商談から数週間が経ったある日。授業を終え、職員室へと戻って来た教師達は明日に使う教材の準備や、小テストの採点などを行っていた。
その部屋の一角で明日の教材の準備をしていたスコールは隣にいた真耶に言葉を掛けた。
「ごめんなさいね、山田先生。手伝ってくれて」
「いえいえ。副担任として当たり前の事ですから」
そう言いながら真耶はコピーした生徒達に配る教材をトントンと纏める様に机に当て綺麗に纏めた。
「さて、明日の教材は準備できたしちょっと休憩「いい加減にしてくださいよ、織斑先生!」……ん?」
スコールは休憩を取ろうと真耶にコーヒーを淹れようと立ち上がろうとした瞬間、職員室奥に座っている教師、1組の副担任の春野先生が千冬に怒鳴っていた。
「この資料は担任である貴女が見て貰わないといけない資料なんですよ! それを代わりに私が見て生徒達に発表してくれって、仕事放棄もいい加減にしてくださいよ!」
春野は我慢の限界と言わんばかりに周りにお構いなく大声で千冬に怒鳴っていた。
「それにこの書面、担任がシャルロットさんに直接渡さないといけない物なんですよ! それをまるで知らない書面みたく書類の束の中に放り込まないでください!」
そう言い春野が千冬に見せた書面はPEC社がシャルロットの身を守る術として、PEC社で改良したISを渡すという書面だった。
「彼女はPEC社に保護されても、彼女を利用しようとしたデュノア社の生き残りや女性権利団体とかが彼女の命を狙っているかもしれないからと、自衛とデータ収集を目的にISを渡すという大事な書面なんですよ!」
「……済まない」
副担任からの叱りに千冬は小さく謝罪の言葉を口にするも、春野は怒りが静まらなかった。
「もう本当にいい加減にしてくださいよ! そんないい加減な態度だから生徒達から信用もされなくなるんですよ! 最近生徒達が織斑先生の事どう思っているか知っていますか? ただ暴力で物事を教える軍人みたいな人で、特定の生徒を贔屓する教師だって思われているんですよ!」
そう叫びシャルロットに渡さないといけない資料を手に椅子から立ち上がった。
「もういいです、この書面は私が渡しに行きます。それと今後授業は私がやりますから、織斑先生は何もしないでください!」
そう言い職員室から出て行った。千冬はその後姿を只茫然と見送っていると、春野が出て行った扉から轡木が怪訝そうな顔で入って来た。
「今先程春野先生が怒り顔で出てきましたが、何かあったのですか?」
そう聞くと職員室に居た教師達は千冬の方に目線を向けた。その動きに轡木はすぐに訳を察し、ため息を吐いた。
「織斑先生、またですか?」
「……申し訳ありません」
「流石にこれ以上は此方も擁護しきれませんよ。去年も貴女が自分の仕事の一部を副担任に回した結果4人も別の人を担任に付けて欲しいと願ってきたのですよ。その時にこれ以上副担任を怒らせるようなことをした場合、貴女を担任から外すという取り決め、忘れたわけじゃありませんよね?」
「っ!? ……はい」
「宜しい。では、今後1組の担任は春野先生に任せますから貴女は副担任になって貰います」
そう言い轡木は職員室から出て行き、千冬は暫く手を握りしめた後職員室から出て行った。千冬が出て行った後、数人の教師達はヒソヒソと話し始めた。
「またよ、あの人」
「最近生徒達から信頼されて無いって聞いてたけど、そんなに深刻なんだ」
「そうみたいよ。そりゃあ彼女の教え方は軍隊みたいで、平然と生徒に暴力奮っているみたいだもの」
「今の2年生でも織斑先生は優秀な人じゃなくて、只の暴力教師として見ている生徒が多いもの。よく教員免許が取れたと思うわよ」
「それ、噂なんだけど女性権利団体が教員の基礎を少しだけ教えてそのまま教員免許を渡したって言う噂があるみたいよ」
「それ、案外本当だったりして。それだったらあの暴力的教え方に納得がいくもの」
「確かに」
そんなうわさ話を交えた話を遠巻きで聞いていたスコールは呆れた顔付きで居た。
「以前にも問題を起こしてたのね、彼女」
「は、はい」
「……さて、変な空気が漂ってるし外の喫茶店にでも行きましょ。奢るわ」
「い、いえ。自分の分は「いいのよ。今日手伝ってくれたお礼」で、では頂きます」
そう言い2人は職員室から出て行く。
その頃ネイサン達は真耶の教員部屋でお菓子を食べながらゲームをしていた。すると扉をノックする音が鳴り響き、マドカが扉を開けに行く。
「はい、どちら様で?」
「えっと、マクトビア君にお誘いを受けました更識簪と」
「布仏本音でぇす」
そう言うとマドカは扉を開けた。
「兄さんから聞いてます。どうぞ」
そう言い2人を招き入れた。そして奥へと行くと丁度ゲームの決着がついたのか、結果が発表が出されていた。
「やっぱり鈴は強いですね」
「ふふん。体術だとか射撃はアンタに負けているけど、これで勝てるのは少し嬉しいわね」
そう言っていると鈴は後ろに居た簪達に気付き、手を挙げた。
「やっほー。えっと「簪って呼んで。こっちは本音」そう、よろしくね簪、本音」
「うん、よろしくねリンリン!」
「あぁ?」
鈴は本音がリンリンと言った瞬間に睨むと、本音はビクッと恐怖し簪の後ろに隠れた。
「り、鈴。本音が怖がってる……」
「あ、ごめん。昔あたしを苛めてたやつらもそのあだ名で呼んでたから、つい……。ごめんなさいね、本音」
「う、うんん。こっちも御免ねぇ、リンじゃくてスズリン」
そう言いながら2人は空いているところに座る。そしてゲーム機近くにあったゲームケースに目が行き手に取る。
「このゲームって最近出たリズムゲームだよね」
「そう。なかなか面白いって評判だったからつい買っちゃったのよ。簪もやってみる? これ対戦もあるし、本音とやってみたら?」
そう聞かれ簪はうん。と頷き、本音もコントローラーを受け取り対戦を始めた。
―――それから数分後。
「か、勝てない」
「いぇ~~い3連勝!」
そう言いダボダボの袖を上にあげながら喜ぶ本音。
「まさかリズムゲームで本音に負けるとか、初めて」
「格闘ゲームとかはかんちゃんが強いけど、これだと私の方が強いのだぁ!」
そう言いお菓子を食べようと後ろを振り向く本音。すると其処には
「いやぁ~、流石ネイ君だね。このラスク美味しいよ!」
「そうですか? キッチンにあった食パンで作った物だから、誰が作っても同じ味になると思いますよ」
「そぉう? アンタが作るのと他が作るのとでは何か違うような気がするのよね」
「確かに。兄さんが作るからこそ、この旨い味が出るんだと思うぞ」
そう言いながらお菓子とジュースを飲む4人。本音は何時の間にか増えている人物に目が点になりながら茫然としていると、次の選曲を終えた簪がそれに気付き後ろを振り向く。
「あ、そうだ。これ、クロエちゃんに渡しておいて下さい。体にいいバランス料理とか僕なりに考えた物を載せたレシピ本です」
「おぉ~~! この世で1冊しかない貴重なレシピ本じゃないか! 有難く頂戴しやす!」
「確かに、ネイサンの作る料理ってスタミナも付くし、体にいい料理だから偏食なあたしでさえ続けられるのよね」
「兄さんの料理は何処のミシュラン料理より旨いからな」
そう言いネイサンを褒める鈴とマドカ。簪は部屋に増えていた人物が誰なのか直ぐに検討がつき、震える口を開く。
「し、しししし篠ノ之博士!?」
「おりょ、ゲーム終わったかい? それだったらこっちでお菓子食べようよ。ちょっと君とお話したいし」
そう言われ簪と本音は恐る恐るその横に行き、ラスクに手を付ける。
「お、美味しい」
「お、お店に売ってるものより美味しいよ、これ!」
そう言い本音はモグモグとラスクを頬張る。
「にゃはははは。無類のお菓子好きみたいだねこの子? さて、かんちゃん。実は君に提案があるんだけどいいかな?」
「え? て、提案ですか?」
「そっ。君、この学園卒業したらこの国の代表になるのが夢?」
そう聞かれ簪は少し悩んだ表情を浮かべた。
「い、いえ。まだそこまで具体的な夢は……。日本の代表候補生になったのも姉を見返したくてなったものなので。日本の代表とかは特に…」
そう言うと束はなるほどなるほど。と呟き頷く。
「じゃあ将来の進路の一つにさぁ、加えておいてよ」
「な、何をですか?」
「束さんと共に将来ISを使った宇宙開発」
そう言うと簪は一瞬何を言われたのか理解できず、呆然としていたが数秒後に理解でき驚いた声を上げた。
「し、しし篠ノ之博士と、共にう、う、宇宙開発をですか!?」
「そう! 束さんはいずれ表舞台に戻る。その時、ぜひ君の力を貸してほしいんだ。君のその諦めない努力の力を」
そう言われ簪は「私の努力の力……」と呟く。
「まぁ、候補の一つとして考えておいてよ。それじゃあそろそろ帰る「あの!」ん? なに?」
「どうして、私なんですか?」
簪は何故自分を誘うのか分からなかった。確かに自分は努力を怠ったことは無い。姉を見返す。それだけを目標に日々頑張っていた。それだけの理由で将来共に宇宙開発をしようと誘う理由にならないと思っていたからだ。
「そりゃあ、君はこの
「えっ? 努力の天才……。それだけの理由なんですか?」
「そっ。ネイ君から聞いたけど、君今まで一人で製作途中のISを作ろうとしたらしいじゃん。その諦めない姿勢。人が無理だと思わることも果敢に挑戦し、失敗も恐れず前に進もうとする姿勢。宇宙開発をするには必要な姿勢だ。それが理由」
そう言われ簪は驚いた表情を浮かべながらも、何故だか分からないがやってみたいという挑戦願望が芽生えるも、まだ少し迷いがあった。だから
「博士のお誘い嬉しいです。ですがその、返答は進路時期でもいいでしょうか?」
「もっちいいよぉ。時間はあるから、ゆっくり考えなよ。それじゃあ今度こそばいびぃ~」
そう言い束は窓から外へと出て行った。
「良かったわね、簪。あの篠ノ之博士にスカウトされたじゃない」
鈴はそう言うと簪は未だ信じられないといった表情を浮かべながら首を縦に振った。すると隣にいた本音は何か決めたかのような顔を浮かべた。
「かんちゃん、私決めた!」
「な、何を?」
「将来もしかんちゃんが篠ノ之博士の所に行くなら、私も行く! それでかんちゃんの傍で支える!」
そう決心したような眼で本音が言うと、簪は目を点にしながらも「う、うん。宜しくね」と口にしながらラスクを頬張った。
次回予告
ネイサン達の部屋から退室した束は、隠れ家に帰る前にとある生徒の元に足を運んだ。ネイサンの周りをチョロチョロするなと警告する為に
次回
好奇心は猫をも殺す。