あと、この作品は川上稔著『激突のヘクセンナハト』の影響を受けています。
と言うか、あんな感じのお話に出来たらいいなぁとか、考えたり……
無理だな。
さあ、皆様。同志軍曹にお茶とお茶請けをお届けするのです。
保安灯に照らされた静かな通路を姿勢の良い長身が派手な靴音を立てて歩いていく。
その靴音の主、油汚れの酷いツナギに身を包み、癖の強い金髪を強引に後ろに纏めた壮年の女が眉間に皺を寄せている。
「ルーデルハイトの小娘は何処へ行った?!」
「クルーガー班長、ルーデルハイト大佐は公国に…… ひっ!」
同じ様に油汚れに塗れたツナギに身を包んだ男が彼女の探し人の行き先を告げるが、一睨みで悲鳴を上げて黙ってしまう。
「公国だぁ? 一体全体、そいつはどういう事なのか説明してほしいねえぇ」
男の頭を両手で掴み、三日月に吊り上げた笑みを見せて問う。
「ふ、〝福音の魔女〟の話をしに行くとぉお!」
明らかに苛立った様子の女に男は震えながら少女が居なくなった理由を説明する。
説明した瞬間、頭を掴む力が強くなり頭蓋が軋みを上げた。
「は、班長! ダメ、ダメですぅ! 出ちゃう! 俺出ちゃいますぅ!」
「喧しい! 気色悪い声出すな、バカガキ!」
黙れと言わんばかりに頭突きが頭部に命中し、男が頭を押さえて蹲った。
「〝カノン・フォーゲル〟の整備も終わってないってのに、あのバカ娘は……!」
女、〝イングヒルト・クルーガー〟は乱暴に頭を掻き、空いた整備用ハンガーを睨み付ける。
そこにあった筈の鋼の翼の姿は無く、ぽっかりと空いた空間のみが広がっていた。
「あの、クルーガー班長?」
「なんだい?」
「ルーデルハイト大佐ですけど」
「どうせ、ナジェーリアのとこにでも居るんだろ?」
「……よく分かりましたね」
「舐めてんのかい?」
「い、いえ、そんな事は無いですぅ!」
「情けない声出すんじゃないよ!」
アイアンクロー、頭突きと続いて次は拳骨が頭に突き刺さった。痛みに呻く男を尻目にイングヒルトは溜め息を一つ漏らした。
ウルレイカも年頃の娘だ。友人と遊んでも、異性と一発ヤっていてもおかしくはない。自分がそうだったから、きっとそうに違いない。
ウルレイカは少々体型が貧相だが、それが良いと言い男も居るだろうし、それが好きな女も居るだろう。
魔女だから、同性愛はノーマルだ。もし、ウルレイカがシルヴィアなり菊代なりを連れて来ても、笑って受け入れる。
しかし、何の連絡も無く公国に行くのは勘弁ならない。
ウルレイカは体験していないとはいえ、帝国と公国は最近まで戦争をしていたのだ。
「まったく、あの小娘が」
「まあ、あまり行ってほしくはないですよね……」
「これからの事を考えたら、そうもいかんがな」
戦争は終わった。発端が発端で元々、両国が乗り気ではない戦争だったのだ。遺恨や禍根もそこまで深くはないが、それでも象徴とも言える帝国最強の魔女が、簡単に嘗ての敵国に行くなという話だ。
あの戦争を体験しているイングヒルトにしてみれば、よくもまあ、初対面の筈の公国の鎌槌の魔女にあそこまで馴れ馴れしくいけるものだと感心する。
あの戦争は、なあなあの馴れ合いの面があったとは言え、ナジェーリア・リトリアとその部隊は本気で帝国を滅ぼしにきていたと思う。
何故かは知らないが、使節団の一人が何やらナジェーリアにやらかしたか、言ったかして彼女の逆鱗に触れたらしい。
だから、使節団は魔女か魔導師を中心に組めと言ったのに、相手を録に魔女の常識を知らない政治家と平和団体で行きやがって、お陰さまで被害無しの睨み合いで終わる筈の戦争が、被害たっぷりの殺し合いになってしまった。
最後は、使節団のバカやらかした奴を公国に差し出してナジェーリアの怒りを鎮めて、そのまま講和。
あのままだったら不味かった。
「まあ、いい。ナジェーリアのお気に入りの娘の茶でも飲んだら帰ってくるか」
「え? あの〝福音の魔女〟は?」
「共和国の〝ガラスの魔女〟が見たってだけで、最近のエーテルの希薄化との関係は不明だしね。正直、ねぇ」
「いいんですか、それ?」
「古い顔馴染みだし、信用してない訳じゃないけど、どうにも決め手に欠ける」
イングヒルトも今は第一線からは引退したとは言え、大国である帝国でかなり鳴らした魔女だ。
〝降星事変〟にも参戦した。あれは地獄だった。
これから後にも、あれほどの地獄は起きないだろう。
「面倒な話だよ」
世界の終わりに現れるというのが〝福音の魔女〟ならば、あの〝降星事変〟は世界の終わりではなかったのか?
あの地獄がそうでないなら、これからあの地獄以上のものが待っているという事なのか。
解らないが、イングヒルトは既に引退した身であり、今は機工式魔法杖〝カノン・フォーゲル〟の主任整備士だ。
もう前線に直に関わる事は無いし、関わる気も無い。
「クルーガー班長」
「なんだ?」
「連邦がキナ臭い動きをしているって噂あるじゃないですか、あれって」
「あの自称〝
イングヒルトの連邦嫌いは筋金入りだ。何やら若い時分に何かあったらしいが、それを知るのはナジェーリア・リトリアの世代の魔女のみだ。
男も連邦はあまり好きではない。食べ物や人間が嫌いなのではなく、連邦という国の在り方が嫌いなのだ。
「あのチンピラ国家め、次は何をやらかす気だ」
「前の公国との戦争にも、首突っ込んできましたからねぇ」
「神皇国が制止してくれなかったら、今頃三国戦争になってたよ」
連邦の在り方は、世界の争いの調停という名のちょっかいかけ。
国同士の争いが起これば、必ず首を突っ込んできて余計な混乱を招く。世界中からの疎まれ者、それが連邦だ。
あれと仲良くしているのは、博愛主義の共和国と本当の調停者の神皇国くらいなものだ。尤も、その二国も義理で仲良くしているに過ぎない。
前回の戦争も案の定、連邦が嗅ぎ付けて首を突っ込んできたが、神皇国が
「ちょっと、大人しくしようか(半ギレ」
と、穏便に制止してくれて余計な混乱も無しに短い期間で、両国に大した傷を残さず終結する事が出来た。
「あの国、ちょっと滅んでくれねぇかなぁ」
「クルーガー班長、不穏な発言止めません?」
「良いじゃないか。ちょっと滅んで、学べば」
「あの国の人達は、気の良い人達なんですけどねぇ」
「魔女も気風が良いからな。魔女とか、こっちに亡命させて、国だけ滅んでくれねぇかな」
「クルーガー班長……」
少し疲れた表情で呟くイングヒルトに溜め息を吐く部下。
よく解らない〝福音の魔女〟よりも、何をしでかすか解らない国の方が面倒。
それが疲れた二人の出した結論であった。
御感想御質問お待ちしております。
帝国の使節団がやらかした事?
魔女にとって、〝名前〟って凄く大切なもの。
それが、大切な人以外呼ぶ事を許していない〝名前〟なら、そしてその〝名前〟がその人に呼ばれる事が無くなったなら尚更。