いせまじょ ~異世界の魔女達の夜~   作:ジト民逆脚屋

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やあ、私であるよ?


世界の真実

 シルヴィア・クシャトロワの祖母は、何故に彼女を魔導から引き離そうとしたのか。ナジェーリアが指先で弄るパイプから燻る紫煙を眺めながら、菊代は頭を傾げた。

 

「単純に、才能が無かったからでは?」

「い、いきなり来ましたよ、この人……!」

「まあ、それもあるだろうね」

 

 断言した上司に、シルヴィアが凄い顔を向けるが、当の上司であるナジェーリアは、知らぬ顔で紫煙を吐き出す。

 暖炉の手前に陣取り、パイプを吹かす様子は、彼女自身の整った容姿と、不可思議な雰囲気も相俟って、実に様になっていた。

 

「しかし、である。本当に魔導の才能が無いなら、同志軍曹は何故、生活魔導の練達なのかね?」

「あ? どういう事?」

 

 シルヴィアが持ってきていた焼き菓子を齧りながら、ウルレイカが問うた。生活魔導とは、その名の通りに生活に根付いた魔導であり、誰にだって使える魔導だ。

 現に、通常の魔女としては最底辺に位置するウルレイカも、魔導具を用いれば充分以上に扱える。

 

「魔女としての才能は無いだろう?」

「ぬぁぁぁ……! 中々来ますよこの人達……!」

「はっはっはっ、まあ落ち着き給えよ。私が言っているのは、何故に生活魔導の練達なのかであるよ」

 

 リーリヤの額に青筋が浮かぶが、ナジェーリアは一向に気にせず、パイプを吹かす。

 

「生活魔導が幾ら安易で容易であっても、魔導の才能が無い同志軍曹が、何故に練達の域に達しているのか。反復や習慣では、説明出来ないのではないかね?」

「あの、練達と言われても、クシャトロワ軍曹がどの程度のものか、私達には検討がつかないんですのよ?」

 

 ふむ、とナジェーリアが頷き、シルヴィアに目配せをする。すると、ナジェーリアの前に灰皿が浮かぶ。

 

「一応、使い慣れた、馴染みがあるという縛りはありますが、生活に関係する家具類でしたら、その敷地内限定で自由に扱えます」

 

 ナジェーリアに灰皿、リーリヤに茶、ウルレイカと菊代には追加の茶菓子。其々が茶器と皿に載り、三人の前に浮かび、テーブルに置かれる。

 シルヴィアは、ダイニングキッチンから離れていない。家具類に流し込んだエーテルによる操作。菊代とリーリヤも家に人を雇っているが、これ程の操作能力を見たのは初めてだ。

 

「あ、もしかして、久しぶりに帰る家が綺麗だったのは」

「ああ、はい。先に帰って、掃除道具を全て操作して掃除してたんですよ。箒四本に雑巾、バケツにモップにブラシ、その他諸々久しぶりに動かしました。あ、お風呂もカビ取りまで済ませて、綺麗にしてますよ」

 

 よく見れば、キッチンでは誰も触っていないのに、木べらが鍋をかき混ぜ、流しではまな板等の調理道具は、泡に塗れている。

 

「ここまでの事が出来る者に、果たして本当に魔導の才能が無いと、そう言えるのかね?」

「だが、それなら何故、彼女の祖母は魔導から引き離そうとした?」

「そう、そこが解らないのだよ」

 

 灰皿に灰を落とし、ナジェーリアがリーリヤに視線を向ける。この煙草中年女とも、もう二十年近い付き合いになる。

 解らない事だらけのこの女は、いつも己よりも先に行き、先に結論を出している。その女が、こちらに答えを求める時は、大概が厄介事か面倒事だ。

 だが、リーリヤはその視線から逃げない。逃げれば、更に面倒事になるという事もあるが、逃げるという事は〝国拓きのブレーメイヤ〟として恥ずべき事だ。

 

「クシャトロワ軍曹に、何かあるという事だな?」

「恐らくはね」

 

 燻らせる紫煙が、帯となり消えていく。

 何か思案をしていたナジェーリアが、キッチンから出てきたシルヴィアを見た。

 

「同志軍曹、君は両親を知らないのだったね?」

「ええ、はい。両親に関しては、名前も教えてくれませんでした」

「それは、何故だろうね?」

「何故?」

 

 菊代は考える。ナジェーリアの何故という言葉、それが何を意味するのか。シルヴィア・クシャトロワの祖母、ヴィレッタ・クシャトロワは、何故彼女に両親の名前すら教えなかったのか。

 

 ーー凄まじく雑に考えた場合、忘れていたという事も……ーー

 

 まず、それは無いだろうが、僅かな可能性としては考慮すべきだろう。では、何故か。

 彼女の両親が、娘に教えたくない程に下衆だったから?

 可能性としては有り得るが、少し弱い気がする。人の口に戸は立てられぬという。ならば、そういった噂が、シルヴィアの耳に入っていてもおかしくはない。

 だが、彼女は両親の顔も名前も知らない。祖母が話をしなかっただけではない。それは、誰もが彼女の両親の話しなかった。そういう事になる。

 彼女が聞かなかったという、可能性もある。だが、それでも誰もが話をしなかった、という可能性は有り得るのか。

 否、有り得ない。

 であるならば、それが指し示す意味は。

 

「可能性は二つ、祖母殿が口封じをしていた。そして、もう一つ、誰もが君の両親を知らなかった(・ ・ ・ ・ ・ ・)。つまりは、話したくても話せなかった」

「いやいや、それは無理がない?」

「だが、軍曹の情報はそれしか無い。まるで、最初から無かったかのようにな」

「だったらさ、ブレーメイヤ、リトリア。クシャトロワ軍曹は、何処から来たって言うのさ? まさか、見ず知らずの子供を誘拐して、だなんて時代遅れやったての?」

 

 一同が頭を悩ませ、シルヴィアが状況に付いていけず、呆けた顔を晒す。自分の事だと、彼女は理解しているのだろうか。

 

「ふむり、兎に角、この事に関しては調査が必要であるね」

「まあ、そうだな」

 

 茶を啜りながら、魔女達が頷く。兎に角、今は情報が無さすぎる。判断を下す事も出来ない。

 疲れた溜め息が漏れた頃、魔導通信がナジェーリアの耳に飛び込んだ。

 

中年女¦『ふむ、何かあったかね? 同志少尉』

事務員¦『あー、なーんかー、共ー和ー国からー、秘ー匿ー通ー信がー届いーてますー』

 

 共和国からの秘匿通信、そしてそれがシルヴィア・クシャトロワの運命を左右するものになるとは、この時誰も予想していなかった。


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