FAIRY TAIL 海竜の子   作:エクシード

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虹の桜

 辺り一面は白く染まり、絶え間なく降り続ける雪は容赦なく体の熱を奪っていく。

 ここは一年中雪に覆われているハコベ山。そこに訪れたルーシィは、もう桜の季節だからと薄着で来た事を激しく後悔していた。

 悴んだ指で腰のホルダーから一本の鍵を取り出し、ルーシィは天高く翳した鍵を勢いよく振り下ろす。

 

「開け、時計座の扉! ホロロギウム!」

 

 主人の召喚に応じ、現れたのは柱時計の様な星霊ホロロギウム。ホロロギウムが現れると同時にルーシィはすぐさま彼の下へ駆け寄っていき、雪山の寒さを凌ごうとその中に避難した。

 

「『うぅ……私ったらまたここに薄着で来ちゃった、寒過ぎるぅ!』と、申しております」

 

 ミニスカートに肩出しという雪山に適切とは言い難い服装をしているルーシィは毛布を羽織り、ホロロギウムの中で膝を抱えて震えている。

 そんなルーシィの言葉に同意するウェンディも肩を抱きいて震えながら山道を進んでおり、彼女の服装もルーシィと同様に雪道を進める様な服装ではなかった。

 

「何よこれくらいで、だらしないわよ」

 

 全身を毛で覆われているため寒さには耐性があるのか、シャルルは涼しい顔で空を舞っている。

 だらしないと評されたウェンディが指先に息を吹きかけると、ホロロギウムを通してルーシィから一緒に入らないかと提案された。

 いつもであれば謙遜して遠慮する所なのだが、今のウェンディにそんな事を言ってられる余裕はない。

 ルーシィの言葉に甘えてホロロギウムの中に避難すると、思ったより暖かかったのかウェンディの表情は随分と柔らかいものに変わった。

 

「寒いよシャルル……抱っこさせて……」

「嫌よ。もうフィールがいるんだから、それで我慢しなさい」

 

 フィールを頭に乗せたテューズにそう返すと、シャルルは鼻を鳴らしてそっぽを向く。

 しかし、結局寒がるテューズを放っておけなかったのか、チラチラと何度もテューズの様子を確認していたシャルルは「仕方ないわね」と呟くと、テューズの腕の中にすっぽりと収まった。

 

「はぁぁ……温かい……」

「ふん。感謝しなさい。全く世話が焼けるんだから」

 

 苦しくないよう力加減をしてシャルルを抱き締めるとシャルルの体温で上半身が温まり、同時に毛並みで心も癒される。

 頭部にいるフィールが落ちてしまわないよう片手で支え、薄着のテューズは2人のエクシードで暖を取った。

 だが、どうやらそれだけでは寒さを凌ぎきることは出来なかったらしく、テューズはまだ小刻みに震えている。

 

「うぅ……やっぱりまだ寒い……」

「そんな服で来るからそんな事になるのよ」

「ですが、天気も落ち着いてきたようですし、多少はマシになったんじゃないですか?」

 

 山を登り始めた頃と比べると、フィールの言葉通り吹雪は穏やかになっていた。だからと言って寒い事には変わりなく、テューズは頭に乗るフィールを下すとシャルルと一緒に胸の中に抱きしめる。

 まとめて抱えられたシャルル達が狭いと抗議の声を漏らすが、胸から全身に広がっていく温まりに頬を緩ませるテューズには届いていない。

 

「くそ、こんだけ積もってると歩きづれぇな」

 

 憂鬱な顔で愚痴を零すグレイは足先に付いた雪を振り払い、処女雪に新しい跡を刻む。指の隙間に雪が入り込むこの感覚ももう慣れたもので、グレイの手足には震えなど全くない。

 過去の修行により寒さに耐性を持つグレイは下着しか着用していないにも関わらず平気そうだが、唯でさえ寒いのに見ているだけで更に寒くなりそうな格好にエルザから服を着ろと指摘された。

 そんな彼等の隣では、見渡す限り一面の雪景色の中から依頼の品を見つけ出そうとナツとハッピーが目を凝らす。

 しかしそれらしき物は一向に見つからず、ナツはもう飽きたとでも言わんばかりに後頭部で手を組むと口を尖らせる。

 

「ねぇナツゥ、そんな便利な薬草って本当にあるのかな?」

「さぁな……依頼書に書いてあったんだから、きっとあんだろ」

「だってさ、お茶にして飲んだりケーキに練り込んで食べれば、魔導士の魔力が一時的にパワーアップするなんて、オイラは眉唾物だと思うんだ」

 

 特別な事はいらず、食べるだけでパワーアップできるなど夢物語もいい所。実在するのであればの疾うの昔に市場に出回っているだろうと、ハッピーが疑うのも無理はない。

 

「上手い魚には毒があるっていうでしょ?」

「それを言うなら、上手い話には裏があるだ」

「うわぁ!? エルザにツッコまれた!?」

 

 ドヤ顔で述べた諺が間違っていただけでなく、作家であるルーシィならまだしもよりにもよってエルザに指摘されハッピーはショックを受ける。

 耳を垂らして落ち込むハッピーに「私をなんだと思ってるんだ……」と不平を漏らし、冷ややかな視線を送ったエルザは気持ちを切り替えて真っ直ぐと前を見据える。

 

「効果はともあれ、依頼はこの山にある薬草の採取だ。ついでに、多目に取れたら明日のビンゴの景品にしよう。皆喜ぶぞ」

 

 エルザの言葉に頷き、一同は足跡を残しながら山道を進んで行く。しかし登れど登れど広がる景色は白一色。薬草らしき物は微塵も見当たらず、苛立ちが募ったナツは目を吊り上げた。

 

「おぉい薬草! 居たら返事しろ!」

「するかよバーカ」

 

 薬草が返事などするものかとグレイが嘲笑うと、ナツの苛立ちの矛先がグレイに変わる。

 

「んだとコラァ!」

「思ったこと何でも口にだしゃいいってもんじゃねぇだろ。しかも、てめぇのは意味分かんねぇのばっかだし」

 

 耳元で騒ぐナツが癇に障り、青筋を立てた二人は額を押し付けあって火花を散らす。

 一触即発、今にでも殴り合いを始めそうな二人からテューズとハッピーが無言で距離を取ると、エルザが二人の頭を鷲掴みにして間に割り込んだ。ギロリとエルザが睨みをきかせると、二人は揃って小動物のように肩を小さくする。

 エルザの活躍によって二人の喧嘩が仲裁されたのを硝子越しに見ていたウェンディは、ホロロギウムの中でほっと胸を撫で下ろした。

 

「はぁ……早く仕事終わらせて帰りたいなぁ。明日のお花見の準備したいのに」

「私も凄く楽しみです!」

 

 身体を震わせて毛布を被り、ルーシィは溜息混じりに愚痴を零す。その隣で膝を抱える少女は、お花見という言葉に反応して目を輝かせた。

 

「すんごい綺麗なんだよ、マグノリアの桜ってね! しかも夜になると、花弁が虹色になるの! そりゃもうチョー綺麗で!」

 

 明日の花見がよほど楽しみなのか、興奮気味で口を動かすルーシィは虹の桜を想像してだらしなく口元を緩ませる。

 月の光に照らされ、虹色に染まる桜はさぞ幻想的な事だろう。と、そんな事を考えながらウェンディとの会話に夢中になっているルーシィは、いつの間にか洞窟に辿り着いていたことに気付かない。

 

「……何かいるな」

 

 見つけた洞窟内に入り、目的の薬草はないかと周囲を見渡していたエルザの眉が鋭く上がり、奥の暗闇を睨みつける。

 その暗闇の中から、下劣な笑い声が洞窟内に響いた。

 

「ウホホホ!」

 

 笑い声を響かせて闇から出てきたのは、この極寒の地で生き延びるため、真っ白な毛で体を覆った知性を持つ獣。自分達の縄張りに入ってきた久方振りの侵入者(獲物)に、バルカン達は歓喜の叫びを上げた。

 

「やるぞ、お前達」

「……仕方ねぇ、ちゃっちゃと済ませるか」

 

 未だ話に花を咲かせ、バルカンの強襲に気付かない二人を一瞥してグレイはエルザの隣に並ぶ。エルザを挟んだ反対側で暴れたくてたまらないと体を震わせるナツは我先に飛び出していき、かかってくる一匹のバルカンに拳を叩きつけた。

 炎と共に吹き飛ばされ、弾丸のように自分達の横を飛んで行った仲間の姿に、バルカン達の表情が凍りつく。

 

「やりすぎだナツ! 薬草の場所を聞き出せるかも──」

「──聞き出すのなんて、一体残ってりゃ十分だろ!」

 

 柳眉を逆立てるエルザの言葉に被せ、グレイはバルカンに向けて氷の槍を射出する。

 狙われたバルカンは一つ目の氷槍を躱すことには成功したが、その巨軀では続いて向かってくる氷槍を避ける事は叶わず、為す術もなく意識を刈り取られた。

 この時点で、バルカン達は狩られるのは自分達の方なのだと理解した。すぐにでもここから逃げ出そうとしたバルカンだったが、目の前の者を見て足を止める。

 好き放題に暴れる仲間に嘆息する、緋色の悪魔。

 奴からは決して逃れられないと、本能的に悟ってしまった。

 

「頑張れナツー!」

 

 次々と仲間を蹂躙していく火竜を応援する声が耳朶を叩き、バルカンは声のした方向に顔を向ける。その先にいたのは青色の猫と、二匹の猫を胸に抱える紅髪の少年。

 あの悪魔達から逃れるには、あれを利用するしかない。

 思考を固めたバルカンは力強く地面を蹴り、そして自分が生存できる唯一の可能性に手を伸ばす。

 飛びかかってくるバルカンに気付き、少年が目を見開いた。あと少しで手が届きそうだというのに、目の前の少年は固まって動けずにいる。

 やれる、と己が勝利を確信した刹那、伸ばしていたはずの腕が視界から消えた。

 直後に襲ってきたのは激痛。腕が捻じ切れそうな痛みに顔を歪め、後ろを振り返ったバルカンの表情は恐怖に染まった。

 

「貴様、私の仲間に何をしようとした……?」

 

 ドスの効いた声が洞窟に響き、自身を睨む二つの光にバルカンは奥歯を震わせ、腰が抜けてへたり込む。 

 丸太のような腕を掴む手に力を入れ、腰を捻ったエルザは勢いよくバルカンを投げ飛ばした。

 風切音を立てながらバルカンが目前を通過し、ナツの髪がふわりと舞う。直後、ナツとグレイは先程と変わらぬ声色でエルザに名前を呼ばれ、反射的にその場に正座した。

 

「お前達、薬草の在り処を聞き出す為に一匹残しておくと言っていたな。そいつは何処だ?」

 

 正座する二人の前で腕を組み、仁王立ちするエルザは周囲を見渡す。そこには気絶したバルカンの山が出来ており、情報を聞き出せそうな状態の者は残っていなかった。

 

「まさか、忘れていたわけではあるまいな?」

「い、いや……忘れてたっていうか……」

「さっきエルザが投げ飛ばしたのが最後の一体っていうか……その……」

 

 額に汗を浮かべ、これ以上エルザの機嫌を損ねないよう気を使いながらナツ達二人は弁明する。

 そんな様子を眺めていたテューズは後方に佇む柱時計の星霊に視線を向け、戦闘があったことにすら気づいていない様子のルーシィ達に苦笑を湛えた。

 ナツ達がエルザの説教を受けているというのに、相も変わらず心做しか高い声で中の様子を代弁するホロロギウムの様はミスマッチに思える。

 結局薬草の場所も聞き出せず、一同は再び山道を登り始める。楽しげな様子で虹の桜について語っていたルーシィ達だったが、存外その終わりは唐突にやってきた。

 

「時間です。ではごきげんよう」

 

 タイマー音を響かせながらホロロギウムはそう告げる。すると煙がホロロギウムを包み、気がつけばルーシィ達は雪道に放り出されていた。

 

「ひぃ!」

「寒い!」

 

 寒風に身を晒され、ルーシィとウェンディは情けない声を上げながら身を寄せ合う。

 抱き合って震える二人に「お前達もちゃんと探さないか!」とエルザが眉を顰めた時、ナツの並外れた嗅覚が何かを捉えた。

 

「匂うぞ……これ絶対薬草の匂いだ!」

「相変わらず凄い鼻だね」

「てか、あんたその薬草の匂い嗅いだことあるわけ?」

「さっきハッピーの質問に答えたとき、薬草を見たことないような反応をしてましたよね?」

 

 ニヤリと口角を上げるナツに感嘆するハッピーの隣で、シャルルとフィールはナツの言葉に目を細める。

 嗅いだこともないのに何故そうだと言い切れるのか、という疑問はシャルル達だけでなく他の面々も抱いたが、ナツには確信があるようで匂いの元へと走り去ってしまった。

 

「ったく、せっかち野郎め」

「とにかくついていく事にしよう。あいつの鼻は侮れないからな」

 

 呆れた様子のグレイに続き、エルザもナツを追って山道を登る。

 そんな彼等の後ろ姿を眺めるシャルルは背筋に悪寒を覚え、頬を痙攣らせて口を動かした。

 

「気のせいかしら、凄くイヤな予感がするんだけど……」

 

 シャルルの言葉に足を止め、ウェンディとテューズは互いに顔を見合わせる。シャルルの勘はよく当たるということを、彼等はよく知っていた。

 故に、フィールが「気を引き締めた方がいいかもしれませんね」とテューズを見上げる。それに頷いて同意を返すと、山頂から響き渡るナツの声が彼等の耳朶を震わせた。

 

「あったー!!」

 

 山頂に辿り着いたナツの前に広がっていたのは、雪に守れながらも力強く咲く薬草達。漸く見つけた目的の品。

 いざ採取しようとハッピーと共にナツが腕を捲った時、二人を大きな影が覆った。

 

『オオオオオオッ!!!』

 

 咆哮を轟かせ、空からナツ達を見下ろす一頭のワイバーン。

 雪のように真白な鱗を身に纏い、ここは自分の縄張りだと言わんばかりに爪牙を剥き出しにしてナツを睨む。

 その竜のような姿とは裏腹に草食であるこのワイバーンは、ナツから薬草を守るようにして地に降り立った。

 この極寒の雪山に生息する草食系。食べるものなど、当然一つに限られる。

 

「こいつ!」

「独り占めする気だ!」

 

 敵を睨みつけ、真白な翼を広げて威嚇するワイバーンにナツは臨戦態勢をとる。そこにグレイ達も到着し、ワイバーンを視認して構えを取ったグレイはニヤリと口角を上げた。

 

「こういうの、確か一石二鳥とか棚ぼたって言うんだよな。白いワイバーンの鱗は結構高く売れるって知ってるか?」

「よぉし、薬草ついでにこいつの鱗全部剥ぎ取ってやんぞ!」

 

 雪の影響か白く染まったワイバーンの鱗というは希少とされ、グレイの言葉通り高値で取引されている。

 恐ろしい事を口走る悪魔(ナツ)にワイバーンびくりと体を震わせ、自身と対峙する三人の魔導士に気圧された。

 

「よし、ここは私達に任せてルーシィ達は下がっていろ。私達があいつの注意を引き付ける。その隙を狙って、ルーシィ達は薬草を採取するんだ」

 

 雷帝の鎧に換装したエルザはワイバーンから目を離さずに後方へ指示を出し、腰を落とす。

 身の危険を感じたワイバーンが上空へ飛び上がるが、エルザはナツ達を引き連れてワイバーン目掛けて跳躍する。

 上空で戦闘が開始すると、テューズたちは戦闘に巻き込まれないように、ワイバーンに気づかれないように腰を落とし、悲鳴を上げながら薬草の元へと急ぐ。

 

「急いで急いで!」

「情けない声出さないの」

「モタモタしてると、逆に危険ですよ」

 

 ハッピー達がそういった瞬間、ワイバーンは翼をはためかせて風圧を起こし、跳ね返されたナツの炎がテューズの方へと流れてきた。

 迫りくる炎によってテューズ達の顔が赤く照らされ、三人は咄嗟に前方へ飛び出して回避行動を取る。

 先ほどまでテューズ達がいた地点に炎は着弾し、回避行動を取らなければ炎は恐らく三人に直撃していただろう。

 危なかったと一息つき、額の冷汗を拭った刹那、ルーシィの眼前に氷の刃が突き刺さった。

 

「ならば、これならどうだ!」

 

 ナツとグレイの攻撃を悉く跳ね返したワイバーンにエルザは電撃を放つが、ワイバーンはそれを回避し電撃はナツ達に浴びせられる。

 

「馬鹿者! ちゃんと避けないか!」

 

 ナツ達に叫ぶエルザ目掛けてワイバーンは急降下し、鋭い爪を振り下ろす。雷を帯びた槍でそれを受け止めると、エルザは唇を噛み締めて踏鞴を踏んだ。

 強い。想像していたよりも遥かに強い。

 それもそのはず。このワイバーンが主食としているのはこの薬草。食べれば魔力が一時的に増強される薬草だ。

 それを食べ続けたワイバーンが、他種に劣る道理はない。

 

「意外と強敵だー!」

(皆……! よし、私だって負けてられない!)

 

 エルザとワイバーンの衝突によって飛ばされそうになったハッピーの手を繋ぎ、奮闘する仲間を見て気を引き締めたルーシィは雪を蹴散らして薬草の下へ駆け出していく。

 すっかり戦闘に見入っていたテューズ達も本来の目的を思い出し、我に返って薬草の採取を開始した。

 薬草を取れたと無邪気にはしゃぐルーシィの声を聞きながらテューズも薬草を摘み取り、次の薬草へと手を伸ばす。しかし、その手はフィールによって止められた。

 

「テューズ、その辺りでやめておきましょう」

「え? でもエルザさんが多めに取れたら明日の景品にするって……」

「三人で採取してるわけですし、これだけで十分です。あまり取りすぎては、ここの生態系を崩してしまう」

 

 この極寒の地で生息できる植物類は限られており、草食のワイバーンにとってこの薬草は生きる為になくてはならない存在だ。

 ここにある薬草はワイバーンの貴重な食料。それを取りすぎてしまえばどうなるかなど、考えるまでもないだろう。

 それこそが薬草が出回っていない理由でもある。強力なワイバーンが薬草を守っていること。

 そして、そのワイバーンを突破して薬草を採取できる程の魔導士であれば、薬草が乱獲されてしまわないようこの薬草については口を噤むのだ。

 

「じゃあ、これくらいでやめておこうか」

「えぇ。シャルルの勘もありますし、何事もない内に立ち去り──ッ!」

 

 素直に言うことを聞くテューズに和やかな表情を浮かべていたフィールだったが、突然何かを察したように振り返る。

 険しい面持ちに変わったフィールはテューズの背中を掴み、訳も分からず混乱する少年を連れて上空へと飛び上がった。

 同様にシャルルもウェンディを連れて上空へと避難している。

 連携してワイバーンを倒した三人と薬草を手に抱えたルーシィがフィール達の行動に首を傾げた刹那、激しい地響きが辺りに響いた。

 

「これってまさか……」

「な、雪崩!?」

 

 地響きと共に迫りくる白い波。顔を引きつらせたナツ達三人はワイバーンに飛び乗る事で雪崩に飲まれないよう回避する。

 しかし、周囲にあるものは薬草ばかりという状況のルーシィにはなす術などなく、顔を守るように腕を交差させたルーシィは雪崩に飲み込まれてしまった。

 

「無事かルーシィ!?」

 

 ワイバーンに乗ったことで乗り物酔いを起こしたナツを脇に抱え、エルザはワイバーンの上から辺りを一望する。

 エルザの叫びに返答はなかったが、かわりにしっかりと握りしめられた薬草が掲げられ、ルーシィの居場所を知らせる。

 駆け寄ってくる仲間の足音を聞きながら、雪を被ったルーシィは凍えるような寒さにガタガタと体を震わせた。

 

 

 

 

 翌日。満開に咲いた桜に囲まれ、ヒラヒラと舞う花弁を肴に哄笑が響く。

 木漏れ日が差し込み沢山の笑顔が咲く中、ナツ達は浮かない表情を浮かべていた。

 

「はぁ? ルーシィのやつ風邪引いたって?」

「そんなに酷いんですか?」

「ん……」

 

 グレイとジュビアに素っ気ない返事を返し、ナツはどこかつまらなさそうに目を伏せる。

 目に見えて元気のないナツに変わってハッピーが病態を説明するが、聞く限りとても花見に来られるような状態ではない。

 ルーシィがこの花見をどれだけ楽しみにしていたかを知っていたテューズ達の表情も、同情から暗いものへと変わった。

 

「そうだ! ウェンディとテューズに治して貰えばいいんだ!」

 

 名案を思いついたとハッピーが期待の眼差しをテューズ達に送ったが、テューズとウェンディは顔を見合わせると静かに首を横に振った。

 実は、もう既に解熱の魔法はかけてあるのだ。しかし、解熱の魔法は解毒と違って遅効性。

 テューズは明日には治っているだろうという旨を話すが、どうやらそれでは不満らしく、ハッピーはテューズ達に向けていた眼差しを地に落とす。

 

「それではこれより、お花見恒例のビンゴ大会を始めまーす!」

「「「ビンゴーー!!」」」

 

 ミラの言葉に続いて歓声が上がり、テューズ達全員の視線が奪われる。抽選機の横に立つミラがカードは持ったかと問いかけると、全員がカードを空に掲げた。

 非常に元気の良い様子にマカロフは笑みを浮かべ、口を開く。

 

「ほっほっほ! 今年も豪華な景品が盛りだくさんじゃ! 皆気合いを入れてかかって来い!」

「「うぉぉぉぉ!!」」

 

 ミラの指示に従ってカードの真ん中に穴を開け、遂にビンゴ大会は幕を開けた。

 カラカラと音を立てながら抽選機は目まぐるしく回転し、回転が止まると同時に抽選機の上で光が弾ける。

 花火のように弾けた光は"24"という数字を形成した。その数字にある者は意気揚々とカードに穴を開け、またある者はガックリと肩を落とす。

 そうして何度か抽選を繰り返すと、遂にビンゴを達成した者が現れた。

 

「ビンゴだ!!」

 

 声を張り上げ、期待に胸を踊らせて景品を受け取りに行ったのはエルザ。

 一体どんな景品が貰えるのかと目を輝かせるエルザが手渡されたのは、何処かで見た覚えのある薬草だった。

 

「はいどうぞ。一時的に魔力がアップすると噂の薬草で〜す!」

「これは私達が取ってきたものだな……しかも既に枯れている……!」

「急に暖かい所に持ってきたからかのう?」

「私の……ビンゴが……」

 

 折角一番乗りでビンゴを達成したというのに、貰えた景品は自分で取ってきた薬草。

 そもそも自分で取ってきたものなのだから、素直に喜び辛い。その上薬草は既に枯れてしまっており、お世辞にも食欲を誘うとは言い難い色をしている。

 一番乗りの喜びから突き落とされ、胸に抱いていた期待が霧散されたエルザは項垂れるように両手をついた。

 

「大丈夫ですか? エルザさん」

「うぅ……私のビンゴがぁぁ!!」

 

 戻ってきたエルザにウェンディが声をかけるが、思いの外ダメージは大きかったらしい。肩を落としたエルザからは哀愁が漂っていた。

 その後も続々とビンゴ者は現れたが、テューズ達はまだビンゴを達成できていない。

 目を吊り上げてビンゴカードと睨み合っていたシャルルは、溜息をついて頭を押さえる。

 

「はぁ……絶対当たらない気がするわ」

「シャルルの勘はよく当たるけど……」

「僕は後ちょっとでビンゴなのに……!」

「え、凄い! 沢山空いてる!」

「見事なまでにビンゴを外してますね……ビンゴより凄いんじゃないですか、これ?」

 

 唸るテューズのカードを覗き込み、ウェンディは驚愕した。

 カードのうち殆どに穴が空いており、穴の空いた番号よりも空いていない番号の方が簡単に数えられるだろう。しかし、縦横斜めのどの列もビンゴは成していない。

 ウェンディが指で線を描くようにしてテューズのカードを数えてみると、リーチの数は12個となっていた。

 

「何処か後一個でも開けばビンゴだし、次こそは──」

「あ、今ので景品が最後だったみたいですね」

「え……?」

 

 フィールの報告を聞き、間抜けな声を出したテューズは思わずカードを落としてしまう。

 マカロフの様子を見るに本当に終わってしまったらしく、あと一歩、本当にあと一歩という所でビンゴを逃したテューズは目に涙を浮かべて膝をついた。

 

「そんな……あと少しだったのに……」

「惜しかったですね」

「やっぱり当たったね、シャルルの勘」

 

 テューズを慰めるフィールの隣でウェンディがそう語りかけると、シャルルはテューズを一瞥して地面に落ちたカードを手に取った。

 

「ここまで穴が空いてるんだし、特別賞とか貰えるんじゃない?」

「……本当?」

「知らないわよ。でも、何もしないよりはマシでしょう?」

 

 シャルルがカードを差し出すと、テューズは無言で頷いてそれを受け取る。

 そうしてマカロフの下へ行った結果、ここまで空いてビンゴがないのは奇跡だと、テューズは特別賞として沢山のお菓子を貰った。

 

 

 

 

 日が沈んで辺りは暗くなり、マカロフは待っていましたと言わんばかりに酒の入ったカップを掲げて口上する。

 

「これより、本日のメインイベントである"虹の桜"のお披露目じゃ!!」

 

 マカロフがそう述べた刹那、月明かりに照らされた桜はその花弁を鮮やかな虹色に変え、幻想的な姿となった。

 赤、青、黄、緑、色取り取りの花弁が宙を舞い、その光景に沢山の人々が心を奪われた。

 その例に漏れず、初めて見る虹の桜に心を奪われてテューズは目を輝かせる。

 そんな彼に視線を向け、ウェンディは俯いて言葉を紡ぐ。

 

「テューズ。ローバウル(マスター)がいなくなった時のこと、憶えてる?」

「え? まぁ、憶えてるけど……?」

 

 ウェンディの声によって現実に引き戻され、急な問いかけにテューズは疑問符を浮かべる。

 何故このタイミングでそんなことを聞くのだろうかと疑問に感じたが、そんな事は考えたところで分かるはずもなく、テューズは静かに言葉を待つ。

 

「あの時、マスターが、ギルドのみんながいなくなって凄く怖かった」

「……うん。僕も怖かった」

「でも私、テューズの言葉も怖かった……なんて言ったか憶えてる?」

「えぇと……あぁ……」

 

 ウェンディに聞かれて自分の記憶を遡るが、何分あの時は必死だったこともあって、自分が何を言ったのかなど全く分からない。

 頭を抱えてうんうんと唸るテューズの様子に、ウェンディはクスリと微笑を漏らした。

 

「『僕は化猫の宿(ここ)にいられなくてもいい』って言ったんだよ」

 

 確かに言った。自分がいるせいでマスターが居なくなるのなら、自分など消えてしまえと、そう思って。

 真っ直ぐに向けられる視線。責められているわけではないのにどこか後ろめたい気になり、テューズは顔を顰める。

 そんなテューズの手を、ウェンディは祈るようにして握った。

 

「仮に、もし仮にそれでマスター達が消えなくたって、私はそんなの嫌だよ。それはきっと、シャルルやフィールも同じだと思う」

「……ごめん」

「……もう自分が消えればいいなんて、あんな事言わないで。私はみんなと一緒に居たい。シャルルも、テューズも、フィールも、誰一人として欠けちゃ嫌だよ……」

 

 彼女の目尻に浮かんだ涙が、虹色の光を反射させる。

 静かに頬を伝う涙を見て、テューズは自分がどうしようもない程に情けなく感じた。

 激情に任せて放った言葉が、ここまで彼女を苦しめていたなど微塵も分からなかった。

 そっと、震える手を握り返す。ささやかな謝罪と、小さな決意を込めて。

 

「約束する。もうあんな事は言わない。やらない。だから──」

 

──だからどうか、泣かないで。

 

 喉元まで出ていた言葉は、発せられる事なく呑み込まれる。代わりに、彼女の目尻に溜まる涙を指先でそっと拭った。

 拙い手つきで、不器用な笑顔を浮かべる目の前の少年に、ウェンディは笑みを零す。

 

「……約束だよ?」

「うん。約束」

 

 もう誰も居なくならないで欲しい。みんなでずっと一緒に笑っていたい。そんな少女の切実な願いを守ろうと、少年は心に誓う。

 月に照らされた虹色の桜が、静かに二人を照らしていた。


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