全国大会が始まって今日で三日目。そして今日はいよいよ清澄高校の初陣である。他校や観客のみんなは初出場の高校が勝ち上がれるわけがないと思っているだろうな。まぁ実力の程はみなさんに確かめてもらうとしようか
今日の対戦は佐賀県代表ー能古見高校、鳥取県代表ー千代水高校、福井県代表ー甲ヶ﨑商業高校、うち(長野県代表ー清澄高校)の四校である
さて、今は朝の6時半である。今日はみんなの応援に専念することにしているオレはというと既に身支度を整え寝具の片付けも終えて女子の部屋に来ている。なぜかと言うと部長からメールがあったからだ。『用意が終わったら女子の部屋に来るように』と。球技系の部活動じゃあるまいし試合に持っていく物の荷物持ちなんてことはないはずだ。なら一体なんだ?悩みながらも女子部屋へ足を進める。ちなみに京太郎は部屋で待機だ
女子の部屋の前で一旦足を止め中に声をかける
「部長。来ましたよ」
『開いてるわよ〜』
中から部長の声が聞こえ勝手に入ってくれと言うことだろうか。「失礼します」と言って中に入った
「おはようございます」
「おはよ。悪いわね、呼び出して」
「おはようございます、翔さん」
「おはようだじぇ!」
「おはようさん」
「和も染谷先輩もおはようございます。優希はよく起きれたな」
「何をー!」
まぁ和の隣でウガーッとなってる優希は置いといて
「それで?用はなんですか…」
まぁこの部屋の状況を見れば大体わかるけどね。この寝坊助が
「申し訳ないのだけれど咲を起こしてくれないかしら…」
「やっぱりですか」
「あら、わかってたの?」
「なんとなくは…」
「あらそう。さっきから何度も起こしてるのだけど、なかなか起きてくれなくてね」
「了解しました」
オレは申し訳なさそうな顔をする部長の横を通って未だに起きる気配もなく布団の中で気持ちよさそうに眠っているお寝坊なおバカの側に座る
「ほら、咲。起きな」
「ん〜…翔くん…しょんな、ダメらよ〜…えへへ…」
どんな夢見てんだよ、まったく…仕方ない…オレは咲の耳元でこう呟く
『咲。すぐに起きないと嫌いになるからな』
「やだっ!!!」
はい、一丁上がり。このやり方なら一発で起きるんだけど、この後がめんどくさいんだよね…
「おう、咲。おはよ…「やだよ!」…はぁ…」
布団から飛び起きるなりオレに飛びついてくる
「翔くん、ごめんなさい!!ちゃんと起きるから嫌わないで!!」
このようにすぐ起きるのはいいんだけど、起きた後大人しくさせるのが大変なんだ。オレは倒れないように左手を後ろについて自分を支え右手で抱きつく咲の頭を優しく撫でる
「大丈夫だ。オレは咲を嫌いになりなんてしない」
「……本当に?」
「ホントだとも。それとも咲はオレを信じられないか?」
「ううん…私は翔くんを信じてる」
「ありがとな。ほら、オレは外に出てるから咲は顔洗って着替えな」
「もう少しこのまま〜」
咲はそう言って抱き着くのをやめない。すると服の背中の部分がクイッと誰かに引かれた。首だけ後ろを向いてみると俯いていて顔が見えないが和だった
「和?」
「えっと…咲さんだけ、ズルい…です…」
「……ズルい、とは?」
「わ、私も…その…」
これはもしかしなくても「私もお願いします」の流れなのか…?昨日の初美姉さん達のような負の連鎖が今日もまた続くと言うのか…
「菊池くん。お願い」
「部長!?そこは止めるとこじゃないんですか!?」
「菊池くんに来てもらったのは咲を起こすだけじゃなくて咲と和のコンディションを上げてほしいっていうのもあったのよ」
「でも、それはオレじゃなくてもいいのでは…?」
「和が
オレは再び和の頭を見つめる。さっきよりも耳が赤くなってる気がする
「だから、お願いね」
「…」
部長の
「ダメ、ですか…」
「うっ…」
こ、これは…!女子のみが持つ圧倒的破壊力を有する奥義!”赤らめた顔+涙目+上目遣い”!
「…わ、わかった……」
これをやられて断れる男子なんてこの世にいるのだろうか…特にを和のような美人からならなおさら断るなんてムリであろう…
オレは右手を咲の頭に乗せたまま体勢を変えて和の方に手を広げる。しかし和もまだ恥ずかしいのかなかなか来ない。この状態のままなこっちも相当恥ずかしいんだけど!?
「の、和…オレも恥ずかしいから、来るなら早くしてくれ…」
「は、はい。では、失礼します…」
和がオレに密着してくるにつれてオレの心臓の鼓動はどんどん早くなっていく
「も、もういいか…?」
「え、えっと…頭も、撫でて…ほしい、です…」
「わ、わかった…」
もうここまできたらやけくそになって早く終わらせることだけを考えてそっと和の頭に手を乗せて左右に撫でる
「む〜…なんか翔くん、和ちゃんにだけ優しい」
「何言ってんだよ。てか咲はいつまで抱きついてるんだよ」
「和ちゃんが終わるまで!」
「お、おう…」
咲が頰をプクッと膨らましてオレを見上げてると思ったらいきなり大声を上げるから面食らってしまった。でも和と同じように頭を撫でるとさっきと同じように笑顔になる
「お楽しみのとこ悪いのだけれど、そろそろ準備してくれないかしら?」
「あっ!ごめんなさい!」
「ほっ…」
三分ぐらいその状態を続けたらようやく部長から声がかかった。それはいいのだが部長に言われて咲がまだオレが部屋にいるのに寝間着を脱ぎ始めたのでオレは急いで部屋の外に出た。あっぶねぇ〜…
オレは部長に先にロビーで待っているようにメールを入れてから一度部屋に戻り京太郎と一緒にロビーに降りた
「翔、どうしたんだ?」
「あん?あぁ、大丈夫だ。朝から精神面に七割ほどダメージを負っただけだ。気にすんな」
「?何言ってるかわからんがムリすんなよ?」
「あんがと」
ふいに京太郎が声をかけてくれた。そこまでオレはヤバそうな顔をしているのだろうか…
「お待たせー」
そしてロビーで待つこと五分ほどで部長達はやってきた
「ん?咲、お前今日も染谷先輩のスカートと間違えたのか?」
「違うよ!これはみんなが似合うって言ってくれて染谷先輩があのまま貸してくれたの」
「そっか。まぁこの前も言ったが、よく似合ってると思うぞ。オレも」
「えへへ♪ありがと♪」
咲が今日も長いスカートを履いてたからまた間違えたと思ったがそういう理由なら大丈夫だな
抽選会場と試合会場は別だったなためこの前とはまた違う道を歩んでいく。東京の電車は混雑していると聞いていたがオレ達が乗った電車は違うのかラッシュの時間帯ではなかったのか空いていた
会場に入り指定された控え室に足を踏み入れる。そこはせれほど広いという感じはせずなんなら長野の県予選会場の控え室と同じぐらいの広さだ
『間も無く、インターハイ一回戦、第七試合から第九試合が始まります』
部屋に着いてから一時間くらい経ったところでアナウンスが入った。既に各校の先鋒の選手は対局室に集まっているようだ。もちろん優希も十五分前くらいに気合の入った言葉を残して控え室を出ている
さて、試合も始まってその優希はというと絶好調であった。いつも通り得意の東場で荒稼ぎをして南場に入ってからも合宿の成果なのか振り込みはなし。他家のツモ和了りで削られはしたものの大きな失点のないまま先鋒としての役割をしっかりとこなした
次に次鋒の染谷先輩だがこちらも直撃はなし。しかし優希ほどの大きな和了りを見せたわけでもない。終始落ち着いて和了るのも高くて満貫。しかし危機回避能力は県予選に比べて格段に大きくなっているようだった。これも合宿の成果だろうか
そして今は中堅戦となっている。オレは部長の応援をしつつも他の学校の試合も一緒にテレビで確認していた
まずここまでの戦況だが、宮守女子は先鋒の小瀬川さんが二回のハネ満と一回の満貫和了りで点差をつけていた。しかし驚いたのは次鋒のエイスリンさんだ。対局の間全ての場で八巡目には必ず聴牌を取っていた。これは昨日の練習試合でも確認したが改めて見ると脅威である。しかし対策は何通りか思いついていた。一つは
一方姫松はというと、中堅戦に入って50000点のビハインドという結果になっていた。それはどうしてか。先鋒の上重さんがしくじっていた。二回の直撃と何回かのツモで削られまくったのだ。そこで大幅なリードを許してしまったものの次鋒の真瀬さんが少し取り戻し今の中堅戦に至る。しかしこんな状況にも関わらずオレは姫松の勝利を確信していた。姫松には洋姉がいるからだ。根拠はない。だが洋姉がそんじょそこらの選手に負けるわけがない。おそらくこの中堅戦でひっくり返るだろう。しかもその後の副将には絹姉もいる。伊達にいつも洋姉の背中を追っかけていつわけではない。まだまだ詰めが甘いこともあるがそれでも実力は十分だ
そんななんの根拠もないただの贔屓にも聞こえることを考えていると洋姉が和了った。しかも清老頭、役満でだ。しかもしかもそれを一位の選手にロン和了り。これで姫松が一位となった
さて、気になるうちの中堅はというと
『決まったーー!!清澄高校中堅竹井 久!連荘六本場でハネ満炸裂!副将、大将に回すことなく一回戦突破だーー!!!』
部長が他家を飛ばして終局。和と咲が打たずして清澄の勝利となった。部長やるじゃん
ー姫松Sideー
ビシッ!
「誰も迎えに来ーへんのかいっ!」
「おぉっ!おかえり!お姉ちゃん」
「主将、お疲れ様です」
先程終わった中堅戦から姫松の主将でエースの愛宕 洋榎がツッコミを入れて戻ってきた。その彼女に反応して声をかけるのは椅子に座りながら足を組んで背もたれに腕を置いている愛宕 洋榎の妹である愛宕 絹恵と同じく椅子に座っている末原恭子だ
「わ〜」
部長のお戻りともあろうにソファーに座ったまま声もかけないばかりかテレビから目を離さないのは真瀬 由子と上重 漫だ
「ん?まだ他の部屋やってるん?」
「長野がすごいのよ〜」
洋榎がその二人に近づいてテレビに目をやると違う試合の中堅戦はまだ続いているようだった。しかもそれは愛宕 洋榎の最大のライバルが在籍する学校であるため無意識にテレビに目がいってしまう
「妙な和了り連発で、親で連荘しまくりよ〜」
「場数器用さでね」
そのテレビには髪を二つに分けて肩の位置でそれぞれ結んでいる選手が打っている
「〜♪」
「ん?どうしたんや、絹?なんやご機嫌やないか」
「んふふ♪実はさっき翔くんからメール来てん。『がんばって』って言ってくれたんよ!めっちゃ嬉しくってな♪」
「主将が試合してるときからこんな感じですよ」
「あぁ〜」
洋榎は察した。先程説明した洋榎のライバルが絹恵が言う翔くんこと菊池 翔なのだ。絹恵はこのように翔にぞっこんで、何かあるごとに翔のことを話したがる。そんな妹を十年ぐらい見続けている姉はこのごろ少し呆れてきている様子…
ー永水Sideー
「やっぱり清澄ね」
「あの龍門淵を倒してきたところですよ〜。それに翔もいるんです。当然ですよ〜」
お茶の入った湯呑みを持ちながら清澄の試合をテレビ越しに見ているのは石戸 霞。その霞の言葉になぜか自分のことのように胸を張りながら自慢するように言うのがもはや巫女と思えないほど装束を着崩している薄墨 初美だ。しかし比べて見ると本当に同い年なのか疑ってしまう…
「天江 衣ちゃん…」
「あぁ。あのちっこい子すごかったね、去年」
二人の言葉に去年の龍門淵のことを思い出して語るのは黒糖で糖分を摂取している滝見 春とメガネをかけて髪を後ろで結んでいわゆるポニーテールにしている狩宿 巴だ
「一回戦では二校、二回戦では三校をまとめて飛ばしてたものね」
「清澄はきっとそれ以上ですよ〜。なんたって私の義弟がいるのですから〜」
「あら。はっちゃんだけの義弟じゃないでしょ?」
ここでも常に話題に出てくる翔という名前、当然菊池 翔のことだ
「でもこの三校じゃちょっと厳しいかな」
「学校数が少ない県ばかりですか〜?」
ガラガラ
「だからと言って侮ってはいけませんよ」
初美の言葉に答えるようにして障子の襖を開けて中に入ってきたのは神代小蒔
「姫様」
「たとえ地区大会が二十校の県だとしても鹿児島であたった方々と同じくらい勝ち抜いてきた、ということでしょう。県予選決勝の三校の中に侮っていい相手がいたでしょうか」
当たり前のことを淡々と言っているようにも思えるが、何かおかしい様子なのは部屋にいる全員が気づいた
「全ての相手に敬意を持ってあたりましょう」
「小蒔ちゃんの言う通りね。でも、小蒔ちゃん…」
みんながそれぞれ頷く中霞が口を開く
「そんな笑顔でどうしたの?」
そう。全員がおかしいと思った理由は小蒔の表情だ。いつも笑顔ではあるのだが、今日は一段と笑顔が輝いている。まるで翔と会ったときのように…そこで他の四人は気づいた
「えへへ♪実はさっき翔くんからメールをいただいて…」
小蒔がある言葉を発した瞬間、巴以外の三人が一斉に常に落ち着いた巫女とはかけ離れた俊敏な動きで動き出し、それぞれ自分の携帯を確認した。すると三人の顔は段々と緩んでいき小蒔と同じような表情になる。これで携帯に何が入っていたのかは容易に想像できるだろう
ー宮守Sideー
「〜♪〜♪」
「今日のエイスリンは調子がいいねぇ。それにすごくご機嫌みたいじゃいか」
ソファーに寝っ転がって携帯を見ては抱き締め、見ては抱き締めを繰り返しているニュージーランドからの留学生であるエイスリン・ウィッシュアートを見ながら苦笑を浮かべている宮守女子の監督、熊倉トシ。トシが言うように今日の次鋒戦はエイスリンが大いに稼ぎ、今の圧倒的な差に貢献していた
「白は何か知ってるかい?」
「話すのダルいです…」
監督からの質問だというのに椅子にもたれかかっている、というようもたれかけすぎているのは小瀬川 白望
「なら塞はどうだい?」
「…」
「ん?塞?」
「はっ!はい!」
「うおっと。そこまで驚かすつもりはなかったんだけどね」
「す、すいません…」
トシの声かけにも気づかないくらい携帯を見るのに集中していたのは宮守女子の部長である臼沢 塞。しかしその携帯はトシのものだった。ではなぜ自分の監督の携帯を塞はジーッと見つめていたのか。それは送られてきた人が原因だ
「はぁ…これは重症だね。豊音もさっきから戻ってこないようだしねぇ」
戻ってこないというならば部屋にいないということだろうか。しかし「はぁ…」とため息を出したあとのトシの目線の先にはその戻らない本人がいた。では戻ってこないとはどういうことだろうか。それは…
「えへへ♪翔くーん♪」
と言いながら椅子に座ってその高い身長を持つ体を左右に揺らしている姉帯 豊音。戻ってこないというのは向こうの世界から戻ってこないという意味らしい
「これは、菊池くんに来てもらったのは失敗だったかねぇ…」
そうは言うもののあれからチームの雰囲気も良く何より調子が絶好調である。よってこの状況を良し悪しで判断できなでいる監督であった