そして、真の主人公降臨!
〝魔法〟の始祖を知っているか。
一切の虚偽を許さぬ〝魔神〟の問いに、ウルレイカは首を傾げる。他の魔女も同様だ。
あの〝魔導の母〟テレジア・ディートリッシュすら、自分と同じ様に首を傾げている。
「〝ランプの魔神〟よ、問いじゃ」
『いいだろう。〝魔導の母〟よ、問え』
「お主は知っておるのか?」
『ならば、貴様はどうだ? 〝魔導の母〟』
どうやら、問いは受けても答える気はないらしい。
フレスアードが持つランプから声が途絶えると、魔女達は目配せで念話を始めた。
(さて、どういう事かね?)
(また、いきなりですわね)
(いやそれよりも、建国妃)
(なんじゃ?)
(なんなの? さっきの質問?)
(簡単な話じゃ。妾も〝魔法〟は知っていても〝魔法〟の始祖は知らぬのだ)
テレジアの念話に一つ動きがあった。
ナジェーリアの隣に座る菊代だ。
彼女の故郷である神皇国は、主要五国の中でも共和国と並ぶ古い歴史のある国だ。
テレジアと起源を同じくする魔女が、〝巫女〟と名乗りを変え興した国であり、国家間の調停役も担っている。
その自分の国の歴史を思い出しているのだろう。
(神皇国も同じく、〝魔法〟の記録はあっても〝魔法〟の始祖の記録はありませんわ)
(他はどうかね? ああ、公国も同じく記録は無しであるよ)
(そうだな)
二国、否、共和国含め三国に〝魔法〟の始祖に関する記録は無い。
残る二国、帝国と王国も同じく記録は無かった。
(帝国も同じくだよ。あるのは〝魔法〟の事だけ。誰が始めたとかは無し)
(王国も同じです。しかし、〝魔神〟様は何故にこの様な問いを?)
フレスアードが〝魔神〟の問いに僅かな疑問を浮かべる。
確かに、今はエーテルの希薄化現象と、その原因であると思われる〝福音の魔女〟の正体の考察とその対策会議だ。それに、〝魔法〟の始祖がどの様に関係するのか。
「〝魔神〟よ、問おう」
『聞こう』
「君は〝魔導〟か? それとも〝魔法〟か?」
『貴様はどちらだ?』
「……成程、それもそうであるね」
ナジェーリアの問いに、〝魔神〟はやはりはっきりとは答えず、しかしナジェーリアはその言葉に納得したように紫煙を燻らせる。
(おば様? 今のは、どういう事ですの?)
菊代が問えば、軽い答えが返ってくる。
(簡単な話であるよ。〝魔神〟は〝魔法〟でも〝魔導〟でもない。そうだね。リューヌ・テュレイル、君が近い)
(〝魔神〟は私と同じ魔導生物という事ですね)
(いや、あの、〝魔神〟様がそうだというのは、皆様御存知の筈では?)
(確認じゃな)
テレジアにナジェーリアは頷き、パイプから燃え尽きた灰を灰皿へと捨てる。
(うむ。実はね、私は〝魔神〟が〝魔法〟の始祖ではないかと疑っていたのだよ。しかしだね)
(妾の問いに、〝魔神〟はこう返した。〝貴様はどうだ?〟と)
ナジェーリアは懐から新しい煙草の刻み葉が入ったケースを取り出す。
銘柄は彼女のお気に入りの〝転び屋ミーシャ〟。煙を追い掛けて転んだ子熊がケースの中央に描かれている。
ナジェーリアはケースから、パイプに刻み葉を詰め、火を点ける。
(あれは、良い様に言い換えれば、〝お前は知っているのか?〟とも取れる)
(そうなると、〝魔神〟様は〝魔法〟の始祖を知らない事になりますが、でしたらこの問いは)
(何かの確認ですの?)
(何の確認かは解らんが、どうやら〝魔神〟には何かあるようだな)
リーリヤがテーブルに置かれた小皿から、焼き菓子を一つ口に放り込み噛み砕く。
甘い。公国の菓子に見られる強く濃い甘味ではなく、果実や穀物をベースに砂糖の甘さを乗せたもの。
何度か食べた事がある、共和国のそれだ。
(というより、ボク達を試してるっぽくない?)
(あア? どういう事だ、ルーデルハイト)
(理由は無いけど、試されてる感がスゴい)
(あの、ルーデルハイト? ちょっと、感覚で喋りすぎですのよ?)
(しかし、ルーデルハイト大佐の言う事も解らんではないね。・・・同志リーリヤ、その菓子を寄越し給えよ)
(テュレイルに言え)
(おば様、私のをあげますから、大人しくしてくださいな)
菊代が自分の菓子をナジェーリアに渡し、テレジアの脇に控えていたリューヌが一礼と共にガラスの床に溶け、会議の場から姿を消す。
『答えはまだか?』
「気の早いものだね。まだ役者は揃っていないよ」
ナジェーリアが笑い、ランプを見る。
『役者が揃っていない?』
「ああ、そうである」
重厚な声がランプから響く。
「おば様? 役者とは? 連邦は政変で連絡が取れませんのよ?」
「はっはっはっ、連邦ではないよ。……もうすぐかね」
ナジェーリアのパイプから煙る紫煙が、ゆっくりと踊る。
懐から取り出した懐中時計を見ると、針は丁度の時間を指している。
「後、三十秒といったところか」
「あの、おば様? 何が三十秒なんですの?」
菊代が首を傾げて、懐中時計の秒針が進むのを見る。
半分が過ぎた辺りで、リーリヤとウルレイカが何かに気付いて眉間を揉んだ。
一拍遅れてテレジアも気付き、菊代も気付いた。
残るは〝魔神〟が宿るランプを象った長杖を担うフレスアードだが、彼女が住む王国は公国とはあまり交流が無い為に気付かない。
「あの、ナジェーリア・リトリア将軍様?」
フレスアードが何かあるのかと、ナジェーリアに問おうとした時、部屋の扉が開かれた。
「流石である、同志軍曹。時間ピッタリであるよ」
扉が開いた先には、先程部屋を離れたリューヌに案内されたシルヴィア・クシャトロワが、カップとポットに茶菓子が載ったカートを付いていた。
「さあ、〝魔神〟よ。役者はこれで揃った」
問いに答えて、会議を再開しよう。
ナジェーリアの言葉にシルヴィアは
「ふえ?」
気の抜けた声を出した。
次回
後編