太郎と姫子の住む長串村。争いもなく平和で、老若男女が仲良く暮らしていた。しかしその平穏は破られた。鬼が攻めてきて村人たちの魂を銅鐸に入れてしまった。生き残ったのは太郎と姫子のみ。
悲しい夜が明けた。太郎と姫子は昨夜お地蔵様にもらったきび団子と小判を持って屏風岩の鬼砦に向かった。泣いてばかりいられない。絶対におじいさんとおばあさんを助けるんだ。長串村を出て数刻、疲れを知らない太郎は元気に歩いているが、姫子はさすがに疲れた。
「太郎、ちょっと休ませて」
「うん」
道端に腰を下ろして水筒の清水を飲む姫子。ふくらはぎを揉み解す。
「まだまだあるわね。屏風岩まで」
「おいら、こんな遠くまで来るの初めてだ」
「私も。…ん?」
「どした?」
「雨になりそうな天気よ」
「姫子、小屋がある」
やや遠方にある建物を指す太郎。
「ようし」
太郎は姫子をおんぶし、小屋に駆けた。小屋の入口で太郎。
「誰かいないのー?」
返事がない。どうやら空き家らしい。姫子が見てみると小屋の中に最近人が生活した痕跡は無かった。
「十分雨はしのげるよ。休んでいきましょ」
「うん」
通り雨だったようで、天気はすぐに晴れた。
「姫子、そろそろ行こう」
「待って」
廃屋の中を見ている姫子。
「どうした」
「うん、私たちの旅に役立ちそうなのを探しているの」
姫子は金槌、遠眼鏡、丈夫な綱を見つけた。ここは道具などを扱っていた家のようだ。さらに探してみると、黒くて丸い物体を見つけた。ヒモが付いている。
「これ、一体さんに聞いたことがある。焙烙よ」
「なにそれ?」
「この紐に火をつけて、この丸いのに火が行くとドッカ―――――ンと破裂するの」
「?」
「海のいくさで使うと一体さんに教わったわ。この家の人、たぶん鬼をやっつけるため作ったのね。とにかく役に立ちそうだわ。持っていきましょう」
◆ ◆ ◆
小屋を後にして、太郎と姫子は屏風岩に向かった。やがて左右の別れ道に出た。最初は左に行ってみたが断崖絶壁。太郎は何とか歩いていけるが、姫子には無理のようだ。戻ってみて右に進んだ。行き止まりだった。
「他に道はないし、どうしよう」
「ところで姫子、くしゃい」
太郎は鼻をつまんでいる。
「これは硫黄のにおいよ」
「いおう?」
「たぶん、温泉の源泉が近くにあるのね。大丈夫よ、毒はないから」
「うん」
「でも困ったわ。抜け道はないかな。さっきのガケの道、私歩くの無理だよ」
「ちょっと探す」
太郎は硫黄のにおいが漂う壁を登りだし、周囲に他の道がないか探した。だが見つからない。野生児太郎は鼻が利くので硫黄のにおいに胸が焼けて、かつ道が見つからなかったのでイライラし、さっきの小屋で見つけた金槌で思いっきり壁を叩いた。
「こんにゃろ!!」
すると壁の一部が崩落し、熱湯が噴出した。
「うわーっ!あっちちちちぃ!!」
熱湯と湯気が空高く舞い上がる。驚きのあまり金槌を無くしてしまった。たまらず太郎と姫子は道を戻って分かれ道の入口に来た。
「どうしよう…」
残された道は断崖絶壁。大人なら壁に背中をつけてカニ歩きをするしかない。子供の大きさなら前歩きが出来ないこともないが、一歩間違えれば谷底に転落して死んでしまう。姫子はその高さに怯えてその場から動けない。
「ここを通ろう」
「ダメよ、絶対に嫌!」
「だけど、この先に…」
屏風岩はこの先、この道の向こうに鬼の砦があるのじゃないか、と太郎は言いたいらしい。姫子も分かる。
「分かっている。でも太郎、鬼は私たちの長串村に来て、屏風岩の砦に帰ったのだから必ず道はあるのよ。鬼は大人の体、ここを毎度通っているとは思えないもん」
「じゃあ他の道を?」
「探しましょう。必ずあるはず。あら?」
「どうした?」
姫子は足元にあった拳に入るほどの茶褐色の結晶をとった。
「それ犬のうんちじゃないのか!?くしゃい!」
「ううん、これは硫黄の結晶だわ。さっきの温泉噴出と共にここに飛んできたのね」
虫の知らせか、これが役に立つと感じた姫子は硫黄の結晶『硫黄玉』を自分の荷物袋に入れた。
「うんちを袋に!」
「だから硫黄の結晶だって!とにかく『急がば回れ』よ。何としても他の道を探すのよ!」
太郎と姫子一度山を降りて、違う山に登った。言いだしっぺは姫子だが、やっぱり女童、体力がない。
「太郎~。おんぶして~」
「しょうがないなぁ」
姫子と自分を拾った綱で結び歩き続ける太郎。当年八歳なのに桁違いの体力。そんな太郎の体力に安心してか、姫子は眠ってしまう。
「スピー、スピー」
のんきな寝息である。
「ちぇ、日ごろお姉ちゃんぶっているのに」
やがて二つ山を上り、いよいよ屏風岩へ行ける目星がつきそうな場所についた。すでに起きている姫子。疲れが取れた。しかし顔は不機嫌。
「また硫黄のにおいよ。しかも分かれ道」
最初に姫子たちは硫黄の臭気がする方へと行った。行き止まりになった。溜息をついて地に座る姫子。すると
「地面が暖かいわ」
「ホントだ」
「さっきの山もだけれど、この連山一帯は温泉の源泉がたくさんあるみたいね」
よいしょ、と立ち上がった姫子。
「太郎、ちょっとこの行き止まりの壁の上、行ける?」
ひょっとしたら屏風岩の砦が見えてくるかもと思い、太郎に頼んでみた。
「分かった。見てくる」
太郎が崖につかまり、さあ登ろうとしたら
「太郎、危ない!」
「え?」
登った途端、もろい岩肌が崩れ落ちた。そしてまた
「うわー!あっちっち、あっちー!」
温泉が湧き出た。仕方なく、先ほどの分かれ道に戻った。もう一方はまた断崖絶壁なのかと不安に思いながら行くと、今度は広い谷あいの山道であった。
「ほらご覧なさい!私の言ったとおりにして良かったでしょ!」
◆ ◆ ◆
二人は谷あいを抜けて、さらに前に進む。歩くこと数刻。やがて異様な砦が見えてきた。屏風岩の鬼砦だ。高い山が連なり、その中でもっとも高い岩山である『屏風岩』。そこに鬼たちの砦がある。太郎と姫子は砦が一望できる向かいの山に来た。そこから砦の土台に架けられている橋と繋がっている。太郎たちのいる場所から直接砦に入り込める。
先に拾った遠眼鏡を使い、砦を見る姫子。土台は意外にもそんなに堅固ではない。それに加えて砦の中の鬼たちが慌しく動き、どこかに向かおうとしている。
「どうしたのだろう」
鬼たちが行く方向を見ていると、どうやら先ほど太郎が偶然に掘り当てた二つの温泉の方に向かう様子。そういえば先ほどと風向きが異なり、自分たちの向かう方向に温泉の硫黄のにおいが漂ってきていた。鬼たちはさかんに手でにおいを振り払うような仕草をしている。
「なるほど、鬼は硫黄のにおいが苦手なんだわ!きっと温泉を塞ぎに行ったのね」
鬼たちは出払い手薄。思いがけない好機だ。姫子は作戦を立てた。
「鬼は出かけたし、やるなら今ね。太郎」
「うん」
「私は中に入って銅鐸を取ってくる。太郎は橋を渡り、そしてあの砦の土台の柱に行き、私の脱出の後、この焙烙に火を着けて」
「うん」
「火を着けたら大急ぎでここに帰ってくるのよ。いい?」
「よし、いいぞ」
小屋で手に入れた焙烙の使い方は道中で聞いていた。火打石を道具袋に確認する太郎。
「では、行くわよ太郎!それ!」
「んが!」
変な声だが太郎気合の表れの声だ。太郎と姫子は二手に分かれた。太郎は土台を支える柱に走っていき、橋を凝視している。姫子が脱出してきたら即座に焙烙を仕掛けるためだ。
さて、姫子。まだ八歳の女童なのに大した胆力に知恵と勇気。鬼が出払っているとは云え単身で敵の砦に乗り込んだ。すぐに姫子は砦の窓から温泉の方向を見た。
「まだ戻ってくる様子はないわね。よし遠眼鏡でも見てみよう…!?」
背後に何か気配を感じた姫子。しかし振り向いても誰もいない。
「おかしいわね…」
遠眼鏡を持ち、温泉の方角を見る姫子。その時だった。
「お~っ、なんだそりゃ?お~っ?」
「……!?」
姫子が振り向くと、そこには真っ赤な顔をして鼻の長~い天狗がいた。
「キャアアアアッッ!」
びっくりして声をあげる姫子。
「な、何よ、貴方だれ?」
「お~っ、儂は天狗じゃ。鬼が出てったから忍びこんできたんだ!お~っ」
「私は長串村の姫子。ただの村娘よ」
「お~っ、その変な筒は何だ?」
どうやら、遠眼鏡に興味を持ったらしい。
「これは遠眼鏡と云って遠くのものを大きくして見るものなの」
「お~っ!お~っ!大きくなるのか!お~っ!くれっ!くれっ!」
「銅鐸のある場所を教えてくれたらあげてもいいわよ」
「お~っ、鬼が怒るからやだ。お~っ、二階の一番左奥の部屋にあるなんて言えないよ、お~っ」
姫子は遠眼鏡を天狗に渡した。
「約束だからあげるわ。はい」
「お~っ、何でくれるんだ?お~っ、お前、変なやつだなあ。じゃあ儂もいいモンをやろう。お~っ」
喜んだ天狗は袋を出してきた。
「隠れ蓑の灰だ、お~っ、自分の姿を消すことが出来るんだ、お~っ、このあいだ間違って燃やしてしまったんだ。かなし~っ、灰になってしまったから少しやる」
「灰をどうするの?」
「こうして、ほれ」
天狗は姫子に灰をふりかけた。すると姫子の姿が消えた。
「これは良いものをくれたわ。どのくらい消えていられるの?」
「四半刻(三十分)は大丈夫だ。お~っ」
「ありがとう天狗さん」
「お~っ」
姫子は天狗の教えてくれた場所に駆けて行った。そして銅鐸のある部屋を見つけた。しかし部屋の入口に鬼がいる。どうやら居残り組のようだ。よほど硫黄のにおいが嫌なのか、手でにおいを振り払っている。
(よほど硫黄のにおいが嫌なのね。私にはかすかににおうだけなのに、あんなにムキになって振り払っている…)
道具袋の中にある秘密兵器を握る姫子。
(さっきの虫の知らせはこれね。この硫黄玉が役立つ時が来たわ)
鬼から姫子の姿は見えない。部屋の奥にデンと置かれている銅鐸。
(間違いない、おじいちゃんとおばあちゃんを吸い取った銅鐸!)
子供の姫子でも十分に運べる大きさと重さである。姫子は銅鐸を持った。
「…?」
鬼はアングリと口を開けた。般若の顔に長い白髪、黒衣の恐ろしい様相の鬼が間の抜けた顔をしている。それはそうだろう。銅鐸が空中にゆらゆらと浮いて外へと勝手に動いている。
「…?…?」
とにかく鬼は金棒を振り上げる。姫子、秘密兵器『硫黄玉』を鬼めがけて投げた。
(えい!)
「…!!」
鬼はひるんだ。一目散に逃げる姫子。
「はあはあ!」
やがて天狗のくれた隠れ蓑の灰の効力も消えた。橋のうえを走るころには姫子の姿は現れていた。目のいい太郎、橋の上を銅鐸を持って走る姫子を確認。姫子自身、申し合わせた場所にいる太郎に手を振った。
「ようし!」
火打石で焙烙の導火線に火を着け、太郎も一目散に逃げた。橋を渡り終えた、その時!
ドッカーン!!
焙烙は爆発。橋と砦の土台は倒壊。互いの無事を喜んで抱き合う太郎と姫子。
「太郎、やったわ!」
「姫子、すごい!」
やがて鬼砦は土台から炎上していく。太郎と姫子大勝利である。
「わーいわーい!」
大喜びの太郎。村のみんなの仇を討ったんだと誇らしい。だがその後で
「おじいちゃん!おばあちゃん!」
姫子は銅鐸をくまなく調べた。しかし銅鐸は空っぽだった。
「どういうことなの!?金太郎は嘘をついたの!」
銅鐸を地に叩きつけて悔しがる姫子。
「あんまりよ!命がけでこの銅鐸を奪ったのに!」
姫子は泣き出してしまった。太郎は銅鐸を拾い、同じく調べたが反応はない。でも姫子が持ってきた銅鐸は間違いなく彼らの育ての親である老夫婦の魂を吸い取ったものである。わんわん泣いている姫子を見つめる太郎。
「姫子…」
しばらくすると煙の煤で真っ黒になっている変なのが空を飛んでやってきた。
「お~っ、すごいことをする子供だなあ」
「何だ、おまえだれだ!」
姫子を庇うように立つ太郎。
「お~っ、儂は天狗じゃ。さっきもこのセリフ言ったな。お~っ」
「天狗さん、銅鐸は空っぽよ。人間の魂はこの中にあるんじゃないの?」
「お~っ、儂は女の子の涙に弱いのだ」
「この銅鐸を奪えば、この銅鐸に魂を吸い取られた私たちのおじいちゃんとおばあちゃんを助けられると思ったのに」
「お~っ、鬼たちは魂をそれで吸い取って鬼ヶ島へ送っていると言っていたぞ~、お~っ」
「鬼ヶ島ァ!?」
いかにも恐ろしそうな名前に驚く姫子。
「じゃあ、おじいちゃんとおばあちゃんを助けるには…」
「鬼ヶ島に行くしかないな~。お~っ」
「じゃあ銅鐸を奪う必要なんかなかったんじゃない…」
「そんなことない!」
と、太郎。
「え?」
「それ(銅鐸)がないと鬼は困る」
「そうだけど…」
「おじいちゃんやおばあちゃんと」
同じ目に遭う人がいなくなる。と、太郎は言いたいのだろう。しかしあまり口が回らない太郎は目で姫子にそう言っている。おいらたちみたいに悲しい思いする子供がいなくなる。それだけでいいじゃないかと。
「ごめんね、太郎」
「うん」
「それで天狗さん、鬼ヶ島ってどこにあるの?」
「都のさらに西にあると聞くぞ。お~っ」
「遠いな…。長い旅になりそう。でも銅鐸をどうしよう。このままにしておけないし重いし…」
「壊しちゃおう」
「でも金槌は温泉が吹き出た時、驚いてどっか無くしてしまったじゃない」
「いらないや」
そういうや、太郎は地に置いてある銅鐸にゲンコツを食らわせた。銅鐸は砕け散った。
「すっご~い!太郎強い!」
「えへへ」
「お~っ、ホントに強いな童。気に入った。ふもとまで送ってやろう」
「え?」
「砦から出た鬼がまだ山の中にいるだろ。お~っ、下山するまで捕まってしまうぞ。お~っ」
そう言うと天狗は二人をヒョイと抱きあげた。
「お~っ、しっかり掴まっていろよ。そーれ!」
天狗は空へと舞い上がった。突如の空の旅、太郎は大喜びだったが、姫子は顔を引きつらせた。
「は、早く降ろしてぇぇ~ッ!」
「お~っ、遠慮するな、お~っ」
「わーい!早い早い!」
眼下に鬼の姿も見えた。
「やーい、ここまでおいで、あっかんべーだ!」
屏風岩よりしばらく離れ、太郎と姫子がおじいさんのお使いで訪れた一体さんの町近くに降りた。
「お~っ、ここまで来れば大丈夫だろ。お~っ」
「怖かったけど助かったわ。ありがとう天狗さん」
「お~っ、天ちゃんと呼んでくれ」
「天ちゃん!」
「そっちの童じゃない。お~っ!女の子にだ!お~っ!」
「て、天ちゃん…」
「をを~っ、元気が湧いてくるぞ。お~っ、男って馬鹿だ。お~っ」
「あはは、馬鹿だ~っ」
大笑いの太郎。
「さて、儂はそろそろ行くとする。お~っ、その前にこれをやろう」
天狗は二人に大きな握り飯を渡した。
「お腹ペコペコだったの。ありがとう天狗さ、いえ天ちゃん」
「わっははは、やっぱり女の子は笑った方がかわいいぞ。お~っ、それじゃ気をつけて行けよ、お~っ!」
「お~っ!お~っ!」
ご飯粒を頬につけたまま、天狗に手を振る太郎。微笑む姫子。
「またあ、す~ぐ真似するんだから」
「でへ」
「行こうか、鬼ヶ島へ!」
「お~っ!」