FAIRY TAIL 海竜の子   作:エクシード

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「こっちよフィール! こんな所にいたんじゃ巻き添えになるわ!」

 

 そう言うとシャルルはフィールの手を引いて木の陰に隠れ、迫りくる敵を蹂躙するナツ達の様子を見る。

 炎に巻かれた敵が吹き飛んだと思えば、今度は反対側で頭を氷漬けにされた敵が空を舞う。

 互いに憎まれ口を叩きながらも連携して敵を倒していくナツとグレイは襲い掛かってきた部下達のおよそ半数を片付け、焦った部下の一人がナツに銃を向けた。

 

「魔導散弾銃でもくらいやがれ!」

 

 銃口から同時に放たれた散弾はナツの後頭部に直撃。しかし銃弾が直撃したナツは何事もなかったかのように振り返り、銃弾の効かないナツを化け物と叫びながら逃走する部下を殴り飛ばす。

 

「……中々やるようだぜ? ザトー兄さん」

「いっちょやるか。ガトー兄さん」

 

 ここからは本気で相手してやるよと言って肩を回したザトーは、ザトー目掛けて吹き飛ばされてきた部下をまるでハエでも叩くように叩き落とし、指を鳴らすガトーと共にナツ達と対峙した。

 

 

 

 

「ジェラール……」

「この男は亡霊に取り憑かれた亡霊、哀れな理想論者。しかしうぬらにとっては恩人だ」

 

 杖でジェラールの頬をつつき、ブレインはそうだろう? とテューズ達に杖先を向ける。

 膝の上で手を震わせるテューズは立ち上がると、ゆっくりジェラールの元へと歩み寄った。

 

「ダメだよテューズ! こいつはエルザや皆を殺そうとしたんだ! それに評議員を使ってエーテリオンまで落としたんだよ!!」

「ゴミは黙っていろ!」

 

 思惑通りにジェラールを治そうとするテューズを見て不敵な笑みを浮かべていたブレインは、テューズを止めようと説得するハッピーに歯軋りをすると顔を歪ませて杖でハッピーを殴り飛ばす。

 ハッピーの焦りようから、ハッピーの言ったジェラールの悪事は本当なんだと言う事はテューズも何となく分かっていた。

 それでも、頭では分かっていても信じたくなかった。

 

「テューズ……」

 

 殴り飛ばされたハッピーを抱えながら、ウェンディはテューズに心配そうな視線を送る。

 すると痺れを切らしたブレインが早くしろとテューズをジェラールの方へ突き飛ばした。

 突き飛ばされたテューズはずっと俯いていた顔を上げると、ジェラールを見つめて彼と過ごした日々を思い返す。

 ジェラールはテューズの知らない事を沢山知っていて、そんなジェラールの話が大好きだった。

 ジェラールと出会えていなければ、今も一人でリヴァルターニを探していたかもしれない。テューズ・バーラムという人間がここにいるのは他でもないジェラールのお陰だった。

 故にジェラールを治す事を決意する。ジェラールは悪い事をするような人ではないと信じ、何かそうせざるを得ない事情があったのではないかと話を聞くことにした。

 

「言われた通りジェラールは治します。だからそのかわりに、ひとつだけお願いを聞いて欲しいんです」

「ダメだよテューズ! 考え直して!」

「……何だ。言ってみろ」

 

 ウェンディの腕で暴れるハッピーをひと睨みで黙らせると、ブレインはテューズに視線を移す。

 

「ジェラールを治した後、少しだけでいいので話す時間をくれませんか……?」

「話し……か。よかろう、5分間だけ与えてやる」

 

 ブレインが条件を呑んだのを確認するとテューズはジェラールに手を伸ばし、魔力を集中させる。

 テューズが話す時間を求めたのは、ジェラールが悪事を働いたのにはきっと何か理由があると考えているから。

 そして、そう考えているのは涙目でハッピーを抱くウェンディも同じだった。

 

 

 

 

 肩で息をしながらナツとグレイはボロボロになって倒れる裸の包帯男(ネイキッドマミー)達に囲まれて汗を拭う。

 全員雑魚だと高を括っていた二人は予想以上に強かったザトー達を見直すと一度大きく息を吐いて呼吸を正す。

 

「凄いですね、まさか本当にギルド一つ相手にして勝つとは……」

「正しく化け物って感じね」

 

 物陰から様子を見ていたシャルル達が出てくると、呼吸を落ち着かせたナツはザトーの胸倉を掴み六魔将軍のアジトは何処だと問いただした。

 

「言うかバーカ! ぎゃほほっ──ぎゃんっ!?」

 

 ザトーが馬鹿にするように笑い声を上げていると、ナツは鬼の形相で頭突きを喰らわせて意識を奪い、標的をガトーに変える。

 幾ら話しかけても返事のないガトーの胸倉を掴んでガクガクと揺らしていると、片目を開けたガトーはナツの向こう側に手を伸ばす。

 

「客人……後は頼んだ……」

 

 そう言い残すとガトーは首を垂れて気絶し、ナツはガトーが手を伸ばしていた先に視線を移す。

 そこには見覚えのある目の下に刺青を入れた

白髪の男が木の上に立っていた。

 

「よう……燃えカス小僧、いつぞやの時には随分と世話になったなぁ……ハエ共」

「よう、そよ風野郎! 久しぶりだな、元気してっか?」

 

 思いの外フレンドリーに挨拶を返してきたナツにグレイだけでなくエリゴールすらも呆れを隠さず、そんな関係じゃないだろと顳顬を押さえる。

 

「空気読めよ……こいつは呪歌(ララバイ)使って爺さん達を呪殺しようとした張本人だろ!」

「おぉそうだ……オレがいつの間にかぶっ倒したんだっけな……」

 

 呪歌(ララバイ)を巡って妖精の尻尾と争った後、評議員の手を逃れたエリゴールはこうして六魔将軍の傘下ギルドを用心棒として渡り歩いていた。

 そして漸く回ってきた復讐の機会にエリゴールは不敵な笑みを浮かべ、風を操って宙に浮く。

 

「ずっとこの日を待っていた。ハエ共への復讐の時を、死神の復活の時をな!」

「リベンジマッチか、おもしれぇ!」

「燃えてきたぞ!」

 

 拳を合わせて気合を入れたナツはグレイに手を出すなと言うと、跳躍してエリゴールに殴りかかる。

 それに対してエリゴールは風の盾を作り出す事でナツの鉄拳を防ぎ、二人の間で炎と風がせめぎ合う。

 炎に風という相性の悪い相手に心配するシャルル達に、ナツなら大丈夫だと言ってグレイは言われた通り手を出さずに戦いの行方を見守る。

 

「火竜の鉤爪!」

 

 下に炎を放出する事で風の障壁を飛び越えたナツは、驚くエリゴールに蹴りを浴びせて吹き飛ばす。

 自分と同じように以前と比べて腕を上げたナツに称賛を送ると、エリゴールはハッピー達を探す為に勝負を急ぐナツに両手を突き出し指を交差させた。

 

「これで細切れになれ! 翠緑迅(エメラ・バラム)!!」

 

 迫りくる風をグレイの盾に隠れる事でやり過ごしたフィール達は、周りの様子を見て絶句した。

 先ほどまであった筈の木々は薙ぎ倒されて更地になり、地面を抉られて舞った土が雨のようにパラパラと降っている。

 満足のいく威力だったようで、砂煙の立つ地面を空から眺めるエリゴールはお前達に復讐する為にずっと魔力を高める修行をしてきたんだと笑い声を上げた。

 

「下らねぇなぁ……復讐がどうとか、相変わらず小せぇ事やってんじゃねぇぞ、エリゴール」

「なに!?」

「もっとあんだろ……なんかこう、燃えるような理由とかよぉ……!」

 

 炎で砂煙を晴らし、全身に炎を纏ったナツがエリゴールを睨む。下らないと言われて顔を顰めたエリゴールだったが、その後目を瞑ったエリゴールの表情はどこか納得したようなものに変わっていた。

 

「確かに言えてんな……もはや鉄の森も六魔将軍も関係ねぇ! オレは一人の魔導士として、てめぇに勝つ!!」

「上等だ!! かかってこいやぁぁぁ!!」

「おぉぉぉぉぉ!!!」

 

 ナツとエリゴールはお互いに笑みを浮かべながら同時に飛び出し、先に攻撃を仕掛けたのはエリゴールだった。

 全魔力を解放して両腕に集めた風をナツ目掛けて放出し、地面を砕く。

 しかしナツはエリゴールの攻撃を物ともせずに風を突破し、炎を纏わせた拳でエリゴールに連撃を叩き込んだ。

 

「──紅蓮火竜拳!!」

 

 これで止めと最後の一撃を喰らわせるとエリゴールは意識を失い、ナツは華麗に着地を決める。

 もっと手早く終わらせろよとニヤつくグレイにうるさいと返すと、ナツは倒れたエリゴールの方へと歩み寄った。

 

「オイコラ! 三人はどこだ!? 寝てんじゃねぇぞ!!」

 

 左手でエリゴールの胸倉を掴み、右手ではエリゴールの意識を呼び覚まそうと何度も平手打ちを喰らわせるナツ。

 鬼畜の所業とも言えるナツの行動にドン引くシャルル達を尻目にエリゴールからアジトの場所を聞き出したナツは、全速力で洞窟へと向かった。

 

 

 

 

 ジェラールに治癒魔法を使ったテューズはヘタリとその場に座り込み、眠るジェラールを見上げる。ジェラールは治ったのかと言うブレインの疑問にテューズが頷いて答えると、ブレインはジェラールの頬を叩いた。

 

「目を覚ませ、ジェラール。我々にニルヴァーナの在り方を教えてもらおうか」

 

 それでも目覚める気配の無いジェラールに舌打ちをすると、ブレインは取り出したナイフをジェラールの肩に突き刺す。

 それを見たウェンディはやめてと悲痛な叫びを上げ、それに反応してジェラールがゆっくりと目蓋をあげた。

 

「──ハッピー! ウェンディ! テューズ!」

 

 それと同時に、何処かから聞こえたハッピー達を探すナツの声。ナツが助けに来たのだと気付いたハッピーが大声でナツの名を叫び、その隣でブレインは険しい表情でレーサーに迎撃の指示を出す。

 返事と同時にレーサーは姿を消す中、テューズはジェラールの肩に治癒魔法を使い傷口を塞いだ。

 

「ゴミ共が……! どけ! ジェラール、ニルヴァーナは何処に──!?」

 

 息を切らすテューズを突き飛ばしたブレインがジェラールに話しかけると、ジェラールはブレインを睨みつけて彼の足元を崩壊させて穴に落とす。

 塞がった傷口を撫でたジェラールはテューズに視線を向け、倒れるテューズをそっと抱き起こした。

 

「……君は……」

 

 ジェラールが声をかけると、テューズは穏やかな表情で気を失ってしまった。

 テューズを見るジェラールの目は優しく、ウェンディ達の知るジェラールと同じ目をしている。

 そんなジェラールを見たハッピーが困惑していると、レーサーの手を逃れたナツがシャルル達を抱えて洞窟まで辿り着いた。

 

「これは……」

「どういうこと……?」

 

 洞窟の中にいたのはハッピー、ウェンディ、気絶しているテューズ、そしてジェラールの4人。

 ナツからはジェラールの後ろ姿しか見えていないようでその正体には気付いていない。

 

「ウェンディ、無事!? 怪我はない!?」

「う、うん……私は大丈夫だけど……」

 

 ウェンディがテューズに視線を向けると、ナツ達もそちらに視線を移す。

 テューズが気絶している事に気付いたフィールか駆け寄ろうとした時、振り返ったジェラールを見たナツは激情を露わにする。

 

「ジェラール、てめぇテューズに何しやがったァ!!」

「違うのナツさん! ジェラールは──」

 

 テューズはジェラールによって気絶させられたと勘違いしたナツはウェンディの制止を振り切り、拳に炎を纏わせて殴りかかる。

 ジェラールはテューズを見つめたままナツに手を向けると魔法で吹き飛ばし、ナツは勢いよく壁に激突した。

 

「ナツ!」

 

 衝撃で崩れた壁に埋もれたナツにハッピーが声をかけるが、反応はない。ジェラールは怯えながらもこちらを睨みつけるハッピーの横を素通りし、そのまま洞窟から去って行った。

 

「ナツ! しっかりして!」

 

 生き埋めになったナツを救出しようとハッピーが瓦礫を一つ一つ退かしていると、瓦礫の中から勢いよく炎が吹き出した。

 瓦礫を砕くように豪快で、それでいてハッピーを傷つけないよう調整された炎の中からナツが飛び出し、キョロキョロと辺りを見回してジェラールを探す。

 

「あんにゃろう! 何処だ! ジェラールは何処にいる!」

「ジェラールならもう行っちゃったよ…」

 

 怒りで頭に血が上り、このままウェンディ達を置いてジェラールを追いそうな勢いのナツの前に、シャルルが洞窟の入り口を塞ぐ形で立ち塞がる。

 

「あんたとあの男がどんな関係なのかは知らないけど、今はウェンディ達を連れ帰るのが先よ。エルザを助けたいんでしょ?」

「……〜!! 行くぞ、ハッピー! 二人を連れて帰るんだ!」

 

 ジェラールとエルザを天秤にかけたナツはテューズとウェンディを両脇に抱えて洞窟の外へと走っていく。

 薄暗い洞窟から出たナツは、日差しに目を細めて立ち尽くした。

 

「……ハッピー、飛べるか?」

「あい! 三人は重量オーバーです」

「あの、ナツさん……」

 

 洞窟は周囲の土地よりも低い場所に位置しているため、ナツ達のいる地点は高い岩壁に囲まれている。

 来るときはグレイが氷で道を造形してくれたため何とかなったが、帰りについては考えていなかった。

 何かを言おうとするウェンディに気づかず、登れそうな所はないかと目視で吟味するナツ。そんなナツの後頭部をシャルルが叩いた。

 

「勝手に行かないでちょうだい! 全く……」

「ウェンディとテューズは私達で持ちますので……」

「そっか! お前らハッピーと同じで飛べるんだもんな!」

 

 ()()()()()()()と言う部分に不服そうなシャルルはウェンディを受け取り、自分達が飛べることを忘れていたナツに呆れるフィールはテューズを受け取った。

 無事にテューズ達の救出して上空に舞い上がると、避けろと叫ぶグレイの声が聞こえた。

 どう言う意味かとナツが声のした方へ視線を向けると、いつの間にかナツの背後を取ったレーサーに蹴り飛ばされる。

 ナツではなく、翼を持つハッピー達エクシードを的確に狙われた事でハッピー達は気絶。

 ウェンディも気を失っていて、一人残されたナツは二人を抱えるとそのまま庇うようにして森の中へと落ちていった。

 

 

 

 

 突然頭に激痛を感じたテューズは目に涙を浮かべて飛び起きる。

 叩き起こされる方がマシと思えるような最悪の目覚めの後に、いきなり体を起こしたためテューズの額とナツの額が激突した。

 

「ちょっとナツ! なに二回も頭突きなんてしてんのよ!」

「いや、仕方ねぇだろ!? てか二回目はオレのせいじゃねぇ!」

 

 割れるような痛みに頭を押さえるテューズは、状況を掴めずに辺りを見回す。

 突然の事で混乱しているのもあるが、頭の痛みで上手く思考がまとまらない。

 

「頼む! 後で何回でも謝るから、今はエルザを治してくれ!」

「治す……?」

「実は、エルザさんが毒にやられたんだ。君なら解毒できるって聞いたんだけど……」

 

 額を地面につけて土下座するナツに驚くテューズに、ヒビキが事情を説明する。

 記憶では先程まで洞窟にいた為まだ状況を掴めていないテューズだが、エルザを見るとすぐに解毒に取りかかった。

 テューズよりも先に目覚めたウェンディは既に解毒を始めていて、先程のことを見ていたウェンディはテューズの額を心配そうにしながらエルザの傷の手当ても同時に行う。

 暫くすると二人は同時にエルザから手を離し、笑顔でナツ達の方を向く。

 

「終わりました。エルザさんの体から毒は消えましたよ」

「傷の方も終わりました。これで大丈夫な筈です」

 

 その言葉を聞いた面々は顔を見合わせ、喜びを露わにする。ヒビキは緊張が解けたのか胸を撫で下ろし、ナツとルーシィは感情を抑えきれずに笑顔でハイタッチをする。

 

「シャルル! フィール! オイラ達も!」

「……仕方ないですね」

「一回だけよ」

「あいっ!」

 

 右手を上げた二人にハッピーはそれぞれ順番にハイタッチをすると、満足そうに笑みをこぼす。

 

「ウェンディ! テューズ!」

 

 腰を落としたナツは右手をウェンディに、左手をテューズに突き出した。

 最初は何のことか理解できなかったもすぐにナツの意図に気づき、突き出された手にハイタッチをした。

 

「ありがとな! 本っ当にありがとう!」

 

 テューズを抱き締めて目一杯の感謝を表すナツだったが、力一杯抱き締めた事でテューズは若干苦しそうにしている。

 その様子に気づいたルーシィが力入れすぎと指摘するとナツは急いで手を離すが、解放されたテューズは息苦しそうに何度か咳をしていた。

 

「ゲホッ……と、とりあえずエルザさんは大丈夫なはずです。しばらくは目を覚まさないかもしれませんが……」

「凄いね、本当に顔色が良くなってる。これが治癒魔法」

 

 顔色の確認がてらエルザの顔を至近距離で観察し、寝顔を記憶にしっかりと焼き付けたヒビキにルーシィが近いと言ってツッコミを入れる。

 エルザの毒が治った事で浮かれている様子のナツ達にため息をつくと、シャルルはウェンディ達を一瞥してから手を叩いてナツ達の注意を引いた。

 

「いいこと? これ以上この娘達に魔法を使わせないでちょうだい。見ての通り、治癒魔法はこの娘達の魔力を大量に消費するの」

 

 一見いつも解けたのか変わらないように見える二人だが、よく見てみると運動でもしたかのように息切れし、今日一日で二度も魔法を使ったテューズの頬には汗が伝っている。

 

「私は大丈夫だよ、シャルル」

「僕も平気……それよりも……」

 

 ジェラールについて。気絶していたテューズはあの後ジェラールが去った事を知らず、謎のまま。

 ウェンディとテューズは彼がどうなったか気掛かりになっていた。

 

「……後はエルザさんが目覚めたら、反撃の時だね」

 

 そんな二人の感情を知る由もなく、ヒビキがそう呟いた。その言葉にこれから反撃開始だ、と言わんばかりに気合を入れたナツ達が返事を返した刹那、凄まじい光が彼らを包んだ。

 手で目を覆いながら光の発せられた方向に視線を向けると、樹海の中央辺りから黒く染まった木々から靄を吸い上げる大きな黒い光が空へと放たれていた。

 

「黒い光……」

「あれは……ニルヴァーナ!?」

 

 柱のように聳える光を見たヒビキの言葉に、全員が驚きの声を上げる。こんなに早くニルヴァーナが見つけられるとは思っていなかった。

 皆が起動させたのは六魔将軍だろうと考える中、ナツだけは違った。

 

「……あの光に……ジェラールが居る!!」

 

 歯を食いしばり、ナツはニルヴァーナの光を、その先にいるであろうジェラールを睨みつける。

 

「エルザに会わせるわけにはいかねぇ! あいつはオレが潰す!」

 

 ジェラールがいるからエルザは涙を流す。そう考えるナツはジェラールと言う名前が出た事に動揺するルーシィを置いて光を目標に樹海の奥へと走り出した。

 

「まずい! ナツ君を追うんだ!」

 

 狼狽るルーシィにそう指示を出したヒビキがナツを追おうとした時、シャルルとフィールの叫び声が響いた。

 何事かと驚き振り返る一同が二人を見ると、二人は目を見開きながら一点を指差している。

 

「エルザさんが居なくなってます!」

「なんなのよあの女! お礼の一つも言わないで!」

「エルザ、もしかしてジェラールって名前聞いて……!?」

 

 二人の指差す先にはついさっきまでエルザが眠っていた筈が、今はその姿が何処にも見当たらない。

 ルーシィ達が病み上がりだというのに飛び出して行ったエルザを心配する中、テューズは一人脂汗を浮かべていた。

 

「テューズ? どうしたの……?」

「……僕のせいだ」

 

 異常に気付いたウェンディが声をかけると、テューズは唇を震わせながらボソリと呟く。

 僕がジェラールを治さなければ、ニルヴァーナは封印を解かれることは無かった。

 エルザさんがいなくなることは無かった。ナツさんがいなくなることは無かった。今の悪い状況を作り出したのは、全て自分のせいではないか。

 自分の軽はずみな行動がみんなを不幸にした。その事実にテューズは自己嫌悪に苛まれ、次第に彼の周りに黒い靄が漂い始めた。

 

「僕の……僕のせいで……!」

「違う! それは違うよ!」

 

 ガタガタどう歯を鳴らして頭を抱えるテューズの頬を挟むように掴み、ウェンディはテューズをジッと見つめる。

 彼女の瞳に写る自分に嫌悪感を感じ、顔を逸らそうとするがウェンディがそれを許さない。

 

「テューズが治してなかったら、きっと私がジェラールを治してた。だから……お願い。そうやって自分を責めないで」

 

 そう言うとウェンディはテューズの肩に手を置き、下を向く。

 溢れこそしていないがその瞳には涙を浮かべていて、彼女の言葉を聞いたテューズは目を見開いて固まった。

 

「あなたが今すべきことは、反省ではないでしょう?」

「そんな暇があったらとっととあのバカを追うわよ!」

 

 フィール達の言葉に、固まっていたテューズは涙を流しながらコクリと頷く。

 どうにか立ち直ったらしいテューズを見てシャルルは鼻を鳴らすとそっぽを向いたが、こっそりと安堵の息を漏らす。

 

「……どうやら大丈夫そうだね。なら、ナツ君を追いかけよう」

 

 ホッと胸を撫で下ろしたヒビキはルーシィ達と共にナツを追って樹海に入り、それに続いてテューズ達もニルヴァーナを目指して進み出した。

 

 

 

 

「ウェンディちゃん、さっきはありがとう」

「へ? 何の事ですか?」

 

 樹海を進む中、突然ヒビキから感謝の言葉をかけられたウェンディは不思議そうに首を傾げる。

 

「テューズ君の件さ。君があぁしていなかったら、僕はテューズ君を気絶させていた」

「えっ!?」

 

 突然の告白に衝撃を受け、私には関係ない話かなとナツの追跡に意識を向けようとしたルーシィまでもがヒビキを見る。

 全員の視線がヒビキに向けられるが、ある程度予想していたのか慌てる様子のないヒビキは自分の意図を説明し始めた。

 

「……そうじゃないんだ。本当は言うつもりは無かったんだけど、あの精神状態から立ち直った、立ち直らせた君達には話しておくべきだと思ってね」

 

 ウェンディ達を一瞥すると正面に視線を戻し、ヒビキは本当はニルヴァーナという魔法を知っている、と話を続けた。

 

「ただその性質上、誰にも言えなかった。この魔法は意識してしまうと危険だからなんだ」

 

 それ故にニルヴァーナの事は他のメンバーすら知らず、ヒビキだけがマスターボブから聞かされていた。

 ニルヴァーナとは、光と闇を入れ替えるとても恐ろしい魔法なのだと。

 

「しかし、それは最終段階。まず封印が解かれると、黒い光が上がる。まさにあの光だ。そして、黒い光は手始めに光と闇の狭間にいる者を逆の属性にする。強烈な負の感情を持った光の者は…闇に堕ちる」

 

 そこまで説明されて、テューズ達は何故ヒビキが感謝の言葉を述べたのかを理解した。

 負の感情には当然自責の念も含まれており、先程自己嫌悪に陥っていたテューズをあのまま放置していれば、今頃は闇に落ちていたかもしれない。

 あの時は助かったよ、と笑顔を向けるヒビキに、ウェンディは両手を胸の前で振ってそんな事ないと顔を赤くした。

 それに追い討ちをかけるようにシャルルは流石ウェンディねと称賛を送り、ルーシィ達もそれに続く。

 褒め殺されたウェンディは湯気が上がりそうな程顔を赤くしてショートしてしまい、ルーシィ達は少しやり過ぎたかなと苦笑いを浮かべる。

 

「それで、何故みんなにも話していない事を教えたのかというと、君達には心の治療を頼みたいからなんだ」

 

 ヒビキの言う心の治療というものを理解出来ていない様子のテューズ達に、先程と同じように危険な状態にある人の心を安定させてほしいと説明を付け加える。

 テューズを立ち直らせたウェンディは勿論、一度強い負の感情を経験したテューズもその人の感情をより理解できる。そんな思惑のある人選だった。

 

「負の感情というのは、自責だけでなく強い憎しみや怨み、嫉妬に怒りなんかも該当するんですか?」

「ちょ、ちょっと待って! それじゃあ、ナツは!? ナツもヤバイの!?」

 

 フィールの疑問にヒビキが頷いて肯定すると、怒りと聞いて飛び出して行ったナツを連想したルーシィは慌ててヒビキに問いを投げる。

 そのルーシィの問いに、ヒビキは言葉を詰まらせた。一言に怒りと言っても一概に負の感情と言い切る事は出来ず、例えばその怒りが誰かのためのものならばニルヴァーナの影響は受けないだろう。

 

「何とも言えない。その怒りが誰かのためなら、それは負の感情とも言いきれないし」

 

 だから、ナツが何故あそこまで激怒しているのか、あの怒りに憎悪が混じっていないかを知らないヒビキには、そんな曖昧な返答しか出来なかった。

 

「どうしよう!? オイラ意味分かんないよー!」

「……あんたバカでしょ」

「ニルヴァーナの封印が解かれた時、正義と悪とで心が動いている人の性格が変わってしまう……こういう事ですよね?」

 

 頭を抱えるはハッピーを蔑視するシャルルはフィールに説明してやれと目で訴え、フィールの説明にハッピーは何となく分かった気がすると言って謝意を述べる。

 

──あの人さえいなければ。

 

──つらい思いは誰のせい?

 

──なんで自分ばかり……

 

 そんな感情がニルヴァーナによってジャッジされ、反転させられてしまう。しかし、それはまだ第一段階に過ぎない。

 

「じゃあ、そのニルヴァーナが完全に起動したら、あたし達みんな悪人になっちゃうの?」

「でもさ、それって逆に言えば闇ギルドの奴らはいい人になっちゃうって事でしょ?」

 

 ルーシィとハッピー、二人の問いにヒビキはそういう事も可能だと思うと返答するが、彼自身闇ギルドの反転には期待していなかった。

 それは、ニルヴァーナの操作者が反転の対象を意図的にコントロールすることができるから。

 それを聞き、このまま六魔将軍にニルヴァーナを奪われてしまった未来を想像して全員の顔から血の気が引く。

 例えばギルドに対してニルヴァーナが使われた場合、仲間同士で躊躇なしの殺し合い、他のギルドとの理由なき戦争、そんな事が簡単に起こせてしまう。

 

「ニルヴァーナを奪われる訳にはいかない。一刻も早く止めなければ、光のギルドは全滅するんだ!!」

 

 ヒビキによってはっきりと言葉にされた現実に、ルーシィ達の身の毛がよだつ。今こうしている間にも、ニルヴァーナの影響は及び始めていた。

 


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