げた。昼間でも光り輝く星、ひのえである。
「聖なる雷よ!乙姫の名において召還する!邪竜を砕きたまえ!!」
神の雷が竜の眉間にある鬼切り丸めがけて落ちた!
ピシャーン!!
『ぐぎゃああああッ!!』
「ひのえ様の雷よ!」
まぶしさに目がくらむ太郎たち。そして竜の骨にヒビがはいり、やがて崩れだした。
『ぐうおおお…!』
竜の体はバラバラになり、塵と砕けた。
「やったわ!」
「すごいや姫子!」
「うん、これで安心ね。もう復活はないわ」
「今度こそ、おいらたちの勝ちだ!」
「そうよ、私たちの大勝利!」
太郎と姫子は抱き合って喜びを噛み締めた。
「お~っ、すごいことをやる子供だと思っていたが、ホントにすごいな。お~っ」
「うふ、さあ行きましょう!」
◆ ◆ ◆
おはなに乗って鬼ヶ島を離れる一行。鬼ヶ島が沈んでいく。それを見つめる太郎と姫子。
「ところで何故、骨の竜が動いたんだろう?龍の玉も玉手箱に封じたのに」
「悪の化身の怨念が残っていたのか。捕らわれた人たちの魂の邪心が溜まっていたのか…。私には分からないわ」
轟音と共に鬼ヶ島がどんどん沈む。
「しかし、さっきの天狗さんじゃないけど惜しいなあ」
と、太郎。
「惜しいって何が?」
「鬼ヶ島ならやっぱり宝ってあったと思うんだ。おじいちゃんとおばあちゃんに暖かいハンテンを買えるくらいのお金はあったと思う」
「そのくらいのお金なら私が龍の宮に帰る時に持ってこさせるわ。ハンテン、買ってあげて」
「え?帰るって龍の宮に~っ?」
「そうなの…。寂しいけれど、おじいちゃんとおばあちゃんによろしく言ってね」
「もう…会えないの?」
「また…いつか会えるわよ。やっと私たちの旅も終わりね」
「姫子…。ほんとに帰らなくちゃならないのかい?」
「ええ…。ごめんね」
「おいらも龍の宮に行く!」
「だめよ。おじいちゃんとおばあちゃんはどうするの?気持ちは嬉しいけど、それは駄目よ」
「姫子…」
「八年間、本当に楽しかったわ。大丈夫、あなたなら強く生きていけるわね。みすた~浦島」
「え?」
姫子は太郎の頬に軽く口づけをした。
「おつうもきっと、カッコいい太郎を見て嬉しがっているわ」
「ありがとう、姫子!」
◆ ◆ ◆
やがて鬼ヶ島は完全に水没した。太郎たちは龍宮城近くの海岸にいた。
「はあろう、太郎」
「金太郎」
サングラスを取った。
「よくやったな」
「なんだい、楽しちゃって」
「そういうな、手を貸したいのは山々だったんだが、ひのえ様に止められていたんでな」
「金太郎、貴方も龍の宮に戻ってきてくれるのですか?」
「はい姫様、またお仕えさせていただきます」
「儂もな」
「一体さん!」
一体さんが同じく浜辺にやってきた。
「じい、今まで陰日向の支援、とても助かりました」
「恐縮にございますじゃ姫様」
「じ、じい?」
「うふ、そうなの。この一体さんは私の教育係だったのよ」
「そうなんだ。一体さんも龍宮人だったんだね」
「まあ、そういうことだ。太郎、男の顔になったのう!おじいさんとおばあさんも帰りを首長くして待っているぞ!」
海岸には姫子たちを迎える亀たちがやってきていた。
「姫様、名残はつきませんがそろそろ…」
「そうね…」
姫子は太郎に歩んだ。
「太郎…」
「姫子…」
「大好きよ」
「おいらも大好きだ」
別れを惜しむように抱き合う幼い二人。涙を浮かべて姫子は太郎に背を向けて、亀に乗った。
「さあ、帰るわよ。じい、金太郎」
「「はっ」」
やがて姫子たちを乗せた亀は海に潜り、姫子たちも海の中の龍宮城に帰っていった。太郎は三人が見えなくなるので手を振っていた。
◆ ◆ ◆
「行ってしまいましたね…」
と、りんご。
「うん…」
「姫様…。お健やかに」
「おはなは何で龍の宮に帰らなかったの?」
「私はお暇をもらいました。鳥は海の中で飛べませんから」
「そりゃそうだ」
大笑いするまつのすけ。
「さあ、みんな私の背に乗って。各々の故郷に送りますよ」
「それじゃすぐに着いてしまうじゃないか。みんなで一緒に走っていこう!」
太郎たちは海岸を走り、野山を駆けて、各々の故郷を目指した。やがてりんご、まつのすけ、おはなとも別れる時が来た。別れを惜しむ。命がけの戦いを一緒にやってきたのだ。
「りんご」
「太郎さん…」
「わがまま言って困らせたことあったよね…。それでもおいらを見捨てず助けてくれた。本当にありがとう」
「礼を言うのは私の方…」
最後は涙で言葉にならなかったりんご。
「まつのすけ、もう先祖より立派だぞ、きっと!」
「ありがとうよ、太郎。ぐすっ」
「おはな、山に一人で寂しくなったら、いつでも長串村に来てよ」
「はい、ありがとう、太郎さん」
「みんな元気で!」
一人になった太郎。やっとおじいちゃんとおばあちゃんに会える。胸が躍った。長串村に着いた。何事もなかったかのようにそれぞれの家から炊煙が見える。平和な村を取り戻せたのだ。懐かしい家に向かう太郎。
「おじいちゃーん!おばあちゃーんッ!!」
その声に、おじいさんとおばあさんは外に出た。
「「太郎ーッ!」」
感極まって二人に駆け出す太郎。太郎の長い旅は終わり、世に平和が訪れた。
◆ ◆ ◆
そして…。
ようやく再会の涙に満足した太郎は、姫子が帰ってこないことを告げようとした。
「おじいちゃん、おばあちゃん、姫子は…」
「おお、先に帰って来ておるぞ」
「は?」
「何を驚いている。姫子なら半刻ほど前に帰って来たぞ」
慌てて家の中に入ると、姫子が囲炉裏の前で栗ご飯と大根の味噌汁を食べていた。ご飯粒をほっぺ一杯につけてニコリと微笑む姫子。
「おかえり、太郎」
唖然とした太郎。
「な、なんで…?」
「じいと金太郎に無理を言ったの。やっぱりおじいちゃんとおばあちゃんに会いたくて。龍の宮の乙姫として帰るのもう少し先にして欲しい。まだ姫子でいたいと」
「姫子…」
「だって私、まだ八歳の女の子なんだもん。おじいちゃんとおばあちゃんにいっぱい甘えたいの!」
「何だよ、あの浜辺での別れは何だったんだよ」
「こらこら太郎、そんなことを言うもんではないぞ、お前だって嬉しいくせに」
おじいさんとおばあさんも囲炉裏に腰掛けた。
「そうだけど」
「でも嬉しいのう。姫子を授かったときから特別な女の子であろうことは分かっておった。いつか私たちの元から去っていくことは覚悟していた」
「そうね、でもおじいさん、姫子は私たちの娘はちゃんと戻ってきてくれましたよ」
「うん、だって姫子、おじいちゃん、おばあちゃんが大好きなんだもん」
「そうかそうか、おじいちゃんも姫子が大好きじゃ」
「我が身以上の宝じゃよ、姫子」
泣き出すおじいさんとおばあさん。辛気くさくなったので場を明るくしようと姫子、
「さあ、おじいちゃん、おばあちゃん、いい働き手が帰ってきたわ。今日から本格的に冬支度としましょう」
「おう、そうじゃな」
「太郎、貴方も早くご飯すませちゃいなさいよ。もう小さい太郎じゃないんだから、みっちり働いてもらうわよ」
目から嬉し涙を浮かべ、笑いながら拗ねる太郎。
「ちぇっ何だい、お姉ちゃんぶって」
「うふ」
その後、太郎と姫子は老父母の愛情を一身に受け、そして二人も孝行を尽くし、幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。
新・鬼ヶ島 完
ご愛読ありがとうございました。新・鬼ヶ島は今回にて大団円と相成りました。私の筆力でどれだけ表現できたかは分かりませんが、とにかくこの作品のフィナーレは泣けるものでした。CG全盛の今では見ることもない貧相なドット絵ですが、男の子も女の子もかわいくてね。エンディングで女の子と別れる時は自分のことのように切なかったのを覚えています。
実際にゲームを攻略した方なら気づいたでしょうが、私はラストを変えています。女の子、この作中では姫子ですが彼女は戻ってきません。
今生の別れとなってしまった切なさもまたストーリーへの彩りとも言えましょうが、私は一旦別れて、また戻ると云うことにしました。当時はこういうフィナーレを望んだ人は多かったんじゃないかなと思います。他ならぬ私がそう思いましたからなぁ。今回の小説で願いを叶えられて満足しています。