いせまじょ ~異世界の魔女達の夜~   作:ジト民逆脚屋

35 / 42
はい、新章スタートです。
そして、待ってた人はいるのか?


幕開け
魔導列車


 金はあるとこには、ホントにあるもんだ。

 ウルレイカは改めて思った。

 

 豪奢な調度品、空調の効いた部屋、言えば何から何まで揃う環境、振動のほぼ無い車内。

 世界最大国家である公国を横断する鉄道、その貴賓車にウルレイカは居た。

 

 「ブルジョワー、ブルジョワジー」

 「どうかしましたの? ルーデルハイト」

 「いや、だってさあ、飛び入りでこれだよ? ありえねー」

 

 ウルレイカが口を横にして気怠気に抗議するが、菊代は何故抗議されているのか理解出来ていない顔で、首を傾げる。

 

 「ルーデルハイトも大佐、佐官ならこのぐらいの扱いはされているのでは?」

 「まあ、扱いは悪くないけど、規律主義で年功序列なとこあるからさ。飛び入りだと、個室が取れるかどうか」

 「そうですの」

 「あ~、ブルジョワー。いいなぁ、おい。個室にソファーにベッドに冷蔵庫、シャワーも完備。ボク住むここ」

 

 ウルレイカがテーブルに伸び、だらしない態度を取る。

 確かに良い部屋だが、菊代からしてみれば、あくまでも列車の貴賓車に過ぎない。

 自室の方が遥かに寛げる。しかし、ウルレイカそうでもなさそうなので、菊代は彼女の部屋を想像してみた。

 

 だが、すぐにやめた。他人の暮らしを詮索しても仕方が無いし、生活水準は人其々だ。

 皆違っていい。

 

 「あぁ~、これが休みならどれだけよかったか……」

 「実質、休みの様なものですわ」

 「だけどさ、やる事がめんどいよ?」

 「まあ、調査ですからね」

 

 二人が調査に向かう先、それはある人物の生まれ故郷だ。

 公国の東端にあるその小さな町、そこでその人物は生まれた。

 

 「まさか、クシャトロワ軍曹の故郷を調べる事になるとはね」

 

 ウルレイカが僅かに揺れる車内で、茶を飲む。

 あの会談での一件以来、シルヴィア・クシャトロワの重要度がはね上がった。

 ただでさえ、対ナジェーリア・リトリア用最終防衛魔女などと呼ばれ、微妙に重要視されていたのだが、今回の件でその重要度が国賓クラスになっていた。

 

 「しかし、奴等は何故にクシャトロワ軍曹を?」

 「ボクには分かんないよ。だけど、軍曹には何かがある。そういう事なんでしょ」

 

 あの連中が、何故に彼女を欲するのか。

 シルヴィア・クシャトロワ、彼女は魔女としても軍人としても、お世辞にも優秀とは言い難い。

 しかし、

 

 カタリーナ・フィーベル

 アビゲイル・フランシア、

 フレデリカ・ガーデルハイト

 

 この三人は彼女を狙い、会談に襲撃を掛けた。

 彼女達は何者なのか。腕利きの魔女魔導師となれば、大なり小なり名前は知られるものだが、会談に集まっていた魔女の誰も、この三人を知らなかった上に、どこの国にも情報が存在しなかった。

 無論、国に所属していない野良の魔女も数多く居るが、それでも情報を完全に隠蔽出来る訳が無い。

 

 〝福音〟の魔女に続き謎が増えたと、菊代は頭を抱えたが、ナジェーリアの部下であるナディアの予測では、これらは繋がっている。

 

 「〝福音〟を得るのは自分達だ。そう言ったんだよね?」

 「イヴェノヴァ中尉の話だと、そうですわ」

 「イヴェノヴァが嘘を吐く理由は無いし、もし、その〝福音〟が〝福音〟の魔女を指してるなら、何故クシャトロワ軍曹を狙う?」

 「それを調べる為に、彼女の故郷に向かっていますの」

 「知ってるー」

 

 菊代が窓に目をやれば、外は視界の確保が困難な程に吹雪いていた。よくもまあ、こんな悪条件で走行が出来るものだと感心するが、万年雪に覆われた冬の大国の公国なら、これが普通なのかもしれない。

 

 「そう言えば、リトリアは?」

 「……何故、私に聞きますの?」

 「え? この部屋、ボクと菊代以外居ないじゃん」

 「おば様なら、食堂車ですわ」

 「相変わらずの食い道楽かー」

 

 溜め息が出る。もう五十路が近いのに、あの食欲と食い意地は一体なんなのか。

 その癖、体型が一切崩れないのは何故なのか。

 母に一度、

 

『どうして、おば様はあんなに食べるの?』

 

 と、聞いてみたが、優しい顔で微笑まれて、頭を撫でられただけで終わった。

 母も母で、中々に健啖家だったので、仲間意識があったのだろうか?

 

 「ま、菊代が旅行するのに、リトリアが付いてこない訳無いか」

 「それ、どういう意味ですの?」

 「ほら、リトリアって、菊代に対して構いたがりの構われたがりだから」

 

 ナジェーリアは、親友の忘れ形見である菊代を、猫可愛がりしてくる節がある。

 最近では、それが鬱陶しく感じる事もあるが、まったく構ってほしくないという訳でもないので、割りと微妙な気分にもなる。

 

 「可愛がられときなって、菊代。……まだ、立場ビミョーなんでしょ?」

 「耳聡いですのね?」

 「まーねー」

 

 天内菊代は対外的には、ネームドであり天内満代の後継と知られているが、神皇国内では、少々軽んじられている。

 母である満代とは違い、目立った功績が少ないのだ。

 他国のネームド魔女に勝利した事も少なく、特に圧倒したという訳でもない。

 何か事件を解決した事も少ない。

 

 無論、まったく無いという訳ではない。天内の家名は伊達ではなく、その家名に恥じない功績を挙げている。

 だが、母の満代の功績にはまったく以て届かない。

 

 満代が生きていた頃は、ナジェーリアやイングヒルトにリーリヤ、様々なネームド魔女が、陸に空にと暴れていた時期でもあった為、功績を挙げるのに困らなかったと、言われているが、それは満代が現行最強の魔女魔導師達を、正面から圧倒し捩じ伏せていたという事だ。

 

 早い話、菊代は満代と比べられている。

 自分は自分、母は母と、意識はしている。だがそれでも、そういった声を遮断出来る訳ではない。

 

 「可愛がられてるって事は、期待されてるって事だよ」

 「ルーデルハイトは、どうでしたの?」

 「ボク? ボクはてんでダメさ。単純な魔女としてだけなら、下手したらクシャトロワ軍曹とどっこいだよ?」

 「そうですの……」

 「聞いといて、そんな顔しないでよ」

 

 それに

 

 「ボクは空が飛べたらそれで良かったし、周りはあまり気にしなかったなー」

 

 あっけらかんと言い放つウルレイカに、菊代は苦笑が漏れる。

 気を使われている。気のせいかもしれないが、余計な事を聞いてしまったかと気に病んだが、少し楽になった。

 

 「……感謝しますわ」

 「いいよいいよー」

 

 軽い調子で気にするなと、テーブルにだらけながら手を振る。

 緊張感が無いが、ウルレイカ・ルーデルハイトという魔女はこうなのだろう。

 力を抜き、自然体で、空を飛ぶ。

 それが、帝国最強の魔女の在り方。菊代には真似出来そうにない。

 

 「つーか、吹雪スゴいな! これで飛ぶのは、勘弁してほしいな」

 「行き先はクシャトロワ軍曹の故郷ですのよ? 戦闘にはなりませんわ」

 「油断はダメだよー、連中が先回りしてるかも?」

 「有り得ますわね」

 

 特にあの死霊術師。リーリヤの割砕で、体が形を成さなくなっていても、それでもシルヴィアを求めていた。

 あの執念は一体なんなのか?

 

 「考えても、埒が開きませんわね」

 「お? 食堂車行く?」

 「昼食を戴きに行きますわ。ルーデルハイトは?」

 「ボクも行くー」

 

 菊代が立ち上がり、ウルレイカもそれに続く。

 

 「そう言えば、ルーデルハイト」

 「なに? 菊代」

 「この列車の主を知ってますの?」

 「え? リトリアじゃないの? 将軍でしょ、あいつ?」

 「おば様は貴族位は持ってませんのよ」

 「じゃあ、誰?」

 「公国の名家で、今回の事情を知っているのは?」

 「まさか、ブレーメイヤ?」

 「当たりだ。ルーデルハイト大佐」

 

 ウルレイカが人物の名を口にすると、その件の人物であるリーリヤ・ブレーメイヤが姿を現す。

 

 「うわ! いきなり現れるなよ」

 「気付け。私は隠密は得意じゃない」

 「無茶言うなよ」

 

 眇で見る長身は、何時もの軍服ではなく私服だった。

 

 「また、えらく着飾ってるな?」

 「似合わんと、正直に言え」

 「なんで、その服装なんですの?」

 

 豪奢な飾りが施されたコート、生地も仕立ても最上級のものだろうと、素人目から見てもはっきり解るそれらは、残念だがリーリヤに似合っているとは言えなかった。

 どうにも、着こなせておらず、憮然とした顔がそれを助長する。

 

 「爺やと婆やが何を勘違いしたのか、これを押し付けてな。どうした、ルーデルハイト大佐」

 

 事の経緯を説明しようとしたリーリヤを、目を丸くしたウルレイカが見詰めていた。

 リーリヤはそんな彼女に問うと、

 

 「いや、爺やと婆やって本当に言う奴、初めて見たからさ。お話の中の貴族だけかと思ってた」

 

 頭を軽く小突いた。




次回

え? 初めて聞いたよ?!



感想とか、ズンズン来るといいなぁ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。