小ネタ
天内満代>現役ネームド魔女
「そこな小娘の感性が正しいとは、一体どういう意味かの?」
テレジアが、己の侍女が離さぬ女を指差し、菊代を睨む。見た目は幼いが、中身は何世紀も生まれ変わりを繰り返してきた魔導の母。
童女のそれではない眼光が菊代を射抜く。
「ディートリッシュ陛下は、魔法の始祖をご存知ではありませんね?」
「当然じゃろ? というより、それは先程論じたぞ?」
「では、各地に存在する土着の魔法の始まりは?」
菊代の言葉は、ガラスの部屋に静かに響き、魔女達が眉をひそめる。
魔法の始祖は誰も知らないが、土着の魔法の始まりは知っている。それこそが、今の魔導の元になったからだ。
「確かに、王国でも土着魔法の始まりなら伝えられています」
『我が魔女の言う通りだ』
フレスアードと〝魔神〟が、菊代の問いを肯定する。
彼女の得意とする魔導は幻灯と使役、王国のまだ幼い王の閨に侍り
王国は厳しい土地だ。砂と岩ばかりの土地、王国を象徴する太陽が出ている昼間は、その土地に住まう命を全て焼き殺し、水すらも燃やす。
そして、太陽が沈んだ夜はその逆となり、公国に負けず劣らずの極寒となる。だからか、王国の民は物語に夢を見る。
悪しき神を討ち倒す英雄憚、弱き民を救う義賊、優しき英雄の自己犠牲、様々な物語が王国から生まれた。
その物語から生まれた魔法は、人々に一時の癒しを与える為に生まれた。
幻灯は物語が映し出し、映し出された幻を使役する。
その幻の劇で、昼間に焼かれた身を癒し、身を凍らせる夜を越え、また朝を迎える。
弱き人々が厳しい大地で生きていく為、嘗ての英雄が対等の契約を結んだ〝魔神〟の力を借りた魔法。
それが、王国の魔法の成り立ちとなっている。
「あ、じゃあ、なんで〝魔神〟は魔法の始祖を知らないのさ? あんたと契約結んだ英雄は魔法知ってたんでしょ?」
『簡単な話だ。我と奴が出会う遥か前から、魔法はいつの間にか存在していた』
「それもそっか。そうじゃないと、魔法の話は出来ないか」
「他も似たようなものですね」
ウルレイカがテーブルに腕を枕に突っ伏し、行儀悪くカップを唇で傾け冷めた茶を啜る。冷めても殆ど風味の落ちないシルヴィア・クシャトロワ製の不思議な茶、魔女魔導師に大人気。
カップの底がソーサーに擦れる音を聞きながら、ウルレイカはフレスアードを見る。
ーーテーブルに乗ってるーー
露出過多、ほぼ局所的にしか隠せていない、踊り子風の衣装に飾られた褐色の肉体。その豊満な肉体は、ウルレイカが持ち合わせないもの。
ーー身長高くて脚も長くて、尻も乳もでかいってどういう事~ーー
神皇国では柳のように細い~とかなんとか言うらしいけど、柳ってあの細い針金みたいな葉っぱの筈。
集中力が途切れてきているのは理解出来る。だが、長い会議は苦手だ。
元々、会議とかで活躍する内政型ではない。単純な魔女としても下の下、シルヴィアとそう変わりはない。
ーーつーか、テュレイルはいつ軍曹離すの?ーー
ちらりとシルヴィアに目をやると、リューヌの膝枕から未だに解放されない軍曹が居た。
あのまま共和国に持ち帰る気だろうか?
ていうか、二人して乳でかいなおい。
確か、神皇国にカガミモチとか、ライスのペーストを乾かして固めて重ねたものがあった筈。
ウルレイカは、横向きに寝転がされているシルヴィアの軍服に、押し込められた胸を見ながら思った。
ーー菊代は当たり前にでかいし、リトリアは大きいけど、乗らないーー
本当に集中力が途切れている。そうでなければ、なにが悲しくて乳ソムリエしなくてはならないんだ。
いや、勝手にしてるだけだけど。
兎に角、菊代、シルヴィア、フレスアード、リューヌ、ナジェーリアの順でデカイ。
己を含めて、リーリヤ、テレジアは無い。大きいとか小さいとか以前に、無い。
いや、大丈夫。自分はまだ成長期、まだ希望はある。
最近は、腕組みをして腕に引っ掛かる位にはなった。
「そう、どの魔法も由来不明の魔法を起源としている。そして、魔法と魔導には共通する事がありますの」
「ほう、ならば菊代。その共通する事とはなにかね?」
「簡単ですの。魔法も魔導も、大元はエーテル操作技術ですわ」
「ふむ、するとじゃ。何処からともなく現れた者が、魔法というエーテル操作技術を我らの祖先に伝え、それが散らばり各国の魔法となった。そう、言いたい訳じゃな?」
「つまり、この世界には元々、エーテル操作技術は存在しなかった。だから、クシャトロワ軍曹の感性が正しいか」
リーリヤが菊代を睨む。
菊代の仮説が正しければ、この世界に魔法魔導は存在せず、何処の誰とも知れぬ者によりもたらされた、という事になる。
否、少し違う。
魔法魔導の話ではない。菊代の仮説は、今の世界を形作っているエーテル操作技術、それがこの世界には無かったというものだ。
ウルレイカも言っていたが、かなり滅茶苦茶な仮説だ。
だが、ある意味では頷ける。今の魔導の原典ともなっている魔法は、その起源がまったく解らない。
本当に、何処からか始まり何処からか伝わり広がったとしか言えないのだ。
菊代を見ながら、リーリヤは思い出す。あの、常識人を気取りながら、実質は目の前でパイプを吹かしている変人と何ら変わらぬ彼女の母親を。
ーーよく振り回されたなーー
神皇国の良家、引きこもり気味だった彼女だったが、唯一ナジェーリアが神皇国に訪れた時は、物知り顔で町を案内して、騒動を引き起こしていた。
リーリヤも、その騒動によく巻き込まれた。
ーーまったく、似るものだーー
満代は穏やかな、虫も殺せぬ顔をしながらその実、自分達が束になって掛かっても、それを正面から制圧する鬼巫女だった。
菊代も、今はまだまだだが、次第にその頭角を表し始めている。
「しかし、この仮説には根拠が薄い。満代の言葉があってもだ」
「確かに、そうですの。なので、〝福音〟の魔女の調査と平行して、魔法についても調査をするべきだと、私は意見しますわ」
「ああ、その必要は無い」
菊代の宣言を遮る様にして、突然一つの声がガラスの部屋に転がった。
「あァ? なんだ貴様?」
「これはこれは失礼を、リーリヤ・ブレーメイヤ少将。私ぃ、〝カタリーナ・フィーベル〟と申しますぅ。お気軽にカタリナ、とでもお呼びくださいぃ」
道化師の様な、フレスアードと同じ踊り子の様な、露出が多く奇抜とも言える衣装の女が、人当たりの良さそうな顔を嬉しげに歪めて言った。
「本日はぁ、そこにおわすはシルヴィア・クシャトロワ様を、お連れしに来た次第で御座いますぅ」
「へ?」
お連れすると言われた当の本人が、気の抜けた声を出すと、彼女の周囲に侍っていたリューヌとその分体、他魔女達が一斉に警戒に入った。
「つまりは、敵かね?」
「はいぃ、恐らくはそうなるかと……」
思われます。そう、カタリーナと名乗る女が言い終わる前に、
「そうか。なら、死ね」
リーリヤの
〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃
「ちっ、面倒な」
「危ない、危ないね。最近の若い魔女は血圧高めなのかい? ん?」
「助かった。中尉、感謝する」
細剣が貫いた先には、誰も居なかった。
何故なら、その切っ先は向く先を絡め取られ、明後日の方角を貫いていた。
「いいさいいさ、カレンディット大尉。あんたがやられると、将軍の世話役がアタシになっちまうじゃないか」
「……上官命令で替わるか?」
「冗談、冗談だね。将軍は上官で、アタシの酒飲み仲間、世話焼くのは酔い潰れた時だけさ」
ボリスを吊るし、細剣を絡め取った魔女が、宙でケラケラと軽い調子で笑う。
「……貴様、名を名乗れ」
「おいおい、アタシを知らないとかモグリかい? それと、名を聞く時は自分から、母ちゃんに教わらなかったかい? ん?」
「……ふむ、確かにそうだな」
「随分、素直だな」
細剣の女が、形の良い顎に手を当て頷いた。
「当然だ、ボリス・カレンディット。こちらの無礼を親切に咎めてもらった。従うのは当然だ」
「……俺は貴様に、いきなり風穴を開けられそうになったのだが?」
ボリスの言葉に、細剣の女は鈍い汗を流し、彼から目を逸らした。
「おい?」
「いや、待て。うん、そうだな?」
「なんだいなんだい? どうかしたのかい?」
四角い顔を渋く歪めて、ボリスが女を睨む。
ポンチョで体を隠した魔女が鎖の音を立てて、怪訝そうに二人を見る。
やがて、細剣の女が突如叫んだ。
「ええい! 解っているから、静かにしろ! シルヴィア・クシャトロワの確保だろう!」
「ちょっとちょっと、あんた今なんて言った?」
魔女は吊るしていたボリスを下ろし、音も無く着地する。
細剣を絡め取ったまま、魔女は女を睨んだ。
「あぁもう!」
細剣の女は頭を振って、二人に向き直る。
「私は〝アビゲイル・フランシア〟! 今日はシルヴィア・クシャトロワの身柄を戴きに参った!」
「そうかいそうかい、アビゲイル・フランシア。私は〝鉄鎖〟の魔女〝ナディア・イヴェノヴァ〟、まあ、宜しくやろう」
「そうか、ナディア・イヴェノヴァ」
アビゲイルは名乗り、細剣を構えようと腕を動かすが、細剣が腕についてこない事に気付く。
何故かと、細剣に目をやると、細剣の切っ先に鎖が何重にも絡み付いて、動きを封じていた。
「ひ、卑怯な! 離せ、ナディア・イヴェノヴァ!」
「誰が離すか! ばぁーーか!」
ナディアは手に持つ鎖を鳴らし、アビゲイルの持つ細剣を引く。
徹底して、アビゲイルの動きを封じる構えで、ナディアはポンチョから新たな鎖を垂らす。
「家の、家の箱入り娘は、早々やれないんでね。ちょっと、大人しく吐いてもらうよ。ああ、勿論目的をね……!」
さあ、何故狙われる? 同志軍曹