恋する八幡は切なくて   作:れーるがん

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第12話

雪ノ下の家から逃げるようにして出てきたその日の夜。

 

「なんであんな事して来たかなぁ......」

 

いや、別に後悔しているわけではない。と言うかあの状況で良くやった方だと思う。

ある意味では念願叶って、と言っても過言では無いだろう。

雪ノ下に俺の連絡先を教える事が出来た。

しかし、俺の連絡先を教えただけである。俺は未だに雪ノ下の連絡先を知らない。

 

「あいつが連絡して来なかったら意味ねえってのにな...」

 

久し振りに一人で食べる晩飯。その寂しさが余計に後悔を加速させていた。

この家ってこんな広かったっけか、あいつはちゃんと晩飯食って薬飲んでるんだろうか、つーか雪ノ下が晩飯作りに来てくれてなかったら、今みたいにコンビニ弁当ばかりの生活になってたんだろうか。

考える事全てに雪ノ下が関係していて自分でもどうかと思う。

 

ふと、携帯が着信を知らせた。

表示されているのは知らない番号だ。

まさかと思い、勢いよく電話に出る。

 

「もしもし」

『我だ』

 

速攻で切った。

耳に届くのはツーツー、と言う無慈悲な音。

そう言えば材木座のやつが電話変えたとか言ってた気がしないでもない。でもなんでこのタイミングで掛けてくるかなー。本当空気読めない奴だな。

一応同級生のよしみで登録だけはしておいてやろうか、とササっとスマホを操作して電話帳の材木座の所に新しい番号を登録する。

んでLINEに登録したから一々電話かけてくんなと送り、これでOKだ。

もう用はないとばかりに携帯をテーブルの上に置こうとすると、またもや着信を知らせるべくスマホが震える。

そしてまた知らない番号。

先程のようにぬか喜びを食らいたくないので、比較的落ち込んだテンションで電話に出る。

 

「もしもし」

『その憂鬱そうな声は比企谷君ね。良かった、間違ってなかったみたい』

 

もう随分と聞き慣れてしまった、透き通るようなソプラノ。

それを聞いただけで落ち込んでいたテンションが一気に上がるのを自覚する。

 

「一言目からそれってどうなんだよ。つーかまずは名乗る所からなんじゃないですかね。俺はお前の番号知らないんだよ?」

『名乗る必要があったかしら?あなたのその腐った耳でも私の声は直ぐに分かるでしょう?』

 

二年以上ずっと聞き続けているのだから、とどこか自慢気に話す電話の相手こと雪ノ下。

そしてそれを否定出来ない俺。

確かに、こいつの声ならどんな状況でも聞き取れるかもしれない。

なにそれストーカーかよ。

 

「で、何の用だ?もう熱は下がったのかよ」

『ええ、お陰様で平熱まで下がったわ。所で、お昼は一体どうしたのかしら?唐突に帰るなんて言われて困っていたのだけれど。もしかして、何か至らない点でもあった?』

 

そう言えば昼間は帰るとだけ言い残して雪ノ下のマンションを出たのだったか。

しかし、その理由を詳らかにするのは出来ない。そうしてしまうと言うのはつまり自分の思いを打ち明けねばならないのだから。

 

「急用が出来ただけだ。お前が気にする程の事でもない」

『ならいいのだけれど......。それより、今日はちゃんとご飯食べた?私がいないからって適当に済ませたんじゃないでしょうね』

「お前は俺の母ちゃんか」

『どうせコンビニ弁当で済ませたんでしょう?』

「うっ...」

 

電話の向こうから呆れたようなため息が聞こえてくる。

なんでコンビニ弁当って分かっちゃうかなぁ。そんな一発で当てられたら言葉に詰まっちゃうだろうが。

 

『あなた、私がご飯作りに行ってなかったらコンビニ弁当ばかりの毎日になってそうね』

「奇遇だな。俺もさっき同じ事考えてた」

『比企谷君と同じ考えに至ってしまうなんて屈辱だわ』

 

酷い言い草だ。

だと言うのに、口元は自然と笑みを形作ってしまう。

電話越しに声を聞けただけだと言うのに、本当単純な思考回路だ。

だが、その単純さが何故か愛おしくも感じる。

 

「今日は大事をとってもう寝とけ。これでぶり返したなんて言われても困るからな」

『あなたこそ、ちゃんと予防はしておきなさいよ。私の風邪が移った、なんて言われたらそれこそ困るわ』

「その時は看病してくれるんだろ?」

『勿論するけれど......』

 

そうか、してくれるのか......。

なら風邪を引いてみるのも一興、なんて思ったりもしてみたが、普通に考えて風邪なんて引きたくないので遠慮しておこう。

 

『あ、あと、それと』

「なんだ?」

『その、今日は、ありがとう......』

 

消え入るようにか細い声だったが、俺の耳はなんとかその言葉を捉えてくれた。

 

「......中途半端に帰っちまったんだから礼なんていらねぇよ。それに俺が勝手にやっただけだって言っただろ」

『それでも、よ。その、来てくれて、嬉しかったから』

「......」

『で、ではまた明日ね』

「あ、ああ。また明日」

 

それを最後にプツリと電話は切れた。

ちょっとー、あの子だぁれ?なんで電話越しだとあんなにデレるの?あれか、風邪引いてたらさしもの雪ノ下でも心細くなっちゃってたのか。

 

「また明日、か」

 

高2の文化祭の頃だったか。

あの頃から毎日の別れの挨拶はその言葉だった。

今まで特に意識していたわけではないが、明日、また会えると言うのは存外に幸福な事なのかもしれない。

 

「明日土曜日なんだけどな」

 

それもいつもの事か、と諦めつつ、明日を楽しみにしている自分がどこかにいた。

 

 


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