パァン!
と言う、爽快な破裂音で目が覚めた。
最近何処かで似たような音を聞いたことをあるなと、呑気にも冷静に記憶を辿れば、雪ノ下と一緒にやったバイオでハザードなゲームでの銃声に酷似していた。
つまり、俺の家で、今、撃鉄が起こされたと言う事か?
そんなわけあるかですはい。
その大きな音によってバッチリと覚めてしまった目を枕元にいやがる犯人に向けると
「お誕生日おめでとう比企谷君」
クラッカーを手に持ち、三角帽子に鼻眼鏡とか言うふざけた格好の雪ノ下雪乃が視界に飛び込んで来た。
え、なにこれ。俺はそれを見てどう言う反応をすればいいの?
突っ込めばいいのか?それとも何事もなかったかのように祝いの言葉に対する例を述べればいいのか?
悲しいことにこう言う時の対処法は義務教育で教えてくれない。
「お、おう。ありがとう雪ノ下...」
果たして俺の選んだ選択は後者だった。
なんにしてもお礼は大切だ。挨拶と同じくらい大切だ。
それを怠るのはスゴイ=シツレイになる。ニンジャスレイヤーならぬヒキガヤスレイヤーに目をつけられるからな。
因みに現在のヒキガヤスレイヤーは陽乃さん、雪ノ下、平塚先生と豊富な人材を取り揃えている。ヒキガヤスレイヤーって言うか比企谷絶対殺す包囲網とかそんな感じである。
あの雪ノ下の鼻眼鏡とか言うふざけた現実から逃避していたが、いつまでもそうはしていられない。
流石に完全にスルーを決め込むと言うわけにもいかないだろう。
いやまぁ、スルーし続けてたらいつまで鼻眼鏡つけたまんまでいるのかとかは気にならない事もないけど。
「んで、何その格好?」
ぬ、顔をそらしよったぞこやつ。
どうやら客観的に見て自分がかなり滑稽な格好をしていると言うのは気付いているらしい。羞恥からか、頬が若干赤らんでいる。
「姉さんに渡されたのよ」
「陽乃さんに?」
ここで気付かれないようにスマホの消音カメラを起動、パシャリと一枚。後で由比ヶ浜に送ってやろう。
「比企谷君に楽しんで貰いたいならこれを付ければいいって...」
はぁ、とこめかみの辺りを抑える。
そうは言いつつ中々外さないんですねそれ。
もしかして呪いのアイテムとか?一度付けたら外せない系のやつ?
でも陽乃さんが渡したものなら、呪いを解くためには愛する人とのキスが必要です!とか普通になりそうで怖い。その発想に至ってしまう俺の脳味噌も怖い。
「それ、ハズさねぇの?」
「......」
無言で外した。
「さて比企谷君」
え、なかった事にするの?
凄いなこいつ。よくもまぁヌケヌケと先程までの醜態を無視できるもんだ。でも後から後悔で死にたくなるんだろうなぁ......。
「今日は貴方の誕生日です」
「......おう」
「だから私は、今日一日貴方に奉仕しようと思います」
「おう......おう?」
ぜかまし見たいな受け答えになってしまったがご容赦願いたい。
今こいつなんつった?
「今お前なんつった?」
「もう一度言うからその腐った耳をかっぽじってよく聞きなさい」
「ちょっと、女の子がそんな言葉遣い行けません」
「うざっ......」
心底クズを見るような目で見られた。
おぉう、久し振りだなその視線。
「話を戻すわね。今日一日、私は貴方に奉仕するわ。貴方の望む事で、私の叶えられるものならなんでも聞いてあげる」
「なん...でも...⁉︎」
なんでもと言うのはつまりナンデモという事ですよね?
「話を聞いていたかしら?私の叶えられる範囲なら、よ」
「お、おう。分かってる分かってる。そうだよな、さしもの雪ノ下といえど出来ない事だってあるもんな」
「聞き捨てならないわね比企谷君。貴方の望み程度、私が叶えられないとでも?いいわ、その安い挑発に乗ってあげる。なんでも言いなさい。どのような無理難題でも叶えてあげるわ」
「えぇ...」
別に挑発したつもりは無いんだが......
いつかと似たようなこのやり取りに懐かしさを覚えつつ、それを彼女も望んでいるのなら、と思考を切り替え、俺の波乱の誕生日が始まった。
今日は八月八日。
みんなのヒッキーこと比企谷八幡の誕生日である。
みんなのヒッキーってなんだよ。枕元で引き篭もりになる呪いの呪文とか唱えそう。
さて、先月の話だ。
夏休みが始まってそれほど経たない頃に、俺と雪ノ下の関係は半歩ほど前進した。
お礼と言う大義名分を使って、雪ノ下は俺に踏み込んで来た。
当時こそ、夜眠れなくなったり、翌日気まずかったりしたが、それと同時に俺に一つ覚悟を決めさせるものでもあった。
俺の誕生日の日。即ち今日この日に、俺は告白しようと。
そもそも誕生日を雪ノ下が祝ってくれると言うのが自意識過剰だろ、と昔の俺なら考えたかもしれないが、嬉しい事にその雪ノ下本人に宣言されていたのだ。
『今年の貴方の誕生日は今までに類を見ない程のものにしてあげる。あ、ごめんなさい。どんな内容にしたとしても今年が一番になるに決まってるわよね...』
後ろに要らぬ罵倒も付いて来たりしたが、まぁそれは事実だしいつもの事だ。
ナンバーワンよりオンリーワンとか吐かす奴もいるが、ナンバーワンでオンリーワンな俺の誕生日はつまり最強という事になるな。ならないか。
とまぁ、そんなやり取りがあって、俺の誕生日に雪ノ下と二人で過ごすのは決定事項となっていた。
因みに昨日、由比ヶ浜主催の元盛大に俺の誕生日パーティが開かれた。余りにも盛大過ぎて泣きそうになったのを陽乃さんにからかわれたりしたが。つかあの人なんで居たの。誰が呼んだの。しかも飯食って平塚先生と酒飲んで騒ぐだけ騒いで帰っていったし...あの人だけプレゼントくれなかったし......
そんな言い方をするとプレゼントを強請ってるようにも聞こえるが、逆にあの人からのプレゼントとかなんか変なもの押し付けられそうで怖いんだよなぁ......
閑話休題
何故思い立ったが吉日と行かず、誕生日までズルズルと過ごして来たのかと言うと、これには正当な理由があるのだ。
心の準備とか色々やることがあった。
別にヘタれて居たわけでは断じてない。いや、ちょっとくらいはヘタれてたかもしれないけど。
まぁ、決意を固めた日から今日まで、色々と考えたわけですよ。
どんな場所で告げようか、言葉はどうするか。ロマンチックな場所でロマンチックな愛の言葉でも囁けたら良いのだが、それは俺のキャラでは無いし。て言うか無理。そんな事したら後日恥ずかしさで死ねる。
だから場所も言葉も二の次だ。大切なのは伝えること。
言葉というのは酷く不便だから。それ一つで全てが伝わる事はない。でも、それでも伝えるための努力はしなければ何も始まらない。
この通り、絶対に今日告白すると俺は強い意志で決意したわけだが、そう焦る事はない。
まずは雪ノ下のおもてなしを堪能しようではないか。
「さぁ比企谷君。私になんでも言ってちょうだい。それがなんであれ全力で叶えてあげるわ」
雪ノ下もこう言ってくれてるのだし、早速一つ目のお願いをしてみようではないか。
「今日一日素直でいる事、ってのはどうだ?」
「......普段から私が素直じゃない、みたいな言い方ね」
「その辺は胸に手を当てて考えるんだな」
手を当てるほどありませんでしたね。
と言いかけて辞める。
俺の誕生日を血で染めるわけにはいかないのだ。
「そうね......。分かったわ。私は今日に限って貴方に素直に接してあげる。感謝なさい?」
「へいへい、ありがたき幸せー」
「それで、他には?」
「他って言われてもな......」
特にこれと言って思いつかない。
常日頃から雪ノ下には色々としてもらってるからか、いざそう言われても中々困るもんだ。
「そういや先月のあれはいいのか?ほら、シミュレーションしてたんだろ?」
「貴方に見られた時点で計画は全て破棄よ。それに貴方も、別の男と私がデートじみた事をしていたのをなぞる、と言うのも嫌でしょう?
でもそうね...。折角だから外に出ましょう。貴方、ディスティニーの年パスは持ってたわね?」
「え、なに、ランド行くの?それってお前が行きたいだけじゃ」
「そうと決まれば早速準備なさい。40秒だけ待ってあげるわ」
「話聞いて?」
と、言うわけで、ディスティニーに行く事に決まりましたとさ。
今日は俺の願い聞いてくれるんじゃなかったのかよ。