恋する八幡は切なくて   作:れーるがん

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第8話

ドキドキ観覧車イベントを乗り越え、最早ちょっとやそっとの事じゃ動揺しなくなったマスターぼっちこと俺。

しかし、非常に残念なことに観覧車イベントよりもヤバい奴がこの後に待ち望んでいた。

 

「部屋一緒なの完全に忘れてた......」

 

ホテルに帰って来たその足で晩飯をホテルのバイキングで済ませ、部屋に戻った俺と雪ノ下を待ち受けていたのは、どう足掻いても変えようのない現実だった。

ここで一番ヤバいのはベットが一つしかない事だ。

ベットのサイズの名称なんて一々覚えてはいないが、その大きさと枕が二つ並んでる事から元々二人用とかだと思われる。

 

「取り敢えず、私は先にお風呂に入ってくるわ」

「......おう」

 

旅行バックから着替えを取り出した雪ノ下が部屋の中に備え付けてある風呂へと向かう。

そうか、この後雪ノ下が入った風呂に入るのか。

ゴクリ、と生唾を飲むと雪ノ下にジト目で睨まれた。

 

「覗いたらポートタワーのてっぺんから突き落とすわよ」

「覗かねぇよ......」

 

ゲンナリとしながら早く入ってこいと伝えるように手を振る。

結局ジト目の直らなかった雪ノ下を見送ってから、部屋に置いてあるソファにドサリと腰を下ろした。

どうやら自分で思ってたよりも疲労しているようだ。気を抜いたら寝落ちしそう。

そんな事が無いようにと、今日一日を振り返ってみる。

 

凄く、楽しかった。

自分の意中の相手と手を繋いで歩いて、共に食事をして、観覧車に乗って。

パンさんミュージアムで夢中になる雪ノ下も、犬に怯えた抱きついてくる雪ノ下も、月が綺麗だと微笑んだ雪ノ下も、そのどれもが俺の心の中に深く刻まれてしまっている。

 

それでも考えないわけではない。彼女がどうして俺なんかと、このような時間を共にしてくれているのかを。

それだけでは無い。夕食を用意してくれたり、朝早起きしてまで起こしに来てくれたり、大学でも同じ時間を過ごしたり。

俺は断じて量産型鈍感系主人公などでは無いので、彼女がどのような気持ちからそんな行動に出ているのか、察していないわけでは無い。

だが、それを彼女の口から聞くまでは俺の勘違いかもしれないという可能性も捨て切れない。

 

......ダメだな、悪い癖だ。人の好意の裏をつい読もうとしてしまう。

他人の気持ちを正面から受ける事が出来ない。

 

だけど、俺が雪ノ下雪乃を好きだと言う事実だけは変わらない。

かつて俺は感情が理解できないと言われた。そしてまた別の人にそれを揶揄して理性の化け物と呼ばれた。そんな理性の化け物が欲したものもある。

彼女が、彼女達がそうであればいいと幾度も願った。しかし他人の考えている事なんてその本人にしか分からない。

だからこそ"本物"なんてものはあるのかどうかすらも分からないし

 

俺はこんなにも、切ない気持ちで一杯になるのだ。

 

 

 

 

 

 

なんて感傷に浸っていると、雪ノ下が風呂から上がって来た。

いい具合に上気した頬と湿った髪が常の彼女よりも妖艶に、トドのつまりエロティックに感じさせ、恒例のように俺を身惚れさせる。

 

「あまりジロジロと見ないで欲しいのだけれど...」

「す、すまん」

「...まぁいいわ。貴方もお風呂に入って来なさい。流石に疲れたでしょう?」

 

どうやら自分でも理解していなかった疲労は雪ノ下さんのご慧眼にかかればいとも容易く見破れるらしい。

その言葉に甘えてさっさと風呂入ろうかと、着替えを持って風呂場に向かう。

 

「比企谷君」

 

脱衣所に入る前に透き通るような声で呼び止められた。

 

「さっきまで私が入っていたからって変な想像はしちゃダメよ?」

 

その一言が無ければ何も想像しなかったんだよなぁ......。

 

 

 

雪ノ下にああ言われたものの、どうしても意識してしまうのは男の悲しい性だ。

さっきまでここに全裸の雪ノ下が入っていたと思うとどうしても滾ってしまう。ナニがとは言わないが。

 

少し落ち着こう。coolになるんだ比企谷八幡。青髭の旦那並みのクールさを醸し出せ。

そう、ここは浴場では無く夕日の綺麗な砂浜。そこで互いに追いかけっこをする俺と戸塚。うん、いいな。凄くいい。心が安らいで来たぞ。

これ以上妄想してしまうと戸塚がいつの間にか雪ノ下に変わってしまったりするので程よい所で打ち止めだ。

 

話は変わるが、風呂に入ってる時って先に体を洗うか頭を洗うかが人によって違うよね。銭湯とか言ったら結構マチマチだったりする。

そんな俺は先に頭派。ヴィダルサスゥンだかトゥバキだかの意識高い系シャンプーをワンプッシュして頭を洗う。

 

さらに話は変わってしまうが、やはり男としては好きな子や将来出来るかもしれない息子や娘に背中を流してもらうのに憧れたりしてしまう。

これがエロゲなら途中で雪ノ下が乱入してきて

『よければ、お背中流しましょうか?』

なんて真っ赤な顔で言ってくれるのだが、生憎とここは現実。全て悲しい妄想で終わってしまう。

 

 

 

そんな風に妄想を垂れ流していると無意識のうちに体も洗い終えたようだ。ゆっくりと湯船に浸かって寝落ちしても困るから早々に風呂を出た。

さて、問題はここからだ。

 

「では、そろそろ寝ましょうか」

「そうだな。俺はソファで寝るから、雪ノ下がベットを使ってくれ」

 

と、当初の予定ならこのまま俺がソファで寝て万事解決だったのだが、どうやらこのお姫様はそれを許してくれないらしい。

 

「ダメよ比企谷君。そんな所で寝たら風邪を引いてしまうわ。明日も明後日もあるのだからそうなると困るわよ」

「じゃあどうしたらいいんだよ。もう五月始まったっつっても夜は冷えるんだからお前から掛け布団を奪うわけにもいかないしよ」

「簡単な話よ。その、貴方も一緒に、ベットで寝れば良いじゃない......」

 

消え入りそうな声でそんな提案をしてくる雪ノ下だが、こればかりは頷くわけにはいかない。

 

「あのな、雪ノ下。もしも仮に相手が由比ヶ浜だったりするならそれでも良いのかもしれない。でもだ。俺だぞ?同性の由比ヶ浜じゃないんだぞ?そこんところ分かってんのか?」

 

付き合っても居ない男女が同じベットで寝るのはなんか色々とマズイだろ。常識的に考えて。

 

「いつも抱いて寝てるパンさんの人形があるのだけれど、今日はそれがないから寝付けそうにないのよ......。だから、誠に遺憾ではあるのだけれど貴方にその代役を任命してあげるわ」

 

つまり抱き枕になれと?

顔全体を真っ赤に染め上げ俯きながら話す雪ノ下の正気を疑わずにはいられない。

いやこの歳にもなってパンさん抱きながら寝てるギャップに萌えたりしたけど、その代役を俺に求めるのはどうなのだろうか?

 

「引き受けてくれないと言うのなら考えがあるわ」

「考え?」

「こんばん寝付けなかった私を、貴方は明日おぶさって街中を歩くことになるでしょうね」

 

いやそれもう観光に出ずにホテルでゆっくりしてたら良くない?

などとは言えなかった。

雪ノ下がここまで踏み込んで来てくれているのだから、それを突っぱねるなんて、とてもじゃないが俺には出来ない。

 

「自分を人質に取るのは卑怯じゃありませんかね」

「なんとでもいいなさい」

 

こうして、俺は彼女の抱き枕役を引き受けることとなってしまった。

結構ガッシリと抱きついて来た雪ノ下の柔らかい感触とか風呂上がりのいい匂いとか可愛い寝顔とかに心が撃たれて案の定寝れなかったのは語るまでもないだろう。

 


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