何やらひどく久しぶりの気もするが……ラインハルト・フォン・ローエングラムだ。
すまん。素で間違えた。
同盟宇宙軍大尉、現在駆逐艦”イナズマ”の艦長を務めるラインハルト・ミューゼルだ。
現在、俺はヴァンフリート星系近海にいる。言うならば、同盟のイゼルローン・サイド最外縁だな。
何しろこの先、イゼルローンとの間にあるのは、同盟と帝国双方が領有権を主張する係争地、会戦のメッカであるティアマト星系しかない。
こんな事情で、例え栄光曇ることなき
こんな僻地としか呼びようのない場所にはいるが、俺としては気分の悪いものではない。
駆逐艦とはいえ、艦長室にいるのだから当然と言えば当然か。
だが、俺の待遇や立ち位置、階級を抜きにしても今日は俺が上機嫌になる理由があった。
「クククッ! 流石は
「ラインハルト君……?」
と怪訝な顔で覗き込んでくるのは、アヤ……ああっ、俺の副官を押し付けられたアオバ・アヤ大尉だ。
なんで此奴が俺の部屋に居るのかと言えば……まあ、毎朝(正確には朝と設定された時間だな)に俺の部屋でコーヒー飲みながら小ミーティングを行うのが日課になってしまったからだ。
手間が省けるので、コーヒーだけでなく一緒に朝食を運ばせてるが。
一応、言っておくがガチな戦闘時でもなければ、豪華とは言わないが普通の食事くらいするぞ?
普段からカロリー補充が最優先で味など二の次三の次な
前世(?)の俺がどうだったかは知らんが、今の俺は決して食事を軽んじない。
基本、色気も味気もない灰色の前線勤務において、食事は立派な娯楽だ。軍艦の中じゃ給料の使い道なんてないから、唯一の楽しみが食事なんて兵士は珍しくもない。
軍隊に限った話じゃないが、労働者の福利厚生を軽んじる組織は長持ちはせん。
それに前線に生きる軍人の心得は、食える時に食い、休める時に休む。鋭気を養い、いざ戦いのときに最高のパフォーマンスが発揮できるようにすることだ。
我が義兄曰く古今東西、軍人を一番殺してるのは敵の弾丸ではなく疲労なのだからな。
まあ、大分話が逸れてしまったが……
「どうしたの? 突然笑いだして?」
「
俺は軍の福利厚生の一環、個人端末に配信されるマルチメディア・ホログラムを見せる。
ああ、言っておくが他人の目があるところでは呼び方は、未だに”アオバ大尉”のままだぞ?
公私混同は宜しくないだろうからな。
「えーと、何々……”Scooop!! ヤン・ウェンリー、臨時昇進! 軍の極秘作戦の前触れかっ!?”って……ナニコレ?」
「ニュース・ソースを見てみろ」
中々に興味深いぞ?
「えっと、えっ? ”Weekly Sentence Summer”?」
「ああ。アヤなら当然知ってると思うが……同盟政府に属する諜報組織の出先機関とも、同盟の暗部につながるとも
自己申告ではあるがアヤの専門はメディア戦略だ。この辺りの事情は俺より詳しいと思いたいが……
「それはもちろん知ってるけど……えっと、これって前にラインハルト君がリンチ中将に提案した作戦の、その……補強? 支援? それとも攪乱?」
どうやら、思ったよりも話が通じるようで何よりだ。
「補強、だろうな。情報操作だけで”ヴァンフリート4=2に基地設営”を信じさせ、イゼルローン駐留艦隊を誘引するというのが、おそらくだが後方の何者かが、それでは不十分だと考えたんだろうな」
「何者? グリーンヒル准将とか? 確かに国内の情報操作戦は得意だけど……」
なるほど。
俺の”
まあ、そのクーデターも
それはともかくアヤの口ぶりだと、”世論操作による大衆の思考誘導”が得意のようだな。
(ってことは、防諜部門。帝国の情報収集や分析よりカウンターインテリジェンス寄りということか……)
どちらにせよ阿呆ではなさそうなのは、喜ぶべきことだろう。
(ん? グリーンヒルと言えば、どこかで接点があったような……?)
ああっ、そうか。
エル・ファシルの、
「コーヒーとサンドイッチの娘か」
「ラインハルト君、コーヒーならおかわりあるけど……サンドイッチ食べたいの? 朝ごはん足りなかった?」
「いや、十分だ。コーヒーはお代わりをもらおう」
ヤン先輩は「コーヒーなど泥水」と
そもそもシロン産の茶葉を尊ぶのに、同じシロンの特産で赤道付近で採れるエメラルドマウンテン(コーヒー豆の銘柄だぞ?)の旨さがわからんとは全く嘆かわしい舌だ。
ロースト具合は中煎りが特に好みだ。
「それとさっきの話だが、今回の補強作戦の立案者……その絵を描いたのは、おそらくグリーンヒル准将じゃないぞ?」
「えっ?」
「准将は関わっていそうだが、多分デザインしたのは我が麗しき
上手くは言えないが……今生と前世という言い方もおかしいが、その二つの時間を合わせてそれなりにヤン・ウェンリーという男を知った俺は、ある程度は先輩の考えや思考/行動パターンがわかる。
なんというか、『ヴァンフリート4=2の基地設営に説得力を持たせるため、実際に艦隊を用意し動かす』ことや、それを『意図的に情報リークさせる』というあたり、実に先輩らしい思考と趣向、言い換えれば”思考的
(そう、たとえ相手が欺瞞と見抜いたとしても、実際に護衛船団がヴァンフリートに来る以上、帝国はどうあれ動かざる得なくなるあたりが特に)
無論、俺がライバル視していたヤン・ウェンリーと、士官学校からの付き合いがあるヤン先輩は、
だが、矛盾してるように聞こえるかもしれないが根幹の部分は、そう大きな違いはないと思う。それこそ同一人物であると言い切れる程度には、だ。
歴史の異なる二つの世界が存在すると仮定すれば、二人のヤン・ウェンリーの相違点で最大の差異は、
究極的に言えばそれだけだ。
(先輩のことだから、上手く丸め込まれて立案した計画に組み込まれたのだろうな……そして、自ら先陣切る位置に座らされたってとこだろう)
先輩は優男の見た目を裏切らず、巻き込まれ体質な上に押しや力業に弱いからなあ。
立案求められて作戦案出したら、指揮官の地位とそれに相応しい臨時階級がブーメランのごとく返ってきて、脳天に突き刺さったと例えると、妙にしっくり来るから不思議だ。
お読みいただきありがとうございました。
”Weekly Sentence Summer”、それを日本語に訳すと”週刊文夏”(笑)
どうやら、紙媒体から別媒体に主戦場が移っても、何やら大活躍なようです。
そしてラインハルト君、アヤちゃんとベッドを共にするまでには至ってないようですが、何やら距離感が……