いせまじょ ~異世界の魔女達の夜~   作:ジト民逆脚屋

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ははは、同志大尉のお話であるよ。


〝影渡り〟

 公国第909空戦魔導部隊〝バーバヤーガ〟所属ボリス・カレンディットには、とある秘密がある。

 

 「む、売り切れか?」

 

 色とりどりの装丁が施された本が、ところ狭しと並ぶ書架に作者作品名ごとに規則的に並べられた空間。

 書店に、ボリス・カレンディットは居た。

 

 「ここもか。あまり名の売れた作者ではなかっのだが…」

 

 いつの間にやら、名が売れたのか。

 ボリスは声に出す事無く、言葉を口の中で転がし、唇を固く結んだ。

 この店にも、目当ての作品が無いと解り、嘆息した後店内から出る。

 冷やかしかと、年老いた店主に眇を向けられたが、本来ある筈の場所を空白にしている方が悪いと、視線を無視して休日の町並みを歩く。

 

 「…たまには遠出をと町に出てみれば、寂れたものだな」

 

 本来、今時分の頃は買い物客で賑わっている筈の市場。だが、ボリスが歩く市場に人は疎らで、店先に並ぶ商品も少ない。

 

 「と、…ここもか」

 

 それだけではなく、扉を釘で打ち付けた店やシャッターの降りた店が多い。

 一体何があったのか。ボリスは漸く見つけた開店しているカフェに入り、軽食のセットを注文、町行く人々を観察する。

 

 ーー身形は悪くないが、妙に疲れている様にも見えるなーー

 

 町行く人々には、特筆して不自然な点は見当たらない。強いて言うなら、疲れて見える。ただ、それだけだ。

 

 ーー景気が良くないのか?ーー

 

 公国という国は広大だ。この世界最大の大陸、その半分近くが公国の領土となる。その広大さ故にか、末端や辺境となると、政府の目が届かない地方が出てくる。

 その為、国境沿いや険しい山間部等の辺境に位置する地方には、国の代わりに領地を治める領主が存在する。

 

 長く貴族社会が続いた公国と帝国、大小様々な部属の集合国家の王国。この三国のみ、この領主制度が続いている。

 平民出身のボリスとしては、貴族社会の厄介さは身に染みて理解している。

 今はマシにはなった様だが、ボリスの時代の仕官学校は酷かった。元貴族の次男や三男、所謂後継ぎにはなれない者達が、家名に物言わせて幅を効かせていた。

 平民出身者は、貴族に従うのが当然。

 そんな空気が蔓延していた。

 

 「お客さん、旅行ですか?」

 「まあ、そんなものです」

 

 店主が軽食を持って、ボリスに話し掛けてきた。

 

 「びっくりする程、何も無いでしょう?」

 「ええ、流石に驚きました」

 

 柔和な笑顔を浮かべる店主の顔に、影が差した。

 なにか気に障る事を言ってしまったかと、ボリスが眉をひそめると、店主は何も言わずに質素な内容のプレートを置いて店の奥に去っていった。

 

 「なんだ、一体?」

 

 ボリスは、いつの間にか騒がしくなっていた一つ向こうの通りから、嫌な予感を感じつつ、軽食のサンドイッチを片付け、代金を払い店を後にする。味は、非常に質素だった。

 

 「町の規模は小さくない。寧ろ、大きい方だ」

 

 仮に、町の経済が困窮しているなら、それは領地を治める領主の責任であり、悪質が過ぎる様なら、政府から代わりとなる執政官が派遣される手筈になっている。

 

 公国は広大だが、人の住めぬ凍土が多い。出来る限り、税収は減らしたくないのだ。

 しかし、この町の有り様はゴーストタウン一歩手前、この辺境の町に何が起きているのか。

 

 ーー疫病? 飢饉? そんな報告は聞いていないーー

 

 〝バーバヤーガ〟は空戦魔導部隊とは言え、平時は災害救助や避難物資の輸送も任務に入る。

 そして、その任務の事務処理を一手に引き受けている少尉と軍曹の二人が、そんな報告漏れをするとは考え難い。

 

 ボリスが思案を続け歩いていると、突如腕を掴まれ、路地裏へと引き摺り込まれ、即座の行動を取った。

 

 路地裏は狭いが、ボリスには関係無い。路地裏という場所は、大体が何かの〝影〟にある。

 〝影渡り〟であるボリスは、引き摺り込まれる強くない力のまま〝影〟に潜り、己を引き摺り込んだ者の背後に出る。

 突然、〝影〟の中に人間が消えた事に驚いたのか、それとも己の喉に当てられている冷たい感触を恐れているのか。

 ボリスは袖に隠していたナイフを、襲撃者の首に当て、その細い腕を捻り拘束した。

 

 「何者だ?」

 「あ、あの、怪しい者じゃなくて、その…!」

 

 背丈はあるが、声が幼い。薄暗い路地裏、そこに潜む襲撃者は、子供だった。

 

 「なんのつもりだ?」

 「い、いきなり、引っ張ったのは謝るから! だから、離して! 痛いから!」

 

 あまりに叫ぶので、ボリスが仕方なくナイフを仕舞い、腕を離すと、子供は極められていた腕を振りながら、ボリスを睨み付けた。

 

 「助けてやったのに腕極めるとか、なんだよあんた」

 「それはこちらの台詞なのだが、助けたとはなにからだ?」

 「あんた、本当に知らないのか? つか、余所者か」

 

 子供の要領を得ない言葉に、首を傾げていると、通りがにわかに騒がしくなっていた。

 

 「なんだ一体?」

 「あれだよあれ、クソ領主と中央から来た執政官」

 「…どういう意味だ?」

 「この町を、こんなにした奴ら。中央の目が届かないから、好き放題やってんだ」

 

 ボリスが路地裏から通りを窺うと、見て分かる程に仕立てが良く、装飾品を山と着飾った集団があった。

 

 「……俺は、いつの間にフィクションの世界に迷い込んだ?」

 「うん、言いたい事は解るけど、これ現実」

 

 ボリスは頭痛を覚えた。

 よくある中世ファンタジーによく居る、悪徳領主と執政官とその取り巻き。それが視界に居て、よくある行動を取っていたからだ。

 ボリスは平民出身で軍人で現実主義者だ。上官が時たまファンタジーだが、アレは現実が生み出した質の悪いファンタジーだとして納得している。

 だが、目の前の集団。アレはちょっと、頂けない。

 

 「まさかだが、書類改竄が得意で賄賂で出世、中央に仲間が居て、多少のボロは揉み消している、か?」

 「おじさん、見たくないだろうけど、アレがこの町の現実なんだよ」

 「ぬう……」

 

 唸り、眉間を揉みほぐしていると、甲高い悲鳴が聞こえてきた。

 

 「姉さん!」

 「待て、出るな」

 「離せよ! 姉さんが!」

 

 ボリスが先程居たカフェから、一人の女が引き摺り出され、連れ去られていく。

 

 「落ち着け。今行っても、姉妹揃って連れて行かれるだけだ」

 「だからって!」

 

 連れ去られていく女の妹を押さえ付け、ボリスは集団の顔を頭に焼き付けていく。

 身のこなし、身に着けている装備、警護は素人に等しいと判断。数人魔導師は居る様だが、軍人崩れがいいとこだろう。

 

 「はあ、休みだったのだがな…」

 

 ボリスは嘆息し、念話を開いた。

 

(ヘルガ・ハーヴィッコ少尉、調べてほしい事がある)

 

 

 

 

 

 〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

 

 暗い夜道に、倒れた人影があった。

 

 「おい、どうし…!」

 

 警備係が駆け寄るが、服の襟からの打撃に呼吸を断たれ、声を発する事無く倒れ伏す。

 有り得ない箇所からの攻撃と呼吸困難に、警備係は喉を押さえて苦しむ。

 

 「装備だけのこけおどしか」

 

 警備係は、薄れいく意識の中聞いたのは、そんな感情を感じさせない声だった。

 

 「休みに仕事とは、神皇国の人間でもあるまいに」

 

 声の主は姿無く、屋敷の敷地に声だけが落ちた。

 

 

 

 

 

 〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

 

 「あれ? ヘルガ少尉」

 「おーう、シルヴィア軍曹、残ー業かー」

 「ヘルガ少尉こそ、いつも定時で帰るのに」

 

 目に隈のある長髪の女、ヘルガ・ハーヴィッコが菓子を口に放り込み、シルヴィアに一束の資料を手渡す。

 

 「なんですこれ?」

 「読ーめばー、解ーるー」

 

 かなり独特の抑揚に促され、渡された資料を読む。

 すると、間髪入れずにシルヴィアが深い溜め息を吐く。

 

 「なーあー?」

 「いや、これ、ええ…?」

 「いーっひっひっひっー、ボリスー大尉ーがー、偶然なー」

 「態々計算しなくても、見ただけで解る。これ、悪戯じゃないですよね、ボリス大尉だし」

 「あーのボリス大尉ーだーからなー、静かーにー終わーるだろーさー」

 

 ケラケラ笑うヘルガが、最後の菓子を口に放り込んだ。

 

 「何せー、うちのーNo.2だからーなー」

 

 

 

 

 

 〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

 

 「まったく、ただの魔導師には辛い仕事だ」

 

 大型ナイフを拭い、ボリスがぼやく。

 

 「お前は一体…」

 「何者かは答えんし、貴様らには関係無い話だ」

 

 ボリスの装備は大型ナイフと軍支給の制音拳銃のみ。相手が三流以下の魔導師崩れだとしても、守りを固められれば、それを突破するのは不可能に近い。

 だが、対峙する二人の周辺には、幾人もの魔導師や警備係が倒れ伏していた。

 

 「せっかくの休日、返してほしいものだな」

 「官警か?」

 「そう思うなら、そう思っておけ」

 

 言うなり、対峙する魔導師のローブが切り裂かれる。

 魔導師は慌てて距離を取るが、ボリスはその場から動いていない。

 急ぎ反撃に移ろうと、魔導師が手に風を集めようと、エーテルを抽出しようとするが、違和感に気付く。

 

 「三流が。見せすぎだ」

 「な、にを…!」

 

 魔導師の魔導は右腕とその周囲を起点とする。

 鎌鼬を発生させる単純なものだが、それ故に対人能力は高く、野良の魔導師よりも上だった。

 だが、今回の相手はボリス・カレンディット。

 〝影渡り〟の魔導師、公国最強魔導空戦部隊〝バーバヤーガ〟のNo.2。

 

 魔導師の右腕は切り落とされていた。

 

 「影渡り、か…!」

 「知識だけは、一人前か」

 

 起点となる右腕を失い、しかし魔導が使えない訳ではない。

 残る左腕を振るい、鎌鼬を発生させようとするが、ボリスが足元の影に向けて制音拳銃の引き金を二回引く。

 

 「あ、が!」

 「一応、殺しはしない。まあ、死んだら済まん」

 

 ボリスが足元の影に撃ち込んだ銃弾は、魔導師のローブの影から彼の左腕を撃ち抜いた。

 失血と痛みから、気を失った魔導師を脇に見ながら、ボリスは嘆息する。

 

 「後は、官警の仕事か。英雄願望は物語の中だけでいい」

 「貴方は?」

 「ただの客だ」

 

 

 

 

 

 〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

 

 質素な室内に、鍛え上げられた肉体を持つ男が椅子に座り、文庫のページを捲る。

 

 「サンドイッチのセットです」

 「ああ、有難う」

 

 質素なサンドイッチを手に取り、一口かじる。見た目と同じ、質素な味が口に広がる。

 

 「何を、読んでるんですか?」

 「ん? ああ、ただの冒険記だ」

 

 公国第909空戦魔導部隊〝バーバヤーガ〟所属ボリス・カレンディットには秘密がある。

 

 「冒険記ですか?」

 「ああ、誰もが嘗て読んだ事のある、な」

 

 〝影渡り〟の魔導師、実は彼は子供向け冒険小説が好きだったりする。




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