金髪さんのいる同盟軍   作:ドロップ&キック

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唐突ですが……歴史と酒の話をする時のヤンは、戦争してるより楽しそうです(^^




第075話:”カティサーク 世界はこんなはずじゃないことばっかりだよ”

 

 

 

「ほう、流石に考えてきたみたいだね」

 

自由惑星同盟軍のティーサーバーの紅茶品質を向上させるために結成された秘密結社、”同盟軍紅茶党(ティーパーティー)”の幹部候補筆頭ヤン・”カティサーク”・ウェンリーだ。

コードネームの”カティサーク”とは、今から1500年以上前に中国から英国に紅茶を運んでいた”紅茶運搬用快速帆船(ティー・クリッパー)”の中で、最後まで保存されていた船なんだ。

いわゆる、『最後のティー・クリッパー』だね。

個人的にかなり好きな船で、いつかボトルシップで作ってみたいとなーとか思ってるよ。

あの時代の船はいいよね。実に優雅だ。

 

そういえば、カティサークって銘柄のブレンデッド・ウイスキーもあるんだよ。

私は基本、カミュを中心にレミーマルタンやヘネシーなんかの手頃なグレードを楽しむブランデー党なんだけど、カティサークは柑橘類とバニラのフレーバーが特徴的な、ウイスキーの割には飲み口が柔らかいので私も気分変えたいときなんかにたまに飲んでるよ。個人的には、味と価格のバランスが良い12年物がお勧めかな?

そこ、呑兵衛(のんべえ)とか言わない。せめて、大人のたしなみと言って欲しいね。

 

さて、楽しい楽しい歴史と酒の談義はこの位にしておこうか。

あっ、ちなみに上記の秘密結社云々は冗談だからね? どうも私は冗談が下手らしいから。

 

(さあ、どうしようか?)

 

視点を現実に戻すとしよう。

どうやら先ほど私が(ほふ)った事象を反省した帝国貴族たちは、500隻集団×2で私達を挟み撃ちにしたいらしい。

とても簡略的な図になってしまうが、イメージ的にはこんな感じだ。

 

 

 

         ←A

  ☆→

            ←B

 

☆:YS11特務護衛船団 A:帝国500隻集団A B:帝国500隻集団B

 

 

 

実際には三次元的な配置なんだけど、AとBは割と距離がある。

 

(というか、艦隊運動もだけど連携が稚拙だなぁ)

 

これじゃあ、挟み撃つ前に各個撃破してくださいって言ってるようなものだと思うけど。

 

「ヤン、どうする?」

 

そう話しかけてきたのはワイドボーンだ。

ブリッジに戻ってきたとき、何やらラップと変な空気だったけど……平常運転に戻ったようだから、まあ良しとしよう。

 

「当然、各個撃破を狙うよ。わざわざ挟撃されるまで待ってる義理はないしね」

 

「どっちから攻めるんだい?」

 

「……どっちも動きの悪さは甲乙、いや丙丁つけがたいけど、迂回して遠いほうから狙うとするか」

 

「近場からじゃなくていいのかい? 遠方に接敵する間に距離が詰められて前後から挟撃される可能性もあるけど……」

 

まあ、普通ならそうなんだけどね。

 

(第5惑星のすぐそばか……都合のいいことに、船団は惑星を背にしてる……)

 

「今回は、敵の哨戒網の雑さと艦隊行動速度の差を利用させてもらうとしよう」

 

「具体的には?」

 

「倍の艦隊に追われて、”逃げる()()をするのさ。そうそう、」

 

ここはちゃんと言っておかないと。

 

「ちゃんと敵先行集団(A集団)から、”尻尾を巻いて逃げ出す様”が見えるように調整しないとね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

 

 

「はあっ!? 逃げただとっ!?」

 

二大門閥には入ってない物の、独立/中立系としてはそこそこ裕福で歴史あるエンテ子爵家の五男に生まれたフェルディナンド・フォン・エンテ大佐は、呆れていいのか怒っていいのかわからない表情でそう叫んでいた。

 

ヤー(はいっ)! フォン・エンテ司令! 先行していたフォン・ケッテン司令より入電です! 敵艦隊は急速反転! 全力にて逃走したようです!」

 

ヤンが仮称した名前をそのまま使うと”B集団”500隻の司令官であるエンデは、戦艦”チュートリンゲン”のブリッジで腕を組んで考える。

敵は500隻の最先行集団を駆逐したようだが、流石に倍の数には(かな)わないと悟り逃げ出したようだ。

 

(もしかしたら逃げ出したふりをして、やり過ごす気かもしれんが……)

 

だとしても、これは千載一遇のチャンスだ。

敵はこちらの半分、腕は上のようだが数は力だ。ちょっとやそっとの技量差では物量の差は覆せない。

「戦争は数だよ! 兄貴!」というのはどの時代でも通じる真理だ。

 

(距離差からそう易々とは追いつけんだろうが……)

 

ケッテン率いる先行集団(A集団)がギリギリ発見できたようだから、敵が最高速でまっすぐ逃げていれば、まず捕捉はできないだろう。

だが、その時はその時だ。

 

(みすみす敵を見逃す手はない……!)

 

討つことはできなくとも、せめて敵艦隊を追撃したという事実は欲しい。

大きなヤマを張るのもいいが、塵も積もれば山となる……という戦功の稼ぎ方も確かにあるのだ。

 

「各艦、索敵を()()120度に集中! 逃走する敵艦隊を決して見失うな!! 艦隊、全速前進!!」

 

 

 

そして、この判断こそが彼らの運命を決定してしまったのだった……

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

そして数時間後……

 

「なぜだ……」

 

エンテは、あまりと言えばあまりの展開に愕然とした。

追尾していた敵艦隊をロストしてしまった。

それは仕方ないことだとエンテも考えていた。

先行していたケッテンの艦隊も見失った。

逃した魚は大きいが、敵の意図は(くじ)くことができた。きっと、そこで満足すべきだったのだろう。

だが、それは……エンテに降りかかった災厄(それ)は、どう考えても不可解なことだった。

 

(敵は……ヤン・ウェンリーは魔術でも使ったのかっ!?)

 

見失ったとはいえ、自分達は確かに敵の背を追っていたはずだ。なのに、

 

「誰か説明しろっ!! どうして前にいたはずの敵艦隊が、我々の()()()()()現れたっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

 

 

「まあ、種を明かせば簡単なんだけどね」

 

ヤンはドヤ顔するわけでもなく、小さく苦笑するだけだ。

 

「だけど普通は考えないよな」

 

平常運転に戻ったラップは、呆れたようにため息を突いた。

ラップとて士官学校を出たプロの軍人、マインドセットのやり方は心得ている。

さて、ヤンが何をやったかと言えば簡単で、

 

敵の哨戒に見えてるのを確認した上で、艦隊反転(=尻尾を巻いて)→全力逃走。最大船団速で相手の追尾を振り切って……

 

「第5惑星の陰に隠れつつスイングバイとか、この状況でやるか?」

 

そう。敵がこちらを見えなくなってから、本来の船団進行方向から見て後方にあったヴァンフリート星系第5惑星……そのまま第5惑星の陰に入って目くらましに使うのと同時に、星の固有運動(自転)を重力カタパルトに利用して船団丸ごとの加速と航路変更をこなし、その勢いのまま敵艦隊の予想される哨戒圏の外側を航行して後ろに回り込んだのだ。

 

「ラップ、固定観念ってのは危険なものだよ。何しろ”普通はやらない”っていうのは、”普通じゃなければやる”ってのと同義語だよ。私だってエル・ファシルに帝国貴族が奴隷狩り(マンハント)に来たなんて聞いたときは、自分の耳を疑ったもんさ」

 

ちなみにこの戦法を伝えた時の各中佐の反応は……

 

チュン・ウー・チェン → 感心

グエン・バン・ヒュー → 大爆笑

ラルフ・カールセン  → 驚き

ライオネル・モートン → 感服

 

何かグエンだけリアクションがおかしい気もするが……概ね好意的に受け止められた。

 

「想像力の欠如っていうのは、戦場じゃ割と死に直結する。軍人ならば、それは肝に銘じておくべきだよ。そうだな……こんな状況を端的に現す言葉があるよ」

 

ヤンは楽しげに微笑み、

 

「古人曰く、”世界はこんなはずじゃないことばっかりだよ。ずっと昔から、いつだって誰だってそうなんだ”ってね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございました。

ヤン、またしてもやらかしました(笑
いや、スイングバイはリアルでもSF作品でも割とメジャーな方法なんですが、このシチュエーションで使ってくるという。

ヤンは、酒のこだわりがあるようで無いタイプ? 値段と味が釣り合えば割と何でも飲みますw

ちなみにサブタイと、そこに繋がる最後のヤンのセリフは某クロスケの名セリフからです(^^





追記
前回第074話、本当に色々なご意見ご感想ありがとうございました!
いつもご感想は執筆モチベーションに直結するくらい嬉しいですが、なんか「ラップもワイドボーンも、どっちも間違っていない」って書いた事に沢山の意見を聞かせてもらえてとても嬉しかったです。
改めてお礼を言わせてもらいますね。



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