今回はキナ臭い単語が飛び出すからね?
その町は白かった。魔導列車から降りた菊代は、そう見えた。
辺り一面に白の雪が降り積もり、日々の生活が産み出す熱により、軒に積もった雪が溶け、氷柱となって垂れ下がっている。
どちらかと言えば、温暖な気候である神皇国では中々見られない光景だった。
「へ~、結構賑わってるね」
「魔導列車が通り始めてから、人通りが増えまして」
「見給え、菊代。土産物が売ってるよ!」
ウルレイカがシルヴィアから、町の地理や気候を聞いている横で、ナジェーリアは土産物屋を指差していた。
「おば様? 駅前ですから、土産物は当たり前ですのよ」
「分かってない、分かってないね菊代。旅の醍醐味は土産物屋の物色であるよ? 嘗てはアレクセイと満代に
母と、そして会った事の無い父の話を聞いて、菊代は心臓が跳ねる様な感覚を得た。
菊代にとって父の詠は、母の昔話か写真に写る誰かでしかなかった。優しげな垂れ気味の目の男性が、桜並木で母と並んでいる写真。
母曰く、初めての逢い引きの時に撮った写真らしい。それが、菊代の記憶にある一番古い父との記憶になる。
「……詠は体が弱かったからね。神皇国から出る旅は出来なかったし、神皇国国内でも遠出は厳しかったよ」
「そうだったのですの?」
「それでも、詠は好奇心旺盛でね。ふふふ、懐かしいものである」
過去を懐かしむナジェーリアが、土産物屋の店先で紫煙を燻らせる。僅かに雪を乗せた風が、パイプから燻らせた紫煙を、その冷たさと共に連れて行く。
「おば様、御父様は……」
「菊代ー、リトリアー! そろそろ行くよー!」
ウルレイカの声に、菊代の言葉は消えた。
ナジェーリアの銀髪に、僅かに降る雪が触れていく。
「さて、菊代。行こうではないか」
「何処へ行きますの?」
「世界の真相、その末端である」
吹雪を思わせる銀髪を風に靡かせ、口の端にパイプを噛んだ笑みを菊代に向ける。
四十代には見えないナジェーリアの表情を、過去のまま現在に取り残された儚げな顔、菊代にはそう見えた。
「そういえば、同志リーリヤは何処かね?」
「あ?」
駅が見えなくなった頃、ナジェーリアがそう言った。
〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃
リーリヤは面倒だと感じた。己がこの田舎町に来たのは、一連の魔女に纏わる事象の調査であり、ブレーメイヤ家に対するごますりを聞きに来たのではない。
「あいつら、何処へ行った?」
ごますりを適当に聞き流し降り立った、本格的に雪の降り始めた駅前で、リーリヤは呟いた。
長閑な田舎町には似つかわしくない、豪奢なコートを風に靡かせたリーリヤは、積もり始めた雪を踏み締め、大通りを進む。
この町は、シルヴィア・クシャトロワの故郷だ。特にこれといって、特筆すべき観光地も名産も何も無い。
「公国では珍しくもない町だ」
公国は国土が広く、地下資源も豊富だ。だがその反面、気候が寒冷を越えた極寒であり、万年雪に覆われている土地が殆んどだ。
「失業者は見当たらん」
町の規模に対して、大きい駅があるからか、この町に失業者は見当たらない。
宿泊施設や土産物屋、食事処。働く場所は、人口に対して多いだろう。
「平和な町だ……」
リーリヤは呟き、歩みを進めていく。
果たして、この町で一連の事象に関する事が、判明するのだろうか。
歴戦の魔女としての勘が、謎が深まる。そう告げている様な気がする。
「もし、そこの方」
「……私か?」
「はい」
考え歩んでいると、背後から声を掛けられる。リーリヤが振り向くと、ナジェーリアに似た銀髪の女が道端に立っていた。
「宜しければ、道をお尋ねしても?」
「済まんが、私も来たばかりだ。他を当たってくれ」
「そうでしたの。それは失礼しましたわ」
菊代というよりは、満代に似た喋り方だと、リーリヤは何故か思い出す。そう、似ているだけなのに、何故か二人が思い浮かぶ。
何故かと、リーリヤが眉をしかめていると、女は柔らかな微笑みを浮かべる。
「どうかなさいましたか?」
「いや、古い、友人の喋り方に似ているとな」
「あら、それはそれは」
どうにも、苦手な女だ。リーリヤは、先に行った馬鹿共を探そうと、女に背を向ける。
「私の名前は〝ベアトリーチェ・イオリア〟と言いますの。……リーリヤ・ブレーメイヤ少将」
「あぁ?」
リーリヤが突然の名乗りと、呼び掛けに振り向くと、そこには雪を運ぶ風しか無く、女は痕跡すら残さず消えていた。
「て、居た居た。ブレーメイヤ、何してんのさ?」
「ルーデルハイトか。お前らこそ、何処へ行っていた」
「クシャトロワ軍曹の家」
「私を置いてか?」
「え? もしかして、寂しかったりしたの?」
ウルレイカのふざけた表情に、苛立ちを覚えるが、己の方が年上なのだ。この程度の事で苛立っていては、爺やと婆やの小言が死ぬまで続く。リーリヤは平静を保って、ウルレイカに向き直った。
「二等分か四等分、選べ」
「ブレーメイヤ、ボクが言えた口じゃないけどさ。煽り耐性付けた方がいいよ?」
「喧しい」
言って、ウルレイカの頭を軽く小突いた。
中身がアレなのか、中々に良い音がした。
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「リューヌ、お主、性能上がっとらんか?」
「アップデートした覚えは無いのですが……」
「妾も無いぞ」
書籍、巻物、羊皮紙、有りとあらゆる記録媒体が埋め尽くす一室にて、テレジアとリューヌはそんなやり取りをしていた。
「分体も一度に八体とはの。以前より二体増えとるのぅ」
「……陛下、まさかではありますが」
「おう、ソッコで妾を疑うのやめよ。お主は原典が原典じゃから、強化しようにも、構成エーテルを弄るしかないぞ?」
「では、何故私の性能が上がったのでしょうか?」
リューヌは魔導生物、魔導生物の強化は中々に難しく、一番手っ取り早いのが、その体を構成するエーテルを強化する事だが、それは人間に置き換えれば、いきなり血液の濃度を上げる様なものだ。
はっきり言って、急激な強化は不可能に近い。
「体に違和感は無いのじゃな?」
「はい、これといっては、まあ、強いて言うなら、やはり調子がいいという事でしょうか」
「調子がいいのぅ」
テレジアが首を傾げ、リューヌを見る。
身体的特徴は変わっていない。言ってしまえば、内燃エーテルの流れが活性化しているだけだ。
「原因が解らぬし、今は静観かの?」
「はぁ?」
ソファーに凭れ掛かり、テレジアが瞼を閉じようとした時、ふと机の上にあった一枚の羊皮紙が、彼女の顔に覆い被さる。
「なんじゃ? ただのメモ…… リューヌ!」
「は! ここに」
「ナジェーリア達と連絡を取れ! 今すぐじゃ!」
「畏まりました」
リューヌに指示を出し、テレジアは一枚のメモ用紙を睨む。
「ただの迷信じゃと思っておったのだが……」
テレジアが掴むメモ用紙には、こう書かれていた。
〝エーテル活性体の実在と危険性〟
次回
普通! 普通の家だよ!