牌に愛されし少年   作:てこの原理こそ最強

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なんか今回書いてるうちにシリアスになってました。いきなりのシリアスで「どうした!?」ってなるかもしれませんがご了承ください

評価とか下がんないといいな…



番外編5

新道寺との練習試合からの移動中、さっきまで燦々と照りつけていた太陽は急に雲に覆われ雨が降り出した。まぁ朝の天気予報で午後から雨が降るって言ってたし。折りたたみ持ってきといてよかった

 

その雨の中、オレは指定された建物に近づいていく。午後は“阿知賀”となんだが今日はオレ以外にも他の学校の人にも来てもらうらしく、ホテルではなくその建物に来るよう言われていた

 

中に入ると雨宿りだろうかスーツを着た人が何人もいた。びちょびちょになったスーツの上を脱いでハンカチで顔を拭いている。スーツに限らず着ている服が濡れるとイラッとするよな

 

オレは事前に何階か聞くのを忘れていたのを思い出したので玄さんに電話をかける

 

「あ、もしもし。玄さん?」

 

『うん。もう着いた?』

 

「うん。何階かな?」

 

『三階だよ。エレベーターの前で待ってるね』

 

「わかった」

 

オレは電話を切りエレベーターに乗って③のボタンを押す。三階程度なら階段でもいいと思ったが玄さんがエレベーターの前で待ってるって言ってたしな

 

三階に着いて扉が開くと真ん前に水色のワンピースに青いジャケットを羽織った私服姿の玄さんがいた

 

「あ、翔くん!」

 

「出迎えありがとう、玄さん」

 

「いいのいいの!雨濡れなかった?」

 

「幸い折りたたみ持ってたからね」

 

「さすが翔くん!」

 

「あんがと。そんで部屋は?」

 

「こっち!」

 

折りたたみを持ってるだけで何がさすがなのかわからないんだが…玄さんはオレの手を引っ張って部屋まで連れて行ってくれるみたい。なんか昔を思い出すな。あのときは玄さんと宥さんに連れ回されて大変だったなぁ〜

 

そして目的の部屋に着いたのかドアを開ける

 

「翔くん、着ましたー!」

 

「あ〜、翔く〜ん」

 

「よっ。宥さん」

 

「遅いわよ!」

 

「時間には間に合ってるだろ。それに何階か書くの忘れたの憧だろ?」

 

「うぐっ…」

 

してやったり。中に入ると宥さんや憧といった阿知賀のメンツに加えて全く知らない人もいた。ってあのナース姿の人って…

 

「翔…くん…?」

 

「あれ、“憇さん”?」

 

そこにいたのはなぜか昔のようにナース姿の“荒川 憇”さんだった。

 

「ほんまに翔くん…?」

 

「あなたの言ってるのが昔大阪で会った菊池 翔のことならオレですね」

 

憇さんは口元を両手で隠しオレのことを再度確認してくる

 

「ほんまの、本物の翔くんや…翔くん!!!」

 

「ぐっ…お久しぶりですね、憇さん」

 

なんだ…?大阪の人って突進好きなんかな…

 

「久しぶり!全然会えんし寂しかったんよ!?」

 

「それは、すいません…」

 

「連絡も全然寄越してくれへんし!」

 

「大阪の予選が終わったときにしたじゃないですか」

 

「それっきりやん!!」

 

「…すいませんでした」

 

「ええよ♪許したげる♪」

 

まぁ連絡しなかったのはオレが悪いしオレも久しぶりに会えて嬉しいや。でもそろそろ離してほしい。みんな状況が理解できずにポカンとしてるよ

 

「あ、あの…憇さんと翔は、お知り合いなんですか…?」

 

「ん?そうやで。うちがまだ小学生のときやんな、あるデパートで麻雀のイベントがあってそこで翔くんと知り合ったんよ」

 

状況把握のために憧が憇さんに質問をし、憇さんはオレに抱きついたままそれに答える

 

「そうでしたね。あのときもナース服じゃなかったでしたっけ?」

 

「そうやっけ?翔くん、覚えててくれたん?嬉しいわ♪」

 

「そんな人普通いませんからね。インパクトが絶大でしたから」

 

「それにしても、いつまで抱きついてるんですか…?」

 

おぉ!玄さん、あなたは救世主だ!

 

「そうですよ。そろそろ離れてください、憇さん」

 

「えー…翔くん、昔うちのこと好きって言ってくれたやんかー」

 

「「「えー!!!」」」

 

うるさっ!憧や玄さんならともかく宥さんのそんな大声初めて聞きましたよ…?

 

「それは憇さんと麻雀打ってる時間が好きってことでしたよね?変に言葉を抜かさないでください。誤解されるから」

 

「もう、翔くんは細かいなー」

 

「全く細かくないです。ほら、その方々のご紹介をお願いしますよ」

 

「はーい」

 

憇さんは離れてくれた。しかしその代わりに宥さんがやってきて手を握られる。相変わらず冷んやりしてるな

 

「じゃあ紹介するな…って!翔くん、何してるの!?」

 

「あぁ…宥さん昔から体温低くて寒がりだから、それに比べてオレは体温高いので自然とこうなってしまって…」

 

「ふ〜ん。そうなんやぁ〜」

 

憇さんが目を半開きにして見てくる。そんな悪いことしたかな

 

「もう!後で私の気の済むまでつきおうてもらうかんね!」

 

「マジですか…」

 

「返事は!」

 

「…はい」

 

憇さん何でもこんな怒ってるんだろう…

 

「まったく。じゃあ紹介するな。九州赤山高校の藤原 利世(ふじわら りせ)さん」

 

あぁ。小蒔姉さんと初美姉さんと同じ鹿児島個人戦代表の。和服来てなんか羽衣みたいなの羽織ってる

 

「麻雀始めて五ヶ月で東海王者になったもこちゃんインターハイには団体戦にも個人戦にも出とらんの」

 

五ヶ月でってほぼ初心者。なのにすごいな。それに服装もすごいな。全身ピンク…

 

「その友達で静岡一位の百鬼(なきり)さん」

 

なきりって珍しい苗字だな。それにメガネかけてるけどあれサングラスじゃね?

 

「須和田高校の霜崎(しもざき)さんは千葉MVP」

 

へぇ。千葉って東京の隣だな。来るの楽なんかな?でもなんでチャイナ服みたいなの着てるんだろう

 

「どうも。長野の清澄高校一年の菊池 翔です」

 

「憇ちゃんから聞いてます。それに永水の六女仙のみなさんからも…」

 

「あははは…あの人達、変なこと言ってませんよね…?」

 

「えぇ。とても頼りになる義弟だと」

 

「安心しました」

 

別に変に言われることをしているわけじゃないしな

 

「ちょっとそれどういうこと!?」

 

「なんだよ、憧」

 

「永水!?六女仙!?なんの話!」

 

「は?何の話って…」

 

そこで宥さんと繋いでる手がギュッと少し強く握られるのを感じる

 

「宥さん?」

 

「私もそれ、気になるな〜」

 

するとシャツの背中の部分を誰かに掴まれた。後ろを振り向くと玄さんだった

 

「私も、聞きたいです…」

 

うぐっ…ここにもいたか、女子の最強必殺技を持っている人が…

 

「うちも知りたいな」

 

「憇さんまで。はぁ…」

 

まぁ別に秘密にすることでもないし、いっか。そしてオレは憇さんや阿知賀のみんなに会う前の鹿児島での生活を話した

 

「なーんだ。そういうことだったんだ」

 

「なんや、心配して損したで」

 

「どういう風に思ってたんですか…」

 

話し終えるとみんなは安心のような表情になった。こんな話に興味なかった他の方々には退屈な時間をすいません

 

「もう!早く打とうよ!」

 

麻雀打てないのがもう限界な様子のしず。確かにここには話をしにじゃなく麻雀打ちに来たんだよな

 

「じゃあ入りたい人からどんどん入ってー!」

 

「うぉっしゃー!」

 

しずがようやく麻雀が打てるからなのか気合の咆哮を叫びながら卓に着いた。それに続いて鷺森さんがボーリングをするときにはめるグローブを右手にはめながら席に着いた。残った席には百鬼さんと憇さんが入った

 

オレはソファーに座ってその対局の行く末を見守ることにした。と座ったのはいいのだが右側に宥さん、左側に玄さん、足の間には憧とリバーシならオレも阿知賀になってるし、囲碁でももう一手で取られてしまうてな風に見事に阿知賀勢に囲まれてしまった

 

「そういえば、翔の学校は勝ったの?」

 

「その答えは聞かない方がいいんじゃないか?」

 

「どうして?」

 

憧が清澄の結果を聞こうとしてきたがオレがそう答えると今度は玄さんが理由を聞いてきた

 

「オレの学校、つまり清澄には玄さん達もよく知ってる和がいるんですよ?本人から聞きましたが絶対に決勝で会おうって約束したんですよね。これで仮に清澄が負けたなんて言ったら阿知賀のみんなのモチベーションはどうなると思います?特にしずと憧は」

 

「そっか。そうだね」

 

約束を達成する可能性が0になった瞬間の人間のテンションの急激な下降具合は甚大だ。それに引きずられてこっちまで負ける可能性も出てくる。三人は理解してくれたのだろう、頷いてくれている

 

「てか憧。なんでお前はそこにいるんだ?」

 

「だ、だって…両隣に宥姉と玄が陣取ってるから、ここしか座るとこないじゃない…」

 

「どっちかの隣でもいいだろ」

 

「な、なによ!私がここにいたら迷惑なわけ!?」

 

「いや、迷惑ではないが…」

 

「なら黙って座ってなさい!」

 

「はぁ…」

 

なんともわがままな小娘だ。それにしても憧ってオレに対していつも怒ってないか…?カルシウムが足りないんじゃね?

 

すると右腕に何かがスリスリしてる感触がした。まぁその正体は言わずもがな宥さんだけど…

 

「宥さん…」

 

「ん〜?な〜に〜?」

 

オレに声をかけられたからなのか一旦スリスリをやめてオレの顔を見上げてくる

 

「宥さんは高3でオレももう高1なんですよ?だからそろそろこういうのはダメ、といいますか…」

 

「翔くんは、私のこと嫌いになったの……?」

 

「ぐっ!」

 

だーーー!!!そんな悲しそうな顔しないでーー!なに!?これってオレが悪いの!?オレは常識的な、モラルに沿ったことを言ってるのに!!

 

「嫌ってなんかないですよ」

 

「なら、いいでしょ〜?」

 

「……わかりました」

 

「んふふ♪ありがと♪翔くん♪」

 

そして宥さんのスリスリは再開された。ちゃっかり手は繋いだままだし…

 

「むぅ〜…翔くんはお姉ちゃんばっかり構いすぎです!」

 

「玄さんは何をおっしゃっているのですか…?」

 

「だってだって!翔くんといるときいつもお姉ちゃんの方に行くから!!」

 

「そんなことないですよ。玄さんのこともちゃんと考えてますよ」

 

「ふぇっ!?そ、そんな…想ってるだなんて♪」

 

意味はほとんど一緒だけど、ニュアンスは明らかに違う気がするのは気のせいかな…

 

「それにこれでもメールとかの量は玄さんの方が多いんですよ?」

 

「そうなんだ。お姉ちゃん機械弱いから」

 

「そうですね。『おはよう』を打つのに30秒かかりますからね」

 

「そうそう!お姉ちゃん打つの遅すぎなんだよ」

 

「まぁそんなわけで決して玄さんを放っている訳ではないってのをわかってください」

 

そう言いながら玄さんの頭を撫でる

 

「あ、ありがと…」

 

「?玄さん、顔赤いですよ?」

 

「ふぇっ!?な、なんでもないよ!」

 

「そうですか?」

 

でもやっぱり顔赤いな。あ、年下に頭撫でられて恥ずかしいのかな。と思って玄さんの頭から手を離したら玄さんが無言で離れた手を自分で頭に戻した。顔を見て確認すると口角は上がっているので怒ってはいないと判断しとりあえず撫でるのを続けた

 

「むぅ〜…翔くんと玄ちゃんがイチャイチャしてる〜」

 

これは無限ループかな…てか松実姉妹反応が全く一緒って

 

「翔!わ、私にもしなさいよ!」

 

「あぁ…すまん。オレには手が三本ない」

 

「そんなこと知ってるわよ!」

 

「だったらわかるだろ?」

 

右腕は宥さんに、左腕は玄さんにこき使われている。よって現実的に憧の頭を撫でるのは不可能だ

 

「翔くーん…」

 

「っ!」

 

声がしたのは対局をしているしずの背中のより奥。しずの対面に座っている憇さんから発せられたようだ。その声はいつもの元気で活発な声そのものだった。しかしなぜだろうか…汗が止まらない…

 

「さっき言ったよね…?今日はうちにつきあってくれるって…」

 

「で、でも…今憇さん、対局中で…」

 

「関係あらへんよね?じゃあちょっと待っとき…すぐ終わらしちゃるわ」

 

その笑顔は機嫌のいいときの憇さんのそれではなかった。なんとも汗がとまらない…

 

それからの対局はあっという間だった。憇さんが宣言通り早く終わらすため連荘で和了りまくり終局。そして憇さんは立ち上がりゆっくりとこっちに歩いてきた

 

「憧ちゃん…そこどいてくれへんかな…」

 

「ひっ!はい!」

 

憇さんが今出しているオーラにビビったのか、憧はビクッと体を震わせて勢いよく立ち上がった。でも今にも泣きそうな感じでプルプルと震えている

 

「憇さん!」

 

「ひゃっ!しょ、翔くん…?」

 

いつもり大きめの声で憇さんの名前を呼ぶとさっきまでのオーラは霧散した。それで緊張の糸が切れたのか憧がぺたりと床に崩れ落ちた。オレは憧の顔が見れるように地面に膝をついて憧の頭に手を置きながら顔を覗き込む

 

「憧、大丈夫か?」

 

「翔…うん。大丈夫…」

 

涙目ではあるがさっきまでの震えは止まっている。オレは立ち上がり憇さんに向き直り憇さんの手を取って部屋のドアの方へ向かった

 

「みなさん、少し外します」

 

オレはそう言って憇さんを連れて外へ出た。話が中に聞こえないようにエレベーター付近まで離れた。そして憇さんの手を離し改めて向き直る

 

「さっきは怒鳴ってすいませんでした」

 

「え、いや…うち…」

 

「憧は大丈夫です。でもね、憇さん。オレにはどんなことを言ってもいいですが周りを巻き込むのはいけません」

 

「だって、あれは翔くんが…」

 

「オレが何かしましたか?」

 

「わかっとる!翔くんは何も悪くないって!悪いのは勝手に嫉妬した自分やって!でも抑えられんかった…全然会えなくて、会いたいってずっと思ってた人と今日久しぶりに会えた。やのにその人は他の子と楽しそうに話してるん見て、我慢できんかった…」

 

「…」

 

オレは返す言葉がなかった。憇さんは下を向いて涙を流している。その姿を見てオレにできる行動はもう一つだけだった

 

ギュッ

 

オレは憇さんを優しく抱きしめた

 

「翔、くん…」

 

「憇さん、すいませんでした。憇さんに久しぶりに会えて嬉しくて、それだけで満足しちゃって」

 

「ううん。うちの方こそごめんな。翔くんに迷惑かけて…」

 

「迷惑だなんて思ってませんよ。憇さん、後でたくさん話しましょう。たくさん麻雀打ちましょう。憇さんの言うことなんでも…はさすがに無理なのでできる範囲で聞きますから」

 

「ふふっ、何でもやないんやね」

 

「そこは、勘弁してください…」

 

「ええんよ。ありがとうな」

 

オレは憇さんを離し、憇さんは指で涙を拭う

 

「じゃあ最初のお願い。これからはうちのこと、憇って呼んで?」

 

「無理っすね」

 

「えぇ!!?そこはオーケーするとこちゃうの!?」

 

「オレができる範囲外なので、それ」

 

「もう!まぁええわ。今はこれで許したる♪」

 

と言って腕を組んできた憇さん。結構そのまま部屋に戻ることになった

 

部屋に戻ってから憇さんはみんな、特に憧にさっきのことを謝り麻雀が再開した。ただ唯一しずだけ何があったのか理解できておらず頭の上に?を浮かび上がらせていた

 

それからその日の憇さんのオレへのスキンシップが増えたとか増えたとか…

 


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