恋する八幡は切なくて   作:れーるがん

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第10話

俺史上最高級に波乱のゴールデンウィークから1ヶ月が経過した。

あの旅行で色々と気持ち的に整理がついたりしたが、それが明けてしまえばいつも通り学校である。

 

現在は6月、梅雨の季節だ。一昨日から降り続いている雨は未だに止まない。

もう雨が降ってるって時点で大学まで行く気が失せるのだが、その程度の理由で自主休講させてもらえる程彼女は甘くはない。一昨日も昨日も布団から文字通り蹴起こされた。

流石に今日も同じ過ちを繰り返す俺ではなく、いつも雪ノ下が来ているであろう時間よりも早く起き、顔を洗ったり着替えたりしていたのだが、彼女は一向に現れる様子がない。

 

「遅いな......」

 

既に雪ノ下にいつも起こされている時間は過ぎている。

何かあったのでは、と心配になるがそれを確かめる術が俺にはない。

何故なら、何を隠そう俺は雪ノ下の連絡先を未だに知らないからだ!

 

 

...............いや、マジで。

 

 

あれだけ手を繋いだり、一緒に旅行に行ったり、毎日飯作ってもらったりしておきながら、俺は彼女のメアドはおろか電話番号すら知らない。

いや、俺にも言い分はあるんだ。

高校時代、二度の友達申請を断られ、卒業式の日には大学の入学式に誘うので頭が一杯になり、実際今の生活をしていて雪ノ下の連絡先を知らなくても何も弊害がなかった。

だから完全に聞くのを忘れていた。

手繋いだり旅行行ったりで満足してたのも否定出来ない。

 

しかしいつもなら既に飯を食ってる頃合いだ。

本当に何かあったんじゃないだろうか?

家の都合か、事故か、他にも考えられることはいくつかある。

だが聞いた限りだと最近はそこまで実家との折り合いも悪くないようだし、雪ノ下の家は俺のアパートの目と鼻の先な上に、この時間は車の通りも殆どないなので事故に遭う要素が無い。

となると、考えられる中で可能性が高いのとしては一つあるが......

 

俺はスマートフォンを操作し、愛しの妹に電話を掛けた。

 

 

 

 

 

『......』

「俺だ。見舞いに来た」

『先ずは名乗るのが先でしょう。その程度の常識も分からないの?それにもう一限が始まってる時間だと思うのだけれど』

 

平素よりも少し低い声色だ。小町に聞いた通りだな。

 

「いいから、さっさと開けろ。風邪引いてんだろ?」

『お見舞いを頼んだ覚えは無いわ』

「俺が勝手にやるだけだ。どうせ貸し借りがどうとか考えてるんだろうが、日頃飯作って貰ってる分、俺もお前に借りがある」

『あれは私が勝手にやっているだけと前に説明したでしょう』

「ならこれも俺が勝手にやるだけだ。そら、こんな所でこんなやり取りいつまでも続ける気か?」

 

返事は無く、その代わりにエントランスへの扉が開かれた。どうやら観念してくれたらしい。

そろそろご近所さんの目線が気になり始めてたのでありがたい事だ。

 

エレベーターで彼女の部屋の階まで上がり、扉の前まで来てから、今更ながらに緊張して来た。

雪ノ下の家に来るのはこれが二度目と言うわけではない。

高3の時に由比ヶ浜達と、クリスマスパーティをこいつの家で開いたのだ。あれ以来ということになるので、半年ぶりくらいか。

しかも2年の文化祭の時や、クリスマスパーティの時とは違い二人きり。

いや、俺は雪ノ下の見舞いに来たんだ。

浮ついた心を沈めさせ、インターホンを鳴らすと、ガチャリと開くドア。

 

開かれた扉の先に居たのは、熱からか頬を若干赤く染め、髪を一つに纏めている部屋着姿の雪ノ下だった。いつもの鋭利な刃物のようなオーラは何処へやら、今の彼女はその名の通り雪のように儚く見えた。

それこそ、2年のあの時よりも。

 

「突っ立ってないで上がってちょうだい」

「あ、ああ。悪い」

 

何も言えずに棒立ちとなって居た俺を見て不思議そうに小首を傾げる雪ノ下。普段の数倍は可愛く見えるじゃねぇかこの野郎。

その雪ノ下に先導されて部屋に通される。

前来た時も思ったんだけど、なんで女の子の部屋ってこんなにいい匂いするのん?

もうその匂いだけで頭がクラっと来るんですけど。

 

「熱は?」

「そこまで高くないわ。貴方の手を借りるほど体調を崩したと言うわけではないもの。だからおかえり頂いて結構よ」

「いいから、何度あった?」

「......九度二分」

 

俺の押しに負けたのか、最終的にバツの悪そうな顔で教えてくれたが......

こりゃ思ってたより高熱だな。

 

「病院行くぞ。付き添ってやる。それと朝飯は食ったか?まだだな、ちょっと待ってろ」

「病院は良いわよ。薬も常備してあるものがあるし、元々季節の変わり目は体調を崩しやすかったもの。それに貴方の料理なんて何が出て来るのかわからなくて食べられたものではないわ」

「おい、確かにお前のものと比べると数億倍は見劣りするだろうが、食べられないレベルじゃねえぞ。取り敢えずお前は部屋に戻って寝とけ。

っと、中途半端な時間だな。今が十時半だから...十二時目処位に飯作ってやる。それまで寝とけ」

 

捲し立てるように口にした俺に、不承不承と言った体で雪ノ下は部屋へと戻っていった。

 

さて、看病の為に色々と準備しますかね。そうでもしないとこのシチュエーションで変な気分になってしまいそうだ。


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