それは、エーテルの暴力だった。シルヴィアは、リューヌ達の影に隠れながら、目の前で起きている事態を内心で、そう表現した。
「あ、え?」
「半溶けで、なに呆けてんだ? あァ?!」
リーリヤの振るった、山羊の頭に似た大斧が見えない。
その大斧を振るう腕も、シルヴィアの視覚は捉えられない。
それだけでなく、今の状況は異常だと判断出来る。
「まったく、同志リーリヤも無茶苦茶するものであるね」
「おば様、これは無茶苦茶以前の問題だと思いますのよ?」
「うわ、ブレーメイヤ、マジでキレてんじゃん」
「ブレーメイヤ少将様、かなりキテますね」
「というかのう、妾の宮殿割れたんじゃが。いや、部屋だけじゃがの」
「はっはっはっ、なんの強がりかね? テレジア」
爆発音の様な音が聞こえたら、半溶けのカタリーナが真っ二つに割れた。
魔女とは言え人間、体が半溶けになって骨が半分以上見えたら、普通は死んでいる。だが、カタリーナは死んでいない。死なず、縦二つに割れて生きている。
「逃げ! にげにげぇ!」
「誰が逃がすかァ!」
二つに崩れたカタリーナが、リーリヤから逃げようと割れ崩れた体を必死に這うが、リーリヤの大斧はそれを許さず、低く横薙ぎにカタリーナを斬り払った。
「あぱ!」
カタリーナが溶けた血肉を撒き散らし、割れた部屋から外へと弾かれる。
弾かれた彼女は、笑っていた。
「逃がさん!」
リーリヤがガラスの床を蹴り、カタリーナの追撃に向かった。
「マズいね。同志リーリヤの奴め、頭に血が昇っている」
「いや、血が昇っているで済むの?」
ウルレイカが口を横にして呻き見る先には、割り砕かれたガラスの宮殿と調度品、そして死霊術師の血肉が撒き散らされていた。
「巫女としては、あまり良い光景ではありませんわ」
「いや、まともな神経してる奴なら、誰だってドン引きだよ?」
「はっはっはっ、戦場ではよくある事であるよ」
「あの、皆様」
フレスアードがおずおずと手を上げる。
「どうしたのじゃ?」
「あの、追わないので?」
「「「「……しまった……!」」」」
魔女達が全員、慌ててリーリヤを追った。
〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃
激音の直後、ボリスは〝白〟の爆裂に飛び退いた。ナディアの鎖も、〝白〟に破砕されていた。
「骨、骨だと?!」
「これは……!?」
アビゲイルが、地面から飛び出た白骨の群れに隠れて立ち上がる。己を守る白骨の群れは、確かに仲間のものに違いない。
まさか、目的を果たしたのかと、宮殿の方向に目をやる。
「カタリナ!」
「ア、アビィ、逃げぇますよぅ!」
だがそこからは、目的を果たしたカタリーナではなく、人間の形を殆ど保っていない彼女が、半死半生で宮殿から逃げ出してきていた。
「お前、その体は……!」
「す、少しぃ、甘く見すぎましたぁ」
「くっ、〝ベアトリーチェ〟が来るまでは、まだ時間があるか!」
「早くぅしないとぅ、来ますぅ」
「逃がす、逃がす訳が無いだろう?」
ナディアの鎖が二人を縛ろうと迫り、白骨の群れの影からはボリスがナイフを投擲する。
カタリーナに戦闘能力は無いに等しく、アビゲイルは一人、鎖を穿ちナイフを弾き続ける。
しかし、それも長くは続かない。単純な戦力差もあるが、今はそれよりもカタリーナを追ってきた者が原因だった。
「よう、観念したか? 骨女」
「うわ、来たぁ!」
体が治り始めていたカタリーナが叫び、アビゲイルが驚愕に目を剥く。
思わず動きを止めたのは、二人だけではなく、ボリスとナディアも同様だ。
四人が見たのは、額から血を流しながらの実にイイ笑顔で、大斧に割砕を乗せて振り抜く直前のリーリヤだった。
「仲間が居たのか。なら、死ね」
地が割れ亀裂が走り、エーテルの波が飛沫、形あるものが割り砕かれていく。
ボリスは影から影へと移り逃げ、ナディアは鎖で飛び逃げている。
アビゲイルとカタリーナは、割砕の爆心地に居た。普通なら、形も残らず消える。
だが
「はっ、嘗めた真似をするなあ、おい?」
リーリヤが笑い吐き捨て見る先には、エーテルの霧を棚引かせながら、リーリヤに細剣の罅割れた切っ先を向けているアビゲイルと、その背後に隠されたカタリーナであった。
「馬鹿げた威力だな……!」
アビゲイルは即座の反撃を放ちたかったが、細剣を構える右腕が動かない。霧の晴れた周囲に注意すれば、局所的な天変地異が発生したのかと、地面が割り砕かれている。
「まさか、私の割砕を抜くか。……名前くらいは聞いといてやる」
余裕で立つリーリヤが、斧を肩に担いで二発目を構える。アビゲイルが名乗った瞬間、自分達を割り砕く気だ。
しかし、今の自分達にそれを回避する術は無い。
一瞬、迷ったアビゲイルは、それでも名乗ることに決めた。
「アビゲイル・フランシアだ」
相手はあの斧鉞、勝負は一瞬にも満たないだろう。
自分達はあの大斧に砕かれる。死にたくはないが、どうしようもない事はある。
あるが、やはり死にたくないので抗う事に決めた。
「アビゲイル・フランシア、私はリーリヤ・ブレーメイヤだ」
それじゃ、さよならだ。リーリヤが大斧を振り抜き、アビゲイルが細剣をリーリヤの喉元へと走らせる。両者ほぼ同時、否、アビゲイルの方が早かった。
真っ直ぐ、リーリヤの喉元を貫かんと走る細剣だったが、あとちょっとというところで、その動きがぶれた。
先程の割砕を穿った時のダメージが、今アビゲイルの技を曇らせたのだ。
大斧よりも先に貫く筈だった細剣は、その柄に弾かれ、二人は砕かれ消える。
その筈だった。
「な?!」
「あァ?」
リーリヤが大斧を振り抜き、割砕が二人を飲み込もうとした瞬間、突如割り込んできたものにより、割砕が弾かれあらぬ方向へと駆け抜けた。
その事実に、三人は呆気に取られるが、アビゲイルとカタリーナの驚愕は、技を弾かれたリーリヤとは違う者に向けられている。
そう、何者かがリーリヤの割砕を弾いたのだ。
「迎えに来たぞ。アビィ、カタリナ」
「〝ベアトリーチェ〟ではなく、まさかのお前か。〝フレデリカ〟」
膝を付く二人の前で、大剣を掲げ大盾を構えた重騎士が、意気揚々と高らかに名を上げる。
「我が名は〝フレデリカ・ガーデルハイト〟、リーリヤ・ブレーメイヤ、先程の剛力の一撃実に美事! 流石はあの斧鉞の一撃!」
「喧しい奴だな」
「されど、我が聖盾に傷を与えるに能わず! 斧鉞の魔女よ! 我が聖剣の露と消えよ!」
「話を聞けよ」
重鎧を鳴らし、大剣を構えるフレデリカに、リーリヤは唐竹割りの一撃を放った。
「なんと! なんと重い一撃か!?」
リーリヤ的にも、割りとイイ一撃だったのだが、フレデリカは片手持ちの大剣でそれを受けきった。
リーリヤが不愉快そうに眉間の皺を深くすると、アビゲイルが叫んだ。
「フレデリカ!」
「心配無用! 友よ! 正義は負けん……!」
フレデリカが大剣を振るい、大斧を弾くと、バックステップを入れ膝を付くアビゲイルを抱えた。
「おい、負けんのだろうが!」
「負けんが、友の為なら逃げる!」
「これをぅ、プレゼントォ!」
出遅れたリーリヤが、急ぎ三人を追うが、フレデリカが装備の割りに以外と速く、カタリーナの骨が行く先を塞ぐ。
「ちっ、ナディア!」
「解ってる、解ってるさ!」
ナディアが三人を拘束しようと鎖を伸ばすが、細剣が鎖の束の集約点を貫き、鎖がバラける。
「アビゲイル!」
「ナディア・イヴェノヴァ、シルヴィア・クシャトロワは、今はお前達に預ける。だが、彼女は我々の悲願成就の為に貰うぞ……!」
アビゲイルの口がナディアに向けて動き、カタリーナの骨の群れが三人を飲み込み、リーリヤがその白山を砕いた時には、三人の姿は無かった。
「同志ナディア、戦況はどうかね?」
「将軍、将軍か。見ての通りさ」
ナディアが溜め息を吐き、砂粒と消えていく白山を見詰め呟いた。
「福音、福音を得るのは我々か。アビゲイル、お前らは何をしようとしているんだい?」
次回
同志軍曹の故郷に行こう!