恋する八幡は切なくて   作:れーるがん

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第4話

二度あることは三度ある

有名な諺だ。連続して悪い事が起きた後はもう一度起きるかもしれないから警戒しておけ的な戒めである。

実際に何かついてない事が三回起きた、と言う人だってそれなりにいるだろう。

だが待って欲しい。この諺、大前提として悪い事が二回起きる事は既に断定しているのだ。

つまりこの諺から倣うべきであるのは『悪い事は確実に二回起きるから警戒しておけ』と言う事だ。

 

何故こんな的外れな解釈を行なっているかと言うと、今現在俺と雪ノ下の置かれた状況がそんな現実逃避でもしないとやっていけないからである。

 

「いやぁ久し振りだね比企谷君!総武の卒業式以来かな?雪乃ちゃんに腕を取られちゃって羨ましいなぁこのこの〜。所で二人はいつからそんな関係に?やっぱり大学で何かあったのかな〜?」

 

雪ノ下陽乃

そうだ、この人にはご都合主義がどうだとかそんなものは通用しない。なにせ魔王だ。去年と比べると幾らか丸くなったので今はただのはた迷惑なシスコンのお姉さんにまでレベルが下がってるが、それでも俺と雪ノ下の天敵であることには変わりない。

 

「雪乃ちゃんもこんなしっかり比企谷君の腕に組み付いちゃって可愛いなぁもう!あ、ディスティニーショップの袋を持ってるってことは今日発売のカップル限定のティーカップかな?そうなのかな?」

 

厄介な事に、陽乃さんは俺の雪ノ下に対する気持ちを知っている人でもある。

何を隠そう、高校時代に俺の勉強を見てくれたのは陽乃さんなのだ。この人の家庭教師無くして俺は雪ノ下と同じ大学には入れなかっただろう。その点は感謝してもしきれない。

 

そして先ほどから何故俺と雪ノ下は一言も発さずに、陽乃さんのマシンガントークを止めないのかと言うと、これぞ俺たちの閃いた対魔王専用作戦である。

その概要とは、只管に無視する。

ただそれだけ。

 

「へぇ、私の事無視するんだぁ......」

「いやぁ奇遇っすね雪ノ下さん!」

 

作戦中止!作戦中止!

今なんかゾクッと来た。具体的には背筋の辺りに冷たい何かが走った。全然具体的じゃねぇな。

作戦を勝手に中断させた俺に非難の目を向ける雪ノ下。

いやだって仕方ないじゃん。あんな人殺しそうな声出されちゃ仕方ないじゃん。

 

「何の用かしら姉さん。私達はこう見えて忙しいのだけれど」

「相変わらずつれないなぁ雪乃ちゃんは。お姉ちゃんと久しぶりに会ったっていうのに」

「そう、生憎ながら私は会いたくなかったわ。という事でさようなら。行くわよ比企谷君」

 

俺と腕を組んだまま陽乃さんと会話して、そのまま俺を引っ張るようにしてその場を離れようとする雪ノ下。

しかし陽乃さんがそう簡単に解放してくれる訳もなく。

 

「はいストーップ!」

「ぐえっ!」

 

俺の襟首を掴んで無理やり足を止めやがった。

ちょ、マジで今死ぬかと思ったんですが...

下手人を睨みつけるも、当の陽乃さんは相も変わらずニコニコしている。

 

「所で比企谷君、進捗の方はどうかな?」

「ちょ、今ここでその話は......!」

「進捗?比企谷君、貴方隠れて姉さんと何かやっているの?」

「いや別に何も疚しいことはないですはい」

「怪しいわね...」

 

ジト目でこちらを睨んで来る雪ノ下だが、そんな目をされても可愛いとかそんな事しか言えないぞ。

 

陽乃さんの言うところの進捗とは、つまり雪ノ下との関係を揶揄しているわけで。

残念な事にそこまで進んでいないのが現状だ。SNSとかで「進捗ダメです」って呟いてる絵師さんの気持ちが分からない事もない事もない。結論分からない。

 

「なぁに雪乃ちゃん、嫉妬かな?」

「そんな訳ないじゃない。幾ら相手が人ならざるものである比企谷君とは言え、身内が迷惑を掛けていないか危惧しているだけよ」

「いや人だから。俺めっちゃ人間だから」

「寧ろ私が迷惑掛けられてる方だったら?」

「比企谷君、もっとやってしまいなさい。そのご自慢の菌で姉さんを撃退するのよ」

「お前自分の姉に容赦なさすぎだろ。あと別に比企谷菌は自慢でも何でもないからな?」

 

なんで雪ノ下姉妹の会話なのに俺の精神にダメージが来るのん?

あれか、これもコラテラルダメージという奴なのか。前話で言ってた致し方ない犠牲ってこの時の事だったのか。流石の伏線回収能力だぜ。てか前話って言っちゃったよ。

 

「そうだ!この後三人でご飯食べに行こっか!」

「嫌よ。もう今晩の食材の下ごしらえはしてあるもの」

「ん?なんか朝時間かかってんなと思ったらそんな事してたのか」

「ええ。今日は煮物を揚げてみようかと思って。朝のうちから染み込ませてあるの」

「ほう、煮物の揚げか。そりゃ楽しみだ」

 

俺と雪ノ下が今晩の夕食について話をしていると、陽乃さんはポカンと口を開けてらしくもない呆けた表情になっていた。

しかしそれも一瞬のこと。次の瞬間にはニター、とそれはそれは悪の幹部のような悪い笑みを浮かべるのだ。

それを見てやってしまった事に気付く。

この人の前でする会話では無かった!

 

「そっかそっかー、雪乃ちゃんは毎日甲斐甲斐しく比企谷君の為にご飯を作ってるんだねー」

「ち、違うの。違うのよ姉さん」

 

陽乃さんに与えてしまった情報のヤバさを雪ノ下も理解したらしく、何時ものように早口で捲し立てようとするも、それは姉の手によって遮られる事となった。

 

「いやぁ、あの雪乃ちゃんが毎日男子の家に言って夕飯を作ってあげてるなんて聞いたら、母さんはどんな反応するだろうねぇ」

 

ビクッ、と雪ノ下の体が一瞬震えた。

高校時代よりかは幾分かマシになったらしい雪ノ下の実家との関係性だが、それでもやはり完璧にそのわだかまりが解けた訳ではないらしい。今の雪ノ下の反応がその証拠だろう。

 

「別に、母さんにどう思われようが構わないわ。私はやりたい事をやっているだけなのだから」

「ふーん......。まぁそういう事にしといてあげるよ」

「分かったのなら帰って頂戴。実家に報告するなりなんなり、好きにするといいわ」

「そ?じゃあ最後にお姉さんから一つ言わせてもらうわね。雪乃ちゃん、いつまで比企谷君の腕を組んでるのかな?」

 

先程までのシリアスな雰囲気はどこへやら。

雪ノ下はその顔を急速に真っ赤に染め上げ、陽乃さんは「じゃあまたねー」と爆笑しながら去って言った。

 

「......帰るか」

「......うん」

 

うん。ってお前可愛いなおい。

 

 

 

 

 

結局その後も雪ノ下が俺の腕を解放してくれることは無く、周囲からの嫉妬と殺意の目線をなんとか耐え、断続的に与えられる腕への気持ちいい感触から来てしまう煩悩にボディブローを幾度となくぶちかましながらも、無事に愛すべき我が家へと帰還を果たした。

 

「今日は姉さんがごめんなさい」

 

そして現在は夕食後のティータイム。

早速今日買ったティーカップを使って、雪ノ下自慢の紅茶を淹れてくれている。

 

「お前が謝る必要はないだろう。あの人は台風みたいなもんだからな。出会ってしまったが最後、過ぎ去ってくれるのをただ待つしかないし。それに......」

「それに?」

「いや、なんでもない」

 

改めて、雪ノ下雪乃を本気で好きになると言うことがどう言う事なのかを理解させられた気がした。

もし仮に、この恋が成就したとしても、その後には魔王はるのん、大魔王ママのんを相手にしなければならない。その覚悟は必要だ。

 

「ハッキリしない男ね。言葉尻にまで目の濁り具合が出てしまったのかしら?」

「俺の目の濁り具合はそこまで酷いのかよ。

つーか、このティーカップ今使って良かったのか?」

「構わないわ。元からこの家に置く予定だったもの」

「何それ初耳」

「言っていなかったのだから当然でしょう?」

 

イタズラが成功した子供のような笑みを見せる雪ノ下。まったくもう、お茶目さんなんだから。

 

「それはそうと比企谷君。ゴールデンウィークは予定を空けておきなさい。いえ、こんな事言わなくても貴方の予定が埋まるなんてあり得ないわよね」

「ちょっと?そんな哀しい目で見ないでくれます?俺だって休日の予定が埋まる事とかあるんだぞ」

「どうせ休む予定がある、とか言うのでしょう?」

「それだけじゃないぞ。実家の小町に会いにいくとかラノベの新刊を買いに行くとかニチアサを見るとか色々ある」

「兎に角、ゴールデンウィークに予定を入れてはダメよ」

「スルーっすか......。んで、なんかあんの?つかどっか行くの?」

「それは当日のお楽しみよ。ふふ、楽しみにしていてね」

 

その満面の笑みを見る限りこいつが一番楽しみにしてそうだな。

まぁ、他の誰でもない雪ノ下自身がこんなに楽しみにしているのだから、俺もそれなりに期待させて貰うとしよう。

 

何せ雪ノ下と連休を過ごせるんだからな。

 

 

 


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