いせまじょ ~異世界の魔女達の夜~   作:ジト民逆脚屋

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タイトル詐欺


実はの裏話

このお話を書く前のダイスロールの中に、〝対魔忍〟この三文字があった。
え、あの世界に将軍が?


帝国 サイレンの魔女
ウルレイカ・ルーデルハイト


 〝ウルレイカ・ルーデルハイト〟

 年若いなりに帝国最強の魔女であり、いまだ珍しい機工式魔法杖を使用する。

 その戦法はいたってシンプル。

 超上空から急降下を行い、機工式魔法杖〝カノン・フォーゲル〟の大火力による制圧砲撃で、対象を付近ごと壊滅させるという力業である。

 シンプル故に強いを体現する彼女だが、魔女として才覚に溢れているかと問われれば、それは否としか言い様が無い。

 内燃エーテル量は常人に毛が生えた程度、エーテル適性も同じで、なんとか魔女の最低水準値。

 

 魔法杖の形成すら覚束ない、どうして魔女になれたか解らない最底辺の出来損ない魔女。

 

 それがウルレイカ・ルーデルハイトの最初期の評価であった。

 しかし、その評価はある時を境に急変する事となる。

 機械技術に長ける帝国が開発した機工式魔法杖のテストパイロットに選出されたのだ。

 他の、彼女をよく知らない魔女は何故奴が選ばれたと、口を揃えて喚いた。

 

 あんな、ただ空を飛んでいる〝だけ〟の出来損ないに、最新型の魔法杖を渡すのか。

 

 ウルレイカを推薦する者達からしてみれば、彼女の本質が見えていない魔女の戯れ言でしかなかった。

 魔女と言う、この世界の理の頂点に立つ存在が鎬を削る空を飛んでいる〝だけ〟。

 そのただ飛ぶ〝だけ〟がどれ程に困難を極めるのか、周囲の魔女は解っていなかった。

 

 怪物達が支配する空をただ飛び、一度たりとも落とされた事が無いという、ウルレイカの異常性に誰も気付いていなかったのだ。

 

 彼女曰く

 

 「最速とか最強とかさ、空を飛ぶのに関係無いよね」

 

 その一言と共に、最新型魔法杖〝カノン・フォーゲル〟の完全制御に成功。

 三十人以上居た筈のテストパイロットが同時に彼女へと殺到したが、誰一人として彼女に届く者は居なかった。

 

 彼女は魔女としては才能に恵まれなかった。

 しかし、その魔女としての才能の無さを覆してしまう程の〝空を飛び、戦う才能〟に恵まれた。

 

 「クシャトロワ軍曹も知ってるだろ? 〝降星事変〟(こうせいじへん)

 「私はまだ子供でしたね」

 「ボクもさ。だからまあ、先輩達に聞いた話や資料でしか知らないんだけど、聞いた話だけでも解るよ。あれは地獄だよ」

 

 今から十年前、連邦の空戦魔導部隊が超高度航行試験中に衛星軌道にて異変を発見し、これを報告。

 連邦空戦魔導部隊は引き続き異変の調査を行う為、異変が発見されたポイントへと向かい、音信不通となった。

 

 「十年前でも今でも、最精鋭の部隊が突然行方不明になった」

 「超高濃度のエーテル溜まりですよね」

 「うん。あまりに濃すぎるエーテルに急に触れた事で、内燃エーテルと空間エーテルが混ざり、そのまま空間エーテルへと融けてしまう」

 「魔女と魔導師の死因の一つの〝エーテル病〟」

 「本来なら何年もかけて進行して、気付いた時には手遅れな病気が一瞬で発症してしまう程の濃度のエーテルが衛星軌道上にあった」

 

 長い期間エーテルに関わり続けていると、自身の内燃エーテルと空間エーテルが混ざってしまい、意識の混濁や昏睡を引き起こす。

 そして最悪の場合は、内燃エーテルと空間エーテルの差が判別出来なくなり、空間エーテルに〝融けてしまう〟。

 と言っても、この事態に陥る事は極めて稀であり、大体は意識の混濁や昏睡が起きた時点で治療を行い、人によっては一時的に軍務から離れる。

 ナジェーリアはこの時、結婚し子を授かっている。

 

 もっとも、発症しない者も居る為、死因として戦死や他の病死の方が多い。

 魔女魔導師の職業病と言える病だが、急に最悪のケースに陥る事は有り得ない。

 しかし、あの事件ではそれが起きた。

 

 「原因は未だに解らない。だけど、アレのせいで世界は滅びかけて、何百人もの魔女魔導師が〝融けた〟」

 

 バーバヤーガ隊舍の空気が一気に重くなったのを、ウルレイカとシルヴィアは感じた。

 あの事件を生き残った者にしか解らない悔恨、バーバヤーガというナジェーリア・リトリアが率いている部隊共通の痛み。

 

 「〝降星事変〟。その名の通りに、超高密度高濃度のエーテルが直径数十㎞の〝星〟となり地表へ落下。そして、天内の先代巫女を始めとした魔女魔導師達が多数の犠牲の上にこれを破壊して、あの事件は幕を閉じた」

 「そう、聞いていますね」

 「ああ、そうだ。ボクも聞いているだけで真実は知らないけど、明日はリトリアや菊代にとっては辛い日になる事は確実だよ」

 

 リトリアも菊代も掛け替えの無い家族を喪っているんだから。

 

 

 

 

 

 〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

 

 「満代そっくりになったものであるよ」

 「私は、そんなに御母様に似てますの?」

 「目元は父譲りのタレ目であるが、それ以外は満代そっくりであるよ」

 

 ゆっくり、ゆっくりと菊代の頬や髪を撫でるナジェーリア。菊代も理解しているし、痛感している。側に居るボリスもそうだ。

 自分は親を喪い、ナジェーリアは夫と娘と部下達を喪った。

 喪失は数や質では表せない。しかし、その数が多ければ多い程に傷は深くなり、質が悪ければ悪い程に消えなくなる。

 

 ナジェーリアや菊代が特別な悲劇ではない。だが、当時の〝降星事変〟の生き残りの魔女達は語る。

 語り継ぐ事しか出来ない。忘れぬ為に。

 

 ナジェーリアやリーリヤ達数百人の魔女魔導師が〝降星〟を抑えつけ、当時最強の魔女であった天内満代が〝降星〟を射ち抜き破壊し、あの事件は幕を閉じた。

 天内満代とナジェーリア・リトリアの家族を犠牲にして。

 

 「おば様、私は御母様ではありませんわ」

 「分かっているよ」

 

 天内満代はあの後、〝エーテル病〟に罹患した。

 直径数十㎞に渡る巨大なエーテルの塊を正面から射ち砕き、〝降星事変〟を終結させたが、〝降星〟を形成する超高濃度のエーテルを想定以上に浴びてしまった。

 

 「満代は」

 「おば様」

 

 想定以上のエーテルを浴び、〝降星〟を射ち砕く為にかなりの無理をしていた満代は発症し、晩年は寝たきりとなり体を起こす事も困難になっていた。

 

 「私は御母様ではありませんわ」

 「……分かっているとも」

 「ええ」

 

 だがそれでも、命続く限り満代は菊代を愛した。

 罅割れ崩れかけた手で頭を撫で、幼い菊代が話す日々の出来事を聞いていた。

 優しい笑みで、涙を堪えて話す菊代に少しでも、ほんの砂粒程度でも、思い出を遺せる様に、菊代がこの日々を悲しい思い出としない様に、満代は菊代に愛と〝一つの頼み事〟を遺した。

 

 「おば様、私は御母様に一つ〝頼み事〟をされましたの」

 「〝頼み事〟かね?」

 「おば様、御母様は〝ナジェーリアをお願いね?〟 そう、私に頼みましたわ」

 「………満代、君は大馬鹿である」

 「御母様も言ってましたわ」

 「遺す者が遺される者だけでなく、喪った者の事まで想うなど、満代、君は本当に大馬鹿であるよ」

 

 ナジェーリアが軍帽を深く被り直すと、ボリスは何も言わずに静かに部屋を出た。

 今この場で知っているのは、ボリスとナジェーリアの二人だけだ。

 ナジェーリアの夫〝アレクセイ〟と娘〝タチナヤ〟の最期を知っているのは、この二人だけ。

 

 「……菊代、聞いてくれるかね?」

 「勿論ですわ」

 「……アレクセイは私には勿体無い、良き男であり腕の良い魔導師でもあった。娘の、タチナヤは私の銀の髪を受け継いでくれて、将来は、私よりも・・・!」

 

 アレクセイ・リトリアとタチナヤ・リトリアの最期は〝降星事変〟の余波によるものであった。

 軍医であったアレクセイは、避難所に避難していた者達の治療と診察に走り回っており、タチナヤ達が避難していた避難所から怪我人が出たという報を聞き、急ぎ向かった。

 

 「私は、大丈夫だと、私が守ると、言ったのだ……! なのに、私は……!」

 

 そして、怪我人の応急手当を終えて次へと向かう時、魔女達が抑えつけていた〝降星〟の一部が零れ、避難所の近郊へ落ちてきた。

 超高密度高濃度のエーテルの塊が地表に直撃すればどうなるか?

 

 「何も、出来なかった……!」

 

 森と町が、文字通りに地図から消えた。

 今でも、その爆心地周辺は巨大なクレーターとして存在し、高濃度のエーテル溜まりとなり復興の目処すら立っていない。

 人も物も、何もかもが消えた。

 ナジェーリアが愛した二人も例外無く、彼女が守る空の下で、消えたのだ。

 

 「今でも、二人の顔が声が、目に耳に焼き付いて離れぬのだ」

 「ナジェーリアおば様」

 

 十年の歳月が過ぎても傷は深く残り、ナジェーリアを苛み続ける。

 それでも前へ進もうと、笑みを湛え紫煙を燻らせ、二人が誇らしいと言ってくれた己で在り続けた。

 

 「御二人は、おば様を恨んでいませんわ」

 「……何故、君に解るというのだ?!」

 「私が、遺され喪った者だからですわ」

 

 恨む者も居るだろう。恨まれても仕方無いと言う者も居るかもしれない。

 しかし、菊代には、何も知らない菊代だから解る。

 あのナジェーリア・リトリアが愛し、ナジェーリア・リトリアを愛した者が、彼女を恨む訳が無いのだ。

 

 「何も知らない私ですけど、おば様は恨まれてはいませんわ」

 「だから、何故、君に解ると言っている!」

 「おば様、私は御母様におば様の事をお願いされましたの。御母様は気付いていた筈ですわ。おば様が御自分を責めていると」

 「君達は、本当に大馬鹿者である……」

 「当然ですわ。御母様はおば様の親友で、私はその御母様の娘ですのよ?」

 

 そう、恨む訳が無いのだ。彼女を恨んでいるとしたら、それは自分自身だ。

 満代は知っていた。ナジェーリアが誰かに恨み憎しみを背負わせる事をしない者だと。

 背負えるものは自分自身で背負ってしまう、そんな人物だと知っていた。

 

 「そう、そうであったな。満代、私は君に世話になり、今は娘の菊代に世話になっている」

 

 情けない話である。

 言うとナジェーリアは、丸めていた背筋を伸ばし前を、菊代の目を真っ直ぐに見た。

 

 「恨みの時間は終わりである。アレクセイ、タチナヤ、見ていてくれ給え」

 

 満代が、君達が救ってくれた世界。今度は私達が救おう。

 




一度は止みかけた吹雪が再び吹き荒れる。


ウルレイカ・ルーデルハイト

少年に見間違えられる事が多々ある少女。
ボクっ子であり、ナジェーリアから

「君は一体、幾つの属性を積むつもりかね……!?」

と、初対面でナジェーリア節をかまされた。
属性とかよく分からないが、空を飛ぶのに関係無いという事は解っている。



在りし日の

「やあ、満代」
「あら、ナジェーリア。どうしましたの?」
「何、近くに寄ったのでね。土産である」
「……開けて、大丈夫なやつですの?」
「はっはっはっ、私を信じ給えよ。満子(まんこ)
「ナジェーリア!」

二人の魔女の会話

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