恋する八幡は切なくて   作:れーるがん

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いつも誤字報告等助かってます....
まさか渋のルビふりのやつそのまま使ってしまうとは......


第18話

「突然押しかけてきて何の用ですかね」

「ちょっと大事なお話をしようと思って」

 

八月中旬、世間はお盆休み真っ只中で雪ノ下も実家に帰っている中、何故か雪ノ下陽乃が我が家にやって来た。

因みに俺は実家に帰ろうとはしたのだが、どうやら俺以外の家族で旅行に出かけているらしい。なんの連絡も貰ってないことに涙が溢れそうになったが、

『いや、夏休み入る前にお兄ちゃんが行かないって言ったじゃん』

と小町に言われた。

どうやら俺が悪いみたいです。

 

「あいつは実家に帰ってるのに、雪ノ下さんは家にいなくて良いんですか?積もる話もあるでしょ」

「それを比企谷君に言われたくないなぁ。君だって実家に帰ってないでしょ?そろそろ小町ちゃんに会いたいんじゃないの?」

「家族揃って旅行中ですよ。俺を除いて」

「比企谷君......」

「やめて、そんな憐れみの目を向けないで。余計悲しくなっちゃうでしょうが」

「まぁ悪ふざけはここまでにしておいて」

「俺の家族事情を悪ふざけで済ませるなよ」

「雪乃ちゃんはお母さんと大事な話をしてるからね。それと全く同じ話を比企谷君にもしに来たの」

 

え、なに?もしかして俺、雪ノ下家のお仕事の手伝いとかさせられる為になんか色々と英才教育受けさせられる系?

やだなー、働きたくないなー。

 

「大事なお話は二つ。

まず一つ目から順番に行こっか。比企谷君さ、大学卒業したらどうするつもり?専業主夫なんて言ってられないってのはもう分かってるとは思うけど」

 

流石の俺でも、未だにそんな甘い夢を見ているわけはない。専業主夫なんて夢はとうの昔に儚く散っている。

ならば俺は、将来どうしたいのか。何をしたいのか。

 

「君は雪乃ちゃん目当てで今の大学に入ったんでしょう?で、当初の君の目的は達成されたわけだけど、その目的のなくなった君は、大学で何を学んで、その後どうしたいのかな?」

 

考えていなかった訳ではない。

ただ、目先の事に手一杯になってしまっていた。

雪ノ下は自分でやりたい事を見つけたから国立文系と言う道を選んだのだろう。

ならば俺は?雪ノ下の直ぐ隣にいたいと思うだけで、大学生の本領たる部分を蔑ろにしていた。

 

「まぁ比企谷君はまだ一年生だし、無駄にいい大学に入ったんだから選択肢は幾らでもある。そんなに早く結論を出す必要は無いわよ。でも、ちゃんと考えときなさい。早い内から考えておかないと後悔するぞ?」

「肝に命じておきます......」

「よろしい。じゃあ二つ目。

比企谷君さ、雪乃ちゃんと同棲とかしないの?」

「......話が急すぎませんかね」

「そうかな?て言うか今だって半同棲みたいなもんじゃない」

 

こっちは全く考えてもいなかった話だった。

陽乃さんの言う通り、寝たり風呂入ったりする場所が違うだけで、それ以外は基本いつも一緒にいる俺たちは側から見たら半同棲と言えるだろう。しかも別に恋人になってもいないのにそんな状態だった。

なら、恋人になったからと言って直ぐに同棲しようとはならなかったし、考えなかった。

 

「ま、こっちは雪乃ちゃんと相談して決める事だしね。私がそれについて口出しする権利はない」

「つか、雪ノ下の両親が反対するんじゃないですかね」

「そんな事ないよ?寧ろお父さんはそのつもり満々で、二人のために部屋を見繕ってるみたいだし」

 

ぱぱのんマジか。

いや、ついこの間の対面であの人は陽乃さんと同じタイプの人間だとは分かったので本当にやり兼ねない辺り怖い。

 

そもそもこのアパートに住み出してから半年も経っていない。

流石に生活費を送ってくれてる母ちゃんと親父に申し訳ないし、同棲するってなったら誰がその金を出す?陽乃さんの口振りから察するに雪ノ下の両親は出す気満々だろう。寧ろ自分たちに出させてくれとか言いそうなまである。

それこそ本当に申し訳なくなる。

 

俺たちはもう大学生だ。

親の庇護下を離れて生活している。来年には二十歳、大人の仲間入りだ。いつまでも、親の世話になりっぱなしと言うわけにはいかない。

 

「雪ノ下と相談しますよ」

「そっか。まぁ私はお母さんとお父さんの言葉を君に伝えただけだから。お姉さん的には、二人の早さで、ゆっくりと進んでいったらいいと思うよ」

 

つい先日、雪ノ下家で見た優しい微笑みと似た表情をしていた。

あの時は想像もつかないなんて思っていたが、なるほど確かに、陽乃さんのその笑顔は父親に似ているものだった。

 

「良い比企谷君。これはあなた達の将来のことなんだからね。ヒントは貰っても、答えは君たちにしか分からない。だから、ちゃんと自分で考えること」

 

それはいつかの冬の日に聞いた言葉と同じだったが、そこに突き放すようなものは無く、ただ先輩として、年上として俺たちの事を真剣に思ってくれての発言だったのだと理解できた。

 

「まぁ、善処しますよ」

「よろしい。それじゃわたしは帰るね」

 

二つのデカイ課題を俺に押し付けて、陽乃さんは帰っていった。

いつもならそれに対してウンザリする所だが、それを残してくれたことに若干ながら感謝していたりもする。

 

 

 

 

 

距離を測りかねている。

最近の俺と雪ノ下の生活を端的に表すならそれに尽きる。

先日、俺と雪ノ下の関係は元部活仲間から恋人へと二階級特進を果たしたわけだが、なんと言うか、俺も彼女もそうなってからどう振る舞えばいいのか分からなくなっているのだ。

なまじ今までが恋人同士がするような生活だった為、いざ実際にそうなってみると戸惑いが生じているのだろう。

 

あれだけ自然に繋がれていた手は触れるだけで互いに赤面するし、元から少なかった口数は更に減少、しかも口を開いた時に限ってハモってしまってまた赤面。

中学生カップルか。

初々しいことこの上ないが、こんな調子ではまた陽乃さんにからかわれること請け合いだ。

 

「あー、お前、あっちに泊まらなくて良かったのか?」

 

並んで座って一緒に紅茶を飲んでいる雪ノ下に問いかける。

今日の陽乃さんの話だと、雪ノ下は母親とそれなりに大事な話をしていたらしいのだが。

 

「え?ああ、えぇ。今年は親戚の集まりに出ろとは言われていないし、それに、いつでも帰れるもの」

「そうか......」

「そうよ。だから、夏休みはずっと一緒にいられるわ」

 

嬉しそうに微笑む雪ノ下。

あれ?距離を測りかねてるのって俺だけ?

雪ノ下さんついこの前まで凄いウブな反応してたのにもう復活ですか。

ははーん、さては実家でままのんに何か言われたか?

とか思ってた時期が俺にもありました。

 

「だから......今日は泊まっていってもいいかしら?」

 

やっぱり距離測りかねてるなぁ.........。

 

「ちょっと待て。何故そこでそうなる。接続詞が接続失敗してんぞ」

「嫌、かしら......」

「んな訳あるか是非泊まっていけ下さい」

 

我ながらブレブレである。奇怪な敬語使ってるあたりが特に。

いやだってさぁ、世界で一番可愛い(俺調べ)女の子にここでNOと断るなんて男じゃないぜ?

しかもあざとらしく上目遣いでチラチラとこちらを伺いながら。

いや、これが計算されたあざとさによるものじゃなく天然でやってるからタチが悪いんだが。

もしこれが計算されたものなら俺は何も信じられない。そう言うのは後輩とシスコン魔王だけでお腹いっぱいです。

 

「......ありがと」

 

ギュッと抱きついてきた。

ちょっと雪ノ下さんいつからそんなに甘えん坊になったのかしら。いつもの凜とした表情はどこに捨ててきたの?質屋にでも売ってきたの?由比ヶ浜に買わせたい。

などと現実逃避してる暇はない。

そうか、雪ノ下、俺の家に泊まるのか....

今日が理性の化け物の命日にならないように頑張ろう。

 

 

 

 

 

飯を食い終わり、一旦家に戻って着替えを取ってくると言った雪ノ下を待つ間に風呂に入る。

多分雪ノ下も自分の家で風呂を入ってからこちらに来ることだろう。その間に沸騰しかけの思考を冷静にさせよう。

 

別に一つ屋根の下で寝るのは初めてじゃない。GWの旅行の時は一つ屋根の下どころか一つのベットの上で寝ていたのだから。俺は眠れなかったけど。

そう、あの時と比べて違うのはここが俺の家だと言うこと。俺のホームグラウンドだ。家主は俺である。だから家主の意見は尊重すべきなのであって、雪ノ下の無茶な要求もNOと言ってしまってもいいのだ。

......言えるかな?言えるといいなぁ。

 

「比企谷君?お風呂かしら」

 

風呂の扉に影が映る。

雪ノ下が戻ってきたらしい。洗面所にいるのだろう。

 

「おう。すぐ上がるからちょっと待っててくれ」

「いえ、ゆっくりでいいわよ」

 

とはいえ待たせるのも偲びない。

さっさと上がるかと思い湯船から立ち上がると、扉に映る影が動いている。

はて、何かしているのか?歯ブラシとか持ってきてそれを置いているのか、そっからそこの距離とは言え外に出たから手洗いうがいでもしているのか。

まぁ何にせよ、そこに雪ノ下がいるのならまだ出るわけにも行かないかと思いもう一度湯船に浸かろうとすると、ガラリと風呂の扉が開かれた。

 

「きゃー!」

「生娘みたいな叫び声を上げないでくれるかしら、気持ち悪い......」

 

大事なところを隠すようにして、自分でもどうかと思う奇声を発し、浴槽に身を隠した。

そこにいたのは一糸纏わぬ姿の雪ノ下、では無く。一昨年の千葉村で見たことのある水着姿だった。

一昨年のを引っ張り出してきてもまだ着れると言う事実に彼女の身体的な成長の無さが見え隠れして涙がちょちょぎれそうになるが、そんな本心を悟られるとなにを言われるか堪ったものじゃないので、取り敢えず最優先の疑問を投げかける。

 

「何で入ってきてんだよ!」

「それより、恋人の水着姿を見てなにか感想はないの?」

「俺の目の腐りが落ちそうなくらいには可愛いよ!いやじゃなくてだな、目的を言え目的を!」

「そ、そう......。褒め言葉としてはどうかと思うけれど、そう言ってくれると嬉しいわ」

 

誰が幸せそうにはにかめと言った。目的を言えと言ったんだぞ俺は。

 

「背中、流してあげる」

「いや、もう俺風呂出るし」

「背中、流してあげる」

「......はい」

 

ニッコリと冷たい微笑で同じ言葉を続ける。

八幡知ってる、これ怖い時のゆきのんだ!

 

 

 

 

 

色んな感情から来るドキドキのお風呂イベントを終え、ついに就寝の段となってから小町用の布団と自分の布団を敷いたのだが、その行いに対する雪ノ下の反応はよろしいものとは言えなかった。

 

「何故布団を二つ敷いているのかしら?」

「いや何故って、普通は二つ敷くだろ」

「普通以下のあなたから普通なんて言葉が出てくるなんて思わなかったわ。全国の普通以上の人に謝りなさい」

「謝罪の理由がこれ以上なく失礼なんだよなぁ」

「ごめんなさい、言いすぎたわ。普通未満と言った方が良かったかしら」

「そんな昔の言葉、よく覚えてるな。普通覚えてないだろう」

「私は普通以上だから。普通未満の比企谷君には理解できからぬことよね」

「おい、その可哀想な子を見る目を辞めろ」

 

ここ最近にしてはいつもより罵倒が多いのは、雪ノ下も緊張しているからだろうと察してしまい、自分が変に緊張しているのがバカらしくなった。

多分、いつも通りに接しようとしてるつもりなのだろう。

いつも通りどころか二年前に戻ったかのようなやり取りなわけだが。

 

「ま、お前が望むなら別に構わんけどな。ほら、さっさと寝ようぜ」

「そう、ね。夏休みだからと言って夜更かしするわけにはいかないもの。あまり夜更かしが過ぎると比企谷君の目が......あ、ごめんなさい」

「今絶対手遅れだとか思っただろ」

「何故私の思考が読めたのかしら気持ち悪いわね。気持ち悪い」

「二回も気持ち悪いとか言わないで。八幡泣いちゃうよ?」

「比企谷君の泣き顔......」

「ちょっと期待するなよ」

 

そこまで続けて、どちらからともなくプッと笑いが漏れ出す。

本当、緊張し過ぎじゃないのか俺たち。

今となっては懐かしいあの頃に立ち返ったようなやり取りをするなんて、それこそ俺たちらしくないだろう。

過去を振り返ってはトラウマに苛まされるのが比企谷八幡であり、過去を振り返らずその強い眼差しで未来を見るのが雪ノ下雪乃だ。

らしくないにも程がある。

 

「寝るか」

「そうね」

 

二人で一つの布団に入る。

二人同時にそこに入るには少し手狭だが、その分だけ密着できるようと思えば幾らか幸せな気分にも包まれると言うものだ。

が、それでもやっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。雪ノ下の方に思わず背を向ける形になってしまう。

 

「比企谷君、こちらを向きなさい」

「いや、その、あれがアレでだな......」

「こちらを、向きなさい」

「はい......」

 

怖い、怖いよ!あと怖い!

渋々ながら体の向きを変えて雪ノ下の方に寝返りを打つと、スポンと胸の中に何かが収まった。

何事かと思って目線を下に遣ると、勿論そこには雪ノ下がいて、て言うか雪ノ下じゃなかったら怖い。

つまりはあれだ。予想以上に密着してしまっている。

GWの時はただひたすらに自分は抱き枕だと脳内で唱え続けることによってなんとか冷静を保っていられたが、今回はその手は使えない。

 

てかこれあれか?このまま抱き締めてもいいのか?てか抱き締めたい。この小動物じみた俺の彼女を抱き締めたい。

 

「比企谷君、明後日の話なのだけれど......」

「明後日?何かあるのか?」

 

煩悩を理性でグッと押し込んでから雪ノ下の話に耳を傾ける。はて、明後日に何かイベントごとなどはあっただろうか。

若しくは雪ノ下のうっかりが発動してて、実は誰かがまたうちに来ちゃうとかそんな奴だろうか。

 

「あなた知らないの?明後日は花火大会の日よ」

「あー、そう言えばそんなのあったな。完全に忘れてたわ」

「だから、その......」

 

んー、こいつは何を言い淀んでいるのだろう。俺たちって晴れて恋人になったんだよな?ならそこまで緊張する事でもないような......。だがそこがいい。俺の彼女がこんなにウブなわけがない。

 

「一緒に、花火大会に行ってくれるかしら?」

 

頬を紅く染めて、上目遣いにそう聞いてくる。しかもゼロ距離。少し動けば触れられる場所に、雪ノ下の顔がある。そんな距離でそんな表情されて、正直理性が限界です。

 

「断る理由がねぇだろ。ほら、俺はお前の彼氏なんだから」

 

自分で言ってて恥ずかしくなった。

 

「そう、よね......」

「ああそうだ」

 

一瞬キョトンとした顔になったが、そのすぐ後に口元が綻ぶ。なんと言うか、端的に言って、人様には見せられない様なダラシない顔で雪ノ下は笑っていた。

もうニッコニコである。雪ノ下雪乃と言う人間を知っているなら、絶対に想像しないような笑顔。どっちかってーと由比ヶ浜とか一色とかがしそうなダラダラした笑顔。

それを、俺の前で見せてくれたことがどうしようもなく嬉しい。

 

「浴衣、着てくるわね」

「楽しみにしてるよ」

 

どちらからともなく顔を近づかせ、触れるだけの軽いキスを交わす。

 

「おやすみなさい」

「あぁ、おやすみ」

 

 


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