恋する八幡は切なくて   作:れーるがん

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第11話

手に持つお盆の上にはたまご粥をよそった茶碗と、この家に置いてあった風邪薬が乗っている。

そして目の前には決戦場への扉が。

 

現在時刻12時半。

幾ら俺の料理スキルが小学六年生並みとはいえ、たまご粥くらいは記憶にあるレシピを辿れば直ぐに完成した。

そして雪ノ下には飯が出来るまで寝ていろと言ってある。

このまま、もう少し寝かせて置いた方がいいのではなかろうか。確かに飯を食って薬を飲ませることも大事だが、寝ている病人を起こすのは忍びない。

さらに言えば俺は雪ノ下本人にこの部屋への立ち入りを許可されていないし。いや、入るなとも言われていないのだが、女子の部屋に許可なく立ち入るのは如何なものか。

 

と、下らない言い訳じみた言葉を並べてはみたものの、結局の所俺が雪ノ下の部屋に入る度胸が無いだけだ。

なんだか、雪ノ下雪乃の部屋と言うだけでそこには酷く甘美な響きが感じられる。と言うか緊張が止まらない。

この思春期男子のような考えに自分自身でも辟易しながらも、それも仕方ない事だと納得してしまう。

思春期に少年から大人に変わる、と歌ったのはどんな曲だったか。

残念なことに、俺は未だ道を探してる途中であるし、汚れだらけなのであの歌詞には当て嵌まらない。

 

さて、そうは言ってもこの先に足を踏み入れなければ何も変わらないのと同然だ。

病人は飯食って薬飲んで寝るのが仕事であり、雪ノ下はその職務の一部しか全うしていないのだから、残り二つの仕事もしてもらわなければ。

 

「雪ノ下、入るぞ?」

 

ノックをして声をかけて見る。

が、返事はない。まだ寝ているのだろうか?

しかしこのままここで立往生という訳にも行かないので、腹を括って部屋に入るしかないか。

 

意を決して扉を開いたその先、俺の視界に入ってきた光景は、信じられないものだった。

 

「にゃーにゃー、ふふ、今日は大量ね。あ、この猫比企谷君に似てる」

 

スマホを片手ににゃーにゃー言ってねこを集めてる雪ノ下雪乃がそこにいた。

 

「......雪ノ下」

「ひ、ひきぎゃにゃくん⁉︎」

 

ひきぎゃにゃって誰だよ可愛いなおい。

いや、それは置いておくとしてだ。

 

「はぁ、お前熱出てんのに何してんだよ......」

「ち、違うのよ。私の猫ちゃん達が会いたいって言うから仕方なくスマホを開いてしまっただけなの。別にずっとやっていたわけじゃ無いわ。さっき、さっき手を出しただけなの。だから猫達に非はないわ私が全部悪いの」

「落ち着け落ち着け。猫のせいにしたいのかしたくないのかどっちなんだよ」

 

熱のせいで思考がうまく回らないのかな?

しかし赤面しながらアタフタする雪ノ下、アリですねはい。

 

「ほれ、お粥作ってきたから。あと薬も持ってきた。飯食って薬飲んでまた寝てろ。猫は熱が引くまで集めるの禁止だ」

 

雪ノ下の手の中のスマホをヒョイと取り上げて部屋の机に置く。

すっごい睨まれてたが、残念ながら病人の視線なんぞ怖いわけもなく。

これが常の雪ノ下だったら俺はその視線だけで土下座へと移行していた。と言うかスマホ取り上げようとして空気投げされてるかもしれない。んー、実にバイオレンス。

 

しかし、意外だよな。

自分にも他人にも常に等しくストイックな雪ノ下雪乃が、欲望に負けて猫を集めるなんて。

これが、この前平塚先生の言っていた「ふっきれた」と言うことなのだろうか。

個人的にも今の雪ノ下の方が罵倒の頻度とかレベルとかが下がってるのでありがたくはあるのだが、それでも極々僅かな違和感は拭えないものだ。

 

「ん、これ美味しいわね」

「ただのたまご粥だぞ......」

 

その表情から嘘を言っているようには見えない。本当に美味しいと感じてくれてるのだろう。

それがどこかこっぱずかしくて、不躾にも視線を部屋の中に彷徨わせる。

あちこちに置かれているパンさんグッズや猫グッズ。一体それらを買うための金はどこから来てるんだろうなんて考えながら、視線を雪ノ下の方に戻すと、それ(・・)を見つけてしまった。

瞬間、体が硬直する。

まるでメデューサにでも見つめられているのかと思うくらいに。

雪ノ下のベッドの上にそれがある事が、それほどでに驚愕すべき出来事だったのだ。

 

「雪ノ下、紙とペン借りるぞ」

「え、ええ。構わないけれど。どうかしたの?」

「これ、俺の電話番号。もう帰るから、なんかあったらここに電話してこい。じゃあな」

 

それだけ言って部屋を出て、帰り支度をしてからマンションを出る。

申し訳ないが洗い物とかは任せてしまおう。

今あのままあそこに居たらどうにかなってしまいそうだ。

 

「......いつまで同じ人形抱き枕にしてんだよ」

 

もう既にボロボロになりかけているいつかのパンさん人形を思い浮かべて、一人ごちた。


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