いせまじょ ~異世界の魔女達の夜~   作:ジト民逆脚屋

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はい、今回長いよ。後、新キャラ登場!


王国 ランプの魔女
フレスアード・スレイファン


 「では、聞こうではないか。〝福音の魔女〟とは、一体なんだと言うのかね?」

 

 豪華絢爛に彩られた一室にて、魔女が長机に揃った。その中の一人、ナジェーリア・リトリアが紫煙と共に言葉を円卓に放る。

 

 「うむ、そうじゃの。先ず言っておく。あれを定義するなら、〝福音の魔女〟だという事であって、あれが〝福音の魔女〟かと問われれば不明としか答え様が無い」

 「へ? どういう事?」

 

 テレジア・ディートリッシュの答えに、ウルレイカ・ルーデルハイトが間抜けた声を溢した。

 それもその筈だ。今、魔女達が集まっているのは、〝福音の魔女〟が引き起こしているとされているエーテルの希薄化現象の解決策の模索。その為に集まっているのだ。

 しかし、第一発見者であり発起人でもあるテレジアがその前提を覆した。

 ウルレイカは隣に座るリーリヤ・ブレーメイヤに、視線を送った。

 

(今のどういう事か判る?)

(いきなり前提を覆してきた訳だ。なにかあるんだろ)

(いや、だから、そのなにかがなにかって話さ)

(まあ、待て。ディートリッシュ公の出方を見ろ)

 

 念話を切り上げ周りを見ると、天内菊代はリューヌ・テュレイルの淹れた茶をゆっくりと飲み、ナジェーリアは両目の閉じて口の端に噛んだパイプで紫煙を燻らしている。

 マイペースこの上ないが、魔女も突き詰めたネームド魔女、それを更に突き詰めたら頭の一つや二つおかしくなる。

 現に、隣のリーリヤは眠そうに欠伸を噛み殺している。

 

 「おい、ブレーメイヤ。寝るでない。妾の話は終わっておらぬ」

 「ああ、大丈夫だ。まだ寝てない」

 「寝る気満々ではないか!」

 

 テレジアがテーブルを叩き叫ぶ。リーリヤは睡魔と戦っている。

 リーリヤは会議というものが苦手だ。持って生まれた性分だから、仕方ないと言えば仕方ない。しかし、リーリヤはナジェーリアと並ぶ公国のネームド魔女だ。重要な会議があれば出ないという訳にはいかない。

 本人もそのことを理解している。だから、これといった抵抗もせずに、ナジェーリアに連れられるままに来たのだ。

 だから

 

 「早く話せよ、ディートリッシュ公。私の気は、そう長くないぞ」

 

 眇で発起人を睨む。短く肩に届かない程度に整えられた髪に手櫛を荒く通す。

 嘗ては背中まで伸ばしていたが、自分が陸戦魔女である内は、伸ばしていても邪魔になるだけだと切ってしまった。

 今、この場にいる魔女で陸戦魔女は自分一人だ。と言っても、ナジェーリアの隣に座る菊代も巫女で陸戦魔女でもあるが、彼女は陸戦も出来る空戦魔女というだけで、主とする戦場は空だ。

 

 「急かすでない、ブレーメイヤ。妾とて、万能ではないのだ。整理くらいさせよ」

 「なんだ? 纏まってなかったのか」

 

 リーリヤは意外そうにテレジアを見る。見た目は齢十と少しにしか見えないが、その中身は怪物だ。

 万を超える近代魔導の基礎を築き、今でも新型魔導の原典に名が語られる魔女。自分の〝割砕(かっさい)〟も、原典を辿れば彼女に連なる。

 

 「情けない話、妾はあれを世界の終わりに現れるとされておる〝福音の魔女〟としか表現出来ぬのじゃ」

 「何故ですの? ディートリッシュ陛下でも不可解な魔導だと?」

 「まさか、あのテレジア・ディートリッシュであるよ? 彼女に解らぬ魔導が存在するなら、それは近代魔導の母よりも更に原初の原典という事になる。それが、一体どういう事なのか。解らぬ君ではあるまい?」

 

 近代魔導の母、テレジア・ディートリッシュよりも更に原初の原典、魔導が今の形になる前の姿。それは〝魔法〟と呼ばれ、極限られた血筋や民族、才ある者にしか使えない奇跡の御技であった。

 魔法を使える者は、畏敬や畏怖を以て〝魔法使い〟と呼ばれ、災害や災厄と同じく恐れられた。

 

 だが、テレジアを初めとした一部の者達がそれを覆した。

 系統も技術も形を持たなかった〝魔法〟に、系統を以て道筋を与え、技術を以て形を与えた。これにより、奇跡の御技であった〝魔法〟は、通常の技術の〝魔導〟となり、〝魔導〟を扱う者を女は〝魔女〟、男は〝魔導師〟と呼ぶようになった。

 

 だがそこに、失われたものが無かった訳ではない。

 〝魔法〟が失われる事を恐れた魔法使いが、テレジアと志を同じくとする者達を強襲し、大虐殺を行った。

 血で血を洗う争いが続き、短くない争いは数と順応性に勝る魔女達が勝利した。

 テレジアも参加したその戦いで失われた〝魔法〟がある。

 そして、テレジアすら知らぬ〝魔導〟があるとするなら、その原典は系統と技術により〝魔導〟という形になる前に消えた〝魔法〟だ。

 

 「〝魔法〟も〝魔導〟も、絶対の共通がある。それはエーテルを使うという事じゃ。しかし、妾が見たあれはエーテルを使うというより、エーテルを〝かき集めている〟。そうとしか見えなんだ」

 「待って、建国妃。今、エーテルを〝かき集めている〟って言った?」

 

 テレジアの目を伏せた言葉に、茶菓子を摘まんでいたウルレイカが待ったをかけた。

 全員が怪訝な目をウルレイカに向ける。その視線の中、彼女は半分かじった焼菓子を口に放り込み飲み下し、一息吐いた。

 

 「は、建国妃、おかしいよ、それ」

 「あァ? 何がだ? ルーデルハイト」

 「気付けよ、ブレーメイヤ。ああ、建国妃もかって、何さその顔? まさか全員、気付いてない?」

 

 全員の訝しげな視線に、ウルレイカは溜め息を一つ。今見てみれば、自分だけなのだ。もうすぐ戻ってくるであろうナジェーリアの部下二人の内の一人、シルヴィア・クシャトロワなら気付いた筈だ。ボリス・カレンディットではダメだ。

 ウルレイカ・ルーデルハイトとシルヴィア・クシャトロワ、この二人だからこそ、〝魔女〟の才に恵まれず、一芸を綱とする二人だからこそ気付けるであろう事が、テレジアの言葉にあった。

 

 「あの、ルーデルハイト? 一体、何に気付いてないというのですの?」

 「けぇー、これだから才能のある奴は……!」

 「な、なんですの、その言い方?!」

 「気にしない気にしない。で、建国妃。〝福音の魔女〟はエーテルをかき集めている様に見えた。そうだな?」

 「うむ、少なくとも妾には、そうとしか見えなんだ」

 「そっか。じゃあさ、その〝かき集めた〟エーテルは何処に消えたのさ?」

 

 ウルレイカの問い掛けに、全員の顔が驚愕の色に染まる。〝魔法〟も〝魔導〟も、エーテルを用いて行使する技だ。テレジアが見たと言う〝福音の魔女〟は、そのエーテルを〝かき集めていた〟という。

 なら、そのエーテルは何処に消えたのだ。

 

 「調べる事がまた増えた様じゃな……」

 「ふむ、テレジア。一つ参考までに聞くが、君の知る〝魔法〟や〝魔導〟に類似するものは?」

 「無い。というより、〝魔法〟にしろ〝魔導〟にしろ、それを行使する時点でエーテルの抽出を行うものじゃ。エーテルを〝かき集める〟事を目的とした術を造る意味が無い」

 「そして、ルーデルハイトの言う様に、〝かき集めた〟エーテルは何処に消えたのか」

 「しかし、ルーデルハイト? よく気付きましたわね」

 「菊代、ボクは単純な魔女としては三流以下だよ? 菊代達みたいに、自由自在にエーテルを扱う事が出来ない。そう、〝魔導具〟を使わないとね」

 

 言って彼女は、首に掛けられたチャームメダルを見せる。そこには、彼女のみが十全に扱える機工式魔法杖〝カノン・フォーゲル〟が刻印されていた。

 ウルレイカ・ルーデルハイトをネームド魔女に至らしめている鍵であり、大空を震わせる音を掻き鳴らし、大空を翔る鉄の翼だ。

 彼女は、それがなければネームド魔女として機能しない。ここにいないシルヴィアも魔女としての才に乏しく、魔導具の補助を得て所属部隊〝バーバヤーガ〟の任務に就いている。

 故に、彼女達なら気付ける。

 

 魔女としての才に乏しいという事は、〝魔導〟を使う際に抽出したエーテルを貯蔵する能力が低いという事でもある。

 彼女達は魔導具の助けを得て初めて、魔女として機能する。

 

 「世界中でエーテルが希薄化して、〝福音の魔女〟がその原因なら、その〝かき集めてた〟っていうエーテルは何処に貯蔵しているのさ? 並大抵の量じゃないでしょ?」

 「特殊な魔導具でもあるのか?」

 「ブレーメイヤ、分かって言ってるでしょ? 世界中でエーテルが希薄化する様な量を、貯蔵出来る魔導具がある訳がない」

 「うむ、どれ程に堅牢でエーテル適性に優れた物質を使って造った魔導具でも、それ程のエーテルを貯蔵するのは不可能じゃ」

 「確かに、そんな量のエーテルに触れれば、無条件にエーテル病を発症だ」

 「だとすれば、〝福音の魔女〟はどうやってエーテルをかき集めたのですの?」

 

 訳が解らない。魔女達は頭を悩ませた。

 さてどうしたものかと、菊代が自分の持てる知識を総動員している横で、紫煙がゆっくりとした動きを見せた。

 

 「おば様?」

 「………」

 

 返答は無い。両目を伏せ腕を組み、動かない。

 一体どうしたのかと、菊代がナジェーリアの肩に手を伸ばすと、手指の先に冷たい感覚が触れた。

 

 「まったく、不作法であるね」

 

 瞬間、菊代は手指を戻し、魔法杖〝火輪日輪(ひのわにちりん)〟の弓を形成、即座の動きで弓弦を引き、ウルレイカも火砲を、リーリヤは斧刃を構えた。

 ナジェーリアは既に鎌を抜いていた。短い柄から円を描く様に伸びる刃が、ナジェーリアのエーテルを受けて鈍く光る。

 先程、菊代の手指の先に触れた冷たい感覚は、ナジェーリアの鎌刃だ。

 彼女は珍しく苛立った様子で、前方に形成した鎌刃を向けている。

 

 「はぁ……。控えよ。呼んだ客が妾の宮殿に慣れず、妙な所から出てきただけじゃ」

 

 主要三国のネームド魔女からの、殺気が向けられる方向に居たテレジアが溜め息を吐く。

 

 「リューヌ」

 「は、御客様、どうぞ此方へ」

 

 テレジアの言葉に、彼女の斜め後ろの床の隙間から〝溢れ出た〟リューヌが席を指し示す。

 それに、カーテンに隠れた姿がゆるりと灯りの元へと歩み出した。

 

 「先ずは無礼を」

 

 濃い色の肌、露出の多い踊り子風の衣裳、先端にランプを象った長杖、異国風の肉感的な女。フェイスベールに隠された口元から、男女問わず耳を傾けたくなる様な甘い声で言葉が紡がれた。

 

 「見事な魔導の宮殿なので、ついつい見惚れ迷ってしまいました」

 「うむ、良きに計らえ」

 「では、名乗りを。王国から〝フレスアード・スレイファン〟、遅れながら当会議へと参加を願います」




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