高校を卒業して大学一年の春、四月。
実家を追い出され一人暮らしを強要され、あの頃は謳歌出来なかったゆるゆるぼっちライフを思う存分楽しめると期待していた。
そんな四月。
残念ながらそのような生活は送れそうに無い。
「おはよう比企谷君。ネクタイが曲がってるわよ」
「お、おう......おはよう雪ノ下」
この春から暮らすことになったアパートを出るとそこにはスーツ姿の雪ノ下雪乃が。
咲き誇る桜のような笑顔で俺に一歩近づき曲がっているらしいネクタイを直してくれるって近い近いやめろなんかいい匂いするし照れちゃうだろうが。
高校生の俺は何をトチ狂ったのか国立文系の大学に受験し受かってしまった。
まぁ本音を言って仕舞えば雪ノ下雪乃を追って来たとも言える。
いや、こればかりはしょうがないと言えるだろう。だって好きな奴と同じ大学を受けたいと思うのは今時のリア充どもは誰々がどこの大学に行くから俺もそこ行くわー的な考えなんだろ?
我が恩師に言わせてみれば
『比企谷がそのような理由で大学を決めるととはな。君にとってはいい影響、成長していると言うことなのだろうな』
らしいが、どれだけかつての自分を省みても少し動機が不純すぎやしないかと思う。それで後悔してないのが難しいところではあるんだが。
借りたアパートが雪ノ下の家の目の前だと知った時はらしくもなく欣喜雀躍としとものだが、冷静になってみるとなんかストーカーみたいだし。
「さぁ入学式に行きましょう。早くしないと遅れるわよ」
本当、恋ってのは厄介なものだ。
雪ノ下雪乃を好きになったのはいつだったろうか。
初めてあの部室でその姿を見た時か
文化祭の終わった後、俺のことを知っていると言ってくれた時か
本物が欲しいと願った時か
今となってはいつから好きだとかはそこまで関係ない。問題は、諦めきれないくらいに俺の気持ちが大きくなってしまっていると言うことだ。
同じ大学を受けた時点で後戻りなど出来ないと覚悟はしていた。
していたんだが、となりで部活やらサークルやらの勧誘を受けまくっては涼しい顔してそれを受け流す雪ノ下を見て、改めて雲の上の存在に恋してしまったんだなぁと思ってしまう。
「はぁ...」
「お疲れさん。勧誘凄いな」
体力の少ない雪ノ下があれだけ人にもみくちゃにされては早々にバテてしまうのは自明の理。
入学式も無事に終わってることだし暫くこのベンチで休ませたら今日の所はさっさとこいつを家に送ることにしよう。
「本当、まるで餌を与えられた金魚のように群がってくるのね」
「そりゃお前みたいな見た目完璧な新入生がいたら男どもは寄ってくるってもんだ。
んで、どっか入るのか?」
「貴方はどこか入るの?」
質問してからノータイムで質問で返された。
質問に質問で返すなって習わなかったんですかね。習ってなさそうだなぁ...
「入らんよ。何が楽しくてあんなリア充連中とウェイウェイしなきゃならんのだ」
「そう言うと思ったわ。なら、私もどこにも入らないわね」
「そうか」
「ええそうよ。さぁスーパーに寄ってから帰りましょうか」
「え、俺もお供しなきゃならんの?」
「あら、小町さんに聞いてないのかしら。貴方は放っておくと自炊はしないからと台所は私が任されてるわ」
マジかー。好きな子の、それもとんでも無く料理が上手いと俺の中で定評のある雪ノ下の料理がこれから殆ど毎日食べられるのかー。
ナイスだ小町。今度帰ったら撫でまわしてやろう。
「行くわよ比企谷君。記念すべき初メニューは何がいいかしら?」
「雪ノ下の料理ならなんでもいい」
「それが一番困るのだけれど...」
まぁ、なんにせよ。
比企谷八幡18歳の大学生活はこうして幕を開いたのだった。