恋する八幡は切なくて   作:れーるがん

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第16話

夢の国ディスティニーランド。

俺と雪ノ下は今まさしくそこに足を踏み入れてるわけだが。

 

「暑い......」

「分かりきっている事実を一々口に出さないでくれるかしら。余計に暑く感じてしまうじゃない......」

 

真夏、八月の真昼間だ。太陽サンサン。

コンクリートの地面はその熱をこれでもかと言うほど吸い取り、夏休みなのをいいことに県外からも家族連れなどがやって来ているため人口密度も高い。

体感温度は実際のそれよりも高く感じられる。

 

「比企谷君、取り敢えずパンさんと写真を撮ってもらいましょう」

「えぇ......この年になって着ぐるみと写真って」

「着ぐるみでは無いわ。パンさんよ」

「アッハイ」

 

入場してから直ぐにパンさんと写真を撮ることに。

どうも写真一つ撮るのにも順番待ちしなければいけないらしく、五分くらいまってからようやく俺たちの番が回って来た。

 

「お兄さんの方、もう少し寄ってもらって良いですか?あ、はい良い感じです。では撮りますねー」

 

普通こう言う時、メインであるパンさんが真ん中であるべきだと思うのだが、何故かそこに陣取ったのは雪ノ下。

もう凄い幸せそうな笑顔を浮かべてらっしゃる。それこそ、あの時モールで見せたものよりも幸せそうな。

ハイチーズ、と言う掛け声と共にパシャリと雪ノ下のスマホが鳴る。

続けてもう二枚撮影、雪ノ下本人が写真の確認して写真撮影は終了だ。

どうやら納得のいく写真だったらしく、満足そうに微笑んでいる。

素直になれ、とは言ったが表情がここまで素直になるとは思わなんだ。

 

「では比企谷君。なにから乗りたいかしら?」

「雪ノ下の行きたいところでいいぞ。小町に連れ回される事が良くあったから、基本どこでも楽しめる」

「今日は貴方の誕生日なのだから、貴方の行きたいところでいいのよ?」

「いや、特にこれと言った希望はないからさ。だったら俺よりもここに来慣れてる雪ノ下の案内で回った方がいいだろ?」

「そう......。ならお言葉に甘えるわ。早速行きましょう」

 

自然に俺の手を取って、心底楽しそうに笑う雪ノ下。

その手に引かれるがまま、俺は夢の国を闊歩する。

手を繋ぐことにもう何のためらいも無くなってきてる辺り、色んな感覚が麻痺してるように思うが突っ込んだら負けだ。

腕を抱かれないだけマシだと思え。

 

ただ、何と言うか。

ヤバイな。なにがヤバイって周囲の視線がヤバイ。

彼女連れだろうが家族連れだろうが御構い無しに周りの男どもの視線を一身に集める雪ノ下雪乃。

なんか別世界の住人みたい。

可愛いでしょ、こいつ俺の朝飯毎日作ってるんすよ。

心の中でそんな自慢をしつつ、そんな雪ノ下相手に今日告白するんだよなぁ、と何処か他人事のように考えてしまう。

 

「ついたわ。さぁ並びましょうか」

 

辿り着いたそこは『パンさんのバンブーファイト』

いや、うん。知ってた。八幡知ってたよ。まず最初にどこに行くかって問われたらまぁここだよね。ゆきのんパンさんのこと大好きだもんね。

 

「何か不満でも?」

「いや、んなことねぇよ」

 

俺だってパンさんは嫌いなわけじゃない。

こいつがパンさんを好きなのを知ってから、テレビや雑誌などのメディアで見かける時は気になるようになったのも事実だ。

ただ、この後バンブーファイトに何回載せられるのかを考えて気が遠くなっていただけ。

でも雪ノ下の行きたいところでいいと言ったのだから、それも甘んじて享受しようではないか。

 

 

 

 

結論から言うと、四回乗った。

それなりに長蛇の列が出来ていたので、一回並ぶのに待ち時間が一時間掛かるかどうかと言うところ。その待ち時間の間に暑さにやられた雪ノ下がグッタリとしてバンブーファイトの世界へ飛び込み、終わって出てきた頃にはホクホク顔で疲れを吹き飛ばし、そしてもう一度並ぶ。

繰り返すこと四回。

流石に体力の限界が来たのか、16時となった現在、涼しい風が吹いて来たので木陰で休ませている。

 

「ほら、飲み物買って来たぞ」

「ごめんなさい。つい夢中になってしまって......」

「気にすんな。お前の行きたい所で良いって言ったのは俺だしな。それに、バンブーファイトもそれなりに楽しいし」

 

正確には慣れた、と言うべきなのだろうが。

 

しかし、この場所で休憩していると、思い出す事がある。

確かこいつは絶叫系が苦手だったはずだが、あれに乗りたいと言ったら許可してくれるだろうか。

まぁダメでもともと、言うだけ言ってみるか。

 

「なぁ雪ノ下。次はあれ乗らないか?」

「あれ?」

 

俺が指差した先にあったのは、高2の冬に二人で乗った『スプラッシュマウンテン』だった。

 

 

 

 

 

「本当、あの時以来だな」

「そうね......」

 

俺と雪ノ下を乗せたコースターはゆっくりと水の上を進む。

あの時と同様、雪ノ下は既に安全バーを握っていた。

 

「だから、まだそれ掴んでなくていいって」

「......知ってるわよ」

 

バツが悪そうにプイっと顔を逸らして、安全バーから手を離す彼女を見て思わず苦笑する。

 

「確か、陽乃さんによく虐められたって話をしてたんだっけか」

「よく覚えてるわね。呆れるのを通り越して気持ち悪いわ」

「そこは感心してくれよ。つーか、流石に忘れられねぇよ......」

 

最後はボソリと聞こえない程度の呟きだったのだが、どうやら雪ノ下の耳にはバッチリ届いていたらしく、その頬を朱に染める。

ちょっと、そんな表情されたらこっちまで恥ずかしくなるだろうが。

 

「じゃあ、あれも覚えてるのよね......」

「......まぁ、一応な」

 

いつか、助けてくれと言われた。

あの時は答えられなかったが、今ならなんの迷いもなく、躊躇いもなく答えられる。

 

「なぁ雪ノ下、俺はいつでも力になるから。

俺なんかに何ができるかはわかんねぇけど、やれる事はやってやる。だから、何かあったら言えよ」

 

余りに恥ずかしいセリフだったので彼女の顔を見て言えなかったのだが、残念な事にこれが精一杯だ。

でも、言っておかなければならないと思った。伝えなければならないと思った。

この場所だから、と言うのもあるだろうが、それでも俺がそう思っているのは間違いようのない事実だ。

 

一瞬驚いたような顔を見せた彼女は、その後クスリと笑ってみせた。

 

「そこは、何でもやってやる、くらいの心意気を見せたらどうかしら?」

「ばっかお前。俺は出来ないことは口に出さない主義なんだよ」

「貴方らしいわね。でも、ありがとう」

 

コースターがトンネルを抜け外に出る。

落下までもう幾許の時間もない。

 

「今日は、素直にならないとダメなのよね」

 

そんなタイミングで雪ノ下は呟いた。

 

「ねぇ比企谷君」

 

あの日のように俺の服の袖を掴んで、俺の目を見て、雪ノ下はその本心を口にした。

 

「私、貴方の事が---」

 

コースターは真っ逆さまに落ちていく。

続く二文字の言葉を、俺の耳は確かに捉えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「......どうすっかなぁ」

 

さっきと同じ場所に雪ノ下を待たせて、俺は飲み物を買いに来ていた。

スプラッシュマウンテンから降りた俺たちは何とも言えぬ雰囲気に包まれ、居たたまれなくなった俺が逃げるようにして、飲み物を買ってくるからと提案したのだ。

 

まさか、こっちから告げる前に向こうから告げられるとは思いもしなかった。

てか、前の時もそうだったが、あのタイミングでそんな大事なことを言うのは少しセコイ。

俺の返事などとうに決まってるのだが、何と言うか、あれだけ一大決心したのにこんな結末は流石にどうだろうと思わない事もない。

あと雪ノ下とマトモに顔を合わせられる気がしない。

それは向こうもそうだろうか。

 

「腹、括るしかねぇか」

 

買った飲み物を両手に持って雪ノ下の元に戻る。前回と同じくパンさんの柄が入ったコップだ。

 

 

 

「雪ノ下」

 

ベンチに座っていた彼女の名前を呼ぶと、ビクリ、と肩が震えた。そう言うところでも猫リスペクトですか流石ですね。

 

「ほらよ」

「ありがとう」

 

右手に持っていたコップを手渡し、雪ノ下の隣に腰掛ける。

さて、ここからだ。無駄に飾るものなんて必要ない。ただ、俺の気持ちを、俺の言葉でこいつに伝える。それだけだ。

 

「雪ノ下」

「比企谷」

 

ハモった。

まさかのこのタイミングでハモってしまった。

ああああああああ!なんか無駄に恥ずかしい!

雪ノ下さんもちょっと恥ずかしそうに頬を赤らめて視線を逸らしたと思ったらチラチラとこっちを見るなよ可愛いだろうがオイ!

 

「そ、そちらからどうぞ」

「あ、ああ」

 

不測の事態が起こってしまったが、やる事は変わらない。そして雪ノ下からも呼びかけてきたと言う事は、俺と同じ件について、だと思うし。

さぁ言うぞ、と深呼吸を一つした。

その時。

 

ピリリ、ピリリ、ピリリ

 

「ご、ごめんなさい。電話みたい。出ても、いいかしら?」

「お、おう。別に全然構わんぞ」

 

これはあれか。

何か俺には思いも寄らない程の大きな意思が俺に告白させまいと動いているのか。

もーなんなんだよーもー。マジで俺の決意返せよー。

 

先ほどから地味にバックバックと煩い心臓を落ち着かせる為にもう何度か深呼吸をしていると、隣の雪ノ下の声が聞こえてくる。

 

「え、今から⁉︎...そんな勝手な.........そう、母さんが彼に......いえ、まだよ。と言うか、まさしくってタイミングで姉さんが...!はぁ、まぁいいわ。今からそっちに行けばいいのね?ではまた後で」

 

雪ノ下の言葉から察するに相当メンドくさそうな事をこれから言われそうでならない。

て言うか雪ノ下も凄いメンドくさそうな顔してるし。

恐らく電話相手は陽乃さんだろう。

そして陽乃さんは、今日俺たちが二人で過ごしてるのを知っている。知っていて電話を掛けてきたと言う事は、また何か面倒ごとに巻き込まれる。Q.E.D 証明終了。

 

はぁ、とコメカミを抑えた雪ノ下がこちらに向き直る。

 

「雪ノ下さんからか?」

「えぇ、良く分かったわね」

「お前がそんな表情すんのはあの人相手の時くらいだからな。で、なんだって?どうせまた厄介なのをお前に押し付けて、俺はそれの巻き添えだろ?」

「その、今から私の実家に貴方を連れて来いって......」

「は?」

 

どうやら、俺の告白を止めている大きな意思とやらの正体は雪ノ下家らしい。

 

 

 

 


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