FAIRY TAIL 海竜の子   作:エクシード

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天空の巫女と大海の巫子

「……ウェンディ……テューズ……」

 

 二人の名前を読んだブレインは動きを止め、訝しんだコブラはなぜ魔法を止めると問うが返答は無い。

 ブレイン汗を浮かべながらもニヤリと口元を歪ませた。

 

「間違いない。ウェンディ、テューズ。天空の巫女と大海の巫子」

 

 六魔将軍と対峙した恐怖や目の前で仲間達が蹴散らされた絶望感、聞いたことのない異名で呼ばれた混乱などによってウェンディの感情はぐちゃぐちゃにされ、涙を流しながら頭を抱える。

 同様に、ウェンディ程ではないが混乱しているテューズも震えて動くことが出来ない。

 

「こんな所で会えるとはな……しかも二人同時に! なんたる幸運! これはいいものを拾った!」

 

 興奮したブレインは杖から緑色の魔法を二人に目掛けて放出する。

 攻撃されたことによって二人は悲鳴を上げたが、魔法はテューズ達の隠れる岩を飛び越えるように避け、二人に巻き付くようにして拘束するとブレインの方へ引き摺り込む。

 シャルルとフィールは二人を渡すまいと手を伸ばし、ウェンディ達もまた追いかけるシャルル達に手を伸ばす。

 ナツ達も黙ってそれを見ているはずがなくブレインにかかっていこうとするが、ホットアイの魔法によって軟化した地面に足を取られて足止めされてしまう。

 

「待ってて! オイラが助けるから!」

 

 遅れて走り出したハッピーは全力で走ってシャルル達に追いつき、それと同時にシャルル達とウェンディ達の手が届きそうなった。

 しかし既の所でブレインの引き摺り込む力が強まり、また引き離されてしまう。

 

「シャルル!!」

「フィール!!」

 

 それでも尚なんとか親友の手を掴もうと身を捩って腕を伸ばし、掴んだのは青色の手。

 二人を助けたい一心で伸ばしたハッピーの両手はそれぞれウェンディとテューズの伸ばした手に掴まれ、ハッピー諸共三人は間抜けな声を上げてブレインに引き摺り込まれてしまった。

 取り残されたナツ達は連れ去られたハッピー達の名を叫ぶも、彼らの声は返ってこない。

 テューズ達を連れ去った事で満足したブレインはゴミを見るような視線をナツ達に送ると、杖を振り上げて杖先に魔力を集中させる。

 

「うぬらにもう用はない。消えよ! 常闇回旋曲(ダークロンド)!!」

「伏せろぉ!!」

 

 真っ直ぐ向かってくる攻撃を回避しようと全員が伏せると、ブレインの魔法は一度上空に進路を変更して地面に伏せる連合軍目掛けて降り注いだ。

 

「岩鉄壁!!」

 

 その声が響いた瞬間、ホットアイによって波のように形状を変えられていた地面は再び形状を変化させ、柱状になった地面は連合軍に屋根のように覆い被さりブレインの魔法を防ぐ。

 

「うむ……間一髪……」

「ジュラ様!」

「すごいやジュラさん!」

 

 連合の危機に駆けつけたジュラに称賛が贈られる中、ナツは起き上がるとすぐに周囲を見渡して六魔将軍を探す。

 しかし既にその姿は消えており、逃げられてしまっていた。

 

「ウェンディ……テューズ……」

「どうしてあの二人を……」

 

 二人が連れ去られた事にショックを受けたシャルルとフィールは落ち込んでしまい、ハッピーを連れ去られたナツは青筋を立てて先程まで六魔将軍がいた空間を睨む。

 

「完全にやられた」

「アイツら強すぎるよ……手も足も出なかった!」

 

 ナツだけではなく、六魔将軍に敗れた連合の面々もそれぞれ悔しさを滲ませていた。

 作戦が漏れただけでなく、クリスティーナまで撃墜された天馬は地面に拳を叩きつけている。

 

「一夜殿のお陰で動けるようにはなったが……」

「みなさんにも、私の痛み止めの香り(パルファム)を」

 

 ジュラが一夜を一瞥すると、ボロボロになっている一夜は試験管の封を開けて香りを放出した。

 いい匂いがする香りを嗅ぐと痛みが和らいでいき、復活したナツはアイツら何処行きやがったと叫びながら走り出す。

 明らかに考えなしで走り出したナツを止めるためにフィールが先回りしてナツの前に立ちはだかると、ナツは砂煙を立てて急ブレーキをかけ目の前のフィールを睨みつける。

 

「おいお前! 危ねぇだ──ぐぇ!?」

 

 怒りの矛先がフィールに向きかけた時、シャルルがナツのマフラーを引っ張って後ろに転ばせた。

 

「ふん! これで少しは落ち着いたかしら?」

 

 腕を組んで鼻を鳴らし、仰向けになったナツを見下すシャルル。

 逆さまに見えるシャルルをナツが恨めしげに睨んでいると、翼を広げたシャルル達二人は連合のみんなが自分たちに不思議なものを見るような視線を送っている事に気づいた。

 

「これは(エーラ)っていう魔法。ま、初めて見たなら驚くのも無理ないですけど」

「ハッピーと被ってる」

「なんですって!?」

 

 自身の使う魔法を得意げに説明するシャルルにナツが悪態をつくと、シャルルは青筋をたてて怒りを露わにする。

 苛立ちを抑えて大きく息を吐いて落ち着きを取り戻すと、闇雲に突っ込んで勝てる相手ではないとナツを説得し、ジュラもシャルルの言葉に相槌を打つ。

 

「シャルル殿の言うとおりだ。敵は予想以上に強い」

「それに、彼女も危険な状態のようですよ」

 

 フィールに言われてナツが視線を向けると、エルザは木にもたれかかりキュベリオスに噛まれた腕を苦しそうに抑えていた。

 毒に侵されているエルザの為に一夜は痛み止めの香り(パルファム)を増強するが、効果は見られない。

 

「エルザ、しっかりして!」

「ルーシィ……すまん……ベルトを借りる……」

「へ?」

 

 そう断るとエルザはルーシィのベルトを抜き取り、もう一方の手と口を使って器用に毒に侵された腕を縛る。

 エルザがベルトを引き抜いたことでルーシィのスカートが落ち、それを見たトライメンズに制裁を加えるとルーシィはスカートを履き直す。

 

「このままでは戦えん。斬り落とせ

「んなッ!? バカな事言ってんじゃねぇよ!」

 

 エルザは剣を目の前に放り投げると、ハンカチを噛み締めてベルトを縛った腕を真横に突き出し胡座をかいて堂々と座った。

 グレイ達が考え直すように説得を試みるもエルザの意思は変わらず、見かねたリオンが剣を取る。

 

「オレがやろう」

「リオン、てめぇ!」

「構わん、やれ!」

 

 グレイはエルザの前まで歩いて行くリオンを止めようとするが、エルザに睨まれて動きが止まる。

 リオンはグレイを一瞥すると、今この女に死んでもらう訳にはいかんと言い放ち、剣を振り上げる。

 リオンを止めようとしたルーシィやトライメンズはシェリー、そしてジュラに制止され、リオンの元へは迎えない。

 止めようとするグレイ達と、エルザの意志を尊重するとした蛇姫の鱗(ラミアスケイル)の対立。

 特にグレイとリオンは一触即発という雰囲気になっており、危機感を感じたフィールはリオンの元まで飛ぶと剣を握る彼の手を掴んだ。

 

「そこまでです」

「猫……? 邪魔をするな」

「あんた達一回落ち着いたらどうなの? 特にエルザ。短絡的に考えすぎよ」

 

 シャルルがジロリと睨むと、エルザは限界だったのか虚な目でシャルルを見つめ、そのまま倒れてしまう。

 駆け寄ったグレイがエルザを抱きとめると、気絶したエルザはグレイの腕の中で苦しそうに息を荒げていた。

 

「おいおっさん! 解毒の香り(パルファム)とかねぇのか!?」

「お、おっさ──!? うむ……残念ながら……」

「その毒、あの二人なら治せるわよ」

 

 グレイの問いに一夜が目を逸らすと、シャルルがエルザを指差しながらそう豪語した。

 全員が目を見開いて驚愕する中、リオンはその言葉が本当なのかとフィールに真偽を問いかける。

 

「あの二人なら、必ず」

 

 その言葉に面々は顔を合わせ、表情が明るくなった。トライメンズがウェンディ達が解毒魔法を使える事に感心していると、シャルルは解毒だけでなく解熱や痛み止め、傷の治癒も出来るのだとまるで自分の事のように得意げに話している。

 

「でも……治癒の魔法って失われた魔法(ロストマジック)じゃなくて?」

「天空の巫女とか大海の巫子とか言ってたけど、それに関係あるんの?」

 

 疑問に思い、シャルル達を見つめるシェリーとルーシィ。二人の問いにシャルルは待ってましたとばかりに口角を吊り上げた。

 

「あの娘は天空の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)、天竜のウェンディ」

滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)!?」

「驚くのはまだ早いわよ」

 

 驚愕する一同に気分が良くなったのか、シャルルは言ってやりなさいとフィールに目線を送る。

 その視線に苦笑いで答えたフィールだったが、面白いくらいに驚いてくれる彼らの反応に彼女もつい態度が大きくなってしまう。

 

「ウェンディだけじゃない。テューズもまた滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)なんですよ」

「なっ!? 滅竜魔導士が二人も!?」

「まじかよ……」

 

 ちなみに海竜のテューズです。と付け足したフィールの視界にはグレイに抱えられたエルザが映り、本題を思い出したフィールはこれではいけないと咳払いをして気を取り直す。

 

「詳しい話はあとです。今私達に必要なのはテューズ達。そして、目的はわかりませんが奴らもテューズ達を必要としている」

「となればやる事は一つだけ。ここまで言えばもう分かるでしょう?」

「エルザの為にも、ハッピー達を助け出す!」

 

 ナツはそう言うと拳を前へ突き出し、気合を入れた他の面々もナツと同じ様に拳を突き出して合わせた。

 ナツの一声によって円陣を組んだ連合は分散してウェンディ達の捜索を開始する。

 

 

 

 

 一方で、ナツ達の目的であるウェンディ達は戦場となったワース樹海の奥、かつて古代人の都が存在した場所にある洞窟に連れ去られていた。

 儀式に使われていたこの洞窟も、今では六魔将軍の隠れ場所となっている。

 

「ぐっ!」

「乱暴するな! まだ子どもだろ!」

 

 ブレインは連れてきたテューズ達を放り投げ、壁に背中を打ち付けたテューズ達を庇うようにハッピーがブレインと対峙する。

 するとブレインは表情を歪ませてハッピーを掴み上げ、必死に抵抗するハッピーを鼻で笑うと投げ飛ばした。

 

「ハッピー、大丈夫?」

「……二人共安心して! オイラが絶対逃がしてあげるからね!」

 

 心配するウェンディをそう言って元気づけるハッピー。ハッピーに怪我がない事を確認したテューズがブレインを睨みつけると、その反抗的な目にコブラが反応した。

 

「随分と生意気な目してるじゃねぇか。ブレイン、少し痛めつけてやるか?」

「やめて!」

「危ない、ウェンディ!」

 

 テューズを嘲るコブラが手を挙げると、キュベリオスがテューズの前で舌を震わせる。

 咄嗟にテューズを庇う為にウェンディが躍り出るが、テューズはウェンディの手を引いて抱き寄せると自分の手をウェンディとキュベリオスの間にいれた。

 

「くははッ! こいつァいい! 良い子ちゃんらしく、二人で仲良し子好しってかァ!? オイ!」

「愛ではどうしようない事もある。つまり世の中金! デスネ!」

 

 テューズ達の行動がツボに嵌ったのか捧腹するコブラと、突然興奮したホットアイ。

 彼らの様子にブレインはやれやれとこめかみを抑えると二人に下がっているように指示を出し、コブラにはこの二人を傷つけてはいけないという警告を付け加えた。

 

「あ? どう言う事だ。説明しろ、ブレイン」

「なに、こやつらは貴重な治癒魔法の使い手なのだよ」

 

 警告を聞いて不服そうに睨んでくるコブラにブレインが返答してやると、ミッドナイトを除いた面々はこんな子どもが失われた魔法(ロストマジック)を使える事に大いに驚く。

 そこでブレインの考えを理解したコブラ達は、まさかと言って一斉にブレインを見た。

 

「その通り、"奴"を復活させる!」

「よく分からないけど……私、悪い人には手は貸しません!」

 

 反発するウェンディに舌打ちをしたコブラは再びキュベリオスを

テューズの前まで移動させ、キュベリオスに睨まれたテューズは思わず後ずさる。

 

「こいつらはどっちも治癒魔法を使えるんだろ? だったら片方を人質にしてやればいいじゃねぇか」

「よせコブラ。そんな事をしなくともこやつらは必ず奴を復活させるさ」

 

 片手を挙げてコブラを制止したブレインはニヤニヤと笑みを浮かべたままレーサーに奴を連れてくるように指示を出す。

 目的地と距離があるため一時間はかかると言うレーサーに構わんと返すと、レーサーはテューズ達の視界から消えて猛スピードで目的地へ向かった。

 続いてコブラ、ホットアイ、エンジェルにも引き続きニルヴァーナを捜索する様に指示を出し、奴が復活すれば探す必要はないと反論するエンジェル達を万が一もあると言って立ち退かせる。

 

「ねぇねぇ、こいつらさっきから何の話をしてるの?」

「分からない。テューズはニルヴァーナって聞いた事ある?」

「いや、僕もさっぱり……」

 

 コブラ達が渋々出て行った事で洞窟に残ったのはブレインと眠っているミッドナイトの二人。

 コブラ達が森へ散って行った事を気配で確認したブレインはコソコソと話す三人の話に聞き耳を立て、何もかもが順調に進んでいる為か機嫌の良いブレインはテューズ達の疑問に答えてやる事にした。

 

「そんなに知りたければ教えてやろう。ニルヴァーナとは、光と闇が入れ替わる魔法だ」

 

 

 

 

 その頃、シャルル達二人はナツ、そしてグレイと共にウェンディ達を探して樹海を歩き回っていた。

 

「天空の滅竜魔導士ってさ、何食うの?」

「空気」

 

 ナツがふと思った疑問をぶつけてみると、シャルルは素っ気なく返答する。

 ウェンディが空気を食べると知ったナツは空気ってどんな味がするんだろうかと疑問が湧いたが、シャルルに知らないわよと一蹴された。

 

「じゃあテューズは?」

「そりゃお前、大海の滅竜魔導士ってんだから塩水とかじゃねえか?」

「確かにテューズは塩水も食べますが、真水も普通に食べてましたよ」

 

 グレイの言葉をフィールが補足すると、ナツ達はその姿を想像すると思ったより普通だなと感想を述べた。

 彼等の知る滅竜魔導士は火を食べたり鉄を食べたりと人間離れしているが、ウェンディとテューズは空気と水という誰もが摂取するものだ。

 

「あの娘達ね、あんたに会えるかもしれないってこの作戦に志願したの」

「オレ?」

 

 自分を指差すナツにフィールは頷くと、テューズ達が聞きたがっていた事をナツに教えてやる。

 ウェンディとテューズは7年前に滅竜魔法を教えてくれたドラゴンが行方不明になっており、同じ滅竜魔導士のナツならば消えたドラゴンの居場所を知っているのではないかと期待していた。

 

「そのドラゴン、なんて名前だ?」

「天竜グランディーネ……だったかしら?」

「それと、海竜リヴァルターニです」

 

 ぶつぶつと呟きながら考え込んだナツは思考に集中しすぎてしまい、前方の木に気づかずにそのまま勢いよく衝突してしまった。

 

「そうだ! ラクサスは!?」

「爺さん言ってたろ、あいつはお前らみたいな滅竜魔導士じゃねえ」

 

 ラクサスは竜の魔水晶を体内に埋め込んだ事によって滅竜魔法を手に入れたいため、ドラゴンに育ててもらうどころか実際に見た事もない。

 消えたドラゴンについてもう一度考えようとした時、シャルルが突然悲鳴を上げた。

 

「なによ、これ……」

 

 シャルルが目にしたのは異様な光景。木は黒く染まり、その周囲には禍々しい黒い霧が漂っていた。

 その光景を見て気味が悪いと顔を顰めたナツ達は、背後から何者かの気配を感じて振り返える。

 

「ニルヴァーナの影響だって言ってたよな、ザトー兄さん」

「あまりに凄まじい魔法なもんで、大地が死んでいくってなぁ! ガトー兄さん」

 

 互いに兄さんと呼び合う、サングラスをかけたアフロヘアの男とまるで筆先のように髪の逆立った男。

 突然現れた敵に後退りするシャルルとフィールだったが、既にガトー達二人の部下に包囲され逃げ場がない事に気づく。

 

「囲まれた……どうしますか?」

「うぉぉ! 猿だ! 猿が二匹居んぞ! オイ!」

「ちょっとアンタ! 今の状況わかってるの!?」

 

 敵に囲まれていると言うのに、呑気に猿の物真似をして興奮するナツにシャルルがつい声を荒げる。

 目を吊り上げるシャルルを気にも留めずに物真似を続けるナツの紋章を見て、部下の男がナツ達が妖精の尻尾である事に気づいた。

 その男は以前LOVE(ラブ)&LUCKY(ラッキー)という商業ギルドに強盗を図ったのだが、駆けつけたルーシィに敗れ危うく捕まりそうになっていた過去を持つ。

 その為妖精の尻尾を恨んでいるようで、ガトー達も自分達の計画を邪魔した女の仲間だと知って臨戦態勢を取った。

 

「六魔将軍傘下! 裸の包帯男(ネイキッドマミー)!」

「ゲッホー! 遊ぼうぜ!」

 

 その声を皮切りに部下がナツ達に襲いかかるが、グレイは怯えるフィール達の前に出ると部下を一撃で撃退しニヤリと口角を上げる。

 

「こいつはちょうどいい!」

「ウホホ! ちょうどいいウホホ!」

 

 一点を狙い、包囲に穴を開ける形で突破するようシャルルは指示を出すも二人は逃げる気など一切無く、裸の包帯男を倒して六魔将軍の居場所を聞き出すと言って構えを取った。

 

「こいよ、てめぇら全員まとめて相手しやる」

「……なめやがって、クソガキがァ!」

 

 グレイの挑発に憤った裸の包帯男は武器を構え、この数を相手にたった二人で挑もうというグレイ達をウホウホと嘲り嗤う。

 それでも余裕を崩さないナツ達に舌打ちをすると、ガトー達は全方位から一斉に襲い掛かった。

 

 

 

 

「……参ったぜ、思ったより時間がかかっちまった。こんなに重けりゃスピードだって出ねぇってもんだ」

 

 そんな言葉を零しながら戻ってきたレーサーは、鎖で厳重に封じられたレーサーの身の丈以上の大きさがある棺を背負っている。

 レーサーの帰還が想像以上に早かったのか、ブレインはぬしより速い男など存在せんわと称賛を送った。

 

「ウェンディ、テューズ、お前達にはこの男を治してもらう」

 

 レーサーの運んできた棺桶に困惑している様子のテューズ達にブレインはそう言って棺を叩く。

 二人は絶対にそんな事はしないと反発するが、この二人は必ず治すと確信しているブレインは余裕の表情を崩さない。

 

「お前達は治す。治さねばならんのだ、絶対にな」

 

 嗤うブレインが杖を棺に向けると、棺を縛っていた鎖は音を立てて外れ、棺の蓋は光を放ちながら煙を出して消滅した。

 そうして封印が解かれた棺。煙が晴れ、その中に眠る人物を目にしたウェンディ達は信じられないと目を見開いて愕然とした。

 

「うそ……」

「なんで!?」

 

 棺の中で眠っているのは右目に特徴的な痣を持つ青髪の青年。

 棺に鎖で縛り付けられている青年は記憶の中の姿と比べて成長しているが、その青年は間違いなくテューズの知っている人物だった。

 

「この男はジェラール、かつて評議員に潜入していた。つまりニルヴァーナの場所を知る者」

「ジェラールって……どうしてここに!? なんで生きてるの!?」

 

 倒した筈のジェラールが生きている事に混乱するハッピーは、ウェンディとテューズがジェラールの名前を呟いた事でジェラールは二人の知り合いだったのかと更に混乱してしまう。

 

「エーテルナノを浴びてこのような姿になってしまったのだ。だが、死んでしまったわけではない。元に戻せるのはうぬらだけだ。この男はお前達の恩人なのだろう?」

「えぇ!?」

 

 恩人と聞かされ慌てふためくハッピーの隣で、二人は俯いたまま動かない。

 ジェラールが悪事を働いたという事は風の便りで知ってはいたが、幼い頃に親切にしてくれたジェラールがそんな事をするのだろうかと半信半疑だった。

 しかしジェラールはこうして六魔将軍に連れられており、ブレインの口振りからして六魔将軍に協力的な事は明白。

 更にはハッピーのジェラールを見る目には憎しみや恐怖が混じっていて、あの噂は本当だったのだという信じたくなかった現実をテューズ達に叩きつけた。

 


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