FAIRY TAIL 海竜の子   作:エクシード

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日常編
迷子の出会い


「あぁ……船って潮風が気持ちいいんだな……」

 

 化猫の宿(ケットシェルター)から妖精の尻尾(フェアリーテイル)に帰るため、テューズ達はまず船に乗ってハルジオンを目指していた。

 船でハルジオンへ向かい、そこからマグノリアへ移動する。それが今回のルートだ。

 普段は乗り物酔いでそれどころではないナツも、今日は酔い止めの魔法をかけてもらった為、甲板で景色を楽しみながら気持ちよさそうに潮風を浴びていた。

 

「乗り物っていいもんだなー!」

 

 今まで乗り物酔いのせいで楽しめなかった分を取り戻すかのように、甲板を走り回って船旅を満喫するナツ。

 そんなナツにウェンディがそろそろトロイアが切れる頃だと知らせたが、ウェンディがそう告げると同時に効果が切れたようでナツは顔を青ざめて倒れ込んでしまった。

 

「も……もう一回かけ…て……おぷ……」

「ごめんなさい……トロイアは連続して使うと、効果が薄れる魔法なので……」

 

 そう言ってテューズが頭を下げると、ナツは絶望したように項垂れてしまう。

 トロイアはバランス感覚を養うため乗り物酔いを克服出来るが、使い過ぎると対象者に慣れが生じてしまうため乱用するのはナツのためにもならない。

 未来の自分のために、今のナツはこの船旅が終わるまで耐えるしかないのだ。

 

「うぅ……まだ……着かないのか……」

「ったく、さっきと逆のこと言ってんじゃねぇよ。もっと船に乗っていたいって言ってたのは何処のどいつだ?」

 

 つい先程、初めての快適な船旅が終わることを惜しんでナツはまだ終わって欲しくないと漏らしていた。

 そこを突いてくるグレイにナツはさっきと今とでは状況が違うと反論したが、吐き気のせいで言葉は途切れ途切れとなりいつもの覇気はない。

 ニヤニヤと笑いながらよく聞こえないと返すグレイにナツは後でぶん殴ってやると返し、青白い顔で精一杯睨む。

 しかし、当のグレイには何処吹く風と聞き流されてしまっていた。

 

「本当に皆も妖精の尻尾に来るんだね」

「私はウェンディが行くって言うからついてくだけよ。そういう話ならフィールとしてくれる?」

「えぇ……? 私もテューズについて来ただけなので……」

 

 シャルルはアプローチをかけてくるハッピーから顔を背けると、相手するのは面倒だとフィールに擦りつけようとする。

 だが面倒と感じているのはフィールも同じらしく、こっちに寄越すなと睨まれてしまった。

 二人から露骨に避けられたハッピーだったが、ハッピーは2人の反応を照れ隠しと受け取ったようで幸いにもダメージはないようだ。

 

「マグノリアに着いたら、オイラが街を案内してあげるよ!」

「遠慮しておくわ」

「まぁそう言うな。初めての街では分からないことも沢山あるだろう? 私にも誘った責任がある。案内させてくれないか」

「……まぁ、そこまで言うならされてあげないことも無いけど」

 

 食い気味にハッピーの提案を拒絶したシャルルは渋々といった様子でエルザの提案を承諾し、その様子にエルザは笑みを浮かべる。

 素っ気ない態度を取っているシャルルではあるが、こうして案内を承諾してくれたように態度こそ冷たいものの、決して自分達を嫌っているわけではない事をエルザは理解していた。

 ハッピーに関しては少し違うようだが、同じように一夜からしつこくアプローチを受けていたエルザはこれについては気にしない事にしていた。

 時間はかかるかも知れないが、焦らずにゆっくりと心の距離を縮めていこうとエルザはまず何処を案内しようかと思案を始める。

 シャルル達だけでなく、ウェンディやテューズも一緒に案内するのだ。

 彼らはまだ幼いことから美味しいお菓子でも紹介しようかと考え、そこで歓迎の証としてとっておきのケーキでも焼いて貰おうかと思いついた。

 

「妖精の尻尾って凄く大きいギルドなんですよね。僕楽しみです!」

「分かる分かる……あぁ、アタシにもそんな時期があったわ……」

 

 目を輝かせるテューズを見ると、ルーシィは懐かしむように空を見上げた。

 憧れのギルドに加入できた時のあのワクワク感は、今でも鮮明に憶えている。新人だった自分が先輩になると思うと、感慨深いものがあった。

 

「お、見えてきたぞ、ハルジオン」

 

 そう言ったグレイの指差す方向に視線を向けると、水平線の向こうに街が見えた。

 港街と言うだけあって、滅竜魔導士であるテューズの耳には活気ある声が聞こえ、初めての街に自然と期待が膨らむ。

 そんなテューズと同じように、漸くこの船旅が終わりを告げることにナツは歓喜した。無論乗り物酔いのせいでダウンしているので心の中でではあるが、それ故ナツの心中ではお祭り騒ぎが行われている。

 

「やっと……やっと解放……される……!」

「でもさナツ、ハルジオンからマグノリアまではまた乗り物だよ?」

 

 彼らの目的地はギルドのあるマグノリアであり、ハルジオンではない。ハルジオンからはそこそこの距離があるため、当然の如く彼らは徒歩ではなく列車移動を選択する。

 ハッピーから突きつけられた現実にナツは一気に絶望まで叩き落とされ、船の上で声にならない悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 あれから列車に揺られながらマグノリアまで向かい、無事に妖精の尻尾に到着したテューズ達。彼らがギルドに入ると、エルザ達が知らない奴らを連れてきたぞとテューズ達はすぐに注目を集めた。

 

「と言うわけで、こっちがテューズとフィール」

「こっちがウェンディとシャルルだ。私たちが妖精の尻尾へと招待した」

 

 エルザとグレイが事の成り行きを手短に説明し、テューズとウェンディは興味津々と言った様子で食い入るように見てくるギルドメンバー達に笑顔で頭を下げ、元気よく挨拶をする。

 新しい仲間を歓迎しない者はおらず、ウェンディの可愛らしい見た目やハッピーと同じ種族のシャルルとフィールの存在に興奮し、場は一気に盛り上った。

 

「お嬢ちゃんいくつ?」

「好きなものはなに?」

「いやぁ、可愛いね!」

(……ウェンディの人気が凄い)

 

 ウェンディに男性陣に囲まれて質問攻めにあい、遠慮のないその様子にシャルルはオス共がと目を吊り上げてワナワナと震えている。

 殆どのメンバーがウェンディの方へ行ったため、取り残されたテューズがシャルルを宥めていると一人の女性がテューズの下へ歩いてきた。

 

「初めまして。ミラジェーンよ」

 

 膝を曲げて視線を合わせ、ミラがニッコリと微笑みかけるが反応は無い。

 立ち尽くすテューズの様子にミラは首を傾げるが、その動作さえもが美しく、テューズの視線はミラに釘付けにされていた。

 

「……テューズ? 聞こえてます?」

「へ? あぁ、うん……何だっけ?」

「何だっけって……」

 

 フィールの呼びかけでテューズは我に返ったが、何処か反応がぎこちない。

 若干頬を赤く染めたテューズの様子を、先ほどまでウェンディを囲っていたマカオ達はニヤニヤと笑みを浮かべながら眺めていた。

 

「坊主、ミラに見惚れてたんだろ」

「あ、いや!? えっと!?」

「あらあら」

 

 ワカバに指摘され、図星だったテューズは動揺して顔を林檎のように真っ赤に染め上げる。エルザ達も美人ではあったが、ミラのような柔らかい雰囲気を持つ美人というのは彼にとって初めてだった。

 羞恥から小さくなるテューズがミラを一瞥すると、見惚れられるという事に慣れているのかミラは相変わらず微笑を湛えている。

 恥ずかしさで居たたまれない気持ちになり、ウェンディの下へ避難しようとしたテューズは振り返るとすぐに足を止めた。

 

「……やっぱりお胸が大きい方が……」

(こ、こわっ!?)

 

 ウェンディは自分の胸に手を当て、ぶつぶつと呪詛でも呟くかのように独言している。

 足を止めたのは、長年一緒にいるテューズでさえも初めて見る彼女の異常な様子に恐怖を覚え、硬直してしまったからだ。

 化猫の宿にも大人の女性はいたが、テューズが見惚れるという状態に陥った事は一度もない。

 それ故、ウェンディはテューズが異性との色恋沙汰には関心が無いと認識していた。事実、テューズは同年の少年に比べてもそういった物には疎い。

 そんなテューズが一目見ただけで心を奪われたのだ。長年一緒にいたウェンディからすると、これだけの期間を過ごしているのに意識された事のなかった自分にはまるで魅力が無いと言われているようだった。

 

「ウェンディ……大丈夫……?」

「……平気」

 

 恐る恐る声をかけたテューズに、ウェンディは頬を膨らませると顔を逸らしてしまう。

 テューズは機嫌の悪そうなウェンディに自分が何かしてしまったのではと焦るが、ここ最近の記憶を遡っても全く心当たりがない。

 第一、ギルドに来た時はいつも通りだったのに、一体何があったのか。どれだけ思考を巡らせても、テューズには全く理解出来なかった。

 

「そう言えば、ふたりはどんな魔法を使うの?」

 

 狼狽るテューズに助け舟を出そうと、ミラはふたりに質問する事で話題を変えようと謀る。

 そんな考えを知ってか知らでか、テューズはその問いに飛びつくように反応した。

 

「はい! 僕は大海魔法を使えます!」

「……私は天空魔法です」

 

 テューズに続く形でウェンディも問いに答えると、マカオ達は互いに顔を合わせて疑問符を浮かべた。

 大海魔法や天空魔法など、聞いた事が無かったからだ。名前からして大凡の属性は想像がつくが、どんな魔法かは分からない。

 例えば、グレイなんかは氷の魔法を使うと一言で言っても、正確には氷の造形魔法という風に分類される。大海魔法や天空魔法いう魔法は、細分化しても聞いた事のないものだった。

 

「あなた達には滅竜魔法と言った方が分かりやすそうですね」

「ウェンディは天空の滅竜魔導士。それで、テューズが大海の滅竜魔導士よ」

 

 ナツの所属しているギルドであれば滅竜魔法の方が馴染みがあるだろうとフィールとシャルルが説明を補足する。それを聞いて固まる一同に、ウェンディ達は目を落とした。

 まだふたりが化猫の宿に所属していた頃、テューズに至ってはそれ以前からも、滅竜魔法という魔法が珍しすぎるが故に信じてもらえない事は多々あった。今回もまた信じてもらえないかと諦め、力のない笑みを零す。

 

「す、すげぇ!」

「まじかよ!? 滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)が一気に2人も!?」

「珍しい魔法なのにな!」

 

 各々が驚愕や歓喜の反応を示し、マカオ達はこれでこのギルドに4人の滅竜魔導士がいる事になったと、2人を疑う様子もなくお祭り騒ぎを始める。

 信じてもらえた事に驚いて硬直していた2人も、彼らの騒ぎに頬を緩めた。

 

「今日は宴じぁ! 四人の歓迎会じぁ!!」

 

 マカロフの一声にギルドの全員が歓声を上げ、何処も彼処も酒を片手に飲めや騒げと盛り上がる。

 一部ではナツのように暴れ出す者や、ミラなどのように演奏を始める者もいた。

 

「楽しいとこだね!」

「うん。みんないい人ばっかり!」

 

 歓迎してくれる新たな仲間たちに、ウェンディとテューズは目を輝かせる。ここに来る時まで心の何処かに感じていた不安は、もう2人の中からは綺麗さっぱりと無くなっていた。

 

 

 

 

 マグノリアに来てから数日後。テューズは随分とご機嫌なようで、鼻歌を歌いながら商店街を歩いていた。

 今晩のおかずは何にしようかと想像しながら商品を眺め、安くなっている野菜を複数手に取るとそれを店主に手渡す。

 

「おじさん、これとこれください」

「あいよ、これはサービスでおまけしといてやるよ」

「いいんですか!? ありがとうございます!」

 

 顔に喜色を浮かべ、頭を下げるテューズに店主は気にするなと豪快に笑い飛ばす。

 その後店主はお金を受け取り、テューズが購入した野菜と共にお釣りを手渡すと親指を立てて激励を送った。

 

「その歳で一人暮らしだもんな! 大変だろうが頑張れよ!」

「はい!」

「……で、話は変わるんだが、お前さんはギルドの魔導士だろ? 依頼は受けれるのかい?」

 

 店主の問いにテューズが頷くと、彼はテューズに自分の依頼を受けてくれないかと持ちかけてきた。

 依頼を熟さなければ生活は出来ないし、何よりたった今サービスしてくれた店主の頼み。テューズに断る理由など無かった。

 

「それは喜んで受けさせてもらいますけど、一体何をすればいいんですか?」

「実は、こいつをマーガレットの街に住んでいるお客さんに届ける予定だったんだが、ここ最近は嬉しい事に忙しくてな。届けに行く余裕がなかったんだ」

 

 戦闘もない筈だから頼むと言う店主の依頼を快諾し、テューズは依頼品である袋に詰められた野菜と地図を受け取る。

 魔法がかけられているのか野菜は鮮度が保たれており、地図は手書きなのか多少大まかなものだった。

 

「移動の馬車はこっち手配しておく。お前さんが届けてくれるってことを伝えとくから、明日はそれを使うといい」

「すみません。ありがとうございます」

「いいのいいの! それじゃあ頼んだぜ」

 

 依頼品を大事そうに抱え、テューズは帰路に就く。ギルドを通した正式な依頼ではないが、これがテューズにとって初めての依頼、初めての仕事だ。絶対成功させようと気合十分に張り切っていた。

 

 

 

 

 そんな彼が帰ってきたのは、マグノリアにある小さな一軒家。ウェンディ達は妖精の尻尾の女子寮に寄宿するそうで、一人で暮らす事になったテューズには十分過ぎる広さがある。

 幼いテューズが一人で暮らすと言う事で、大家さんも何かと気にかけてくれている為不満は何もない。

 差し込んだ鍵を回しても手応えがなく、ドアノブを回すとすんなり扉が開いた。家を出る時に鍵を掛け忘れてしまったのかとテューズが首を傾げながら玄関に入ると、玄関には自分の物ではない何処かで見たことのある靴があった。

 それだけであれば恐らく靴の持ち主であるウェンディが遊びにきたのかと考えるが、これは少しおかしい。

 ウェンディの物であろう靴は三和土だけでなく、靴棚にも何足か収納されているのだ。

 

「……? ウェンディ、来てるの?」

 

 テューズが声をかけながら家の中に進むと、ウェンディとシャルル、フィールの3人がダンボールから荷物を取り出して彼方此方へ運んでいた。

 予想外の光景に思わず依頼品の野菜を落としそうになったが、テューズは一度落ち着こうと深呼吸をしてから3人に何をしているのかと尋ねてみる。

 

「荷物の整理だよ。私達ここに引っ越すから」

「ん? ……は? ……え? 引っ越す?」

「うん……フィールから聞いてない?」

 

 愕然とするテューズにウェンディがそう尋ねるが、テューズはそんな話を一度も聞いていない。

 どう言う事かとフィールに視線を送ると、彼女は忘れてましたと告げて悪びれる様子もなく荷物の整理を再開した。

 

「言ってなかったの!? ご、ごめんねテューズ。私てっきり知ってるものかと……」

「いや……まぁこの際それはいいけど、3人は女子寮に入るんじゃなかったの?」

 

 何故この家にいるか、という疑問は解消されたが、次に何故引っ越すのかという疑問が湧いてきた。

 女子寮があると聞いた時、シャルルもフィールもウェンディの安全のため女子寮一択だと即決していたのだ。それがどうなればここに引っ越すという考えになるのだろうか。

 

「あんた、あそこの家賃知ってる?」

「確か……10万ジュエルだっけ?」

「ここは?」

「一応8万ジュエルだけど……」

 

 本来であればここの家賃はもっと高いのだが、大家さんがまだ幼いのに一人暮らしは大変だろうと、好意から家賃を負けてくれているのだ。

 本当にウェンディ達がここに引っ越してくれば、一人暮らしではなくなる為家賃は元の価格に戻るかもしれない。

 そんなテューズの心配を察したのか、フィールは大家に話は通してあるからその点は心配ないと述べた。

 

(僕には言ってないのに、大家さんにはちゃんと伝えてるんだ……)

「それで、あんたとルームシェアすれば家賃は分割して4万ジュエル。6万ジュエルもお得じゃない」

「それならテューズの家に住もうかって、前々からみんなで話してたの。ごめんね」

 

 顔の前で手を合わせ、ウェンディは申し訳なさそうに片目を瞑る。

 シャルル曰く、完全に引っ越すのではなく飽くまで収入が安定するまでの間だけらしい。テューズからするとそういう問題ではないのだが、こうなった以上もう何を言っても意味をなさない。

 初めからテューズに拒否権などなかったのだ。

 

「家事は当番制でいいですか?」

「うん……もう何でもいいよ」

 

 溜息をつき、テューズは静かに肩を落とす。憧れの一人暮らしは僅か数日で潰えてしまった。

 

「もういい時間だし、ご飯にしましょうか?」

「あ……みんなの食材が……」

「問題ありません。ここに来るまでに揃えておきましたから」

 

 窓の外を見ればもう空は茜色に染まっており、テューズはフィールから食材を受け取る。

 その中身を覗いてみると、袋には先程テューズが購入してきた食材が不足している人数分入っていた。

 

「え、何でこれを買ったって分かったの!?」

「あんたの考えなんてお見通しなのよ」

 

 驚愕するテューズにシャルルは自信満々の笑みを返す。実際にはテューズの思考を読んだとかではなくシャルルの持つ能力によるものなのだが、テューズにはそんな事を知る由もなかった。

 自分はそれ程までに分かり易いのかと口を尖らせ、テューズは調理のために台所へ向かう。その後ろを調理を手伝うためにウェンディが追って行った。

 

「……本当のところ、仕事が安定したら寮に行くつもりなんですか?」

 

 2人がいなくなると、フィールはそんな疑問を口にする。その問いにシャルルは荷物を整理する手を止め、フィールの方へ視線を向けるとニヤリと口角を上げた。

 

「テューズが心配なく1人で暮らせそうなら……かしらね」

「ふふ……そうですか」

 

 シャルルの返答に、フィールはクスクスと笑みを零す。シャルルが寮に入るつもりなどない事を察したからだ。思い返してみれば、シャルルはテューズが一人暮らしをする事をフィール以上に心配していた。

 ここに住む事を提案したのもシャルルであり、恐らくテューズがシャルルの条件を満たす事などないだろう。

 フィールが耳を澄ますと、リズム良く食材を切る音と2人の談笑する声が聞こえてきた。

 

(……杞憂だったかもしれませんね)

 

 テューズが一人暮らしに憧れを抱いていた事を知っていたフィールは、直前までテューズの夢を断ってしまって良いものかと逡巡していた。

 テューズにこの件を伝えられなかったのはそう言った理由あっての事だったのだが、蓋を開けてみればテューズは思いの外楽しそうにしている。

 テューズの為にも、そして自分達の為にも、この選択は正しかったのかもしれない。そんな事を思いながら、台所から香ってきた美味しそうな匂いにフィールは頬を緩ませた。

 

 

 

 

「随分と暇そうにしてますけど、昨日頼まれたっていう依頼はいいんですか?」

 

 ギルドの中にある、注文された酒や料理を提供するカウンター。そこでミラの手伝いをするフィールは、そんな事を言いながらカウンター席で暇そうに欠伸をするテューズに水を出す。

 

「マーガレット行きはもう少し後に出発する予定なんだって。もうそろそろ行くよ……」

 

 水を一口飲み、テューズは眠いのか目蓋を擦る。初めての依頼に気合が入っていたテューズは、遅刻しないようにといつもよりも早起きをしていたのだ。

 しかし馬車の発車時刻は決まっており、テューズがギルドにいるのはそれまでの時間を潰すためだった。

 

「おいナツ。実はすげえ話を聞いたんだ」

「……? なんだよ」

「ドラゴンを見たことあるってヤツが、この街の近くまで来てる」

 

 テューズの後方、真剣な面持ちで告げられたグレイの言葉に、ナツは思わず立ち上がった。同様に、育て親であるドラゴンを探しているガジルやウェンディ、テューズもそれぞれ反応を見せる。

 

「ドラゴンって、イグニールか?」

「……そこまでは分からねぇ」

「そいつに会ったのか?」

「いや、街で噂を聞いたんだ。ダフネってヤツが、ドラゴンの事を得意気に話してるんだと。ただ単に見たってだけじゃなく、"最近会った"とも言っている」

 

 最近会ったという言葉を聞き、ナツ達の中に自分の知っているドラゴンなのではないかと希望が芽生えた。

 それを確かめるため、グレイから詳しい話を聞いたナツはダフネがいるという西の荒地にあるライズという宿へ急いで向かう事に決めた。

 ウェンディも話を聞いてナツに同行することに決めたようだが、ガジルはどうせガセだと出向く気は起きなかった。

 これまでも、人の興味を引くためにドラゴンを見たと法螺を吹く輩は数多くいた。そんな奴らにそう何度も騙されてやるものかと、ガジルはナツから顔を背ける。

 

「テューズは来ねぇのか?」

「勿論行きま──あ……ごめんなさい、これから用事があるので……」

「……そっか、じゃあ仕方ねぇな。行くぞ、ウェンディ!」

 

 ナツは勢いよくギルドから飛び出していき、ウェンディもテューズにリヴァルターニの事も聞いておくからと述べてナツの後を追う。

 本当はテューズも同行したいのだが、彼はこれから依頼の為にマーガレットへ向かわなければならない。

 自分も依頼を早めに終わらせてナツ達と合流しよう。そう考えたテューズは、もうそろそろ出発の時間だろうと足早に馬車へ向かった。

 

 

 

 

 無事にマーガレットに辿り着き、依頼はテューズが思っていたよりもあっさりと終わった。元々野菜を届けるだけの大して時間がかからない依頼だった為、テューズは急いでライズへ向かおうとする。

 しかし、ここは初めて訪れた見知らぬ街。頼りの地図も店主の手書きであるため、必要最低限の事しか書いていない。

 そんな状態で西の荒地に行くにはどうしたら良いのかと歩き回るものだから、当然の如くテューズは道に迷ってしまった。

 

(ど、どうしよう……完全に迷っちゃった……)

 

 一人で迷子になってしまうというのは、存外心細くなるものだ。不安で泣き出しそうになりながらもテューズが歩き回っていると、彼の目の前で1人の少女が盛大に転んだ。

 おおよそ8歳前後であろう、何もない場所で派手に転んだ自分と同じような赤い髪の女の子。

 その少女から何処かウェンディに似た雰囲気を感じ取り、妙な親近感を抱きながらテューズは少女の元へ駆け寄って行く。

 

「君、大丈夫?」

「……痛い…」

 

 涙目の少女は片足を押さえており、テューズがそこに目を向けると少女は膝を擦りむいて出血していることがわかった。

 今にも泣いてしまいそうな少女に大丈夫と優しく声を掛け、テューズは少女の膝に手を添える。すると淡い光が少女の傷口を包み込み、少しすると傷は綺麗さっぱり消え去っていた。

 

「お兄ちゃん凄い……! 治癒魔法は失われた魔法(ロストマジック)なのに!」

 

 少女の口から""失われた魔法(ロストマジック)という予想外の言葉が飛び出し、テューズは目を点にして思考が停止してしまう。

 失われた魔法(ロストマジック)なんて言葉は、一般人であればまず使わない。魔導士ならばまだ分かるが、それでもこんな幼い子がそうそう口にするような単語ではないのだ。

 

「君は一体……?」

「あ、私魔法学校に通ってるんだけど、まだ魔導士にはなれていよ。でも、飛び級したからもう少しで卒業できるの!」

 

 テューズの疑問を察した少女はそう説明し、そしたら凄い魔導士になるんだ、と意気込む。そんな少女にテューズは凄いね、や頑張って、としか返せなかった。

 魔法学校という存在をたった今知ったテューズはそこがどういう場所なのかは知らないが、取り敢えず飛び級しているからこの子はきっと凄い子なのだろうという事は理解出来る。

 それならば、そんな凄い子なら西の荒地までの道も分かるのではないかと、正直情けなくてあまり気はならないが自分が迷子である事を少女に告白してみる事にした。

 

「お兄ちゃん、迷子なんだ……じゃあ私と一緒だね!」

「そうだね、一緒だ──え? 一緒?」

 

 無邪気に笑う少女は迷子が自分だけでない事に胸を撫で下ろし、冷や汗を浮かべるテューズの手を握った。

 1人では心細くても、2人なら大丈夫。そう言って照れ臭そうに笑う少女の手を苦笑いしながら握り返し、テューズは少女と行動を共にすることに決断する。

 1人の心細さをつい先程まで感じていたテューズにとって、一緒に行こうという少女の案は確かに魅力的なものだった。

 それに、迷子とはいえこの街に住んでいる少女と共に行動するのは1人で歩き回るよりマシと言える。断る理由など微塵もない。

 雑談を交えながら辺りを散策し、テューズと打ち解けた少女は前方を横切った猫に興奮して駆けて行った。

 

「あんまり走ると危ないよ!」

「平気だよ! お兄ちゃん心配しすぎ!」

 

 心配するテューズに笑顔でそう返した少女だが、言葉を返すのに振り向いたのがいけなかった。

 後方のテューズを見ながら走る少女は案の定足が縺れてしまうが、咄嗟にテューズが片手で少女を抱きとめ、もう一方の手を地面につけて何とか転倒を防ぐ。

 

「あ、ありがとう」

 

 頬を染めてテューズを見る少女は、テューズが体を支える為アスファルトについた手を擦りむいている事に気がついた。

 自分のせいで怪我をさせてしまったと泣きそうになりながら謝る少女に気にしないでと返し、テューズは傷口を冷やすように息を吹きかけると何事もなかったかのように立ち上がる。

 

「お兄ちゃん、魔法で治さないの?」

「うん? あぁ、自分の傷は治せないんだよ」

「そうなの……? じゃあ、私がお兄ちゃんの傷を治してあげる!」

 

 少女はテューズの手を取り、傷口に意識を集中させる。しかしそれでテューズの傷が癒える筈もなく、少女はガックリと肩を落とした。

 そんな少女に気を使い、テューズはもう平気だと少女の前で手をグーパーさせる。

 

「ありがとう。お陰で楽になったよ」

「うぅ……私、治癒魔法を練習してるんだ。でもお兄ちゃんみたいに上手くできないや……」

 

 溜息を吐いて落ち込む少女は、テューズに治癒魔法を使っている時何を思っているのかと尋ねてきた。

 魔法は心。心の在り方一つで魔法はその性質を如何様に変える。治癒魔法を使えるテューズと使えない自分の差を知るべく、少女はそんな質問をしたのだ。

 どんな答えが返ってくるのかと食い入るように見てくる少女に幾分かの答えづらさを感じながら、テューズは自分が何を考えているのかと熟慮する。

 

「……うーん……思いやり、なのかな…?」

 

 それが出てきた答えだった。相手の事を考え、思いやる。これがテューズが治癒魔法を使う時に考えている事。

 そして恐らく、それはウェンディも同じなのだろう。

 思いやりという言葉を噛みしめるように繰り返すと、少女は顎に手を添えて首を傾げた。

 

「思いやり……つまり"愛"?」

「あ、愛!? いや、確かに愛情ではあるんだろうけど……」

 

 思いやりも愛情ではあるが、愛というと胸の方がむず痒くなった。一方、少女は愛という事で納得したようで満足げな様子だった。

 赤面したテューズはむず痒さからこの話はここで終わりと言って歩き出し、彼について歩く少女は何かに気がつくと突然立ち止まり、もぞもぞと体を動かして顔を赤く染める。

 

「……お兄ちゃんは私のことを愛してるの?」

「はぇ!? な、なんで!?」

「だって、私に治癒魔法を使ってくれたでしょ?」

 

 テューズは治癒魔法を使った相手に愛情を持つ。つまり治癒魔法を使われた自分は愛されている。

 そんな思考の経緯でとんでもない質問をした少女は、恋愛と親愛を正確に分別出来ていないのかテューズを直視出来ずにいた。

 少女の質問にどう返答するのが正しいのかテューズはグルグルと頭を回転させるが、この状況を切り抜けられる上手い返しが思いつかない。

 まさか愛していないなんて事を言うわけにもいかず、愛しているか愛していないかという二択は自ずと絞られる。

 口に出すのは恥ずかしいが、この際そんな事を気にしていられない。テューズは深呼吸して覚悟を固めた。

 

「……そうだね。愛してるよ」

「ふぇ!? そ、そっか! そう…なんだ……あぅ……」

 

 真っ直ぐ目を見てそんな言葉を言われ、少女はお湯でも沸かせるのではないかという程に顔を赤くし、爆発するように頭から蒸気を吹き出した。

 恥ずかしさから少女は逃げ出すように走り出したが、すぐに立ち止まり、振り返ると潤んだ瞳でテューズを見つめる。

 

「あ、あのね……私、大きくなったらお兄ちゃんみたいな──」

 

 勇気を出した少女の言葉は、テューズに届く事なく周りの騒音にかき消された。

 歩いているうちに大通り付近まで来ていたようで、声のする方に視線を向けると沢山の人が行き来しているのが目に入る。

 聞きそびれてしまった事を聞こうとテューズから少女を見ると、少女はこの大通りに出ればもう迷う事はないだろうに暗い面持ちをしていた。

 

「どうしたの?」

「ううん、何でもないよ……お兄ちゃんも、ここならもう迷わないでしょ?」

「うん。多分ね」

「……じゃあ、私ともここでお別れだね」

 

 寂しげに笑い、少女は小さく手を振った。本音を言えばもっと一緒に居たい。今まで迷子になっていた時、これで迷子が解決すると安心感を感じていた大通りも、今は少し恨めしく感じた。

 

「また会える……よね?」

「……うん。また会えるよ」

 

 膝を折り、微笑むテューズに頭を撫でられ、不安げな表情をしていた少女は花のような笑顔を浮かべた。

 すると少女は片手でテューズの前髪を上げ、もう一方の手を頬に添える。

 

「またね、お兄ちゃん。私もお兄ちゃんのこと"愛"してるよ」

 

 そう言って少女はテューズの額に口付けをすると、はにかんで大通りの方へ駆けて行った。突然の事に目を見開き、固まるテューズはそっと自分の額を撫でる。

 幼い少女とは言え、女の子にこんな事をされたのはこれが初めてだ。先程の事を思い返すと、自然と頬が熱くなる。

 あまりの事に上手く思考が回らず、暫くの間テューズは1人、道端で呆けていた。

 

 

 

 

 相変わらず思考は纏まらないが、何とか馬車乗り場まで辿り着いたテューズはそのまま馬車に揺られてマグノリアへ向かう。

 もうじき日が暮れるであろう今の時間からライズへ向かっても、すでにナツ達は帰っているだろう。そう考えての判断だった。

 赤と青の混ざり合う空を眺め、少女の事を思い出しそうになったテューズは頭を振って思考を飛ばす。

 しかし、少しばかり遅かったようで彼の顔は再び赤く染まり、テューズは溜息を吐きながら両手で顔を覆った。

 

(うぅ……落ち着け落ち着け落ち着け…!)

 

 女性に対する免疫が少ないテューズに真っ直ぐな言葉というのは効果絶大だったようで、所詮子供の言った事だと理解していながらも耳までもが熱を帯びてしまう。

 こんな様子ではフィール達に心配をかけてしまうと、テューズは気持ちをリセットするために頬を力強く叩いた。

 そうして何とか落ち着きを取り戻したテューズはマグノリアに足を下ろしたのだが、目の前の光景に愕然としてその場に立ち尽くした。

 

「なに……これ……?」

 

 彼がマーガレットに行っていた間に、一体何があったのだろうか。マグノリアの街は半壊し、その中央には恐らくこの悲惨な光景の原因であろう巨大なドラゴンのような残骸が転がっている。

 

「テューズ、今帰ったんですね」

「フィール……あ、あれ……何…?」

 

 翼を広げて飛んできたフィールに、顔を痙攣らせたテューズが残骸を指差しながら質問する。

 何かを思い出したのか痛む頭を押さえながら、フィールは事の顛末を説明した。

 ダフネという女がドラゴンの話題を使ってナツをおびき寄せ、まんまと罠にかかったナツを利用して人工的な偽似ドラゴン、ドラゴノイドを作り出そうと画策していたのだとか。

 何とかナツの救出、及びドラゴノイドの破壊が出来たようで、ギルドの前には沢山の人が集まっていた。

 

「待っていたぞ、テューズ。お前達に渡したいものがあるんだ」

 

 テューズを見つけたエルザに手招きされ、2人はギルドの方へ向かう。街の被害を見たテューズはそんな事をしている場合なのかと疑問に思ったが、フィールからもみんなテューズを待っていると急かされて歩く足を早めた。

 

「色々大変ではあったが、ウェンディ、テューズ、これは私からのプレゼントだ」

 

 エルザが2人に差し出した箱を開けると、その中には立派なケーキが入っていた。テューズ達が妖精の尻尾に加入した歓迎の意味を込めてのものらしく、ミラによって綺麗に切り分けられたケーキが2人に渡される。

 

「改めて、ようこそ、妖精の尻尾(フェアリーテイル )へ!」

 

 エルザに続くように他のメンバー達も歓声を上げ、ドラゴノイドの件などなかったかのように騒ぎだす。

 半壊したマグノリアの街に、彼らの賑やかな喧騒が響いた。


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