今回から徐々に話が加速を始めるよ?
そして、段々と我等が同志軍曹が世界的最重要人物に?
「まるで、この世界のものじゃないみたい」
シルヴィアの呟きに、ネームド魔女全員が彼女を見た。
この世界のものではない。彼女はそう言った。
「あの? えと、私なにかしちゃいました?」
「いえ、クシャトロワ様。貴女はなにもしていませんが、その……」
未だにリューヌの膝枕の姿勢で固定されたシルヴィアが、キョロキョロと辺りを見回す。
何かは解らないが、何かをやってしまった気がする。
というか、何故にリューヌは自分を離してくれないのだろうか。
確かに、リューヌの膝枕は体が液体に近い故か、ひんやりと適度に冷たくて、頭を包み込む様に柔らかく、とても心地よいのだが、各国有力魔女を前にこの姿勢は如何なものか。
しかし、自分を膝枕し続けているのは、共和国建国妃にして魔導の母の専属侍女。世界的にも最重要人物の専属侍女となれば、医療関係の技術や知識も持っていて当然の筈。
だとするなら、この膝枕も治療になる。
なるのか?とか考えていると、ナジェーリアが問うてきた。
「ふむ、同志軍曹。この世界のものではないとは、どういう意味かね?」
「どういうって、え?」
「え?」
ナジェーリアとシルヴィアが、二人でキョトンとした顔で固まった。
両者共に、何を言われたのか理解が追い付いていない様子だ。そうして、呆けた顔をしている二人を置いて、菊代が代わりに問い掛けを続けた。
「クシャトロワ軍曹、この世界のものではないとは、魔導の事ですの?」
「あ、えと、はい」
「それは何故ですの?」
ーー何故ですのって言われても……ーー
正直困る。己には、初めて見た魔導はそうとしか見えなかったから、そうとしか言えない。
だが、神皇国の巫女の見立ては違う様だ。
「菊代、どうしたのさ?」
「いえ、少し気になる事がありますの」
「気になる事?」
「ええ、ですので、クシャトロワ軍曹。何故、魔導がこの世界のものではないと、思ったんですの?」
菊代の問い掛けにシルヴィアは、未だに解放されない膝枕の姿勢のままで答える。
「あ、えと、私が初めて見た魔導が、子供の頃に見たサーカスでして、凄い綺麗だったのでそれで」
「そうでしたの」
「それで、菊代。何か分かったの?」
「分かったというより、仮説が出来たというものですの」
菊代が少し冷めた茶で唇を湿して、隣に座るナジェーリアや母をよく知るリーリヤにテレジア、フレスアードに目をやる。
皆、恐らくだが、自分と同じ仮説に行き着いている筈。
誰もが、菊代の母である満代と交流があり、嘗ては鎬を削った仲だ。
「御母様は私にこう言っていましたわ。〝己の魔導を己の力と思うな。力の根底を恐れろ〟と。初めは、天内家に代々伝わる〝火輪日輪〟の事かと思ってました。しかし〝力の根底〟、これの意味が解りませんでしたの」
「満代はよく言っていたね。〝魔法には何か違和感がある〟と」
ナジェーリアの言葉に、古株の魔女達が頷き、ウルレイカ達若年層の魔女が首を傾げた。
〝魔法には何か違和感がある〟
世界最強の
何かは解らない。だが、あまり良い感じはしない。
自分達が築き上げてきたものが、根本から崩れ落ちていく様な感覚が足下から広がっていく。
だが、天内満代と交流のあった古株のネームド魔女達は、平然とした様子で構えていた。
「天内菊代様、その仮説とは?」
「フレスアード、急くな急くな。満代の娘が立てた仮説、ゆっくりと聞こうではないか」
「はっ、これまた性格の悪い事だな」
「はっはっはっ、まあいいではないか。さあ、菊代。我等が輩の残し火よ。教えてくれ給え。説いてくれ給え。きっと、それが答えであるよ」
パイプから紫煙を燻らし、軍帽を直したナジェーリアが笑う。その紫煙の向こうでは、リーリヤが眉間に皺を寄せながらも口の端を吊り上げ、テレジアが菊代の背後に懐かしい者を見るかのような目を向ければ、フレスアードが少し悲しげな目を一瞬見せて、真っ直ぐに菊代を見詰める。
嘗てと今、世界の趨勢の一端を担っている魔女達の視線、並の者では受ける事はおろか意識を保つ事も難しく、それだけで魔女の呪いとなりかねないそれを、天内菊代は正面から受け止めた。
「皆様も解っているのでしょう? 私が立てた仮説は、御母様と同じもの。〝魔導の元である魔法は、この世界のものではない〟ですわ」
「えぇ……?」
ウルレイカが間抜けた顔でこちらを見てくる。シルヴィアもだ。
そして、それは一体どういう意味なのか。ウルレイカが、菊代の仮説を問うた。
「〝魔法がこの世界のものではない〟って、菊代めちゃくちゃだよ? だとしたら、魔法は何処から来たのさ?」
「この世界以外の世界ですわ」
「めちゃくちゃだよ! この世界以外、異世界があるって言うの?!」
「仮説ですが、魔法を調べれば可能性がありますのよ」
「では、菊代よ。その仮説の根拠を聞かせてくれ給え」
口元に笑みを作るナジェーリアに頷きを返し、菊代はよく通る声で仮説を説いていく。
「ええ、先ずは〝力の根底〟。私達の力とは魔導に他なりませんの。しかし、その〝根底〟となると、それは魔法という事になりますのよ。ではそうなりますと、何故、御母様は力の根底、魔法を恐れろと言ったのでしょう?」
「まさか、異世界の得体の知れない技術だから、とか言わないよね?」
「解っているじゃありませんの、ルーデルハイト」
菊代が言うと、ウルレイカは口を横にした顔でテーブルに突っ伏した。
菊代の仮説通りなら、魔法は異世界からもたらされた得体の知れない技術で、それを元にした魔導も然り。己の力を疑えと、彼女はそう言っている。
「しかし、それは天内菊代様が、御母様である先代巫女様の御言葉から推測した仮説に過ぎません」
「確かにな。満代の言葉からなら信憑性はある。だが、今は菊代、お前の言葉だ。満代の言葉を借りるだけでは、私達には届かんぞ」
フレスアードが根拠を疑い、リーリヤがそれを認める。
事実、菊代の仮説は彼女の母の言葉から推測したものであって、菊代自身が立てた仮説ではない。
それに、フレスアードが言うように根拠が無いのだ。
「感性の問題になりますが、宜しいですの?」
菊代が未だに膝枕から解放されないシルヴィアに、目をやり言った。
「恐らく、クシャトロワ軍曹の感性が本来あるべき感性なのかもしれません」
「それは何故かね?」
「おば様、この世界には魔法なんて存在していなかったのです」
菊代は真っ直ぐに魔女達を見据えて、言葉を続けていく。
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ガラスの宮殿の前で佇む人影に一つあった。
それは長身痩躯の身を、質の良い礼服で包み、括れた腰には細工が施された細剣を佩ている。
仮にも軍施設には、おおよそ似つかわしくない姿。
それは、迷いなくガラスの宮殿へと歩みを進めていく。
「お待ちを」
声が制止を促した。
重く年季を感じさせる声は、誰も居なかった筈の背後から放たれていた。
「只今は、重要な会議中。早々にお引き取りを」
「……さもなくば、実力行使か? ボリス・カレンディット」
言葉が聞こえ、ボリスが居た空間が貫かれた。
次回
仮説の根拠
影の魔導師ボリス・カレンディット