牌に愛されし少年   作:てこの原理こそ最強

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第25話

 

 

美穂子side

 

「んん……」

 

私はいつもの時間に目が覚めた。昨日は一試合しかなかったからそこまで疲れてはいない。そして昨日は夜遅いのに翔くんがわざわざ来てくれた。そういうちょっとした気遣いができるところに、私は…惚れてしまったのかな……

 

「…さすがに帰ったよね」

 

まだ起きたてだし、少し頭が働いていない中でそんなことを考えてしまって恥ずかしい…多分だけど顔赤くなってる。翔くんがいるんじゃないかと思って部屋を見渡したがさすがに帰ったようだ

 

「よかった」

 

こんなだらしない姿を見せては年上としての威厳がなくなっちゃう…ふぅ…顔洗わないと。私はそう思って寝間着のまま階段を降りて洗面所へ向かった

 

「あれ?お母さん達帰ってるのかな?」

 

下に降りたところで気づいたんだけど、リビングのドアが開いている。お母さん達はまだ戻ってきてないだろうし、私の閉め忘れかな…私は開いてるドアから中を確認してみた

 

「っ!」

 

そして驚いた。そこには帰ったはずの翔くんがソファーで眠っていた

 

「しょ、翔くん!?な、なんで!?はっ!」

 

私はとっさに声を抑える。起きてないよね…?

 

「...zzz……」

 

「ふぅ〜」

 

どうやらまだ起きてはいないみたい。でも本当にどうして?私はそう考えながらも無意識にリビングに入って翔くんの顔を覗き込む

 

「…zzz…zzz…」

 

「ふふっ」

 

背丈は変わってしまったがその寝顔は昔から変わらない私の知っている顔だった

 

「ふふふ、なんだかあの時みたい」

 

そこで私は昔のことを思い出した…

 

まだ私が中学生のとき、風邪を引いてしまって寝込んだときがあった。運が悪くそのときも今と同様に親がいないときだった。意外と熱もあって苦しかったとき、ふと私の額に何か冷たいものが乗っかったと思って目を開けてみたら、そこには翔くんがいた。翔くんは「ごめん、起こした?」なんて言ってたけど、一人で少し不安だった私としてはすごく嬉しかった

 

そのとき翔くんは一晩中私の面倒を見てくれて、その日のうちに熱は下がってくれた。その日の夜遅くにトイレに行ったときにリビング見たら、そのときもこうやってこのソファーで寝てたよね

 

「…あのときはちゃんと言えなかったけど…ありがとね、翔くん♪」

 

私はそう言い残して立ち上がりリビングを出ようとしたんだけど…もう少しだけと思ってまた座り直して翔くんの寝顔を見つめた

 

美穂子side out

 

 

 

 

 

「…、…

 

オレは誰かに体を揺らされる感じがして目を覚ました

 

「翔!起きな!今日も大会でしょ!」

 

「んあっ!…あぁ、母さん…おはよう〜」

 

「おはようじゃないわよ、まったく」

 

オレはまだ半開きの目で周りを見渡してみた。そこはいつも見るオレの部屋ではなかった

 

「あれ…?あ!オレ美穂子さん家で」

 

「そうよ。さっき美穂子ちゃんがうちに知らせてくれたのよ」

 

「そっか」

 

「早く支度しないと遅れるわよ?朝ごはんはほら、美穂子ちゃんが用意してくれてるから」

 

母さんが指差した方にはテーブルの上におにぎりが三個、ラップに包まれて置いてあった

 

「あとでちゃんとお礼言っとくのよ?」

 

「わかってるよ」

 

オレは心の中で美穂子さんに感謝しつつおにぎりを手にとって美穂子さんの家を出た。家に戻ると父さんがニヤニヤして「昨日帰ってこなかったけど、なんかあったのか?」なんて聞いてきたときはそのニヤけ面をすげぇ殴りたくなった。

 

そして支度をして待ち合わせの駅に向かった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駅に着くとみんなはもう着いていてオレを待ってる状態だった。みんなが揃ったところで試合会場に向かった

 

『ついにこの日が来ました、県予選決勝戦。泣いても笑っても全国に行けるのはこの中の一校のみです。今年はどんな戦いを見せてくれるのか!間も無く試合が開始されます!』

 

会場は既に多くの人で溢れていた。オレ達は一回戦、二回戦のときとは違い控え室で待機している

 

「そろそろ試合開始よ?先鋒の優希は準備して。決勝戦は昨日と違って一人半荘二回ずつでトータル半荘十回。そしてやはり点数は引き継ぐわ」

 

「えー!」

 

優希はなにに驚いたのかそんな声をあげる

 

「一人半荘二回…一回分のタコスしか持ってきてないじょ…」

 

「合宿でもミーティングでも話したじゃない」

 

「………。京太郎!タコス買ってこい!」

 

「はぁ?こんな朝早くに店開いてっかな?」

 

そんな店あんのか?普通の店は十時から開店だぞ

 

ピンポンパーン

『あと十分で先鋒戦が開始されます。各校先鋒の選手は対局室に集合してください』

 

「と、とにかく頼んだじょ!」

 

「わ、わかった」

 

「よーし!行ってくるじぇ!」

 

優希は対局室へ、京太郎はタコスを買いに部屋を出た

 

『先鋒の選手達です。快進撃中の新鋭、清澄高校からは一年生、片岡 優希』

 

戦いの模様は控え室にあるテレビで見れるようになっている。もちろん解説や実況も聞こえる

 

『今年は王座を取り戻せるか。名門風越女子からは、三年生にしてキャプテンの福路 美穂子』

 

美穂子さん…優希や純さんには悪いけど先鋒で一番強いのは美穂子さんだろう

 

『無名校ながら今大会予想以上の大善戦。鶴賀学園からは二年生の津山 睦月』

 

鶴賀学園に関しては完全に未知だろう。どんな打ち方をするのか

 

『今年も再びその力を見せつけるのか。龍門淵高校二年生、井上 純』

 

純さんは優希にとって最悪の相手だろう。相性が悪すぎる。優希、頑張れ!

 

『選手達が対局室に入ってきました。間も無く先鋒戦、開始です』

 

実況の人が知らせる中、四人は席を決め座った。しかしそこでなんと純さんが優希のタコスを食べてしまった

 

『おや、これはなにかトラブルでしょうか?』

 

「ありゃ」

 

「これはやったわね…」

 

『清澄の選手が泣いていますが』

 

タコスを食われて泣いてしまった優希を頭を撫でて優しく慰める美穂子さんがテレビに映っている。さすが美穂子さんだな

 

「…京太郎は、間に合わないですよね……」

 

すると一度戻った美穂子さんがお弁当のようなものを持って戻ってきた。そしてそれを食した優希が座った

 

「優希!」

 

「よかった」

 

はぁ…美穂子さんにはなにからなにまで感謝だな

 

「部長、オレ一度出ますね」

 

「?どうかしたの?」

 

「京太郎が間に合わなかったときの保険と、さっきの風越さんへのお礼を作ってきます」

 

「そんなことできるの?」

 

「大丈夫です」

 

「…そうね。お願い」

 

オレは部長に許可を得て控え室を出た。そして携帯を出しある人に電話をかけた

 

『もしもし』

 

「もしもし、ハギヨシさん!?」

 

『おや、翔くんですか。いかがされました?』

 

「包丁やらナイフやら持ってませんか!?」

 

『あるにはありますが、はて、どうされたのですか?』

 

「突然すいません!それ貸してもらえませんかね。至急必要なんです!」

 

オレが電話をかけた相手は透華さんの執事であるハギヨシさんだ。あの人なら今ここに来てるだろうし、なんでも持ってるからと思って連絡した

 

『…透華お嬢様からご了承をいただきましたのでお貸しできます』

 

「ありがとうございます!では入り口にいます」

 

『では…』

 

「…どうぞ」

 

「うぉっ!」

 

どこからともなく現れたハギヨシさんにオレは飛び跳ねるくらい驚いてしまった

 

「…ありがとうございます!透華さんにもお礼を言っておいてください!」

 

「承りました」

 

「じゃあ!」

 

オレはハギヨシさんからナイフを借りてそれをポケットにしまい、近くのコンビニに急いだ。そしてそこでタコスの材料とお弁当のおかずになりそうなものを買った。そして急いで会場へ戻り、役員の人に事情を話して給湯室を貸してもらった。このままいけば最初の半荘終了時には間に合うかな

 

実況のアナウンスを聞いていると東場でも優希は和了れず純さんに流れを完全に掴んでいるみたいだ。美穂子さんはまだ動いてないようだ

 

そして作り終えたところで京太郎が帰ってきたところに出くわした

 

「京太郎!買えたのか?」

 

「翔か。なんとかな。物知りな人に開いてる店教えてもらった」

 

「そっか。ならこれはいらなくなったな」

 

「お前それ!作れたのかよ!」

 

「保険で作ってただけだ。ほら、行くぞ!」

 

「お、おぉ!」

 

オレと京太郎は対局室に向かう。その途中で

 

ビー!

『決勝前半戦終了。圧倒的。龍門淵の井上 純がまずは最初の半荘を圧倒しました』

 

終わったか。ちょうどいいな

 

『強豪の風越は安定した打牌で二位をキープ。一方、初出場の二校にはこの先鋒戦は厳しい洗礼となるのでしょうか』

 

大丈夫だ優希。お前のナイト様の到着だぞ?

 

「おい、なにショボくれてんだよ」

 

「そうだぞ?お前らしくない」

 

「京太郎?翔?」

 

「遅くなってすまん」

 

「そ、それは…タコス!」

 

京太郎が見せた袋にがっつく優希

 

「お前は使える犬だ!」

 

「い、犬?」

 

「とにかく偉いぞ!京太郎!」

 

「ま、まぁ俺もタコスは嫌いじゃないからな」

 

「ん?お前もタコス好きの呪われた血族なのか?」

 

「呪われてねぇよ。メキシコの人に謝れ…」

 

袋からタコスを出して勢いよく食べ始める優希。何やってんだか…

 

「美穂子さん。さっきはありがとな。優希にお弁当くれて」

 

「ううん。困ってるときはお互い様」

 

「代わりと言っちゃものが悪いけど、これ」

 

「これ、お弁当?」

 

「さっき即興で作ったやつだから変かもしれないけど、よかったら」

 

「翔くん…ありがと」

 

美穂子姉さんはにっこり笑顔で返してくれた

 

「おい、翔!俺には」

 

「純さんは勝手に人のもの食べるからありません!」

 

「そ、そんな…」

 

「翔くん、お知り合いだったの…?」

 

「ん?あぁ。ちょっとした縁でね」

 

純さんがオレに話しかけてからなのか美穂子さんが聞いてきた

 

「そうなんだ」

 

「あぁ。あぁ!もう!純さん、明からさまに気落としすぎですよ!はい!」

 

「お!サンキュー!」

 

オレは優希にあげるはずだったタコスの一個を純さんに渡す

 

「あの、残り物なんですけど…よろしければ」

 

「え、えっと…どうもです」

 

一人だけ除け者なのはかわいそうなので一応鶴賀の人にもあげといた。その瞬間

 

「っ!」

 

オレはカメラの奥からとんでもない視線を感じた。しかも複数…

 

ピンポンパーン

『先鋒戦後半戦を始めます。選手はのみなさんは所定の位置についてください』

 

アナウンスでオレは外に出ようとして美穂子さんとすれ違ったときに

 

「後でいろいろ聞かせてね」ボソッ

 

「ーっ!」

 

超小声で、しかもドスの効いた声でそう言われた

 

 

 

 

 

 

控え室に戻ると咲と和がなにやらものすごいオーラをまとっていた

 

「…翔くん」

 

「…翔さん」

 

「わー!後でちゃんと説明するから!今は優希の応援しろ!!」

 

「…わかりました」

 

「ちゃんと聞かせてもらうからね」

 

はぁ…なんとか一難さった

 

タコスを食べた優希はいつもの調子が戻ったのか配牌からいい手になっていた

 

「リーチ!」

 

たったの二巡目にしてリーチをかける優希。しかし

 

「チー」

 

優希の上家の鶴賀の人が出した{六萬}を純さんが鳴いた

 

「なんですか?今の鳴き」

 

「でも前半戦はあの鳴きで優希の親倍を潰してたわ」

 

「偶然ですよ」

 

「それが偶然じゃないんだよ」

 

オレの言葉にみんながオレの方を向いてきた

 

「純さん、龍門淵の先鋒の人は流れを読み取るのに長けるんです。証拠に、ほら」

 

全員がテレビに向き直ると鶴賀の人が優希の和了り牌である{發}をツモった

 

「なっ!」

 

「あのチーがなければ一発ツモだった」

 

『龍門淵の井上選手はたまに不可解な鳴きをしますね』

 

『う〜ん…そうね。相手の手の進みが好調か否か雰囲気から察してるようなふしがあるわ』

 

『そんなことが可能なんですか?』

 

『私はムリ』

 

『えっ…』

 

『できたとしてもあの鳴きはわけわからん。まるで流れが存在していてそれを操っているようにも見える』

 

実際その通りなんだけどな

 

「ロ、ロン。発のみ、1300です」

 

リーチをかけたせいで手を変えられない優希が鶴賀に振り込んでしまった

 

「そんな…」

 

「あぁ、これで東場も終わりじゃ…」

 

「タコスを食べた優希ちゃんが、東場で和了れないなんて」

 

「このまま立ち直れなければ前半戦の二の舞になるわ」

 

やっぱり優希には純さんは相性が悪かったな。でもそろそろあの人が動くだろ

 

「大丈夫だろ」

 

「え?」

 

「翔、くん?」

 

「優希は合宿中、一回折れかけた。でもどうだった?」

 

「「はっ!」」

 

「あぁ、だから優希は諦めない。それは和が一番わかってるんじゃないのか?」

 

「…はい!優希はまだ大丈夫です!」

 

優希もそんなやわじゃない。でも、一番怖いのはこれまでなりを潜めてる美穂子さんだな…

 

「失礼!」

 

優希は椅子を回転させた。そして止まった後の目はいつもの優希に戻っていた

 

「気合!入れ直したじぇ!」

 

「菊池くんの言う通り。あの子、気合入れ直したみたいね」

 

「えぇ!優希ならきっとやってくれます!」

 

それから優希の手はドンドン伸びていってる。しかも純さんは鳴けない。これなら…

 

そして優希は七対子、ドラ3で聴牌にとらずより高目を狙ってドラの{七筒}を切った

 

「リーチ」

 

しかし純さんが{八筒}をリーチで切ったためドラの{七筒}が切りにくくなった

 

「また苦しい展開」

 

「ドラ残して七対子の方がよかったんじゃないですかね」

 

「個人的には染め一択じゃ!」

 

それぞれ意見はあるだろうが吹っ切れた優希が選んだ選択だ。成功してほしい。すると今まで動かなかった美穂子さんが()()()()()()

 

「ここでかよ…」

 

「え?」

 

オレはつい口に出してしまった言葉に部長が反応した。だがもうこれで美穂子さんに隠し事はできなくなった。その証拠に美穂子さんが切ったのは{七筒}だ。これでドラが切れると優希もわかっただろう

 

「リーチ!」

 

優希はドラが切れることを確認してリーチを宣言。純さん、しくったな。しかも優希の和了り牌の{六萬}を一発で摑まされた

 

「ロン!立直、一発、面清、平和、ドラ一つ!裏がのれば三倍満だじょ!」

 

しかし裏ドラはのらず

 

「残念。親倍24000点」

 

「十分でけーっての」

 

それからというもの美穂子さんが優希に鳴かせるように牌を切っている

 

ー南一局 一本場ー

 

一巡目

「ポン」

 

二巡目

「チー」

 

そして三巡目

「ロン。東、ドラ2。5800は6100」

 

純さんの切った{北}でまた和了る優希

 

美穂子さんのおかげで大分立て直せたな。だけど優希、そのお姉さんは決して()()じゃないぞ!

 

ー南一局 二本場ー

 

「ポン!」

 

「ロンです。2000の二本場は2600です」

 

今度は純さんの鳴いた余り牌で美穂子さんが和了った。そして優希の最後の親が流された

 

ー南二局ー

 

「ツモ。1300・2600です」

 

気づかないのか?美穂子さんは誰の味方でもない、最初からこれを狙ってたんだぞ。しかもすげーな、美穂子さん()()()()()()()()()()()()

 

「すごい、あの人…」

 

「あーらら、完全に持ってかれたわね…」

 

ー南三局ー

 

「ロン。1300です」

 

『風越三連続の和了り!ここへきて火がついてきたか』

 

圧倒的だな…

 

ー南四局ー

 

「ロンです。8300」

 

『止まらない!風越の勢いが止まらない!』

 

 

 

ー南四局 四本場ー

 

「えっと、ロン。2600の四本場で3800です」

 

ビー!

『先鋒戦終了。なんと、なんと終わってみれば圧倒的かつ一方的!先鋒戦を制したのは名門、風越女子の福路 美穂子!』

 

終わってみれば美穂子さんは+44000点も稼いでいた。しかも他家はみんなマイナス…

 

先鋒戦はリードを許したがまだまだこれからだ!

 





初めて〇〇sideというものを使ったので変だったらすいません…

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