あれから数日が経ったある日、学園前に一台の車が到着した。降りてきたのは栗色の長髪の女性と銀髪で目を閉じた少女だった。
「さて、迎えの方は「すいません、宜しいでしょうか?」はい?」
降りてきた2人に声を掛けたのはネイサンだった。
「博士の元から来られたアシスタントの方と護衛の方で宜しいでしょうか?」
「はい、私は巻紙礼子。此方は」
「クロナ・アナハイムです」
そう言い2人はお辞儀をする。
「ネイサン・マクトビアです。どうぞ此方に」
そう言いネイサンは2人をメンテナンスルームへと案内を始めた。3人は学園へと入って行き、人の気配が余り無い場所へと着きネイサンは2人へ向く。
「少し確認したいのですが、クロナさん。貴女はクロエさんで宜しいでしょうか?」
「はい、そうです。学園に入る際に偽名を使いませんと、バレる恐れがありましたので」
「そうですか。それでそちらは?」
そう言いネイサンはもう1人の巻紙の方へと目を向ける。
「俺はオータム。スコールと同じ博士の元で世話になってる」
そう言い先程と違う口調で自己紹介をする巻紙事オータム。
「そうですか。では博士から僕の事も?」
「あぁ。あの天災様から溺愛されているネイサン・マクトビア。そして本名織斑一夏だろ?」
そう言われネイサンは苦笑いを浮かべる。
「溺愛なんでしょうか? 只の心配性なだけで色々されているだけだと思うのですが?」
そう言うとオータムは呆れた表情を浮かべる。
「心配性だぁ? あれはもはや溺愛以外何でもないだろ」
そう言われクロエも「私もそう思います」と頷いていた。
「は、はぁ。まぁ博士が心配性か溺愛しているとか、今はいいじゃないですか。それよりもクロエさん、ISの開発を任されている様なのですが、大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫ですよ。これでも博士の元で色々お手伝いの方をしておりますので、機械関連の扱いには慣れております」
そう言われネイサンは「そうですか」と言い、2人をメンテナンスルームへと案内した。
そしてメンテナンスルームへと到着し3人は中へと入る。奥の方では変わらず簪と本音が作業をしていた。
「かんちゃん、このシステムこれで良いの?」
「うん、多分合ってるはず」
そう言いながら作業していると本音がネイサン達に気付き、袖を上げ振った。
「あ~、ネイネイだぁ。やっほ~」
「こんにちは、お2人とも。簪さん、以前言っていたアシスタントの方をお連れしましたよ」
そう言いクロナ事クロエは前へと出てお辞儀をする。
「クロナ・アナハイムです。本日は私の上司に代わりまして参りました」
「私は護衛の巻紙です」
そう言われ簪は慌てた様子でお辞儀を返す。
「さ、更識簪です。本日はよろしくお願いします」
互いの紹介を終えクロナは早速簪のISの元へと行く。
「では失礼しますね」
そう言いクロナはISの詳細情報を確認すべくディスプレイを開く。
「システム面とパーツ不足ですね。では先にパーツ関連を付けるのから始めましょう。すいませんがお手伝い宜しいでしょうか」
「私ィ? いいよぉ」
そう言いクロナは近くに居た本音にパーツの取り付けを一緒にするよう頼む。
「簪様はこちらのシステムを入れておいて貰ってもいいですか?」
「う、うん」
簪はクロナから渡されたUSBを受け取り、それをコネクターに挿し込みデータをインストールし始めた。
すると壁際に居たネイサンはクロナにある事を聞く
「クロナさん、大体どれ位でISは完成しそうですか?」
「そうですね。おおよそ2時間ほどあれば。それがどうかしましたか?」
「いえ、完成したらアリーナの方で試運転出来る様、手配しようかなと思ってまして」
「それは有難いです。完成しても上手く出来ているかどうか、実際に動かさないと分かりませんからね。申し訳ありませんが、申請の方をしておいてもらってもいいですか?」
「分かりました」
ネイサンはそう言ってメンテナンスルームから出て行きアリーナの管制室へと向かった。
その頃IS学園学園長室ではキャスパーと護衛のチェキータとPEC社社長のMr.K、そして轡木が居た。すると扉をノックする音が鳴り響く。
「織斑です。デュノアを連れて参りました」
「どうぞ、お入りください」
そう言われ扉が開き、千冬とシャルロットが入室してきた。千冬は部屋の中にいたキャスパー達に気付き、轡木に声を掛ける。
「あの、学園長。HCLI社の隣に居る者は?」
「そちらはPurgatory.Eden.Companyの社長、Mr.K氏です」
轡木がそう紹介すると、Mr.Kはソファーから立ち挨拶をする。
「初めまして。Purgatory.Eden.Company社長、Mr.kです」
そう挨拶をすると、千冬とシャルロットも初めまして。とお辞儀をしてソファーへと座らせられる。
「さて、本日此方のお二方が参られたのは、シャルロットさん貴女の今後に関するお話なんです」
「ぼ、僕の今後の話ですか?」
シャルロットは驚きながら2人の方へと顔を向ける。するとキャスパーが思い出したかのように口を開く。
「おっと、君と僕は初めて会ったんだった。初めまして、シャルロット・デュノアさん。僕はHCLI社アジア広域運搬部門担当のキャスパー・ヘクマティアルだ」
そう言いキャスパーは握手をしようと手を差し出すも、シャルロットはHCLI社と聞き、自分は退学を言い渡されると思い、手が上がらなかった。キャスパーは肩を竦め手を引っ込め、本題に入った。
「実は此方に居られるMr.K氏が、君の身柄を保護させて欲しいと頼まれてね。僕の方でもそれが良いかなと思い、こうして君に会いに来たんだ」
「え? …あの、どうして?」
シャルロットは突然自分の身柄を預かりたいと言ってきたMr.Kに聞く。
「実は貴女の事を少し調べさせていただきました。産みの母親と死別し、実の父親に呼び出されてスパイ紛いな事をされたと」
そう言われシャルロットは膝の上に置いていた手を力強く握りしめる。
「私はそんな貴女が可哀想で仕方がないと思い、今回此方のMr. キャスパーに取引を持ちかけ貴女を保護しようと思ったのです」
そう説明していると千冬が鋭い視線を向けてくる。
「待て。取引だと?」
「えぇ。此方は彼女の身柄。そしてMr.k氏からはPurgatory.Eden.Companyで開発された幾つかの商品を安価で提供。これが双方で出した条件です」
キャスパーがそう説明すると千冬が怒り顔で立ち上がった。
「ふざけるな! 貴様らが行おうとしているのは人身売買ではないか!」
そう叫ぶと、キャスパーは呆れた様なため息を吐く。
「話は最後まで聞いて下さい。シャルロットさん、此方の用紙にサインしてくれたら貴女はPurgatory.Eden.Companyに保護されます。そうなれば貴女はある程度自由な生活が約束されます」
そう言いキャスパーは机の上に紙とペンを置いた。シャルロットは自由という言葉に、頭の中を占め震える手でペンを取ろうとする。
「ま、待てデュノア! それに名前を書いたら国を捨てる事になるかもしれないんだぞ!」
千冬がそう言うと、自身の生まれ育った家に置いてきた母の墓もそのままになると思い手が止まった。するとキャスパーが忠告するように口を開いた。
「織斑先生、生徒の事を考えられ発言しているなら大変素晴らしい。ですが、いいのですか、この話を白紙にしても?」
「何だと?」
千冬は鋭い視線をキャスパーに向けながら、その訳を聞く。
「この話を白紙にした場合、シャルロットさんはこの学園を卒業と同時にフランスに強制送還され逮捕されるんですよ?」
そう言われシャルロットは逮捕という言葉に体を振るわせた。
「現在フランスでは今回のスパイ行為に携わった組織に警察が捜査に乗り出しており、既にデュノア社の社長夫妻は逮捕されております。そしてフランス警察及び政府はスパイ行為を働いた彼女も逮捕する予定でいます。今は学園規則によって彼女は守られていますが、卒業となれば彼女を守ってくれるモノは何もありません。ですが此方のPEC社との取引が成立されれば、HCLI社は彼女に掛けられているスパイ容疑を取り消してもらえるよう働きかけます。生徒の今後を考えればどちらがいいか、貴女も容易に想像できますよね?」
そう言われ千冬はぐうの音も出なかった。そして千冬は学園長に目線を向けるも、学園長は首を横に振った。
「残念ながら日本政府にもデュノアさんの亡命を打診しましたが、スパイ行為を働いた者を亡命させるのは無理だと言われました」
そう言われ千冬は血が出るほど拳を握りしめた。そんな中シャルロットの頭の中では
(逮捕……。何時出られるかもわからない刑務所に入れられる。自由もない。それに、もしかしたらあの義母が居るかもしれない。そうなったら何をされるか分からない。そんなの嫌だ……。嫌だ。嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!)
そう思いながら体を振るわせる。その様子を見たMr.Kはシャルロットに声を掛ける。
「大丈夫ですか、シャルロットさん?」
そう声を掛けられ、シャルロットは顔をMr.Kの方へと向ける。その顔は心配している顔だった。
「ほ、本当に僕を保護してくれるんですか?」
「えぇ。約束します」
優しい笑みを浮かべながらMr.Kはそう言うと、シャルロットは意を決した様にペンを取る。
「待てデュノア! 私が何とかしてやる! だから「どうやってですか?」デュ、デュノア?」
シャルロットから低い声で質問された。
「どうやって僕を助けるんですか? まさかブリュンヒルデだからとか言う訳じゃないですよね? そんなのが何の役に立つんですか‼ それにどうせ女性権利団体とかIS委員会に頼む気だったんじゃないんですか? それで僕が自由になれる保証が何処にあるんですか!」
そう叫ぶシャルロット。シャルロットはIS委員会や女性権利団体などとの強い繋がりのあるかもしれない千冬が信用できなかった。例え自身を助けてもらえてもまたスパイみたいなことをされるかもしれない。そうなれば自由な生活なんて送れない。そう思えば今目の前に居るMr.Kは信用できる。自分を本当に自由な生活へと救い出してくれると。
「此処に名前を書けばいいんですか?」
「えぇ、其処に名前を書けば卒業後は此方のPurgatory.Eden.Companyに保護してもらえるよ」
そう言われシャルロットは、名前を書く欄に名前を書き拇印を押した。
「確かに。では僕達はこれで失礼するよ」
そう言いキャスパーはソファーから立ち上がる。すると隣にいたMr.Kがシャルロットに声を掛けた。
「シャルロットさん、もう苦しい思いをしなくて済みます。だから安心して学園生活を送ってくださいね」
そう言われシャルロットは、本当に自由になれると思い涙を流しながら「ありがとうございます!」と深々と頭を下げた。Mr.Kはそれを優しい笑みで頷き席を立ち部屋から出て行った。
3人が出て行った後、轡木はシャルロットに頭を下げた。
「デュノアさん、この度は貴女がスパイを強要されているにも拘らず、それに気付けず更に助けてあげられず本当に申し訳ない」
「い、いえ! もう過ぎた事ですから」
そう言われ轡木はシャルロットに今後の学園生活の事で話をする為、後で話し合う事を約束し先に退出させた。
そして次に轡木が目線を向けたのは千冬だった。
「織斑先生、貴女ももう戻って頂いて「学園長はあれで宜しいというのですか!」……何が言いたいんですか?」
轡木は真剣な表情を浮かべながら千冬の話を聞く。
「あいつ等が行ったのは人身売買に等しい事ではありませんか! それなのに貴方はそれを見逃すと「いい加減にしろよ、小娘」っ!?」
突然轡木からの殺気交じりの鋭い視線に千冬は恐怖から体が硬直する。
「人身売買は本人の意思等関係なく、人をモノの様に扱って取引を行う事だ。今回の場合、PEC社はデュノアさんを助けるべく自社で開発している商品を安価で提供する代わりに彼女を保護させて欲しいと取引したんだ。それに彼女自身の意思をはっきりさせるべく書面での同意書を書いて貰ってだ。本人の意思がある以上、これは正式な取引になる」
そう言われ千冬は奥歯を噛み締める。
「話は以上です。私はこれからシャルロットさんに必要な書類などを準備しないといけないので、さっさと此処から出て行きなさい。」
先程の鋭い口調から何時もの穏やかな口調で言われた千冬は部屋から出て行った。
廊下へと出て暫く歩いていると、突然千冬のポケットに入れているスマホが鳴り、千冬はそれに出た。
「もしもし。……なんだ貴様か。一体何の用だ? ……分かった、何とかする。だが貴様も約束を忘れるなよ? もし嘘だったら、分かっているな」
そして電話は切れた。
「……一夏を取り戻すためだ。……そうだ、多少の犠牲は仕方がないんだ」
そう自分に言い聞かせ千冬は廊下を歩いて行った。
次回予告
キャスパー達が学園長室で会談が行われている頃、アリーナでは完成した簪のISの試運転が行われていた。ネイサンはその様子をアリーナの観客席で眺めていると、その傍に鬼鉄一輝がやって来た。
次回
似た者同士~何だか貴方とは何処か僕と似ている気がするんです~