銀の福音を航空自衛隊の駐屯地に運び終えたネイサンと鈴。二人が旅館へと戻って来た頃には陽が落ちていた。旅館へと戻って来たネイサン達を目に涙を溜めた真耶と、安心したような表情を浮かべたスコールが出迎えた。
「二人共お疲れ様。報告は明日の朝に聞くから、今日はもう休んでもらってもいいいわ」
スコールはそう言い、2人を労った後旅館へと戻って行く。
「グスッ。本当にお2人とも無事で良かったですぅ!」
涙声で真耶はそう言い、2人を旅館で待機していた保健医の元へと連れて行った。其処で身体検査を終えたネイサンはスコールに外出許可を貰い、旅館から出ようとすると
「何処に行くのネイサン?」
背後から声を掛けられ振り向くと其処にはジャージ姿の鈴が立っていた。
「ちょっと散歩ですよ」
そう言い立ち上がり出て行こうとすると、鈴も同じように靴を履き始めた。
「ならあたしも行くわ。ちょっと外の風に当たりたいし」
そう言われ、ネイサンは別に良いかと思い鈴と共に旅館を出た。
暫く道を歩いた後海が見渡せる岬へと続く山道へと入り暫く歩いていると、風に乗って怒鳴り声が聞こえてきた。
「――――する気だ、束‼」
「別に、お前には関係ないじゃん。いい加減消えてくれない? お前と一緒に居ると折角の月見酒が不味くなるんだよ」
その声を聴いた鈴は織斑先生と篠ノ之博士?と小さく呟いた後、力強い足音が自分達の方に向かっている事に気付き、ネイサンは咄嗟に鈴を抱え草むらの中に隠れた。突然抱きしめられ草むらに連れ込まれた鈴は顔を真っ赤にして、ネイサンを怒鳴ろうと口を開こうとしたがネイサンが手で口を塞いだ。
「むぅーーー‼」
「しっ!」
ネイサンは人差し指で口を閉じる様言うと鈴は顔を真っ赤にしたまま黙る。そしてその前に怒り顔の千冬が通り過ぎて行った。千冬の気配が無くなったのを確認したネイサンは鈴を抱えたまま草むらから出てきた。
「行った様ですね」
「何が行った様ですね。よ! この変態!」
そう言いネイサンのすねに向かって蹴りをかました。咄嗟に避けることが出来なかったネイサンはそのまますねに蹴りが入り、ふごぉ~!?と悲痛な声をあげながら屈みこんだ。
暫くして痛みが引いた後、鈴と共に岬へと向かった。そして森を抜けて開けた場所へと出ると其処には地面にシートを敷いて日本酒だと思われる瓶とおつまみのスルメイカの入った袋を置きながら月見酒をしている束が居た。
「やっほ~、ネイ君。来ると思ってたよ。それとようこそりーちゃん。私の月見スポットへ」
束は2人を歓迎した後、コップを口に付け飲む。
「ぷはぁ~、やっぱり月見酒をするなら満月の日だね!」
そう言っていると顔をネイサン達の方へと向ける。
「それで、ネイ君。今日私に会いに来てくれたのはあの子の事だね?」
「えぇ。彼女が何者で、何故連れてきたのかそれを聞きに。後」
「アイツに渡したISの事だね」
2人が親しい者同士の会話をするのを鈴は訳が分からなかった。
「ちょっ、ちょっと待って下さい! ネイサン、アンタ篠ノ之博士と知り合いだったの!?」
「えぇ、傭兵時代に彼女の護衛を数日程してたんですよ」
ネイサンは昔から知っている事を隠し、仕事で知り合ったという感じで説明すると鈴はそれで納得した。
「さてそれじゃあ先にあいつに渡したISについて説明しようか。と、その前にりーちゃんにこれをあげよう」
そう言い鈴に向け束が投げたのは、束が箒に専用機と言ってデータ採集用に作ったと言ったISの待機形態だった。
「……あの、これってアイツが乗ってた天竺じゃあ」
そう言うと束は顔をニンマリとした状態で説明しだした。
「確かにそれは天竺だよ。けど本当の名前は天竺じゃないよ」
「どういう事なんですか?」
「君が想像している通り、天竺って名付けたのは
そう言い良いから展開してみなと束は鈴にISを展開するよう言い、鈴は不安な気持ちを抱きつつISを展開する。展開されたISは変わらず薄茶色だった。
「あの、これのどこを見れば日本向けじゃないって言えるんですか?」
「まぁまぁ待ちなって。はい、ポチっとな」
そう言い束は投影したディスプレイのボタンを押すと鈴の目の前にディスプレィが現れ、
『一次移行に移行します……完了』
そう表示されるとさっきまで薄茶色だった装甲が赤を基本とした装甲となった。
「こ、これって」
「これが本来のその子の姿。そしてその子の本当の名前は『紅龍』。中国やインドの神話に登場する紅い龍にちなんでつけたんだ」
そう言い酒を飲む束。
「ぷはぁ~、勿論武装も全て日本物から君がよく使っていた武装に変更してあるよ。あ、心配しなくてもオートモードも取り外してあるからね」
束からの説明を聞きISを解除し地面へと降り立つ鈴。鈴は何故このISを自分に渡すのか分からないと言った表情を浮かべていると束が訳を話した。
「その顔はそのISを何で自分に?って顔だね。訳はね、君の今後の為だよ」
「今後の為?」
「君はネイ君の相棒になるんでしょ?」
そう言われ鈴はどうしてそれを?と驚いた表情を束へと向ける。束は笑みを浮かべながらおつまみのスルメイカを食べる。
「ハムハム。君とネイ君が銃の練習をしてるのを偶々見ちゃってね。それでその理由を探ってたら君のお父さんが亡くなった事件があった時、ネイ君とあともう一人との会話がISの会話ログに残ってたんだよ」
そう言われ鈴はあの時のか。と落ち込んだ表情を浮かべる。
「そして君は今年の夏休みに専用機と代表候補生を国に返すんでしょ? そうなると君にはISが無い。そうすると契約の時交わした条件が守られない」
そう言われ鈴はキャスパーと交わした条件『ISの腕』が払えない事を理解し、首を縦に振る。
「だからそのISをあげたんだよ。おまけとして戦闘データと一緒にね」
そう言われあの戦いはその為の物だったのかと理解する。するとネイサンが待ったを掛けた。
「待って下さい束さん。そうなると貴女には全く利益がありませんよ」
そう言うと束は酒を一口飲んだ後、笑顔にした顔をネイサンに向ける。
「あるよ。君の戦闘データと言う利益、そしてあの子の笑顔」
そう言うと近くの木の影からバイザーを付けた少女が現れた。
「博士、私は別に笑顔になった覚えがないぞ」
「何言ってんのさぁ。ネイ君達と別れて戻ってきた時『……兄さん、かっこよかった』って言ってたくせに。うっささささ」
束は変わった笑い声をあげながら言うと、バイザーの少女は月明かりでも判るくらい顔を真っ赤にして言うなっ‼と怒鳴った。
「さてそれじゃあネイ君のもう一つの疑問、その子について話そうか。マーちゃんバイザー外して素顔見せてあげて」
そう言われマーちゃんと呼ばれた少女は顔に付けているバイザーを外す。その素顔を見たネイサンは僅かに驚いた表情を浮かべ、鈴は何処かで見たことがある顔と思い首を傾げる。
「この子はネイ君、君の実の妹だよ」
束がそう言うと鈴はえっ!?と驚いた声をあげ、ネイサンは何か心当たりがあるのか納得するような顔をする。
「やっぱりですか。父さんからお前にはもう一人妹が居るとは聞いていたんですが、まさかこんな形で会うことになろうとは驚きです」
「そりゃそうだろうね。それでネイ君にお願いなんだけど……」
束が何かを言いかける前にネイサンが先に答えを言った。
「その子と一緒に暮らしてほしいのでしょ? 僕は構いませんよ。ですが」
そう言い顔をマーちゃんへと向けるネイサン。
「僕の意思はいいですが、本人の口からちゃんと聞きたいんです。僕と一緒に暮らしてくれるのか」
そう言うとマーちゃんは顔をあげてハッキリとした口調で言った。
「私は、兄さんと居たい。血の繋がった家族と一緒に居たい」
そう言うとネイサンはやさしい笑みを浮かべ、手をマーちゃんの頭に乗せ撫でた。
「分かった。それじゃあえっと「マドカ。私の名前はマドカだ、兄さん」そうか、これから宜しくなマドカ」
そう言うとコクンと頷いた。
「さて、悪いんですが鈴。先に帰っててもらえないでしょうか」
「え、何で?」
「いや、長い間離れ離れに暮らしてた妹と色々話したいので。お願いします」
そう言うと鈴はあぁそう言う事ね。と呟く。
「分かった。じゃあ先に帰ってるわね」
そう言い鈴は旅館へと帰って行った。鈴が去っていき3人だけになったのを確認したネイサンは束に話しかけた。
「それで束さん。マドカはアイツのクローンで間違いないですよね?」
「やっぱり気づいてたんだぁ。そうだよ、マーちゃんはアイツのDNAで生まれた子だよ。ところでどうしてクローンだって気付いたの?」
「傭兵時代の時にある噂を聞いたんです。”織斑千冬のクローンが造られている”という噂を」
そう言うと束は、やっぱりかぁ。と呟きコップを口に付け傾ける。
「んっ。 確かにその噂は事実だよ。どっかの馬鹿な研究者が第二の織斑千冬を造ろうと画策してDNAを入手。それを元に作成したみたいなんだ。まぁそんな計画直ぐにばれるもんだけどね」
そう言い笑いながら酒を飲む束。ネイサンは大方噂を聞いてその研究者を探し出して襲撃したんだろうなと思い、苦笑いを浮かべる。
「所でネイ君。……君は今の世界は好きかい?」
「唐突ですね。……はっきり言えば好きじゃないですね。束さんの夢を兵器としか見てない政府連中。ISが乗れるだけで威張る女尊男卑連中。そんな女尊男卑を焚き付ける女性権利団体。そしてこんな世界にした白騎士こと織斑千冬」
「!?」
千冬の名前が出た事に束は驚いた表情をネイサンに向ける。
「何時から知ってたの? アイツが白騎士だってこと」
「今の勤め先に着いてからですよ。当時の映像が残っていた様なので見せてもらい、俺がまだ名を捨てる前の記憶から導き出した答えです」
そう言うと束はそう言えば道場に何回か連れて来られたことがあったね。と呟く。
「そうなると、私の事も「別に束さんの事は嫌いじゃないですよ。むしろ僕の姉だったら良かったのにって思えるほど好きですよ」……そっか~。ありがとうね!」
束が嫌いと言いかける前にネイサンが遮り、束は頬を赤く染めながらお礼を述べる。
「さて、そろそろ僕は旅館に戻ります。マドカ、○月×日にドイツの△□国際空港で合流な」
そう言うとマドカは分かった。と言いネイサンは岬から去って行った。ネイサンが岬を去ってから暫く無言だった2人。するとマドカが口を開く。
「所で博士。さっき織斑千冬と会話した内容、兄さんに話さなくて良かったのか?」
「ん~? あぁあれね。別に良いんじゃない、ネイ君に話さなくても」
そう言い束は先ほど千冬と会話したと言うよりも一方的に言ってきた内容を思い出す。
【何時からだ? 何時からネイサン・マクトビアが一夏だと知っていた‼】
【彼がいっくんだって? おいおい冗談は程々にしときなよ。あといっくんは死んだんだよ。遺体だってつい最近見つかったのに】
束がそう言うと千冬は驚いた表情を浮かべる。
【う、嘘だ!? じゃあ今旅館に居るネイサン・マクトビアは一体誰なんだ!】
【だから、彼はネイサン・マクトビア。誰でもなくジェイソン・マクトビアの息子だよ】
そう言い束は酒を飲む。千冬は束が何かを隠していると思い、殺気を出しながら問いただす。
【ふざけるなよ束……。あいつは私の弟の一夏だ。本当の事を言え!】
【ふざけてもいないし、本当の事言ってるし】
【いやお前は嘘をついている‼ 箒の事だってそうだ。専用機と言ってデータ採取用のISを渡した。束、貴様一体何をする気だ‼】
【別に、お前には関係ないじゃん。いい加減消えてくれない? お前と一緒に居ると折角の月見酒が不味くなるんだよ】
そう言うと千冬はこれ以上聞いても何も言わないと思い、拳を握り締め岬から去って行った。
「アイツは自分の弟の遺体を確認するまで兄さんの周りをチョロチョロし続けるだろな」
マドカの推察に束はニンマリとした表情で大丈夫と言う。
「もう手は打ってあるよ。恐らく昔からいっくんの事を知っている人達にとっては悲しい事だけど仕方ないよね。けど苦しい人生から解放されたと思えば、直ぐに前向きになってくれるでしょ」
そう言いコップを月へと掲げる束。
「ネイ君の今後の人生に幸が有らんことを」
そう言いグイっと束はコップに注がれている酒を飲みほした。
END
今回で第1期終了です。
今後の予定は夏休み編をやって第2期の文化祭までやって終了予定です。
次回予告(設定をあげた後の次話)
夏休みが始まりネイサンは国に専用機と代表候補生の席を返した鈴と共にドイツへと向かった。そして現地でマドカと合流しココ達が待っているホテルへと向かった。その頃真耶は何故か束に拉致されていた。
次回
新たな仲間
~君はネイ君と共に歩んで行きたいかい?~