シャリン、と軽やかな音をその身に纏った金属の装飾品が鳴らす。
肉感的な体を柳の葉の様に揺らし、魔女の卓に着く。
「久しいな、〝ランプの魔女〟」
「ええ、お久しゅう御座いますね。リーリヤ・ブレーメイヤ少将様」
「・・・相も変わらぬ言い方だな。もう少し、砕けてもいいぞ?」
甘くか細い、小さな声がフェイスベールの向こうから、消え入る様に聞こえた。
今の限定された空間でなければ、耳を澄まさねば聞き逃してしまう程に小さな声、リーリヤも古い知り合いとは言え、この声と言い方は昔から変わらぬ。
「天内菊代様にナジェーリア・リトリア様も、お久しゅう御座います」
「ええ、二年ぶりですわね」
「ふむ、確か公国と神皇国と王国の三国合同会議以来かね?」
「はい、仰る通りに二年前の三国会議にてお会いしたのが最後となります」
細く、口内で転がす様な、静かに語り掛ける口調で、フレスアード・スレイファンはゆっくりと応答する。
「ボクには何にも無いわけー?」
「これは失礼を、ウルレイカ・ルーデルハイト様」
「良いよー」
口を尖らせて不満を露にするウルレイカに、フレスアードは慌てず悠々とした態度で無礼を詫びた。
帝国と王国は間に共和国を挟む為、国交は薄い。その上、王国は他五国とは決定的に違う点がある。
「しかし、フレスアード。お主が来たという事は、王国は独自には動かぬと見てよいのじゃな?」
「はい、元老達の意思は揃い、王は五国と協同を決めました。王国は這い寄る危機に対し、五国と共に在りましょう」
王国は単一国家ではなく、中小国家や部族による集合国家である。
各国家部族より代表者を元老とし、その中で一人、王国に仕える〝ランプの魔女〟が使役する〝魔神〟の問いに答えられた者が、首長として王国を治める王となる。
そして、集合国家である為に、国家の意思決定に時間が掛かるという欠点もある。
「西の砂漠の民が渋りましたが、彼奴は王の足を引っ張りたいだけの俗物ですので、少々〝魔神〟様に叱って戴きました」
「はっはっはっ、それは豪気であるね」
『それは良いが、鎌槌よ。疾く鎌刃を退けろ。無礼な』
笑うナジェーリアの声に呼応するように、フレスアードが持つ長杖の先端に象られたランプの蓋が揺れ、重厚で威厳のある声が響いた。
「おや? 伝説に謳われ語られる〝魔神〟ともあろう存在が、一介の魔女如きの鎌刃を退けられぬのかね?」
『鎌槌の、貴様の性格は理解している。我が待っている間に退けろ』
声にナジェーリアは、口の端に噛んだパイプから紫煙を燻らせるだけで、不可視の鎌刃を退ける気配は無い。
ランプから威圧と、不穏な気配が部屋に満ちていく。
「おば様、暇ですの?」
そんな中、ナジェーリアの隣に座る菊代が、吐息混じりに話し掛けた。
「む? 暇かと問われたならば、それは違うと言おう」
「はぁ……。おば様、軍曹ならもうすぐ戻って来ますわ」
「ほう、そうかね」
言うと、ナジェーリアはテーブルの下で玩んでいた鎌を、腰のベルトへと納めた。
菊代達が時計を見れば、午後を指している。普段なら、彼女が淹れた茶を飲んで一息入れているだろう時間だ。
『ふん。まあ、いいとしよう』
「はっはっはっ、すまないね。久々だったから、ついね」
「遊びは済んだか? なら、会議を再開するぞ」
「テレジア・ディートリッシュ陛下、御手数を御掛けして申し訳ありません」
「よい、気にするでない。〝魔神〟も良いな?」
『我が同輩を討った魔女か』
「恨んでおるか?」
『まさか。あれは、彼奴が油断しただけの事。誰が恥知らずに恨むかよ』
この言葉と共に、フレスアードのランプから発せられる威圧は解かれ、不穏な気配も霧消した。
今は使役されているとはいえ、〝魔神〟は〝魔神〟なのだ。ネームド魔女と言えど、こんな場所で荒事は避けたい。
「さて、続きといくぞ」
そして、テレジアの言葉に会議が再開される。
「エーテルは不変な存在じゃ。それが絶対のルールの筈が、〝福音の魔女〟と思わしき者により、今現在では僅かに希薄化しつつある。これについて、何か考えがある者はおらぬか?」
公国、神皇国、帝国、共和国、王国。国内政変により欠席の連邦を除く五か国の主要魔女達が、一同に会し頭を悩ませた。
〝魔法〟にしろ〝魔導〟にしろ、エーテルを使用する事に変わりはない。使用されたエーテルは消失せず、性質を変えて空間に霧散し、時間と共に元の性質へと戻る。
〝魔法〟と〝魔導〟の違いは、この使用するエーテルの量であり、〝魔法〟の方が個人の技量によるところが大きく、使用するエーテル量は多いとされる。
しかし、今回はそうして不変である筈のエーテル量に変化があった。
その為、各国の主要魔女達が集まったのだが、あまり様子は芳しくはない。
「何かと言われても」
「少々、情報が少なすぎますわ」
今ある情報は、テレジアが目撃したという伝説に語られる〝福音の魔女〟らしき者が、エーテルをかき集めていたという事と、それと同時期に世界中でエーテルの希薄化が確認されたという事だ。
目的も方法も不明。
何が目的で大量のエーテルをあつめているのか。
如何にして、その大量のエーテルをエーテル病を発症せずに収集しているのか。
「何らかの魔導の使用の為では?」
「ありかもしれないけど、薄いね。僅かといっても、世界中で確認される量のエーテルが希薄化してる。そんな馬鹿げた量のエーテルを使用した魔導なんて、聞いた事がないよ」
「ですわよね。これだけの魔女なら象徴となる魔法杖も顕現する筈なのに」
「魔法杖の顕現は確認出来なんだ。というより、あれが何だったのか。それすら確定しておらぬ」
現象は大規模、しかし情報は微量で不確か。
これだけの量と濃度のエーテルに触れれば、どの様な存在であろうと問答無用でエーテル病を発症し、エーテルに融けてしまう。
魔導に用いる以前に、エーテルを抽出し貯蔵する事が不可能なのだ。
「〝魔法〟でも無理かね?」
「〝魔法〟も〝魔導〟も、基本は変わらぬ。妾が知る〝魔法〟でその様な事が出来る術など覚えがないのう」
「あの、新技術という事はありませんか?」
フレスアードの言葉に、全員が思案する。
魔女や魔導師には、テレジアのように新技術や旧来の魔導技術の洗練を得意としている者も多い。その誰かが発明した新技術だとするなら、また別の問題が発生する。
「……もし、そうだとするなら、そいつがいる国とは少々話をせねばならんな」
「同志リーリヤの言う通りである。仮に、その様な技術が存在し占有しているとすれば、今の世界のバランスを容易く崩してしまうものである」
頷く二人に、誰もが否定をしない。事実、この世界文明はエーテルにより成り立っている部分が大きい。
全てをエーテルで賄っているという訳ではないが、大多数はそうだ。
そして、この〝福音の魔女〟が、新技術を用いた魔導、若しくは魔女だった場合、エーテルを奪えるという事になる。それは他国よりも優位に立つ為のアドバンテージとなる。
そうなれば、幾つかの大戦を潜り抜け、漸く今のバランスに落ち着く事の出来た世界がその技術を巡って、再び戦火に燃え上がる事になりかねない。
「世界の調停者としても、避けたい話ですわね……」
「私としても、〝魔神〟様の御力を無闇矢鱈に振るうという訳には参りませぬ」
『我は気にせぬがな。しかし、あれだな』
「何が?」
ランプから聞こえてくる重厚な声に、ウルレイカが反応する。
彼女が反応した声は、少しの間を開けてから、続きを話す。
『帝国の小娘、〝魔法〟について学んだ事はあるか?』
「〝魔法〟? 無いけど、どうしたの」
『まあ、仕方もないか。〝魔導〟の始祖が在るから〝魔導〟については学んだか?』
「まあ、そりゃ、ねえ。まだ新人ネームド魔女だけど、魔女だし」
『ならば、問おう。現代に在る魔女達よ。〝魔神〟の問い、確と答えろ』
〝ランプの魔神〟の問いに、虚偽は通用しない。
王国の興りから続く慣習だ。国を容易く亡ぼす存在からの問いに答えられぬ者に、国を率い導く事など出来ない。
そこに虚偽を交える者など、言語道断だ。そういった者は、〝魔神〟の炎により魂すら残さず焼かれる。
そして、〝魔神〟の問いに魔女達は
「いいだろう、〝魔神〟。早く言え、ランプごとかち割るぞ?」
「はっはっはっ、魔女に〝魔神〟の問いとは、中々に面白いね」
「おば様、真面目な話なのですから、もう少し真面目に出来ませんの?」
「同輩を討った妾に問いとは、愉快じゃの」
「まあ、そんな感じで、危機を楽しむのが魔女だしさ。早く言いなよ」
「〝魔神〟様。私からも、宜しくお願い申し上げます」
危機を楽しみ、〝魔神〟の問いを待っていた。
『では、問おう』
そして、危機を楽しむ魔女達に、魔神が問うた。
『貴様らは〝魔法〟の始祖を知っているか? 虚偽無く答えよ』
次回
〝魔法〟の始祖