太郎、姫子、りんご、まつのすけ、おはなは白石の泉に飛び込んだ。不思議で変な世界に入ってしまった。
「うあ~ッ!」
「もう少しよ、太郎、がまんして!」
「うう、苦しい!」
太郎は気が遠くなっていった。そして夢を見た。
◆ ◆ ◆
豪華絢爛な建物の中にいる。そして目の前には絵に描いたような美女がいた。姫子が成長したらこんな美女になるのかもしれない。
「私は乙姫、我が家臣、しんのすけをお助けして下されたとのこと。感謝いたします」
「い、いえ、通りすがっただけで」
乙姫に答えているのは自分のようだ。しかし名前が分からない。乙姫は自分を呼んでいるが名前だけがどうしても聞き取れなかった。
夢の中の太郎はひのえを信仰する小さな漁村に住んでいた。漁師をやっている父母に厳しく育てられ、少年でも立派な漁師として働いている。そんなある日、海岸で悪童たちにいじめられていた大きな海亀を助けた。
「いや、ありがとうございます。命の恩人です」
「大げさなやつ。早く海に帰りなよ」
そう言って立ち去ろうとしたが、亀がどうしても礼がしたいと言い龍宮城に連れて行った。海亀しんのすけから経緯を聞いた乙姫は大変喜び、太郎を大歓迎した。
やがて龍宮城を後にして、ふるさとに帰ってきた太郎。乙姫から頼まれごとをされていた。彼女が言うには、そろそろ自分は生まれ変わりの儀を行わなければならない。この城から乙姫は五十年ほどいなくなってしまうと言う。その間、ある箱を地上で保管しなければならない。太郎のいる漁村にあるひのえの祠。その祠は見かけこそ貧相なるも、ひのえの神託届く霊験あらたかな祠であった。その祠の下に、今太郎の手にある玉手箱を埋めて欲しい、そう頼まれていたのだ。
太郎は澄んだ目をしていて、性根がまっすぐな少年だった。悠久の時を生きてきた乙姫がこの少年なら大丈夫と思ったほどなのだから。
『けっして開けてはいけませんよ』
その箱を持って、乙姫の用事を済ませてから家に帰ろうとしていた太郎。開ける気などまったくない。この時までは。だが戻った太郎の眼前に残酷な光景があった。村が跡形もなく消えていたのだ。
「村が…おいらの村が!」
場所は間違ってはいない。乙姫の指定したひのえの祠が何の手入れもされておらず残っていた。太郎は荒野となっていた故郷を駆けた。
「おっかあ!どこだ!おっかあ!おとう!」
返事をする者はいない。龍宮城で暮らしたわずかなひと時の間に村では長い時が経っていたのだった。太郎は玉手箱を持ち、ひのえの祠に行き泣き続けた。
「ちくしょう…ちっくしょう…!」
太郎は悲しさのあまり、玉手箱を開けようとした。紐を解いた時、
『…おろか者!』
「はっ!?」
雷が太郎の元に落ちた。辛うじてかわした太郎。
「ひのえ様、もしかして今のはこの箱を開けようとするおいらへの天罰なのか?」
ふん、と笑う太郎。
「ふざけるな、おいらからおっかあとおとうを奪い故郷も取り上げた!お前みたいな神様を信じるもんか!」
『やめよ…!お前は自分が何をしようとしているか分からないのか!!』
ついに、ひのえはただの人間の太郎にも聞こえるように言葉を発した。しかし
「やめない!」
とうとう玉手箱を開けてしまった太郎。
「うわっ!」
たち昇る爆風と白い煙。そして舞い上がる暗黒の化身。その衝撃に太郎も巻き込まれ宙に舞う。見えない刃が太郎を切り刻み、煙は人間には猛毒であった。意識が遠のく。二つの紅蓮の瞳が太郎を見る。太郎を嘲笑している目であった。暗黒の化身はひのえのほこらを砕き、空の彼方に消えていった。まっ逆さまに落ちる太郎。このまま地に叩きつけられれば即死。しかしその太郎の腕を握った者がいた。空に浮かぶ不思議な大きい鍋。そこから太郎の腕を掴んで助けた。
「馬鹿野郎が!」
それは異国の黒い眼鏡をかけた童子だった。太郎は龍宮城で会ったことがあった。
「き、金太郎…」
「お前、自分が何をしたか分かっているのか!」
「よしなさい金太郎!」
「しかし姫様…!」
「私が悪いのです!早く鍋の中に!」
大きな鍋には乙姫も乗っていた。太郎は金太郎に引っ張りあげられ鍋の中に入った。重体の太郎を見て涙を落とす乙姫。
「遅かった…」
「乙姫様…ごめん、おいら約束を破っちゃった」
「……」
「…苦しいよ、痛いよ、きっと約束を破ったからバチが当たったんだね…」
「違うわ、私が悪いの」
「え…?」
「地上と龍の宮は時の流れが違うの。でも龍宮人だけは時間差なく行き来ができるのよ。でも貴方は普通の人間。生じた時間差に見舞われてしまう」
「……」
「ごめんなさい。貴方を送り出したあとに、この腕輪を渡すのを忘れていたの思い出したのよ。これを身につけていれば龍宮人と同じように時間差関係なく貴方の時代にそのまま帰ることが出来たのに!腕輪を渡すために大急ぎで追いかけてきたけれど間に合わなかった!何て謝ったら良いのか…!ごめんなさい!」
大粒の涙を落として太郎に詫びる乙姫。太郎は笑った。
「…漁師の童が過ぎた楽しみを味わった報いかもな。乙姫様のせいじゃないよ」
「ごめんなさい…!」
『乙姫』
「ひのえ様」
『預かり手を見誤ったお前もまた、罰を受けねばならぬ』
「誤ったと思っていません。私のせいなのです」
『関係ない。その少年は私の制止の言葉が聞こえたにも関わらず箱を開けた』
「ひのえ様…。父母と故郷を無くしたばかりの少年にどんな辛抱ができると言うのですか」
『そいつは犬や猿でも出来たことを出来なかったのだぞ。玉手箱を開けずに守ると云う役目を』
「ヒトであるがゆえに!彼は悲しさに負けてしまったのです!彼の過ちはヒトの醜さゆえではなく弱さゆえです!」
『ヒトであるゆえの弱さ…』
「ひのえ様、私はもう寿命、竜に立ち向かえません。だから彼と共に生まれ変わり、竜を封じます」
『…かつてのようにか。よかろう』
暗黒の化身である竜。それを討つため、ひのえよりこの世に生み出された不老の姫である乙姫。ひのえの雷を召還し、動物や昆虫と意志を通わせる力を持つ。かつて犬、猿、雉の戦士たちと共に竜と戦い、実体である龍の玉を奪い、玉手箱に封印したのである。玉手箱は龍宮城で保管されていたが千年に一度、乙姫は生まれ変わりをしなければならない。その生まれ変わりの儀が五十年かかる。その間は地上で保管される。今まで犬や猿がその任を全うしてきて今回初めて人間が行い、そして開けてしまったのだ。
『少年よ、おまえに預けた玉手箱とは龍の玉を封印するための物。龍の玉とは、災いをもたらす者達の住む世界と、この世界をつなぐ唯一の扉となるものなのだ。そしてその扉は決して開けられてはならないものなのだ。しかし扉の封印は解かれてしまった…。災いをもたらす者達は人間の魂を集め、やがて龍の姿となり、この世のすべてを覆いつくすだろう。少年よ、おまえはあまりにも軽率に行動した。そしてその結果が、封印を解くことになってしまったのだ。おまえは犯してしまった過ちの償いをしなければならない。乙姫を助け、龍の玉を必ず封じるのだ』
「……」
鍋の中身で太郎は辛うじて、ひのえの言葉を聞き遂げた。
「…乙姫様、おいら死ぬんだね」
煙の毒に加えて、おびただしい出血。もう太郎は助からない。
「八年後に会いましょう。金太郎、あとは頼みましたよ」
「承知しました」
本来五十年はかかる生まれ変わりの儀、それを八年と乙姫は言った。五十年かけると成人の姿で、かつ前世の記憶そのまま継承して生誕する。しかし八年ではようやく赤子になったばかりの段階で当然前世の記憶はない。竜が姿を現した以上、五十年も眠っていられないと云うことだ。
『よき育ての親を探しておく。それまでさらばだ』
ひのえの声は途切れ、太郎は鍋の中で息を引き取り、乙姫も眠るように息を引き取った。そして金太郎は空飛ぶ大きな鍋を動かし、太郎と乙姫の亡骸をいずれかと運び去った。
◆ ◆ ◆
「太郎、太郎!」
泉の外に出ていた。小さな無人島にたどり着いていた。太郎は気を失っていた。やがて目覚め、姫子を見つめた。
「脅かさないでよ。死んだように眠っているんだもの」
「…乙姫様」
「…!」
「おいら…。やっと分かったよ。金太郎やひのえが言った『お前がやらなければならない』と云う意味を…」
「太郎…」
太郎は泣き出した。悲しみでもない。何だか分からない涙だった。その太郎を抱きしめる姫子。
「貴方一人じゃない。言ったでしょう…。私も悪かったの。貴方に玉手箱を開けさせる行為に至らせたのは私のせい…!だから一緒に竜を封じましょう!みんないる。私も、りんごも、まつのすけも、おはなも」
「うん…」
「おつうが言ったでしょ。男の子だったら泣かないで」
涙を拭いた太郎にまつのすけ。
「ほら」
「卵…」
「卵でもとってきてやると言ったろ。精をつけろよ」
「ありがとう!」
太郎は卵を割って飲んだ。
「んまーい!深みがありコクがある!」
「またあ、す~ぐ真似するんだから。どんな味よそれ!」
「でへ」
姫子のツッコミに一行は笑い、そして改めて見た。
「あれが…」
「そう鬼ヶ島」
「気味の悪い島だな」
◆ ◆ ◆
島全体が鬼の顔のような様相である。太郎たちは鬼ヶ島を一望できる無人島にいた。
「あの鬼ヶ島の下に龍宮城があるのよ」
「え?」
「だから本来、白石の泉は鬼ヶ島への入口ではなく龍宮城へ行く道だったの」
「そうだったんだ。しかし、どうやって鬼ヶ島に渡る?泳いでいく?」
「そんなことしなくてもいいじゃないですか」
と、おはな。
「そうか、おはなに乗っていけばいいんだ!」
「では皆さん、参りましょう」
「「おう!」」
大鳥になったおはなの背中に乗って一行は鬼ヶ島へと向かい、そして到着し上陸した。ついに鬼ヶ島に立ったのだ。鬼たちに見つからないよう注意しながら歩いていく。やがて長い一本道に出た。その先には砦のようなものがある。その前には鬼がウヨウヨいる。
「このまま言ったら間違いなく見つかるわね」
と、身を隠しつつ言う姫子。
「よし、おいらが囮になって鬼をおびき出す。そのすきに姫子はあそこを調べてくれ」
「いいわ。玉手箱はきっとあそこよ」
「おいらは龍の玉を探してくるから後で合流しよう。おはな、一緒に来てくれないか」
「分かりました」
「待って、太郎」
姫子は自分の首飾りから一粒の玉を外して太郎に渡した。
「水が入っている」
「宮水が入っているわ。何かの役に立つはず」
「ありがとう。よし、じゃあ行ってくる!」
太郎は鬼たちに向かって走っていった。
「やーいやーい!ここまでおいで~ッ!」
太郎に気づいた鬼たちは逃げる太郎を追った。作戦成功、潜んでいる姫子に気づかず、鬼たちは太郎を追っている。
しかし、太郎の走った先は崖っぷちだった。
「おはな!」
「はい!」
太郎は崖から飛び降りた。そしておはなの背に着地。
「作戦成功、見事です、太郎さん」
「ありがとう。さて、龍の玉はどこにあるやら」
「あの砦以外にめぼしい物は見つかりませんね。洞窟でもないか、空から探してみましょう」
◆ ◆ ◆
一方姫子、さっき見た砦に向かった。それは砦ではなく大きな四角錘の岩だった。姫子は注意深く岩を見た。するとどこからか声が聞こえた。
「……けて…ここを……開けて」
「誰?」
岩肌に耳をつけた姫子。
「岩の中にいます…。しめ縄を解いて…」
「あなたは?」
「鬼に集められた魂です。大勢います。竜に食べられる前にここに集められるのです」
「何て酷いやつ!だから鬼があんなにいたのね!」
「お願い…。しめ縄をはずして」
「わかったわ。まつのすけ、あのしめ縄をはずすことできる?」
「おやすいごようだ」
まつのすけは岩をよじのぼり、しめ縄をはずした。すると、暴風のような音と共に大変な数の魂が飛び出していった。
「やったわ」
姫子に二つの魂が近づいてきた。
「…?」
「姫子や」
「あっ!その声はおじいちゃん!」
「元気だったかい?」
「おばあちゃん!」
「ああ…。久しぶりに抱っこしてあげたいのに、体のない今が悔しくてならないよ」
「おじいちゃん、おばあちゃん…。良かった」
涙ぐむ姫子。おじいさんが続ける。
「よく助けに来てくれたねえ。さあ、長串村に帰ろう」
「竜を倒さないと」
「竜は恐ろしい魔物じゃ。勝てるはずがない。殺されてしまうぞ」
「太郎も一緒だもん」
「…そうか、こんな恐ろしいところまで二人でやってきたんじゃ。もはや止めまい。だがの、敵わないと思ったら逃げるんじゃぞ」
「姫子…」
「おばあちゃん」
「ああ、私たちの愛しい娘、必ず生きて帰ってくるのですよ」
「……」
「姫子の大好きな栗ご飯と大根のお味噌汁を作って待っているからね」
「ありがとう、おばあちゃん!」
おじいさんとおばあさんの魂は長串村へと飛んでいった。泣いている姫子。
「ごめんなさい…。おじいちゃん、おばあちゃん…」
「姫様…」
もう長串村に帰ることは出来ない。龍の宮に帰らなければならない。彼女は乙姫なのだから。それを察するりんごだった。
多くの魂が出たあと、大岩の中は空洞だった。泣いている姫子をりんごが守り、まつのすけがその空洞に入っていった。しかし、
「だめだ、真っ暗で何も見えない」
「弱ったな。ぐずぐずしていると鬼たちが帰ってくるぞ」
泣き止んだ姫子。
「りんご、暗闇でも東西南北は迷わない?」
「はい、それは大丈夫です」
「ならば、進んでみましょう。においで見つけて欲しい」
「何をです?」
「たぶん、この中に玉手箱があるわ」
「玉手箱のにおいなど私には…」
「以前に箱が開けられたとき、太郎の体は宙に舞い、見えない刃に斬られていた。太郎の血が箱についているかもしれない」
「前世の太郎さんの血が?」
「においは少し違うかもしれないけど、それを手がかりに探して」
「承知しました。まつのすけ、見張りを頼む」
「分かった。鬼が近づいてきたら大声で呼ぶからな」
姫子とりんごが大岩の中に入っていった。全神経を集中して太郎の血のにおいを探るりんご。入って一寸経ち、りんごが止まった。
「…!姫様、太郎さんの血のにおい、確かにここから!」
「分かったわ、掘ってみる!」
持ってきた木切れで穴を掘る姫子。そして、
「あった!これが玉手箱よ!」
「良かった…」
両手でしっかりと玉手箱を持つ姫子。
「ばんざ~い!とうとう見つけたわ!さあ、太郎が龍の玉を持ってくるのを待ちましょう!」
◆ ◆ ◆
しかし、太郎とおはなは島中探したが、めぼしい場所を見つけることが出来なかった。
「仕方ありません。一度姫様たちと合流しましょう」
「そうだね」
太郎とおはなは姫子たちの場所へと飛んでいった。姫子たちも太郎の姿を確認したようだ。
「姫様、太郎さんが戻って来ましたよ」
「うん、でもあの顔じゃあ龍の玉は見つけられなかったかな」
「無理もありませんよ。上陸してほどなく玉手箱を見つけられただけでも、おや?」
りんごの気づいたものにまつのすけも気づいた。太郎たちの後にある大きな雲。
「ありゃあ、大きな雲だな。一雨来そうだ」
「ち、違う!」
「「え?」」
「あれは…竜!!」
おはなの上に乗っている太郎。姫子たちが血相を変えているのに気づいた。
「何だ?」
「…後を見ろと言っていますね」
後を向いた太郎。
「……!!」
そこには巨大な竜が迫ってきていた!
「うわあ!で、出たーッ!!」
必死になって逃げるおはな。下で見ている姫子は生きた心地がしない。
「逃げて、逃げて、逃げてぇーッ!!」
竜は実体がないため、絶対に倒せない存在なのだ。だから封じるしかない。龍の玉と玉手箱が揃っていない今は逃げるしかないのだ。しかし逃げ切れないことを悟った太郎は鬼切り丸を抜いた。
「こんにゃろーッ!!」
懸命に戦いを挑んだものの、とても敵うはずもない。悲しくも太郎は竜に飲み込まれてしまった。おはなは傷つきながらも何とか逃げ切った。
太郎は意識が遠のくのを感じた。そして不思議なところに立っていた。
「太郎、太郎や」
「おじいちゃん!おばあちゃん!」
おじいさんとおばあさんが太郎を迎えに来た。
「よう勇敢に戦ったの。でも、やはり竜には勝てなかったのう…」
「おじいちゃん…」
「太郎、私たちも死んでしもうたが、こうしてあの世で幸せにある。お前も一緒に暮らそう」
「おばあちゃん…」
「私たちの愛しい息子よ…」
「うん、おいらも一緒に暮ら…」
“あいつは幻を見せる”
姫子の言葉が浮かんだ。あわや、その幻の持つ偽りの温かさに屈しかけた太郎。寸前に踏みとどまった。
「だめだよ、おじいちゃん、おばあちゃん。まだ姫子が戦っているんだ」
「「……」」
「姫子を守るんだ!」
不思議な光景が消えた。
「はっ!?」
太郎は気づいた。
「あっ!おいらは竜に食われたんだ。じゃあここはあの世かな?」
周りが肉の壁であるのに気づいた太郎。
「いや、ここは腹の中だ。さっきのあれが竜の見せる幻覚だったのか…。と、するとこれも幻なんだろうか?」
太郎は歩き出した。どっちにしろこのままじっとしているわけにもいかない。
「しかし暗いな。あ、そうだ!」
姫子にもらった宮水が入った首飾りの玉。それを腕輪にかけた。宮水を浴びると太郎の腕輪は光った。
「これでよし!何とか出口を探さないと」
しばらく歩く太郎。生臭いにおいがたまらなく胸を悪くする。二度も嘔吐してしまった。
「うう、おいら鼻がいいから余計に効くな。くさいと云うよりにがい…」
刀で斬って出られないだろうか。一度二度肉壁に鬼切り丸を切りつけたが斬るに至らずめり込むだけ。
「弱ったな…。喉も乾いたし、腹も減った。何とかしなくちゃ…ん?」
太郎は目の前に変な柱を見た。柱の真ん中には宝玉のような玉が括られている。そしてそれを括るのは何やらネバネバした綱のようなもので束になっている。生きているようにうごめいていて不気味だった。
「まさか、この玉が龍の玉!」
これを繋げている綱、魂の緒は何とか太郎の刀で斬れそうである。太郎は魂の緒を斬るべく鬼切り丸を抜いた。しかし
《やめろ》
「…?」
《我々は竜と共に生きていくこととした。邪魔はさせんぞ》
「何だこいつら!」
竜に魂を売った悪霊たちが太郎を襲いだした。大きな昆虫のような形となり、次々と襲い掛かってくる。
「いくら腹が減っていても、ヒトであるのを捨てたお前らに負けるもんか!」
さすが野生児、次から次へと切り捨てる。
「ふう…」
そして精神を集中し、刀を構えた太郎。
「だぁッ!!」
魂の緒は鬼切り丸の一太刀で切り裂かれた。龍の玉は支えがなくなり落ちた。それを拾う太郎。
「よし!龍の玉を手に入れたぞ!」
竜の断末魔の叫びが鬼ヶ島に轟く。
「ゴガアアアアアッッ!!」
姫子は思わず耳を塞いだ。
「姫様、竜に何が?」
「おそらくりんご、龍の玉は竜の体内にあったのよ!それを太郎が取った!」
「ウッキーッ!やったぁッ!!」
大喜びのまつのすけ。竜の実体は弾け飛び、骨だけとなった。
「ん…?」
今まで太郎の周りを包んでいた肉の壁が弾けとんだ。この龍の玉によって竜は自分の実体を支えていた。それが無くなったのだから体を維持できなくなったのだ。太郎が今まで立っていた場所も空となった。
「う、うわぁ~ッ!!」
はるか上空、竜が実体を無くして骨だけになったのを姫子たちも見ていた。そして太郎がまっ逆さまに落ちてくるのも。
「いけない!おはな、あそこまで飛んで!」
「す、すいません、さっきの竜の攻撃で私も翼を負傷して高く飛べません!」
「近くまででいいわ!お願い!」
「落ちる~ッ!」
おはなの救援は間に合いそうにない。太郎は気が遠くなりだした。だが
「お~っ、お~っ」
どこかで聞いた声が。
「お~っ、何してんだ?お~?」
「あっ!天狗さん!助けてぇ!」
「お~っ、おまえ飛べないのか、お~っ」
天狗は太郎の体を地面まで運んでくれた。太郎の生還を喜んで姫子は抱きつく。
「太郎ーッ!」
「姫子!やったよ!龍の玉を取ったよ!」
「すごいわ!」
「でへ」
「お~っ、屏風岩の鬼砦にいた女の子ではないか。ではこの童はあん時の汚れか。大きくなったな。お~っ」
「久しぶり天狗さん」
「天ちゃんと呼んでと言ったぞ。お~っ」
「うふ、太郎を助けてくれてありがとう、天ちゃん」
「お~っ、元気が湧いてくるぞ。男は馬鹿だ。お~っ」
「でも、どうして鬼ヶ島に?」
「ひのえ様のお告げに従ったんだ。お~っ」
「ひのえ様が天ちゃんを?」
「お~っ、つい二日前に『屏風岩の砦で会った童子二人が鬼ヶ島にたつ。助太刀をせよ』と、まあ偉そうに言ってきたんだ。お~っ」
「まあ、偉そうにだなんて言ったらバチが当たるわよ。お~っ」
思わず口を押さえた姫子、ついうつってしまった。大爆笑の一行。
「見ろよ、姫子。魂が帰っていく。みんな自分の体に戻るんだ」
「そうね…」
「今までおいら、鬼を何人か斬った。これで普通の人間として蘇ってくれたらいいんだけど」
「うん…」
「さあ、竜を封じ込めよう。姫子、玉手箱を」
「龍の玉を」
玉手箱の中に龍の玉を入れて封じた。それからしばらくして鬼ヶ島が揺れた。空中で骨だけになって苦しそうに飛んでいた竜が大地に落ちたのだ。ずずううん、と云う大きな音と共に落ちた。
「勝ったんだ!おいらたち!」
しかし、本当に竜は死んだのか?