「それで? ナジェーリア。主要国四国のネームド魔女勢揃いとか、連邦か王国に攻め込むのか?」
〝斧鉞の魔女〟リーリヤ・ブレーメイヤが、形の良い唇を態とらしく喜悦に歪めてみせ、隣で紫煙を燻らせているナジェーリアに問うた。
「はっはっはっ、同志リーリヤ。攻め込みたいのかね?」
「訓練指導中に拉致同然に連れて来られた嫌味だ。気付け」
「これはまた、判り難い嫌味であるね」
リーリヤの言葉に、菊代とウルレイカは一瞬ギョッとした顔を見せたが、合流したボリスやテレジア達が何の反応も見せていないので、本当にリーリヤの判り難い嫌味だと判った。
というか、今の御時世にネームド魔女が他国に攻め込むとか、冗談でも言わないでほしい。
そんな事を考えていると、テレジアが口の開いた。
「まあ、役者はまだ揃い切ってはおらぬが、始めるとするかの。リューヌ」
「畏まりました。それでは皆様、此方へ」
テレジアからの指示を受けたリューヌが、軽く頭を下げ指し示す先、美麗な飾りが彫られたガラスの扉が開いた。
「まったく、馬鹿げたエーテル操作能力だな。非才のこの身が恨めしくなる」
リーリヤが言葉に対して、さして感情の籠らぬ声で扉の先にある部屋の感想を口にする。
テーブルや椅子、花瓶に絨毯、柱に床に天井、その他装飾品諸々全てがテレジア・ディートリッシュが作り出したものだ。
テーブルや椅子は木目まで忠実に、花瓶はその曲線、絨毯は起毛の一つ一つに至るまで、エーテルで作られているとは言えガラス細工とは思えない。
「いや、ブレーメイヤにそれ言われたら、ボクはどうなるのさ? ボク、この中の一つでも再現しろって言われても、出来る自信無いよ」
今居る魔女の中で、二番目に小柄なウルレイカが長身のリーリヤを見上げながら、明らかに作った卑屈な表情を浮かべていた。
「解り易い顔をするじゃないか、ルーデルハイト。んン?」
「へっ、世界最高峰の陸戦魔女がよく言うよ」
リーリヤが非才と嘆くのは、あくまでも並の魔女に毛が生えた程度の内燃エーテル量であり、それの対とされるエーテル適性に関しては、リーリヤの右に出る者はそうは居ない。
最小の消費量で最大の結果を出す。それがリーリヤ・ブレーメイヤという魔女だ。
「御二人共、取敢えず席に着きませんの?」
顔を向け合う二人を見ながら、菊代がテーブルに着きながら言った。
「………」
「………」
「な、なんですの、その目は?」
席に着いた菊代を見る二人の目は、なんというか虚ろだった。正確には、その目は菊代の顔ではなく、ある一部分。そう、テーブルにどっしりと乗った菊代の〝胸部装甲〟を見ていた。
「なあ、ルーデルハイト」
「なに? ブレーメイヤ」
「あれは、なんだ?」
「菊代だよ」
「そうか」
「そうだよ」
「………」
「………」
「だから、その目をやめてくださいな!」
虚ろなやり取りをして、また虚ろな目でテーブルに乗る菊代の〝胸部装甲〟を見る二人。
思わず、両腕で隠すが、それによる〝胸部装甲〟の〝形状変化〟が、更に二人の目から虚無を引き出した。
最早打つ手無し。そう菊代が諦めかけたその時、隣に座るナジェーリアが動きを見せた。
「ふむ、そうであるね。菊代、モノマネを見せようではないか」
「へ? あの、おば様? 一体、いきなりなにを?」
菊代の言葉に答えず、ナジェーリアが取った行動は、彼女の母である満代のモノマネであった。
椅子に凭れ掛かり、そのままテーブルの下へと沈み込んでいく。すると、菊代程ではないが〝まあまあ、ある方の胸部装甲〟がテーブルに引っ掛かり、下から押し上げられる形で歪んで乗った。
「〝会議が長引いて肩が凝って疲れた時の満代〟」
「ふっっ……!」
言って、遠くを見ながら浅く息を吐いたナジェーリアに、テレジアが吹き出した。
〝足りない二人〟は虚無に憤怒が混ざった。
「あの、おば様? 御母様のモノマネって……」
「ふむ、ウケがいまいちであるね。では、続きまして……」
「まだありますの?!」
「〝クッキー等の乾きものを食べた後の満代〟」
何かをかじる真似をした後、ポケットからナプキンを取り出し、テーブルに乗った〝胸部装甲上面〟を払う。
「くっふ……! ナジェーリア、それは反則じゃぞ……!」
「はっはっはっ、似ていたかね?」
「動きや作法、〝ああ、また・・・〟みたいな目がそっくりじゃ!」
「え? あの? 御母様が?」
菊代が混乱するのも無理はない。彼女の母である満代は、菊代の前では見本となるべく〝神皇国の巫女〟として振る舞っていた。
その母が、だ。
まさか、会議が長引いて肩が凝って疲れたからテーブルに胸部装甲乗せて楽をしていたり、食べ滓をだらしなく払ったりしていた等と、菊代としてはあまり信じたくない事実が、隣の変人によって判明した。
ショックはある。あるが、記憶を辿ればそんな気もしてくる情景が浮かんでくるので、菊代は即座に記憶に蓋をした。
「ナジェーリア」
「落ち着いたかね? 同志リーリヤ」
「ああ、すまんな。すまんから、その乗せている胸を正せ。千切るぞ?」
「はっはっはっ、余裕が無いね」
ナジェーリアのモノマネを見て、馬鹿らしくなったのか、リーリヤとウルレイカの目に正気が戻った。
「ボクは余裕あるよ。だって、ボクは未来あるし」
「あァ?」
「ボク、まだ成長期~」
「よし、ちょっとかち割ってやるから、こっち来い」
リーリヤが腰に差していた斧を手に取る。
ウルレイカは僅かに、腰を上げた。
それに対し、菊代は溜め息を一つ吐き、ナジェーリアはパイプから紫煙を燻らせながら鼻歌を歌っていた。
「ああ、待て待て。お主ら、ここをどこと心得ておる? 妾、テレジア・ディートリッシュの宮殿じゃぞ?」
今にもやらかしそうな二人に、テレジアがうんざりした様子で声を掛ける。
テレジアが精錬したエーテル製ガラスの宮殿とは言え、ネームド魔女二人が内部でぶつかって、耐えられる造りには〝今回〟はしていない。
有事の際には即座の動きを取れるが、一応は会議用だ。
面倒は避けたい。
「取敢えず、席に着かんか。〝福音の魔女〟、これについての話じゃ」
テレジアはリューヌに人数分の茶と茶菓子を用意させ、話を進める事にした。
次回
王国〝ランプの魔女〟
「成る程、では君は、〝降星事変〟が人為的なものであったと?」