恋する八幡は切なくて   作:れーるがん

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第6話

「雪ノ下起きろ。もう新神戸に着くぞ」

 

新幹線に揺られる事凡そ三時間。

もうそろそろ目的地である新神戸駅に到着と言う所まで来ていた。

だと言うのに、俺の肩に頭を預けてスヤスヤと気持ちよさそうに眠っているこのお姫様は一向に目を覚まさない。

いやなに、個人的にはこのまま雪ノ下の寝顔を見続けると言うのも吝かではないのだが、乗り過ごすのはマズイ。

なによりも偶に彼女の漏らす『ひきがやくん......』と言う寝言と笑顔が心臓に悪過ぎる。

 

しかし、声を掛けただけでは起きないか。

どうする?まだ到着まで10分ほどあるっぽいが、身体的接触は出来れば避けたい。通報とかされそう。断じてヘタレとかではない。

だがこのまま声を掛け続けても起きる気配は無いし......

 

「おーい、雪ノ下さーん。ゆきのーん、ゆきのん起きろー」

「んぅ...」

 

思わず、吐息の漏れた雪ノ下の唇を凝視してしまう。

って待て待て何考えてんだ俺!落ち着け、ここは新幹線の中、公共の場だ。

そうだ素数だ。素数を数えよう。素数は孤独な数字。つまり俺たちぼっちの心強い味方。

 

「ひきがやくん....?」

「お、おう起きたか雪ノ下。ほら、もうそろそろしたら着くぞ」

「ひきがやくんだぁ...」

 

目を弓にして俺の肩にスリスリと額を擦り付けて来る猫、もとい雪ノ下。

え、こいつ寝起きだと猫になんの?なんだよ「ひきがやくんだぁ...」って。キャラ崩壊ってレベルじゃねぇぞこれ。

 

「ふふ、ひきがやくん...」

「ちょ、雪ノ下....!」

 

雪ノ下の手が俺の頬を包む。

愛おしいものを撫でるように、その優しい感触は俺の頬から唇へと移動していく。

その顔は、寝起きからなのかどこか幼い影を残しながらも、男を惑わせる妖艶な表情を写していた。

ただ彼女の手が頬に触れているだけだと言うのに、脳髄が痺れるような甘い感覚に襲われる。

 

「ゆき、の、」

『間も無くー、新神戸ー、新神戸ー』

 

した、と言い切るよりも前に車内アナウンスが鳴る事でハッと我に帰る。

あ、危ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!

今車内アナウンスが無かったら俺は何をしようとしてた⁉︎ナイスタイミングだ車掌さん!

 

どうやら今のアナウンスで雪ノ下も目が覚めたらしく、先程までの虚ろな瞳に生気が宿っている。

 

「えっと、どう言う状況かしら...?」

「俺に聞かないで......」

「え、比企谷君?ちょっとどう言う事よ。ねぇ?」

 

こんな公共の場であんな事をしていたと言う事実と、周りからの視線に気がついてしまってなんだか凄い居た堪れない気持ちになりました。

 

 

 

 

ゴールデンウィーク初日という事もあってか、新神戸駅は人でごった返していた。

荷物もある事だし先にホテルのチェックインを済ませてしまおうという事になり、タクシーを使って移動。

場所はホテルオークラとか言うなんか凄い所らしいが、そう言うのには疎いので詳細な説明は出来ない。

 

受付は雪ノ下に任せて俺はその後ろでその姿をぬぼーっと眺める。

こう言う場でも様になってる彼女の姿を見て、改めてお嬢様なんだなぁ、なんて思っているとどうやら受付が終わったらしく、雪ノ下はこめかみを指で押さえ、アタマイターのポーズでこちらに歩いてきた。

 

「なに、なんかあったの?」

「その、非常に言いにくいのだけれど、どうやらうちの親は部屋を一つしか用意していないみたいなの」

 

え、何それつまり俺の部屋なんてねぇからとかそんなオチ?やだー、数時間前に雪ノ下家チョロい(意訳)とか考えてたのがバカみたいじゃないですかー。

やはり可愛い次女に近寄る虫にはこうして嫌がらせをすると言うのか。流石雪ノ下家、嫌がらせのレベルがパナい。

 

「だから、その、私と貴方で一部屋、と言う事になるわ」

「は?イヤイヤイヤそれはマズイだろ色々と」

 

主に俺の理性とか。

俺の家に雪ノ下が勝手に突撃して来るのとはまた訳が違う。

同じ部屋で年頃の男女が寝起きを共にするとか何それ羨まし......じゃなくて非常にけしからん。うん。

いやなに、俺だってそりゃ出来ることなら雪ノ下と同じ部屋で、なんて思ったりするけどさ、万が一、億が一にも何かあった時どうするんだって話で。そりゃ責任云々と言われれば全力で責任取らせて頂く所存ではあるけども。何せ俺は責任を取る事には一定の評価を得ているからな。主に唯一の後輩から。

だがそれ以前に、俺と雪ノ下は彼女のご両親が思っているような仲ではまだないわけで。

 

「私は別に構わないのだけれど......」

 

頬を朱に染めてボソッと呟いた言葉が耳にスルリと入って来る。

え、いいの?

 

「え、いいの?」

「ええ。だって貴方に私を襲うほどの度胸と甲斐性があるとは思えないもの。貴方の小悪党ぶりは平塚先生からもお墨付きだし」

「何年前の話だよそれ...」

 

平塚先生がそう言ったのは確か奉仕部に放り込まれた初日だったと思うんですが雪ノ下さん良く覚えてましたね。

まぁ僕も覚えてるんですけどね。なんなら雪ノ下との会話はほぼ全て記憶してるまである。なにそれただのストーカーじゃん。

 

「まぁ、お前が良いんなら、俺もそれで構わんけどよ」

「そう。なら早く部屋に行って荷物を置きましょう。そろそろ抑えていたパンさんへの思いが溢れそうなの」

 

マジか、いいのか。

どうなるんだよこの旅行。

 

 

 

 

 

 


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