「はっはっは、菊代。どうしたのだね? ナジェーリアおば様であるよ。さあ、私の胸に飛び込んで来給えよ」
「いえ、あの、もうそんな歳では……」
「ん? そうであるか。残念だね」
我が家、天内家弓道場にてパイプを吹かす銀髪の女性ナジェーリア・リトリアおば様。
いえ、実際に血縁がある訳ではありませんが、母の親友という事もありそう呼んでいる方ですわ。
しかし、かなりの変人の類い。
つまり、そのかなりの類いのおば様と親友だった母も………
止めましょう。もし仮に、母がおば様と同じ系統だったとしても、今は関係ありません。
そうです。関係無いのです。
「おや? 考え事かね? 菊代」
だから、いつの間にか側に来てこちらを覗き込んでいるおば様とは関係無いのです。
……って、え?
「ナジェーリアおば様?!」
「うむ、そうであるよ」
「いや、あの、そうではなくてですね。おば様? 一体いつ頃?」
「いつ頃かね? そうだね、君が大体二十個目のクレーターを開けた時には上に居たとも」
「その時に? ではありませんわ」
「解らないのかね?」
「う……」
おば様の言う通り、私にはおば様が何時ここに現れたのか、いつの間に私の側に来ていたのか、全くと言っていい程に解りません。
おば様は魔女の中でもそう速くはない部類の筈、私も目には自信がありますわ。しかし、どうやってなんの兆しも無く現れ、私の側に近付いていたのか?
「おば様」
「何だね?」
「……少し、時間を貰えます?」
「ふむ、良いだろう。では、このパイプに詰めた葉が燃え尽きるまでである」
最初に現れたのは的の跡地、次は私の隣と言うよりはやや左後ろ気味の隣。
どちらも、音も無くいきなり現れた。
私はおば様とは違い、純粋な遠距離系
だから、自分に近付く気配や動きには他の魔女よりも敏感だと自負がありますが、おば様の動きはまるで察知出来ませんでしたわ。
しかし、おば様。当家は禁煙ですのよ?
って、あら?
「……ん?」
「おや? 何か解ったのかね?」
まあ、禁煙だと言ったところでおば様が素直に聞くとは思えません。
それよりも、なんでしょう?
この〝床の穴〟は?
よく見れば、おば様が現れた場の近くにもありますわね。
同じ様な〝薄い何かを刺した跡〟が。
「おば様、〝引寄せ〟ですわね?」
「御名答、流石である。しかし、説明は出来るかね?」
「勿論ですわ。おば様の鎌はエーテル製の刃を伸ばし、その内側にあるものを〝引寄せ、刈り取る〟不可視の鎌」
「よく覚えているものだ」
感心してますが、おば様?
これは他国の魔女、ほぼ全員が知っている事ですわよ?
鎌槌の魔女の鎌は見えず聞こえず、気付いた時には刃に引寄せられ刈り取られるというキチ○イ仕様。
それに加えて、鎌で引寄せてから槌で広域空間打撃とかしてくるからダブルキチガ○仕様。
母はこの方に勝ったと聞いていますが、それだと私の母はダブルキ○ガイを超える○チガイという事に……!
「では、菊代。私は鎌の〝引寄せ〟をどう使ったのだね?」
「簡単ですわ。あそことここ、この刺し跡が答えですわよ」
気を取り直して、ナジェーリアおば様は魔女の中でも特に強力でありながら、速度的には並より少し上程度。
そのおば様が突如現れ、突如私の側に現れた方法はたった一つ。
「自分を引寄せましたのね」
「正解である」
おば様の鎌は振らねば刈り取れない。振らなければ、何も刈り取れない。
しかし、引寄せるという鎌独特の刈り取り前の動きは、振らずとも手元へ引き込めばいい。
そして
「鎌の刃先、それを地面に刺し込み固定して、その刃先のある先へと自分を引寄せる。柄も確定した形も無いエーテル製の鎌ならではの技ですわね」
「左様、よく見れる様になったものである」
「まだですわ」
「ほぅ?」
「加えて言うなら、おば様の魔法杖は鎌と槌。鎌の刃は必ず横か背後、曲線で放たれますわ。だから、おば様は必ず横か背後の刃先の位置に現れる。なので」
「予め、仕込みでもしておくかね?」
「ええ、対魔女用で三連程」
ええ、それが一番手っ取り早い方法ですわ。おば様は鎌でこちらの攻撃を刈り取りながら、今の移動をしてきかねませんし、移動途中で槌の圧砕なんて目も当てられません。
だから、そのルート上に対魔女用矢を矢筒三本三連で撃ち込んでおきますわ。あ、勿論、時間差で着弾仕様で。
天内家の巫女としては、当然全弾必中ですのよ。
「……おば様、何ですの?」
「いやね、やはり〝満代〟の娘だとね」
「母もやはり……?」
「うむ、と言っても満代は三連ではなく、対魔女用矢五連。それも矢筒十本を五連の時間差で撃ち込んできたのだよ。いや、あれには参ったね」
やはりと言うべきでしょうか、流石と言うべきでしょうか。
天内家歴代巫女最強と謳われた母ならやりかねないと思う反面、一体何をしたらあの温厚な母をそこまで怒らせる事が出来たのか。
「まさか、水菓子一つで夜通し空を駆け回る事になるとは、食べ物の恨みは恐ろしいとは、よく言ったものであるね」
いや、確かに母の好物ではありましたが、まさか水菓子一つでですの?
おば様も、「いやぁ、参った参った」みたいな感じで笑わないでください。
……そう言えば、話がずれてましたが、いやまさか、いくらおば様でもそれは流石に、やりかねませんわね……
「あの、ナジェーリアおば様? 一つ、宜しいですの?」
「はっはっは、カワイイ菊代の問いならば何でも答えようではないか。ああ、しかし、スリーサイズは秘密であるよ? 君に私のスリーサイズを明かしたところで、私が惨めになるだけであるからね……!」
おば様、うるさいですの。
「あの、おば様? 一体、〝何処から〟鎌を伸ばしたんですの?」
「〝何処から〟かね? それは公国の私の基地からに決まっているではないか。変わった事を言う子だね」
「何を当たり前の様に仰っているんですのー!」
この人は、本当にこの人は……!
「常識! 常識ですわよ?!」
「ふむ、常識であるか。常識…… 時に話は変わるがね。極点域での満代との砲撃戦の話になる」
「は……?」
「元より巫女に遠距離戦で勝てる訳が無いのだが、あの時の満代はノリに乗っていてね。手が付けられなかったのだよ」
「あの、おば様?」
「副砲で私が隠しておいた鎌の刃を砕きまくる上に、こちらの圧砕を主砲で押し返す。ヴォジャノーイの負担もバカにならなくなってきたのでね。一度、逃げたのだよ。事前に伸ばしておいた鎌で星の裏側までね」
常識を語るかと思えば、常識とはかけ離れたナニかを語り始めましたわ。
しかも、母と何してましたの、この人?
おば様の不可視の鎌の刃を砕いて、圧砕を押し返す母も母ですけど、事前に星の裏側まで鎌を伸ばして、それで逃げるおば様もおば様ですわ。
「それでまあ、私は祖国の山脈の中に隠れていたのだが、満代の奴は水菓子一つで星の裏側から山脈に隠れる私を撃ち抜いたのだよ。しかも、六連砲撃でね……!」
解りましたわ。ええ、今完璧に理解しましたわ。
魔女の常識は世界の非常識。
それを今完璧に理解しましたわ。
「いやはや、あの時は近くを偶然飛んでいた同志リーリヤを盾にしなければ危なかった……」
理解出来ていませんでしたわ。友人を盾にするなんて、理解出来る訳ありませんわ。
「まあ、その後、二人で満代に追われる事になったのだがね」
常識、常識とは?
「さて、菊代。真面目な話といこうではないか。〝福音の魔女〟の話は聞いているね?」
「またいきなりですわね。まあ、答えは勿論ですわ」
「その事に関して話をしに来たのだよ」
本当にいきなりですわね、この人は。
しかし、〝福音の魔女〟となれば、それも当然と言えますわね。
おば様の表情も先程までとは違い、
「おっと、忘れていた。満代との砲撃戦の理由は水菓子の他に、夜9時のラジオドラマのチャンネル争いであるよ」
「はい?」
「そんな顔をするものではないよ? まあ、実際よくあった事である」
「よくあられても困るのですが……」
そんな事で星の裏側まで届く先読み砲撃とか、なんと言うか頭おかしいですわ……
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