「どうしたの比企谷君。今日はいつにも増して目が腐っているわよ?防腐剤、買って来ましょうか?」
「誰のせいだと思ってるんですかね......」
昨晩、例に漏れず一睡もできなかった俺は今日も今日とて雪ノ下とガッツリと手を繋ぎ、三宮まで来ていた。
目的は『さんセンタープラザ』なる場所。
メイトとかメロンとか、まぁそう言うお店が並んでる階があるのだ。
勿論他の階には服屋とか雑貨屋とか色々とあるらしい。
今朝、ホテルで朝食を摂ってる際に今日は俺の行きたい所に行こう、と雪ノ下が言ってくれたので、電車を使ってここまで来た次第である。
と言っても、アニメイトやメロブ自体は地元の方にもあるっちゃあるので、今回の目的は買い物と言うよりもちょっと見ていたいなぁ程度だ。
「お、ガンプラ飾ってある」
アニメイトの前を少し行った辺りのホビーショップがショーケースにいくつものガンプラを飾ってあった。なんかの大会の上位入賞者の作品を飾ってあるらしい。
「ガンプラ、と言うとガンダムのプラモデルよね?」
「よく知ってんな雪ノ下。お前はこう言うの興味ないと思ってたぞ」
「一般常識の範囲内よ。ガンダムと言うアニメ自体がそれなりに有名なのだから知っていてもおかしくないわ。
それよりも比企谷君。あそこのショーケースの前の女性なのだけれど...」
こう言う時に雪ノ下が他人に興味を示すとは珍しいな、と思いながら彼女の言っているその女性に目を向けてみると
「ほぉ、ゴールドフレームを基盤にその他のアストレイシリーズのパーツを所々使っているのか。中々の出来だな。む、こっちはクロスボーンシリーズか。ふむ、素晴らしいカラーリングだ」
どこかで見た事のあるスーツの女性が。
おっかしいな〜、ここ兵庫県なんだけど、なんであの人いるの?
「ん?おぉ!比企谷に雪ノ下じゃないか!こんな所で会うとは奇遇だな!」
スーツの女性こと俺たちの恩師、平塚静は大きな声を出してヒールをカツカツと鳴らせこちらに歩いて来た。
「お久しぶりです平塚先生。どうしてこちらに?」
「うむ、今度総武でUSJに行くことになってな。その下見だよ」
あれか、若手だからってまた任されたパターンのやつか。
そして恐らくではあるが同僚から『折角なので楽しんで来てくださいね!』なんて言われてその後追い討ちのように『あ、平塚先生お若いんですからどなたか男性を誘えばいいんじゃないですか⁉︎』とか言われちゃったんだろうな。
この人にそんな相手がいるわけ無いだろ良い加減にしろ!
「なるほど、USJの事なら比企谷君が詳しいのではないでしょうか。ほら、最近は人気なんでしょう?ゾンビのアトラクション」
「ゾンビじゃねぇよ。いや、確かに今日はいつもよりも目が腐ってるけど」
俺たちのいつも通りのやりとりを聞いていた平塚先生はははは!と笑う。
「相変わらずだな君達は。それに比企谷」
「なんでしょう」
「上手くいってるようで何よりだ」
「は?......あ」
平塚先生の言わんとしてることを理解して、咄嗟に手を離そうとしてしまう。
が、その瞬間に雪ノ下がギュッと手を握りしめて来たために叶わなかった。
まぁ、見られた相手が平塚先生だから良いんだけどよ、雪ノ下さん握力強すぎません?
「ここで会ったのも何かの縁だ。一緒に昼でもどうだね?」
「私は構いませんが...」
こちらをチラリと見る雪ノ下。
確かに雪ノ下と二人きりの時間を削られるのは嫌ではあるが、平塚先生とは割と久しぶりに会ったのだし良いか。
「俺も良いっすよ。あ、ラーメンだけは勘弁して下さいね。雪ノ下がまたワンパンノックアウトしちまうんで」
「平塚先生、この辺りでオススメのラーメン屋さんに行きましょう」
ミスったー!雪ノ下さんの負けず嫌い発動させちゃったよオイ!
こうなってしまってはテコでも動かない雪ノ下を連れて、俺たちは平塚先生オススメのラーメン屋さんへと向かった。
「だから辞めとけって言ったのに...」
「まぁいいでは無いか。何事も経験だよ」
平塚先生に連れられてやって来たラーメン屋はかなり美味かった。
豚骨のこってり系メインで、豚角煮がいい味を出していたのだ。
あっさりラーメンもあったのだが、雪ノ下はこってりをチョイス。数年前の天一へリベンジするかの如き勢いで食べ始めたのだが、数分でリタイア。残りを俺と平塚先生で食べ、現在はお花を摘みに行っている雪ノ下を店の中で待っている。
ま、一口でノックアウトした天一の時よりは成長しているのだろう。
「所で比企谷。もう想いは伝えたのかね?」
「いや、まだですけど...」
「それにしては手を繋いで仲良く歩いていたようだが?」
「あれはアレです。雪ノ下から繋いで来たんですよ。つか俺から手を繋いでくれとか言えませんし」
「相変わらずのヘタレだな」
ヘタレじゃ無い、と言えないのが悔しい。だが、俺から言ったわけではなくとも手を繋いで歩いている、と言うのは高校時代から比べると随分な進歩ではなかろうか。
「小町君に聞いたよ。毎晩雪ノ下に夕食を作って貰ってるらしいな」
「成り行き上ですよ」
小町ちゃん何勝手に人の生活をベラベラ喋ってるのかな。これ一色あたりも知ってたらややこしい事になりそうだ。
「久しぶりに雪ノ下を見たが、彼女は変わったな」
「そう、ですかね」
「ああ。高校時代と比べて、どこか吹っ切れているようにも見える」
そうなんだろうか。
いかんせん卒業して大学生となってもいつも一緒にいるせいか、そう言う風には見えない。
いや、確かに高校時代、特に高2の頃と比べると変わったのであろうが、吹っ切れているよう、とは思わなかった。
「まだ、告げないのかね?」
「......はい」
「それは何故だ?」
「単純な理由ですよ。俺があいつに釣り合わないから。いつか、俺が雪ノ下雪乃に相応しい男になれたなら、その時に告白しようと思います」
「ふむ......」
俺の言葉を聞いた平塚先生は、テーブルの上に置いてある灰皿を引き寄せてからタバコに火をつける。
久しく嗅いでいなかった煙の匂い。相変わらずその姿はかっこよかった。
「一つ尋ねよう。君の思う、雪ノ下雪乃に相応しい男とはどんな男だ?」
「そりゃ、あいつの事を幸せに出来るくらいのスペックを持ってる事でしょ」
「今の君では雪ノ下を幸せに出来ないと?」
「多分、出来ないでしょうね。俺には何も無い。スポーツも勉強も平均だし、実家が金持ちと言うわけでもない。将来の夢は専業主夫なんて言う馬鹿みたいもんですし」
「なるほど......。やはり、君はめんどくさい男だな」
「いきなり酷い言い草ですね」
まぁ、この思考自体めんどくさいもので、俺と言う人間がめんどくさいと言うのは俺も自覚はある。
「変わったと思ったのだが、君はやはり変わらない。
そうだな、君の考えには一つ間違いがある。それを正してやろう」
「間違い、ですか」
「ああ。かなり決定的な間違いだ。テストにするとその問題の配点は100点だろうな」
じゃあ俺0点じゃねぇかよ。数学でも流石に0点は取った事ないぞ。
「比企谷、釣り合うとか相応しいとか、そう言うのは関係ないんだ。誰かを好きになると言うのは感情論で、それを理論で片そうとするのは間違っている。
好きだからそばに居たい、好きだから手を繋ぎたい。そこに利害関係なんてものは生じない。感情論を終わらせるには感情論で対抗するしかないんだ」
それは、果たして俺に出来る事なのだろうか。人間関係を損得勘定でしか見れない、自意識の化け物と揶揄されるような俺に。
「好きと言う感情はもっと単純なものなんだよ比企谷。雪ノ下が幸せになれるような男になるのではなく、比企谷八幡と言う男が雪ノ下を幸せにするんだと、そう思わなければならない」
「出来るんですかね、今の俺が、雪ノ下を幸せになんて」
「それは君が一番分かっているのではないかね?」
雪ノ下の笑顔を見た。夜空を見上げて幸せそうにはにかむ彼女の顔を。
だがそれは一過性の感情によるものでしかなく、俺以外にパンさんなんかのその他の要因もあって、俺があの笑顔を引き出せたと思うのは傲慢だ。
何より、今がそうだとしてもその先、待ち受ける未来で雪ノ下を幸せに出来るとは限らない。
「かつて冬の日にも言ったな。大切なのは今なんだよ比企谷。今、君たちが何を思い、何を感じて生きるのか。
先のことなんてその時に考えればいい。そんなもの未来の自分に丸投げしてしまえ」
「とんだ暴論ですね」
「恋愛なんてのはそんなものだ。屁理屈と暴論と理不尽で成り立っている。つまり私が結婚出来ないのもそう言う在り方になっている世界が悪い」
ついに結婚出来ない理由を世界に押し付けやがったよこのアラサー。
でもまぁ、平塚先生の言葉はありがたいものだった。俺の中でつっかえていた何かが取れたような。
「すいません平塚先生、お待たせしました」
丁度良いタイミングで雪ノ下が戻ってきた。
先程までの死にそうな顔よりかは幾ばくか顔色が戻っている。
「ああ、別にいいさ。ついでにここの金も私が持つ。久しぶりに教え子に会えたからな。比企谷とも面白い話が出来たし、その礼だ」
「面白い話、ですか?」
「ああ。なぁ比企谷?」
「そうっすね」
大学生とアラサー教師の恋話とか誰得だよって感じですけどね。
その後、平塚先生に甘える形となってラーメン代を出してもらい、三宮駅前の広場まで戻ってきた。どうやら平塚先生はそろそろホテルに戻らなければならない時間らしい。
まぁ、USJは大阪でここは神戸だし仕方ないか。
「この後二人はどうするんだ?」
「適当にぶらついて、適当に晩飯食って、適当な時間にホテルに戻りますよ」
「適当な計画だな......。折角のデートなのだからもっと計画的に楽しみたまえ」
「平塚先生、別にデートと言うわけではありません。私はただこの男が見知らぬ土地で迷子にならないように付き添ってあげてるだけで別にデートと言うわけでは......」
迷子にならないように付き添ってあげてるのは俺の方なんですけどね。
あと顔真っ赤にして否定しても説得力ないぞ。
口には出さないけど。
心の中でツッコミを上げていると、平塚先生はフッと柔和な笑みを浮かべて別れを切り出した。
「ではな二人とも。今日、此処で会えて良かったよ。良ければ、今度は千葉で由比ヶ浜達も交えて飯でも行こう」
その言葉に俺たちも別れの言葉を投げかけ、平塚先生は颯爽と駅の方に去っていく。
本当、歩く仕草一つにしてもカッコいい人だ。
「所で比企谷君。先生となんの話ししてたのかしら?」
「まぁ色々だよ、色々」
「気になるわね......。私には話せないような内容なの?」
「今は話せねぇな。そのうち聞かせてやるよ」
「そう、なら聞かせてくれる時まで待ってるわ」
待ってる、か。
そうだな、もう少し待っててくれ。
いつになるか分からないけど、それでも、絶対にこの想いを告げる時が来るから。
中途半端ですけど旅行編はこれで終わりになります。