恋する八幡は切なくて   作:れーるがん

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第17話

黒革のソファに腰を下ろし、周囲を見渡す。

なんか凄い机に、なんか凄い額縁。あとなんか凄い壺とか、扉もなんか凄かった。

どれくらい凄いって、元国語学年3位でありそれなりの国立文系に通ってる俺の語彙力があっという間に宇宙の彼方へと飛んでいってしまうくらいに凄い。

 

「比企谷君、少し落ち着きなさい。今のあなたはどこからどう見ても不審者よ」

「落ち着けって言われてもなぁ......」

 

雪ノ下雪乃の実家。

千葉の県議員であり雪ノ下建設の社長である人の家だ。そんな所に来て落ち着けと言われても無理な話である。

 

ディスティニーで雪ノ下が陽乃さんからの電話を受け取ったあと、例の黒塗りの高級車で俺たちはここまでやって来た。

隣で俺のキョドリっぷりを見て爆笑している陽乃さんに先導されたのは客間らしいこの部屋。んで、今から雪ノ下のご両親とご対面らしい。

 

まさか本人に告白もしていないのに、ご両親に挨拶が先になるとは思いもよらなかった。

諸悪の根源たる陽乃さんを睨みつけると、漸く笑いが収まったようで口を開く。

 

「あー、笑った笑った」

「人をいきなりこんな所に呼び出しといてそれは無いんじゃないですかね」

「だって比企谷君の腐った目が泳いでるんだよ?」

「人の顔面が面白いみたいに言わないで」

「で?私はともかく、どうして比企谷君まで連れて来させたのか。そろそろ説明してくれるかしら」

 

雪ノ下にも事情は説明していないらしく、その声は完全に冷め切っている。

ランドで見せたあの少女のような雪ノ下はもういないようだ。

 

「まぁまぁ、遅かれ早かれこうなってたんだからさ。別に理由なんてどうでも良いじゃん」

「良く無いんだよなぁ......」

「だからと言ってどうでも良いと言うわけではないでしょう」

 

遅かれ早かれのところは否定しないんですね。

 

「ま、それはお母さんに直接聞いてね」

 

パチコーン☆とウインクする陽乃さん。

そのあざとい仕草の数秒後に、客間の扉が開かれた。

 

入って来たのは二人。

一人は割と色んなところ、選挙のポスターとかで見たことがある。スーツを着こなし、髭を生やしたダンディな男性。

雪ノ下のお父さんだ。

もう一人は一応面識がある。その顔つきと長い黒髪は隣に座る娘と良く似ている。着物のよく似合う実年齢よりも幾らか若く見えているであろうその人は雪ノ下のお母さん。

二年前の年始とバレンタインイベントの帰りに会った以来だ。

 

「お待たせしてしまってごめんなさい。お久しぶり、で良いのかしら?雪乃の母です」

「私は初めましてだね。雪乃の父です」

「は、初めまして、比企谷八幡です」

 

思わず立ち上がって背筋をピンと伸ばし自己紹介。

微笑みながら、座ってもらって大丈夫ですよ、と言われた。

 

「まず始めに謝罪を。三年前、あの時の事故は本当に申し訳なかった。陽乃から聞いているよ。あの事故の所為で高校時代中々友達が出来なかったと......」

「か、顔を上げてください!」

 

突然雪ノ下父に頭を下げられて焦る。

つーか陽乃さんも何言っちゃってんの。

 

「別に、あの事故の所為で友達が出来なかったなんて事はありません。多分、事故があっても無くても一緒でした。

それに、あれは俺が勝手に飛び出してしまっただけであって、悪いのは全面的に俺ですよ」

 

対面に座る二人にでは無く、隣に座る少女に向けて言ったつもりだった。

俺と由比ヶ浜の間では二年前に済んだことだったが、俺と雪ノ下の間ではその限りではない。一学期のあの時以降、この話はしていなかった。つまり、まだ決着がついていなかったのだ。

雪ノ下のお母さんとお父さんには悪いが、便乗させてもらう形としよう。

 

「それに、事故の後も病室を融通させて貰ったりしましたし、話自体も示談で纏まってます。

後あれです。俺の足の骨一本程度でサブレ...あの時の犬の命が助かったと思えば大した事はありません」

 

隣の雪ノ下の表情が沈んでいるのが、直接見なくても分かった。

彼女は責任感が強い。だからこうして俺の思ってることを言わないと、一生後悔して、背負っていくんだろう。自分は全く悪くないと言うのに、まるでそれが自分の罪であるかのように。

だから、これはきっちりと清算しておかなければならない事案だ。解消なんて以ての外。俺たちの間で解決しておかなければならない。

 

「比企谷君......」

「お前も、そんな何時迄もうじうじした顔すんなよ。らしいっちゃらしいが、そんなのは似合わん」

「あっ......」

 

つい、小町にやるような勢いで雪ノ下の頭をガシガシと撫でてしまった。

ここがどこであるのかすら御構い無しに。

 

ヒュー、と陽乃さんの口笛が聞こえた。

雪ノ下本人は顔を赤らめて何も言うつもりも無さそうだ。

辞めどきを失った俺の手は未だに雪ノ下の頭の上である。

 

コホン、と一つ咳払いが聞こえて漸く俺の手は膝の上に戻る。

 

「雪乃らしい、ですか。比企谷さん」

「ひゃい......!」

 

声が裏返った。

うわー恥ずかしー。後ろでまた爆笑してる陽乃さんは無視。隣で笑いを堪えてるお嬢さんには後でキツく言うとして。いや、言ったところで言い返されるから辞めておこう。

 

「貴方は、雪乃を見つけてくれたようですね」

「え?」

 

その言葉の意味を一瞬測りかねて、雪ノ下のお母さんのその柔らかな笑顔を見て全て察した。

 

「これからも雪乃をお願いしますね」

「......はい。まだ、果たして無い約束も、解決してない依頼もありますから」

「そうですか。では、雪乃、陽乃。ついてらっしゃい。お父さんは二人で比企谷さんとお話ししたいそうだから」

「え、でも......」

「はーい。ほら、行くよ雪乃ちゃん」

 

陽乃さんに手を引かれて、雪ノ下達は客間を出ていった。

って、え?俺まさかぱぱのんと一対一?タイマン?お前に娘はやらん的なあれ?ちょっと今更ながら恐怖がぶり返してきたんですけど!誰か助けて!この際陽乃さんでもいいから!誰か残って!

勿論俺のそんな願いが届くはずもなく、残されているのは俺と雪ノ下のお父さんだけ。

俺がめちゃくちゃ萎縮しまくって何も言えないでいると、あちらから口火を切ってくれた。

 

「陽乃から全部聞いているよ」

「その、全部、と言うと......?」

「君の大学の志望理由、と聞けば分かってくれるかな?」

 

ちょっとー!陽乃さん⁉︎あんたなんて事をバラしてくれてるんだ!

 

「君のように想ってくれる男がいて、雪乃も幸せだろう」

「いえ、その、俺なんか全然まだまだですし、雪ノ下...雪乃さんに釣り合うような男でもないですし......」

 

本当、こんな男でごめんなさい。

 

「釣り合うか釣り合わないかは、その人の幸せには直接的に関係ない事だ。

そうだな、君は本が好きと聞いているが、恋愛小説なんかは読むかな?」

「まぁ、偶には」

 

ライトノベルのラブコメも恋愛小説に含まれるならめちゃくちゃ読んでると言えますねはい。

 

「身分の違うもの同士の恋愛、なんてのは良くあるものだ。例えばシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』なんかがその一つだが、君はあれの結末をどう思うかな。正直な感想を聞かせて欲しい」

「はぁ......。まぁあの結末は妥当なところだと思いましたね。想いだけじゃ何も出来ない。そんな生易しいものでひっくり返せる程現実は甘くない。身の程を弁えろ。みたいな感じです」

「ははは!僕も大体同じ意見だよ」

 

意外だ。こう言う大人はロミジュリみたいなお涙頂戴ものを肯定すると思っていたんだが。これも雪ノ下家伝統の仮面がなせる技か。

 

「恐らくロミオとジュリエットでは何かが違ったのだろう。互いに求めるものが同じではなかった。だから彼と彼女は最期に最大の誤解をしてしまう」

「えっと、つまり......?」

「これも陽乃から聞いた事なのだがね。君には欲してやまないものがあるそうじゃないか」

 

あの人は本当、どこまで喋っているんだ......。

雪ノ下の両親に対する俺の印象大丈夫だよね?暴落してたりしないよね?

 

「それは、見つかったのかな?」

「......まだ、探してる途中です。でも、あいつが、雪ノ下がそうであればいいと願ってます」

 

雪ノ下だけじゃない。由比ヶ浜だってそうだ。

でも、結局それは高校在学中には見つからなくて、進学した今でも必死に探している。

 

「そうか......。もう一つ質問をしよう。君はどうして雪乃の事を好きになったのかな?」

 

まるで品定めをしているかの様な目で見られる。

陽乃さんと相対した時と似た感覚だ。

でも、目の前の男性の目は陽乃さんよりも鋭く、深い瞳で俺を捉えている。

手汗が止まらない。心臓は動いているだろうか。まるで蛇に睨まれたカエルだ。この部屋全体が凍って動かない様な、そんな錯覚に陥る。

答えを間違えれば、どうなるだろうか。

いや、間違えるなどあり得ない。俺は俺の気持ちを正直にこの人に言うだけでいいんだ。

 

「あいつと、同じ場所で同じ景色を見たいと、そう思ったんです。でも、多分俺と雪ノ下じゃ、同じ景色を見ていてもその捉え方は違うから。それを共有したいと思った。あいつが見ている色が赤でも、俺の見ている色が青だったら、それについて互いに笑って語り合って、そうして何時迄も一緒に居たいって」

「それだけかな?」

「......ただ単純に、雪ノ下のいろんな表情を独り占めしたいってのもありました。でも、そんなのは只の俺の醜い願望でしかないから」

「いや、いいじゃないかそれで。実に男らしい理由だと僕は思うけどね」

「そう、でしょうか」

 

一転。先程の雪ノ下のお母さんに負けず劣らず柔らかで優しい微笑みを目に浮かべる雪ノ下お父さん。

ままのんの時にも思ったが、ぱぱのんのこの表情も、どこか雪ノ下と似ている。陽乃さんもこんな表情が出来るのだろうか。いかんせんあの人のこんな微笑みなんて想像出来ない。

 

「好きな子の全部を独り占めしたいと思うのは男も女も変わらない。あの子のあんな表情が見たい、こんな表情を知りたいと思うのは何も間違っちゃ居ないんだよ」

「でも、それは....」

「ふむ、君は少し、理屈で考えすぎるキライがあるな」

 

まるで俺を諭すように、雪ノ下のお父さんはこう言った。

 

「君が雪乃を好きだと言うのは紛れも無い事実。そして、雪乃の幸福を祈り、自分は相応しくないと思っているのもまた事実。ここで、だ。優先すべきはどちらなのだろうな」

「そりゃ、雪ノ下の幸せを願う気持ちじゃないんですかね......」

「それは、雪乃の気持ちを考えてのことか?」

 

何も、言い返せなかった。

その答えを、俺は今日ディスティニーランドで聞いてきたから。

 

「やはり、陽乃に聞いていた通り、君は面白い男だな。君なら雪乃を任せられる」

「あの、今更こんな事を聞くのもなんなんですが、俺みたいな男で良いんですか?もっと、こう、お見合い的なのをして雪ノ下に見合うだけの男を見繕ったりするもんなんじゃ?」

「それは最終手段だよ。雪乃が自分で相手を見つけられなかったら、僕達が用意した相手と見合いをして貰っていたかもしれない、でも、一番大切なのは雪乃の意思だ。

その辺り、雪乃や陽乃と僕達の間では認識の齟齬が出てしまっていたようだが」

 

そう言って後悔するように苦笑する雪ノ下のお父さん。

きっとこの人達は親として、娘の二人の幸せを一番に考えてきたんだろう。ただ、その示し方が不器用だったから、二人には誤解を与えてしまった。

思えば随分と単純な話で、だからこそ当事者達は気付かない。気付けない。そしてその誤解がとけた、いや、俺風に言うのなら、誤解された時点で解は出ている。だから、問い直したのだろう。雪ノ下家の、家族としての在り方を。

 

「比企谷君。重ねて言うが、雪乃を頼んだ。どうかあの子を支えてやってくれ」

「......はい」

 

 

 

 

雪ノ下の実家を出る頃には、もう日が暮れていた。晩御飯もどうかと言われたのだが流石にそれは遠慮させて貰った。

俺の精神がもう持たない。すぐ近くに陽乃さんがいるだけでもアレなのに、実は雪ノ下のお父さんも陽乃さん並みの愉快犯だったようで、あの後雪ノ下とのあれやこれやを根掘り葉掘り聞かれた。

流石に超強化版雪ノ下陽乃だぜ。

 

「お前は実家に残らなくて良かったのか?」

 

帰り道の公園で、隣を歩く雪ノ下に尋ねる。

最早手を繋ぐのは当たり前になってしまった。

 

「お盆には帰るもの。だから今日実家に泊まったところであまり意味は無いわ。話すべき事は、全部話したから」

 

憑き物が落ちたようなスッキリした笑顔だった。

家族との問題は解決した。事故の件も決着が付いた。

今、雪ノ下雪乃を縛るものは何も無いのだろう。

 

「それに、まだ貴方の話を聞く途中だったでしょう?」

 

言われて、ディスティニーランドで中断していた話かと思い至る。

雪ノ下家にお呼ばれと言う、俺の人生でもトップ3に入るであろうビックイベントがあった直後だが、そう言えば雪ノ下に告白しようとしてたんだよな俺。

 

あれだけ覚悟を決めていたと言うのに、いざ言うぞとなれば緊張がヤバイ。

正直雪ノ下家でぱぱのんままのんとご対面した時よりも緊張している。

落ち着け比企谷八幡。お前も男だろう。なら、こんな所でヘタれていられない。

 

「比企谷君」

 

優しい音色が耳に響く。

ハッとして隣を見ると、月の光に照らされた雪ノ下の笑顔がそこにあった。

 

「貴方の気持ちを、貴方の口から聞かせて?」

 

歩みは止めず、繋いだ手の温もりを確かめるように、少しだけ強くギュッと握る。

空を仰ぎ見て、特に意味もなく夏の大三角を探してから、一つ大きく深呼吸した。

 

「......好きだ」

 

思っていたよりもすんなりとそれが出たことに自分自身でも驚きながら、続く言葉を紡ぐ。

 

「ただ、何時迄もお前と一緒にいたい。色んなものをお前と共有して、一緒に笑い合いたい。これから、ずっと......」

 

あぁ、やっぱり言葉は不自由だ。

俺の気持ちの全てを込めることは出来ても、形には出来ない。

伝わっただろうか。知ってくれただろうか。分かってくれただろうか。

 

何も言わない雪ノ下。

心が不安を生み出すが、次の瞬間にグイッと繋いでいる手を引かれた。

自然、前のめりになってしまう俺の体を、そのまま雪ノ下が抱き止め、繋がれた手を離し、代わりに両腕でガッシリと俺の体をホールドしてから、唇同士を触れ合わせてきた。

 

「ん......」

「ッ...⁉︎」

 

それは数秒にも満たない短い口付け。

でも、唇と唇が離れた後も、雪ノ下は俺の体を抱いて離れない。

 

「私も、貴方の事が大好きよ、比企谷君」

 

愛おしさが込み上げ、雪ノ下の華奢な体を抱き締める。

少し力を入れて仕舞えば壊れてしまいそうな小さな体。その全身でもって、雪ノ下はその想いを伝えてくれた。

 

「だから、私を離さないでね」

「ああ」

 

誓いの証とするように、もう一度唇を重ねた。


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