「俺の予想通り、この作戦の立案が
先輩の手口ならそんなところだろう。
『効率的に人を騙すときのコツは、信じる相手になら”99の真実の中にたった1つの嘘”を混ぜ、信じない相手になら”99の嘘の中にたった1つの真実”を混ぜるのさ。まあ、状況と条件によっては組み合わせを逆にした方がいい場合も無論あるけど』
とか愉快な事を紅茶片手に言い出すお茶目な先輩だぞ?
信憑性はともかく妙な現実感と説得力を持った”もう一つの俺の記憶”によれば、ヤン・ウェンリーなる人物は、王道の戦術家というより邪道を煮詰めて戦術風に仕上げることに長けたような……言い方は悪いが、多分に”戦場のペテン師”的な才覚にあふれた人物だったようだ。
正直、”魔術師”というより”ペテン師”と書いた方が、俺としてはしっくりくる。
ニュアンス的な物だが、詐欺師と書くと何か違う気がする。
意味は同じはずなのだが、字面とは不思議なものだ。
「またどうして”Weekly Sentence Summer”? そりゃ確かに広義な意味では政府、もしくは軍の準機関紙扱いかもしれないけどさ」
「だからこそだ。もっともヤン先輩の性格を考えると、一つのメディアで全て賄うとは思えん。推測だが、判明してるが意図的に泳がされたる軍内のスパイやら、フェザーンの商人ネットワークやらに手変え品替え、少しづつ異なる情報をリークしてるはずだ。ところで、」
俺は頭を悩ませるアヤに、
「グリーンヒル准将は有能なのか?」
とりあえずストレートに聞いてみる。
「有能だよ? 間違いなく。閣下は善人という評価と無能という評価だけは受けたことのない人だって聞いたことがあるし」
(人格的には問題ありそうな気もするが……)
「こいつも仮定だが、もし先輩と准将が裏でつるんでるとしたら、リークした情報の流れを伝って国内の敵対的諜報ネットワークを追跡するぐらいはやるだろうな。あと、帝国軍の動きによってどのルートの情報を重視してるかも、ある程度判断できる」
「……もしかして、ラインハルト君って諜報戦にも詳しかったりする?」
「自慢するほど詳しくはないな。多少齧ったくらいだ」
どちらかと言えば、艦隊戦の方が得意だ。
何より諜報戦に俺は性格的に向いていない。もし適性があるのなら、”もう一人の俺”はフェザーンの黒狐やらヤク中カルト教団にああまで手を焼かなかったろうな。
特に
「それに俺の生まれは知ってるだろ? 同盟生まれではあるが、”
誇張はあるが、嘘は言ってないぞ?
☆☆☆
ヤン先輩の影響って訳ではないが、少し歴史の話をする。
既に知っているなら聞かなくてもかまわん。
銀河帝国と四半世紀と離れず成立した”
建国450年を超え、500年に近づこうとするこの国の内部は、単純な勢力図ではない。
銀河帝国成立前、国父アレイスター・ハイネセンと共に星々の海へと旅立ち、”
俺の家もそうだが、帝国成立後に同盟へと
まあ、生粋のフォリナーというのは帝国生まれの亡命者のことで、同盟で生まれた姉上や俺は厳密にはフォリナーではなくただの同盟人だが。
そして、100年ほど前のフェザーン回廊発見から膨大な賄賂やら裏金を元に同盟/帝国を問わずに勢力を伸ばしたフェザーンからの商業や金融目的の経済移民、”
俺もそこまで詳しくはないが、イメージ的には「同盟国籍をとらず(とれず?)、同盟で経済活動を行う者」がシャイロックになるようだ。
なので、ヤン先輩はフェザーンの自由商人の家系でフェザーン生まれだが、子供の頃の自分以外の全員が死んだ宇宙船事故で、同盟の軍艦に救助されたことがきっかけで同盟に移民。後見人の勧めで同盟国籍を収得して軍人となったのでシャイロックにはあたらないらしい。
まあ、大きく分けてこの三つの勢力があるわけだが……色々と根深いのだ。
同盟主流派は、
銀河帝国に対する危機感が欠落してるわけではないが、かと言って憎悪に凝り固まってるわけでもない。
無論、帝国を『不退転の敵対国家』というスタンスは崩していないし、同盟市民の共通認識として存在してるが……本音を言えば、大半の民衆にとり帝国とは『攻めてこないなら、あえてこちらから手を出したくない
これは同盟の成立理由や理念、歴史的背景やその時期から考えて仕方のない部分がある。
帝国臣民(特に貴族)にとり同盟市民は『偉大なるルドルフ大帝に逆らい続ける愚かな”叛徒”』であり、同盟領は『叛徒共が”不法占拠した土地”』であり、滅ぼさなければならない勢力であり、同時に奪還せねばならない土地なのだが……
だが、そんな大義名分は”
今の同盟領はアレイスター・ハイネセンに率いられた自分たちの先祖から開拓がはじまり、現在進行形で開発を進めている”
それに自分たちの先祖は、宇宙歴310年に『
ただの一度も帝国臣民とやらになったこともないのに、叛徒もクソもあったもんじゃない。
つまり、
じゃあ、なぜ戦うのかと言えば……
(帝国が攻めてくるからだろうな……)
本質的にはそこだろう。
同盟市民は帝国人に叛徒呼ばわりされようが大して腹も立たない。一般的な反応を言うなら、精々『帝国のポテトヘッドがまた歴史的事実を無視した妄想言ってるな』程度だろう。
土地に対しても同じような物だろう。
だが、同時に『帝国人に土地と民を支配される』事をひどく恐れている。
何故なら、ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムに端を発した凶悪なまでの『負の実績』があるからだ。
ルドルフが皇帝に即位した直後の銀河帝国の人口は約3000億人。
議会を永久解散させた後、まず40億人を殺してみせた。
ちなみにアレイスター・ハイネセンと共に独裁者の手が及ばぬ新天地を目指して宇宙へ旅立った、最初期の脱出者は約10億人……実にその4倍の犠牲者が、手始めに葬られたのだ。
ルドルフ一代の暴虐なら、まだ立て直しが効いたかもしれんが……圧政と弾圧はその後も続き、今となっては帝国の登録人口は250億人だ。
帝国だけで見れば、500年足らずの間に人口は実に1/10以下になってしまったのだ。
同じ時間軸にあり、帝国からの累計億単位の亡命者を加味しなければならないが……総人口を最初期から24倍に増やし、更に高みを目指そうとしてる同盟市民にとり、無視できる数字でも受け入れられる数字でもない。
建前はどうあれ、今の同盟市民
もっと根源的な恐怖……『240億の同盟市民が20億まで減らされる』ことを何よりも恐れているのではないのだろうか?
お読みいただきありがとうございました。
今回と次回は、ちょっと「同盟が帝国と戦う理由」を掘り下げてみようかな~と。
銀英伝二次なのに、まったく戦闘のない話が続きますが、「戦争は政治の一形態」的なノリで楽しんでいただければ(^^
前世(?)はライバル、今生では仲のいい先輩で義兄(予定)という合計すればかなり長い年月の付き合いとなってしまったヤンの影響が確実に出てるラインハルト君、単純に人間丸くなっただけではなさそうです。