いせまじょ ~異世界の魔女達の夜~   作:ジト民逆脚屋

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やあ、まさかの過去編だよ?


巫女

「さて、ナジェーリア。何か申し開きはありますの?」

「はて、何かあったかね?」

 

 問えば、何とも雑な惚けが返ってくる。さて、どうしてくれよう。

 パイプを燻らせるナジェーリアが、紫煙を吐きながら、思案する満代を見る。

 

「ふむ、ストレスの溜めすぎはよくないよ?」

「ふふ、ナジェーリア。原因がよく言いましたね?」

 

 テーブルに目を向ければ、己の皿から楽しみにしていた水菓子が消えている。

 かなり高値で、漸く手に入れた。なので、一人で楽しもうと、許嫁も居ない日を見計らって、冷蔵庫から出してきたのだ。

 なのに、一体何処から嗅ぎ付けてきたのか。数少ない高級水菓子を半分奪われ、そして目を離した隙に最後の一つが消えていた。

 

「ナジェーリア? 私、この店は贔屓にしてますの」

「はっはっはっ、確かにそうだったね」

「……ナジェーリア、この水菓子、かなりの高級品ですの」

「……ふむ、確かに味、見た目共に納得であったね」

 

 じりじりと距離を詰める。ここで逃がせば、正直な話、かなり面倒だ。同盟国で友好国の公国、そこで重要なポストに就くネームド魔女であるナジェーリア。そして、神皇国の巫女代表である自分。かち合えば、必然的に政治的な判断が下る。政治的な判断を抜きにしても、彼女の〝鎌〟による加速は厄介だ。

 

「ふふふ、どうしたんですの? 鎌なんて抜いて」

「はっはっはっ、満代こそ、火輪日輪を構えてどうしたというのだね?」

 

 脇に抱える様にして構えた薙刀、火輪日輪。神皇国が奉る太陽神の御遣いを預かる天内家に、代々伝わる魔法杖であり、その姿は受け継ぐ巫女に最も適した姿となる。

 ……個人的に薙刀より弓がよかったが、これも神の思し召しと納得している。

 

「ふふふ、言った方がいいのかしら?」

「はっはっはっ、満代。……話せば解る」

 

 解らないので、薙刀で横薙ぎにした。距離、タイミング、全てがナジェーリアの防御を断てる一撃。だが、手応えに違和感がある。

 堅く重く、厚い。見ればナジェーリアに刃は届いておらず、その体まで後数十㎝というところで、虚空に止まっている。

 押し込もうにも刃が通らず、柄が僅かに軋む。

 

「……また、妙な使い方を」

「いや、普通に振っただけで、私の〝槌〟をここまで断つのはやめてほしいのだがね?」

 

 薄く、満代とナジェーリアのエーテルがぶつかり合い、薄くナジェーリアの槌が姿を見せていた。槌頭を半ばまで断たれたそれは、断たれながらも確かに薙刀を止めていた。

 

「ナジェーリア、私は巫女ですの」

「なら、私は将軍であるよ」

 

 薙刀が振り抜かれた。槌を構成するエーテル圧を弛めた覚えは無い。単純に圧し負けた。あのリーリヤの斧鉞すら止めるナジェーリアの槌が、斧鉞よりも薄く脆い薙刀に負けたのだ。

 

 ――まったく、勘弁してほしいね……!――

 

 即座に事前に伸ばしていた鎌で、己を部屋から窓の外へと〝引き寄せる〟。

 加速という言葉が生温く感じる程の速度で、満代から距離を取る。巫女から距離を取るのは、大体に於いて自殺行為だが、対満代で恐ろしいのは薙刀の切れ味と、主砲の威力と異常なまでの精度だ。

 数十㎞先の的を、㎜単位の精度で撃ち抜くのが満代の一撃だが、ある一定の距離があれば、ナジェーリアなら槌と鎌で逸らせる。

 

「だがこれは……!」

 

 一発一発を逸らすだけで、槌が罅割れ、鎌が砕けていく。

 重さは無い。だが、確実にこちらを砕き、削ってくる。神皇国の夜空の中に身を翻し、高度を上げる。

 

「まったく、水菓子一つでこれかね?」

 

 なら、こちらはこうである。

 手にした槌で、眼下の空間を打撃した。瞬間、空間が軋みを上げて、幾条かの光弾を遮った。

 槌の圧砕による空間固定、殴り付け砕かず圧し固める。ナジェーリアを公国最強の魔女に至らしめている一つが、この空間固定による防御能力だ。

 

 軍帽を鎌を持った片手で押さえ、軋む空間を更に殴り付け、満代が居るであろう空にぶつける。しかし、手応えが無い。

 怪訝に思ったナジェーリアが眉根を寄せた時、ナジェーリアを大きく弾き飛ばす光弾が直撃した。

 

「ナジェーリア、油断ですわね」

「……しまったね。ここが神皇国だという事を失念していたよ」

「さて、ナジェーリア。何か申し開きはありますの?」

「はて、何かあったかね?」

 

 背後の夜空に立っていた満代が、薙刀を振り抜く。

 固定空間だけでなく、槌をぶつけるが、威力を抑えきれず弾かれる。

 

「ははは、落ち着き給えよ。……満子(まんこ)

「ナジェーリア!」

 

 魔女同士の剣戟だ。薙刀を刃だけでなく石突きまで使い、舞う様にしてナジェーリアを追い詰めていき、ナジェーリアが振るう鎌と槌がそれに抗う。

 

「また、また人の名前を間違えましたのね?! 満子、満子って……!」

「はっはっはっ、満代。あまり連呼しないでくれ。恥ずかしいではないか」

「この……!」

 

 夜空に舞う花吹雪の様に、剣戟の中をエーテルが砕け、削れ、散っていく。

 鎌を降り下ろし、〝刈り取り〟の刃を放った時、満代の姿がナジェーリアの視界から消えた。

 

「またであるか! 今日はよく使うね!」

「それだけ頭に来ている、という事ですわ!」

 

 薙刀が頭上から打ち下ろされ、ナジェーリアは鎌で己を引き寄せ、それを回避する。

 だが、その先に門が開く音を立てて、満代が姿を表していた。

 

「神皇国が太陽神の開門神話、それの再現。まったく厄介極まりないね……!」

「天内系列の社、その門は全て私の門ですわ。それにこれは由緒正しき技、貴女の鎌とは違いますの……!」

 

 神皇国は世界的に見ても有数の開門神話を持つ国だ。太陽神が扱いに不満を持ち、光漏らさぬ岩戸の中へと姿を消し、世が闇に覆われた。

 その時に岩戸を開く祝詞を挙げ神楽を捧げ、太陽神を岩戸から外へと再び出したとされるのが、神話に語られる初代天内家の巫女だ。

 

 満代が行っているのは、その再現。天内の名を刻んだ社の門を開き、己と対象の位置を繋げる。

 開門という、違う場所と場所繋げる行為を拡大解釈し、行われる技は、満代以外には使えない。

 何故なら、門を開くには鍵となる火輪日輪と、天内の血が必要となる。

 

「水菓子の仇……!」

「はっはっはっ、……赦せ、満子」

「喧しい!」

 

 槌の防御も鎌の刈り取りも意味を為さず、ナジェーリアが撃墜された。




実はまだ続くのだよ

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