鬼ヶ島 太郎と姫子の大冒険   作:越路遼介

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ひのえ様

 鬼ヶ島への長い旅に出た太郎と姫子。おじいちゃんとおばあちゃんを絶対に助けるんだ!を胸に大人たちでさえ恐れるであろう鬼の砦に乗り込んで育て親の老夫婦の魂を吸い取った銅鐸を奪うも、魂はすでに鬼ヶ島にあると砦を訪れていた天狗に教えられた。天狗はその後太郎と姫子を山のふもとまで運んでくれた。そこは以前、おじいさんの使いで訪れた隣町のほど近くであった。

 天狗と別れてほどなく、その町に到着した太郎と姫子。到着するや姫子は目を疑った。つい最近に来た町が水に沈んでいる。もはや湖と言っていい。沈んでいる町を一望できる丘に太郎と姫子は上がった。

「なんてことなの…。一体さんはどうしただろう」

「うん」

「これも竜や鬼の仕業なのかしら」

「おいら、分かんない」

「もう、太郎話が続かないじゃない」

 姫子たちは丘の上に小さな小屋を見つけた。竹林に隠れていて、どうやら空き家のようだ。

「そろそろ夕方だし、あの小屋で今日は休みましょう。太郎、お魚を捕ってきて。私は食べられそうな山菜を探すから」

「んが」

 太郎は丘を下りて、水に沈んだ村に向かった。姫子は周囲を見渡す。都合のいいことに竹林。

「この筍、美味しそうね」

 と、筍を切り抜いた。一方太郎、水に沈んだ村は小さな湖のようになっていて魚もいる。野生児太郎は即席の細い竹やりで魚を仕留める。二人の夕食分を得て小屋に帰った。小屋の庭先で火を熾す準備を始めた二人。ふと姫子が小屋を見てみると案外しっかりした小屋だった。

「もしかしてお寺かも…」

 壁に文字を見つけた姫子。近づいて読みあげる。

 

「『罪人よ、証しの品を持ち我らが姫の力で目覚めの門をくぐるべし。悪を解き放ちたる悪行はその身をもって償うべし』」

 

 姫子は意味が分からなかった。

「誰がそれを読んでいるんじゃ?」

 誰かが近づいてきた。太郎と姫子はビックリ。

「「一体さん!!」」

 おじいちゃんの友達で太郎と姫子を可愛がってくれた隣町の商人一体さんが現れたのだ。

「無事だったんですね。良かった…」

 ホッと胸を撫で下ろす姫子。

「…誰のことを言っている?」

「「え?」」

「儂は一体なんて名前ではないぞ。この近くに住む猟師だ」

「うそー。一体さん私たちをからかっているの?」

「ホントに知らん。ところで、ひのえ様を祀る祠の前で火を熾して飯を食うとは罰当りな」

「「ひのえ様??」」

「龍宮に関わりのあるお方らしいが、儂にもわからん。いま都では竜が暴れておる。竜を封じる伝説のお人が現れれば祠が開くと云うが…あんた、伝説のお人かい?」

「とんでもないわ!でも、おじいさんは本当に一体さんじゃ…」

「わしゃ一体さんとやらじゃあないよ」

 ふと男は太郎が身につけている腕輪を見た。

「おやっ?その腕輪は?」

「おいら、見つけた!」

「おおっ、これはっ!そうかそうか、いいかよく聞くんじゃ。この町の人たちは、一つの寺を守るために集まったらしいのじゃ。目覚めの者が現れるまで寺を守っておったが、鬼が近づいたために自らの手で町を沈めたのじゃ」

「そんなこと人間の手で出来るの?」

 と、姫子。

「ここだけの話だぞ」

 男は太郎と姫子に耳を貸せと云うような手振り。耳を貸す二人。

「彼らは龍宮人だったんじゃ」

「「龍宮人?」」

「そう、ひのえ様に選ばれた方たちじゃよ。彼らも同じも腕輪を身に着けておった」

「村を沈めるほどの力…」

「その童の持つ腕輪は龍宮人のものじゃ。しかも腕輪はお前を主人と認めているようだ」

「ふ~ん」

「私の首飾りは」

「さての」

 姫子の質問には答えず、一体と似ている男は森の中に再び消えていった。太郎と姫子は湖まで歩いた。

 

「そういえば太郎、一体さんの家から西へ少し行くと大きなお寺あったよね」

「そうだっけ」

「あったの!しかし、それが今のおじいさんが言ったお寺なのね」

「ふ~ん」

「そのお寺に竜を封じる方法があるかもしれないのに沈めるなんて。でも鬼にその方法が取られてしまったら大変だし、ここに住んでいた人も考えてのことだったんでしょうね」

「潜って見てくる」

「駄目よ、あぶないわ」

 太郎は湖面に触れた。

「少し温かい。いける」

 妙に頑固な太郎。止めても聞きそうにない。

「どうしたの、どうして見に行きたいの」

「何かおいらを呼んでる」

「…?」

「そんな気がする」

 いそいそと着物を脱ぎだした太郎、

「…分かったわ。気をつけてね。ここで待っているから。服と荷物は私が持っておくね」

 太郎は裸になって湖に潜った。彼の思ったように水温は温かい。しばらく潜ると湖の底に何か見えた。それは沈んだ町だった。一体さんの家が見えた。屋根の上を泳ぐ太郎。まるで魚のように早い。さすが野生児。

「西ってどっち」

 方角はよく分からないが、とにかく大きな寺らしき建物が見えたので、そちらに進んだ。すると

「うわ!」

 寺の門からとんでもない勢いの水流が発生していて、太郎は吸い込まれていく。そろそろ一度上に上がって呼吸をしようと思っていたから、苦しくてたまらない。

「んががが!くるひ~ッ!」

 気が遠くなってきた太郎。その太郎の腕輪が光った。湖面にいた姫子は驚いた。湖全体が光ったからである。

「何なの?太郎~ッ!!」

 しかし湖面に上がってくる様子はない。不安になる姫子。

「大丈夫かな…」

 

 一方太郎、気がついた。

「う…。あれ?息が出来るぞ」

 太郎は寺の門を通っていた。入ってみて分かった。寺の周囲には妙な結界みたいなものが張られており空気がある。不思議な声が太郎の耳に届いた。

『待っておったぞ!ようやく時が来た!目覚めの時がやってきたのだ!通るがよい!』

 寺の奥へと進む太郎。湖の底なのに明るい。導かれるように歩く太郎。そして眩いばかりの光が太郎を包む。

「な、なんだ!」

『来たか、太郎』

「だ、だれだ!」

『私は『ひのえ』と呼ばれる者だ』

「『ひのえ』?どっかで聞いたな」

『…そう、この世、そして龍の宮を治める者だ』

「りゅうのみや?」

『玉手箱に竜を封じておく場所である。玉手箱は乙姫が持っている。乙姫は千年に一度、若返るための生まれ変わりをしなければならない。その間は玉手箱を地上の動物に任せるのだが、今から十六年前に乙姫は始めて人間に預かり手を委ねた』

「難しい話は分かんない」

『とにかく聞け。そしてその玉手箱を愚かにも人間は開けてしまったのだ』

「それで竜が…」

『早く目覚めよ。暗黒の化身が世界に邪悪の心を振りまいている。お前が竜を封じなければならぬ』

「ど、どうやって?」

『あやつの実体は龍の玉だ。玉を手に入れて玉手箱に入れればよい。それだけだ』

「竜はどこにいるの?」

『鬼ヶ島だ。場所は京の都のさらに西であるが、竜のチカラが作用し普通に船で海に出ても絶対にたどり着かぬ。島へ渡るためには宮水の湧く白石の泉を通るしかない。お前と姫子を育てた心優しい老夫婦を助けるためにもやらねばならぬことなのだ』

「おじいちゃんとおばあちゃんの魂は鬼ヶ島に」

『鬼ヶ島に渡り、巨大な豆腐みたいな岩がある。それが魂のほこら。その封印を解けばよい』

「そうなのか」

 ひのえの声は消えていった。

「ま、待って!これからおいらと姫子は!」

『…京の都に行け。宮水が都にもある。お前が持つ腕輪を宮水につけよ。その時に私はお前の前に姿を現し、お前を導くであろう。いいな、これはお前自身の手でやらなくてはならぬことなのだぞ』

 太郎の目の前に立派な小槌がポンと現れた。

「…?」

『持っていけ。“打ち出の小槌”と云う。役に立つときがあるであろう』

『打ち出の小槌』を拾う太郎。すると太郎は一瞬で湖畔へと体が戻された。しばらく呆然としていたが

「へくち!」

 くしゃみをした。太郎は裸である。

「そうだ、姫子に」

 姫子が待っているはずの湖畔へと駆けた太郎。しかし姫子はいない。太郎の服と荷物だけは湖畔にあったが姫子の姿はなかった。

「姫子~!おしっこかな、姫子~!」

 周囲を必死に探す太郎。どこにもいない。

「姫子~!どこにいるんだよ~!」

 やがて泣き出す太郎。

「姫子…姫子…ぐすんぐすん、うえ~ん!」

 とぼとぼと歩く太郎。

「おじいちゃん、おばあちゃん、そして姫子まで…ぐすん」

 

◆  ◆  ◆

 

 ぐっすんぐっすんと泣いて歩く太郎。その太郎の前に

「わんわん!」

 一頭の犬が立っていた。そのまま横を通る太郎。犬はまた太郎の前に立ち吼えた。太郎の持つ道具袋に鼻を近づける。中に入っているきび団子に用があるようだ。

「ぐすっ、なんだ、腹ペコか」

 太郎はきび団子を犬にあげた。

「ありがとう」

「んが!しゃ、しゃべった!」

 当の犬も驚いていた。

「私、しゃべっていますね!?」

 同時に自分の頭の中に泉のごとく知恵が湧き、何でも理解できることに気づいた。

(これはひのえ様の御導きなのか…)

 

「おいら、太郎」

「私は『りんご』と申します。おいしいきび団子でした」

「女の子、通らなかった?」

「来ませんよ。鬼なら通りましたが」

「そうか」

「あなたのお手伝いをするよう『ひのえ様』に言われています。どうぞ一緒に連れて行ってください」

「ホ、ホントに!おいらと一緒に来てくれるの?」

 姫子がいなくなり、よほど心細かったようだ。りんごに抱きつく太郎。

「さあ、都に参りましょう。そして鬼ヶ島に!」

 

 少年と犬の旅が始まった。しばらく行くと大河があった。都に行くには渡らなければならない。大河の流れは急で深そうだ。渡し舟を営む小屋二つ。一方は木の舟のウサギ。もう一方は泥舟のタヌキ。

「あんちゃん、向こうにあるタヌ公の舟を見たかい?ありゃ泥だぜ。危ないったらありゃしねえ。こっちは木ですぜ。さあ乗った乗った!」

 キセルを吸って舟を売り込むウサギ。

「乗ろうりんご」

「いや、太郎さん。たとえ木でもこの舟はボロいです。途中で壊れますよきっと」

「だけど泥じゃもっとダメ」

「太郎さん、薪をたくさん集めてもらえませんか」

「え?」

「火打石はお待ちですか?」

「ない」

 屏風岩の鬼砦を破壊するとき紛失してしまっていた。

「では、ウサギのキセルから火をもらって下さい」

「そんなことしてどうするの?」

「考えがあってのことです。お願いします」

「ん」

「火だけくれ?ちぇ、大人ならそれだけでも銭を取るが子供じゃ仕方ねえ」

 ウサギは渋々ながらも火種を太郎に分けてくれた。そして薪をたくさん集めて泥舟のところに持っていく太郎とりんご。

「太郎さん、泥舟の下に薪を敷き、火を着けて下さい」

「なんで」

「いいからいいから」

 りんごの言うとおり、泥舟を火であぶると泥舟は固まった。これで向こう岸まで渡れる。

「これでいいでしょう。行きましょう太郎さん」

 太郎はタヌキに小判を渡した。舟が固まっていく様子に呆然としていたタヌキは我に返り

「い、いや坊ちゃん、いい方法を教えてくれたね。お代はいらねえ、乗っていきな」

 泥で作った舟が火であぶることにより堅固になる。タヌキはそんなこと知らなかった。思わぬ金儲けの手口でも閃いたか、その礼として太郎から舟代を取らなかった。

「いいの?」

「いいってことよ。それより坊ちゃん一人の旅では色々と不便だろ。餞別だ」

 何と少しの路銀までくれた。

「しばらく経ったら葉っぱに化けるなんてことはない。いいこと教えてくれた礼だよ」

「ありがとう、タヌキさん!」

「気をつけて行きな。さあ、ちょうど今は流れが静かだ。舟に乗りな」

 太郎とりんごは舟に乗った。タヌキが言うほど流れが静かではなく舟は揺れるが、すっかり頑丈になっているので持ちこたえている。

「どんなもんです」

「りんご、やた!」

 

◆  ◆  ◆

 

 その後、いくつもの山や川を越えて、ようやく太郎とりんごは京の都に到着した。京の町の関所。そこには恐ろしい僧の弁慶が立ちふさがっていた。

「ここは通さないぞ。へん!」

 いかにも強そう。さすがの太郎も敵わないだろう。

「どうしよう、りんご」

「私だけなら通れますが…」

「通してよ」

「駄目と言ったら駄目。通るにはおじさんを倒して通るしかないのだ。これ都の掟だ」

「他に道はないの」

「うわははは、その質問を通せんぼしているおじさんに聞くとはな。子供は素直でいい。しかし残念。道はここだけ」

「意地悪おやじ」

「何と言おうと駄目。坊主、都は甘くないのだ」

「太郎さん、一度下がって作戦を練りましょう」

「ん」

 

 しばらくすると、太郎の姿はなく、りんごだけが関所に来た。そして弁慶の横をそのまま通った。

(うまくいきましたよ、太郎さん)

(やた!)

 太郎の荷物の中に『打ち出の小槌』があるのを思い出したりんご。太郎はそれを振って自らの身長を一寸(三センチ)ほどにした。そしてりんごの背中に乗ったというわけだ。弁慶も犬から通行料を取るわけにもいくまい。そのまま自然に通させた。

 

 それにしても困った。りんごでは『打ち出の小槌』を振ることが出来ない。無論、小さくなっている太郎も。

(問題はここから何ですがねぇ。どうしましょう)

(うーん)

 誰かに振ってもらうしかない。りんごが京の都大路に出ると、都から避難している一行が続々と見えた。鬼が跋扈する都から逃げるつもりらしい。

「おい、待て」

 荷車の車輪の音や、人々の足音で小さくなっている太郎の声に誰も気づくはずもない。りんごの近くを少女が通った。彼女も両親と一緒に避難しようとしている娘のようだ。

「待て、止まれ」

 少女は足を止めてキョロキョロと辺りを見る。

「…?」

「ここだここ」

 りんごの背に一寸ほどの童子がいるのを発見した少女。

「まあ、これは珍しい」

 珍しいでは済まないが、少女は特に動じる様子もない。

「お嬢さん、すみません。この小槌を振ってもらえませんか」

「あら、犬がしゃべった」

 毎日、竜や鬼の脅威にさらされている京の民人。奇異なことに対して、あずま者と胆力が違うかもしれない。

「いいわよ、振ればいいのね」

 

 さっさっさ、と少女は『打ち出の小槌』を振った。するとボンッと云う音と同時に一人の少年が姿を現した。

「きゃーッ!」

「ありがとう、助かりました」

 りんごが驚いて太郎を見ている。太郎も流暢に言葉を話せた自分に気づき、驚いた。

「あれ?」

「太郎さん、あなた大きくなっていますよ!ご立派な少年に!」

 今まで大きかった着物が何ともピッタリになっている。

「まあ、何とも凛々しき男児に」

「それはどうも。おいらは太郎と言います」

「私は絹、京の人ではないですね。こんな物騒な京へ何しに?」

「竜を退治に!」

 絹は笑い出した。男の大人さえ怯える竜を、まだ幼さの残る少年が倒すと豪語した。でも太郎は本気だと云う顔をしている。

「ご、ごめんなさい」

「いえ」

 娘が立ち止まっているので、絹の母親が戻ってきた。

「絹、何をしているの」

「いま行きます」

 太郎を見る絹。

「笑ったりしてごめんなさい。その願い、叶うことを私もお祈りしています。私はこれで」

 絹は去っていった。

「かわいい女の子ですね。姫子さんとどっちがかわいいですか」

 と、りんご。

「姫子だよ」

「それはお会いするのが楽しみです。それにしても太郎さん大きくなってかっこいいです。これで鬼とも戦えそうですね。『打ち出の小槌』はこのための、ひのえ様の贈り物だったんですねえ」

「さあっ!姫子を見つけて、おじいちゃんとおばあちゃんの魂を取り返す!そして竜も倒すんだ!」

「きちんと話ができますね。かっこいいですよ!」

「でへ!」

 ひのえは、まず都の宮水に腕輪をつけろと言った。はたして太郎は宮水を見つけだせるのか?そして姫子はどこへ消えたのか…。


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