恋する八幡は切なくて   作:れーるがん

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こいつらなんでまだ付き合ってないの?って作者も思う


第7話

神戸ハーバーランドの東側に林立する複合商業施設、神戸モザイク。何年か前に色々と変わって今は『umie MOSAIC』となってるらしいが、その名称を聞いた時に誰もが持つ印象はこうだろう。

なんだよそのふざけた名前は、と。

しかし実際にモザイクって名前なんだし仕方がない。この場合の意味合いとしては雌雄モザイクとかそっち系だと思う。

 

パンさんミュージアムはそんな複合商業施設の最も南側に存在している。

入場は有料。無料のエリアもあるにはあるが、そこは物品の販売を主としている。

勿論我々は有料エリアに入ってる訳だが、ヤバい。

なにがヤバいって色々とヤバい。

まずメインの客層が子供連れの家族だし、入場してから雪ノ下一言も喋らないし喋らせてくれないし、凄い自然に手を繋いできてるし。

特に最後のは自然すぎて全く気がつかなかった。

 

そして現在は有料エリア内にあるパンさんカフェなる所で休憩なう。

相変わらずの体力を披露して随分と疲労している。

因みに今のは披露と疲労を掛けた高度なギャグごめんなさい面白くなかったですねだから無言で僕を睨まないで雪ノ下さん。

最早考えが読まれるのはスルーしてしまっているが、休憩と称して入ったこのカフェでも雪ノ下のテンションは下がるどころか上がる一方。

 

「くッ、やはり無理よ。私にパンさんを食べることなんて出来ないわ......!」

「いやそれパンさんの顔の形したただのクリームパンだから」

「貴方は小町さんの顔と同じ形をしたパンを何のためらいも無しに食べれると言うの?」

「無理だな」

「......シスコン」

 

と、こんな馬鹿みたいな会話をしているのも、雪ノ下だけじゃなく、なんだかんだ俺もそれなりにはしゃいじゃってると言うことだろう。

 

「この後どうするよ?」

「ウミエの中でお昼を食べてから近くを散歩でもしましょう。タイミングが良ければ停泊中の遊覧船なんかも見れるかもしれないわね。さ、そうと決まれば行きましょうか」

「意外だな。もう出るのか」

「時間もいい頃合いのようだし、何よりも余りパンさんに構ってばかりいると、何処かの誰かさんが寂しそうにするでしょう?」

「......」

「何か言い返してくれないと困るのだけれど...」

 

いや、楽しそうにしてる雪ノ下の表情を見るだけでも十分だ、なんてキザなこと言えないし......

 

 

 

 

お昼は見るからに高級そうな神戸牛の店に入った。

店選びを雪ノ下に任せた結果何故かそんなお高い所を選びやがったのだ。

明らかに俺たち浮いてるよな、なんて思いながらお金の心配をしていたのだが、そこは大丈夫だと雪ノ下から言われた。

どうも陽乃さんに幾らかお金をもたされているらしい。正確には親から、らしいが。その辺りはどちらでもいいだろう。そんな事よりもいつか陽乃さんがこれを貸しとして何か要求して来そうで怖い。

 

とまぁそんな未来への心配は尽きないのだが、神戸牛ステーキは普通に美味しかった。

雪ノ下に

『私の料理とどちらが美味しい?』

と聞かれて

『勿論雪ノ下の料理に決まってるだろ』

と即答してしまったりして二人して赤面したりと、変な雰囲気に呑まれかけたりもしたが、なんとか昼飯は無事に食い終わった。

 

店を出た今は雪ノ下の言っていた通りに適当に散歩している。

自然と繋がれる手にはもう何も言うまい。

 

「ひ、比企谷君。散歩のコースを変えましょう」

「は?なんでいきなり......」

 

なんだか怯えたような声を出す雪ノ下を不思議に思いもしたが、直ぐに理由に行き当たる。

俺たちの歩いているここは東側に遊覧船が停泊しており、西側にはモザイクの名物でもある大観覧車が聳え立っているウォーターフロントだ。

基本的にはこのどちらかを目的としてここに来ている人が多いのだが、勿論それ以外の目的で来てる人もいる。

中でも多いのが、犬の散歩だ。

 

嗜虐心に、火がついてしまった。

 

「よし、行こうか雪ノ下」

「え、ちょっと比企谷君⁉︎」

 

雪ノ下の手を引いてウォーターフロントを堂々と歩く。

ふむ、こうして見ると色んな犬を連れてる人がいるな。

ミニチュアダックスフンドやチワワなどの小型犬からラブラドールやゴールデンレトリバーなどの大型犬。お、土佐犬もいるじゃん。

 

「わん!」

「ひゃ!」

 

......やはり俺の選択は間違っていなかったらしい。あの雪ノ下雪乃が可愛く悲鳴を上げる姿など中々見れない。

男と言う生き物は何歳になっても好きな女に嫌がらせじみたことをしてしまうものであるのだ。

 

ただ一つ問題があるとしたら、

 

「雪ノ下、犬にビビるのは分かるがこんな人の大勢いる場所で抱きついて来るのはどうなんだ」

「あ、ご、ごめんなさい......」

 

うん、腕に抱きついて来るとかなら俺もまだ許容範囲だよ。この前のモールで一度経験してるからね。

でも正面から思いっきり体に抱きついて来るのはちょっと八幡予想外過ぎてドキがムネムネしちゃってるよ?

思わず抱きしめ返しそうになったじゃないか。

 

 

 

 

その後も犬対雪ノ下と言う世紀の対決が繰り広げられたり、その疲れからかグッタリとした雪ノ下を休ませる為にモザイク二階にあるテラスで休憩したり、アクセサリーショップや服屋などを見て回ったりしてると、いつの間にか日は沈んでおりお月様が顔を覗かせていた。

 

「もう19時か」

「楽しい時間が過ぎるのは早いわね。比企谷君はどう?楽しかった?」

「まぁ、それなりには楽しかったんじゃねぇの」

 

思わずぶっきらぼうに返してしまった俺を見て雪ノ下は可笑しそうに笑う。

 

「帰る前に一つ行きたいところがあるのだけれど、いいかしら?」

「別に構わんけど、大丈夫なのか?」

 

主に体力的に。

所々で休憩を挟んではいたものの、今日は一日中外で歩きっぱなしだった。慣れない土地という事もあり、体力の少ない彼女的にはそろそろキツイのではなかろうか。

そう思っての発言だったが、雪ノ下は首を縦に振った。

 

「大丈夫よ。それに、今から行くところは体力の使うような場所でもないし」

 

そう言って彼女が指差したのは、綺麗にライトアップされた大観覧車だった。

 

 

 

 

 

真下には神戸港の、北を見やると神戸の街の夜景が広がっている。

誰が見てもこの景色を綺麗だと評するだろう。

 

「でもこの景色も社畜の皆さんが汗水たらして作ってるんだよなぁ」

「まるで風情のない感想ね」

 

観覧車内で漏らした俺の言葉に、対面に座る雪ノ下が呆れたようにアタマイターのポーズでため息を漏らす。

 

「比企谷君もいずれはあの地上の星の一部になっているかもしれないのよ?」

「最近その言葉に明確な否定が出来ない自分が憎いよ」

「よだかは星になれたけど、比企谷君は地上の星と言う社畜になってしまう運命なのよ」

「そんな事で『よだかの星』を引き合いに出すなよ」

 

確か『よだかの星』についての会話もあの時のものだったか。俺の顔面がよだかに揶揄されてたんだっけ。

うわ、今思い返して見るとこいつ中々失礼な事言ってるな。

 

「まあでも、そんな社畜の光でも綺麗なもんは綺麗なんだな」

「むしろ汗水垂らして作り上げたものが汚らしいものだったら働く意義さえ失ってしまうわ。そう言うものを作るのは比企谷君だけで十分よ」

 

彼女の毒舌にうんざりしながりも、どこか心地良さを覚える。

本格的にMに目覚めちゃったかな...。

なんて思ってるとそろそろ俺たちを乗せるゴンドラがてっぺんに着きそうだ。

 

「比企谷君」

 

そんな頃合いに、雪ノ下は夜空を見上げて呟いた。

 

「月、綺麗ね」

 

その言葉を脳が認識した瞬間に、なんとも言えない感情が体の中に渦巻く。

困惑か、驚愕か、はたまた歓喜か。

なんにせよ俺に出来たのはただ彼女の顔を見つめるだけだった。

 

「あら、何を勘違いしてるのかしら。私はただ思ったことを口に出したまでよ?」

「あ、あぁそうだな。月、綺麗だ」

 

彼女と同じ言葉を返す。

恐らくはそこに宿った意味も違うのだろうが。

 

「なんですか口説いてるんですか観覧車の中で甘い言葉でも囁けば落ちるとでも思ったんですか余りにも考えが浅はか過ぎるので出直して来てくださいごめんなさい」

「なにそれ一色の真似?」

「確かこんな感じだったでしょう?」

 

ふふ、とどこまでも楽しそうに、幸せそうに微笑む雪ノ下を見て俺は思うのだった。

 

こいつの為なら死んでもいい、と。

 

 

 

 

 

 


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