さて、少し視点を変えてみよう。
そう、同盟領エル・ファシルに迫る帝国軍艦隊にだ。
ただし貴族艦隊ではなくイゼルローン駐留艦隊から徴用された1500隻の方だが……
さて、ここで少し艦隊編成の話をしよう。
基本、帝国も同盟もこの世界では基本500隻で1個戦隊を形成する。
この戦隊が2個以上集まって分艦隊を形成するのだ。
正規艦隊ならば普通は4~6個戦隊(2000~3000隻)で分艦隊を形成し、分艦隊2個以上で一個正規艦隊を編成する。
自由惑星同盟なら、現状は12000隻~15000隻で一個正規艦隊であり、これを12艦隊保有しており、対して帝国は10000~12000隻程度だが、その分18個正規艦隊を揃えている。
ただ、これはあくまで正規艦隊の話であり、例えば帝国貴族の私兵である私設艦隊は編成が一定でない場合が多く、また両国を問わず方面艦隊や地方艦隊、警備艦隊などはその限りではない。
例えば、リンチ率いるエル・ファシル駐留艦隊は2個戦隊規模で1個艦隊としていた。
また帝国の誇る人工天体型の球状大型要塞”イゼルローン要塞”の駐留艦隊は、その主任務を同盟領へ威力偵察……装甲パトロールとしているので、同盟の正規艦隊が押し寄せてきた場合の防衛任務を除いては、駐留艦15000隻を30個戦隊編成とし、3個戦隊を1チームとした1500隻単位でローテーション・パトロールを行っていたのだ。
無論、本来ならこの3個戦隊1500隻も一丸となって動くのではなく、戦隊ごとにそれぞれ別の定期巡回航路を進むのである。
当たり前だが、彼らの本来の任務は要塞を攻めようとする同盟軍の動向をいち早く察知すること、要塞の目となり耳となることなのだが……
「何が悲しくてマンハントを楽しみたいなどとバカを言い出す貴族の
そう提督席でぼやくのは、黒髪に
「”
と席の隣に立ちながら返すのは、貴公子……”マールバッハ伯爵”より背は低いが同じく若く、整っている顔立ちだったがどこか愛嬌のある青年だった。
「なあ”ミッターマイヤー”、そのマールバッハ伯爵というのはやめてくれんか? それに変に丁寧に喋られるのはやりにくくてかなわない」
「とはいえ流石に士官学校と同じようにとはいかないでしょう? ここは正規軍で階級は絶対。”先輩”は准将閣下で、俺は副官に大抜擢されたとはいえ新任少尉にすぎませんし」
そう察しの良い皆さんはもうお気づきだろう。
このマールバッハ伯爵と呼ばれた男、別の世界線では”オスカー・フォン・ロイエンタール”と名乗っていた男だ。
相方は、ヴォルフガング・ミッターマイヤー……相変わらずの士官学校の先輩後輩らしい。
そしてロイエンタール、この世界における現在の名を、
”オスカー・ロイエンタール・フォン・マールバッハ”
父の遺した膨大な財産と母の実家であるマールバッハ伯爵家の家督と爵位を受け継いだ、非門閥系では有数の権勢を誇る大貴族だった。
☆☆☆
さて、どうしてこんなことになってしまったのだろう?
本人に聞けば一言こう答えるだろう。
『……母の愛が重すぎたのさ』
まず最初に……別の世界線とは真逆にオスカー君は同じ髪の色の母、レオノラから溺愛されている。
その愛は今も現在進行形で母のレオノラは今でも元気一杯、父親亡き後レオノラ・フォン・ロイエンタール伯爵夫人として女だてらに見事ロイエンタール家を切り盛りし、まさに「母は強し」を体現したような女傑だった。
さてどこから歴史が狂ったのかといえば……そりゃもうロイエンタールが生まれる前からだ。
マールバッハ伯爵家の三女として生まれたレオノラは、落ちぶれるに落ちぶれて貴族専用の法外な高利回り債券まで売り払ってしまったマールバッハ家から事実上、売り払われる形で20も年上だが事業に成功し富豪の仲間入りした下級貴族に嫁がされた。
しかし、彼女には結婚前から愛し合っていた平民の男がいた……
身分の違いの障害を乗り越えるべく同盟に亡命しようとした矢先、ふって沸いたのがこの婚姻だった。
娘の事情は知ったマールバッハ伯爵は、その平民の男を速在に最前線送りにするよう画策し、彼の思惑通り男は戦死する。
没落したとはいえ爵位持ち貴族、平民一人の生殺与奪など簡単に決められる程度の権力は残っていた。
これでレオノラは諦め、大人しくロイエンタール家に嫁ぎ、自分は大金が手に入る……失意に打ちひしがれたように見える娘を見ながら、マールバッハは全てが上手く行くと思い込んでいた。
だが、レオノラがロイエンタール家で生んだのは、片目に今でも忘れることのない男の面影を宿した元気な男の子だった。
その子を見た瞬間、愛した男に注げなかった愛情を全て息子に注ぐと誓い、愛が再燃すると同時にこの子の父親となるべきだった男を死へ追いやった実家に対する憎悪が、激しく彼女の中で渦巻いた。
愛憎が表裏一体とはよく言ったものである。
息子への愛を、実家への復讐を誓った彼女の行動は……「良きロイエンタール家の妻」を演じ続けることだった。
彼女の思い立った復讐は、とにかく金がかかる手段だった。
レオノラはロイエンタールの良き母であり、良き妻として夫を支えた。
ただ、彼女もまた復讐により歪んでいたのは否めない。
例えば……愛した男の遺した
夫は献身的に支える若く美しい妻の期待に応えるため、馬車馬のように働き……そして死んだ。
死因は過労死だった。
最後まで良妻を演じ続けた妻も、愛されてると騙されたまま幸せに逝けた夫もきっと勝者なのだろう。
そして夫の遺産を手に入れたレオノラは、自分を売り払った金もとっくに使い果たした実家に罠を仕掛けた。
伯爵位を持ちながら貧窮するマールバッハ家に対し、夫から受け継いだコネクションを使い自分の名が浮かび上がらないよう「割のいい儲け話」を持ちかけたのだ。
そして典礼省にも鼻薬を十分に嗅がせた。
マールバッハ伯爵が”貴族として成立できなくなった場合”に備え、「マールバッハの血
やがて幾重にも張り巡らせた”レオノラの罠”は無事に発動し、マールバッハ家は残っていたなけなしの財産も含め何もかも失った。
比喩でなく全て失い、味方する者もいなく……食いつなぐこともかなわず、当主をはじめ自裁した。
こうしてレオノラの復讐は成就したのだ。
☆☆☆
だが、大変だったのは母親の期待と愛情を一心に受けたロイエンタール、”オスカー・ロイエンタール・フォン・マールバッハ”伯爵だった。
先に言っておくが、ロイエンタールは母親を嫌ってはいない。
むしろ逆だ。理由はどうあれ、注がれた愛情は本物であり続けたし……いや、本物の愛情だったが故に彼には”重かった”。
ついでに言えば溺愛のあまり過剰なスキンシップをとってくるレオノラに、少々食傷気味だったのは否定できない。
というか実家にいた頃は、母といつも添い寝……別の言い方をすれば同衾だった。
一線は越えてない……と思うが、自分への執着ゆえか? いつまでも歳をとる気配がない母を持て余し気味なのは確かだろう。
そこでロイエンタール、「帝国貴族としての本懐を遂げたい」と貴族としては否定しづらい建前を並べて母を説得、士官学校に入学したのだ。
彼の初めて校門を潜ったときの台詞は、
『これでようやく乳離れができたか……』
と安堵の声だったという。
ただ、既に爵位持ちとなっていた彼がただの一生徒と過ごせるわけはなく……だったのだが、それでも気を許せるオレンジ頭の悪友や、長い生涯の友になる……というか今現在、横に立ってる後輩とも出会えた。
ちなみにミッターマイヤーの場合、「俺の世話を焼かせるのは卿しかおらんな」といかにも貴族らしい縁故人事の手順を踏んで、卒業と同時に掻っ攫ってきた。
ロイエンタール、意外と貴族社会の順応性は高いようである。
掻い摘んで話せばこういう経緯で彼はイゼルローン要塞勤務となり、ヤンと同い年でありながら爵位持ちの貴族軍人らしく既に准将となり1個戦隊を率いていた。
もっとも出世が早いのは何も貴族だからという訳だけではなく、士官学校を卒業してから既にいくつかの武功を立ててることも大きい。
士官学校を出た直後に艦長に任命されたときは流石に焦りもしたが、それでも彼は小さな勝利を重ねたのだ。
ただ、今頭が痛いのは同じ貴族軍人だが階級が上の門閥の一人が馬鹿を始め、それの尻拭いをさせられてる現状だった。
(まあ、1500隻率いるのは悪い気分ではないが……)
だが、頭にくるのは自分の率いるイゼルローン駐留艦隊哨戒部隊を前面に出し、安全な後方をノコノコついてくる1000隻の貴族艦隊だった。
「ミッターマイヤー、口調を士官学校時代に戻せ。これは命令だ」
「はいはい」
苦笑しながら、「上官命令とあらば」と従うミッターマイヤー。
「ところで私兵を引き連れ狩猟気分で前線に出てきているのはコルプト少将だったか?」
「ああ。噂だと今回の作戦で退役、実家に戻り爵位と家督を継ぐって話だ」
「なるほど……つまらんな」
そう小声で呟いたロイエンタールの口の端は、微妙に吊りあがっていた……
実は情熱的だったレオノラ母様に乾杯!(挨拶
ロイエンタールの家庭環境を引っくり返した二次創作を呼んだことがなかったので、つい自分で書いてみました(^^
なのでロイエンタールには原作のような女性に対するトラウマとそれに起因する女癖の悪さはありませんが……なんか別方向でややこしくなってるような?
まあおかげで貴族になってしまいましたし、色々と原作にはない苦労はしそうですが。