FAIRY TAIL 海竜の子   作:エクシード

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希望の若者達よ

 ニルヴァーナが化け猫の宿に向かっていると気づき、その事を伝えるためにウェンディ達と別れた場所に戻ってきた二人だったが、辺りを見渡しても彼女らの姿は見えない。

 

「ウェンディ達がいない?」

「移動したのでしょうか……」

 

 付近の家も調べてみたが何処にもいない。隠れている訳では無いと確認し、二人は先程から聞こえる爆発音や、耳が壊れるのではないかという程の叫び声の発生源と思わしき場所、つまりニルヴァーナの中心部へ向かうことにした。

 ウェンディ達はあの音の様子を見に行ったのでは、というフィールの推理からニルヴァーナの中央に行ってみたのだが、結果フィールの推理通りウェンディ達の姿があった。

 それだけではない。ウェンディとシャルルだけでなく、エルザを除く妖精の尻尾(フェアリーテイル)の面々に加え蛇姫の鱗(ラミアスケイル)のジュラまでもがここに集まっていた。

 

「皆さーん!」

 

 空中から声をかけると一同はテューズに気づき、二人に向かって手を振っている。

 そんな彼らの下に降下したテューズは、焦燥感に駆られながらニルヴァーナが化猫の宿の方へと進んでいる事を説明した。

 しかし、それを聞いたグレイは大事とは捉えていないのか、明るい表情を崩さずに大丈夫だと言ってテューズの肩を叩く。

 

「皆がブレインを倒してくれたの!」

 

 驚く様子もない一同にテューズが困惑していると、ウェンディは嬉しそうに花のような笑みを浮かべてそう説明した。

 彼女の言った通り、確かに近くには倒れたブレインの姿がある。だが何故ブレインを倒す=化猫の宿は大丈夫、という式になるのかが理解出来ず、テューズ達は首を傾げた。

 

「ニルヴァーナを操っていたブレインを倒したから、この都市も止まると思うわ」

 

 テューズ達の様子を見て、何が疑問なのかを察したルーシィは答えを提示する。それによって漸く理解したテューズ達は、ニルヴァーナが止まると知って安堵の息を漏らした。

 

「でも、気に入らないわね。結局、化け猫の宿が狙われる理由はわからないの?」

「まぁ、深い意味はないんじゃねぇか?」

 

 不服そうに漏らしたシャルルの言葉にグレイが答えるが、それでは納得いかないようでシャルルは渋面を浮かべたままブレインを睨む。

 

「気になる事も多少あるが、ともあれこれで終わるのだ」

「まだ……終わってねぇ……早くこれ、止めてぇ……」

 

 ジュラにそう返したナツの顔色は青ざめていて、苦しそうに地面に伏せている。テューズ達はエルザのように毒に侵されたのではと心配するが、グレイ達から返ってきた反応は微妙なものだった。

 

「ハッピーも毒を喰らったんですか?」

「やめてよフィール、つつかないでよぉ」

「全く! だらしないわね!」

 

 ナツのように倒れているハッピーを指先でつつくフィールは次にハッピーの両頬を引っ張り、顔を伸ばしたりして遊んでいる。

 テューズはナツの下へ、ウェンディはシャルルとフィールに囲まれているハッピーの下へ向かい、二人にそれぞれ解毒の魔法をかけた。

 

「ありがとうウェンディ。助かったよ……」

「ううん、気にしないで」

 

 ハッピーは解毒によって楽になったようだが、ナツの容態は変わらず悪いまま。ナツを治してあげられない自分に不甲斐なさを感じ、テューズは肩を落とした。

 項垂れて落ち込むテューズに気にするなと声をかけると、グレイは倒れて動かないナツを担ぎ上げる。

 

「デカブツが、制御してるのは王の間だとか言ってたな。てことは、あそこに行きけばニルヴァーナを止められるって事だろ」

 

 そう言ってグレイが指差したのは、街を一望できる程の高さを持つ塔のような建物。彼の意見に反対する者はなく、一同は塔への移動を開始した。

 

 

 

 

「どうなってやがる! 何一つ、それらしき物がねぇじゃねぇか!」

「どうやって止めればいいの!?」

 

 塔の上に来てみたものの、あるのは崩れた瓦礫だけ。戦闘があったのか、ボロボロになった最上階にはニルヴァーナを止められるような物は見当たらなかった。

 

「すみません、ナツさん。僕がちゃんと解毒出来れば……」

「違うよ、ナツのこれは乗り物に弱いだけだから」

 

 だからあんまり気を落とさないで、とテューズを慰めるハッピーの言葉を聞き、ナツのそれが乗り物酔いであると知ったウェンディは苦しそうにしているナツに近づく。

 

「ねぇウェンディ、乗り物酔いだったら……」

「うん、バランス感覚を養う魔法が効くかも……トロイア」

 

 ウェンディが魔法をかけた瞬間、ナツは目を開けて起き上がり、飛んで跳ねてを繰り返す。

 先ほどまで自分を苦しめていた猛烈な吐き気は何処かに消え、どれだけ動いても気持ち悪くなることがない。

 顔色も間違えるように良くなり、最初は驚きのあまり黙っていたナツは自身の状態を理解すると、平気だと歓喜の声を上げながら塔の上を走り回っている。

 

「うぉぉ!! すげぇ! 全然平気だ!」

「よかったです。効き目があって」

「すげぇな、ウェンディ! その魔法教えてくれ!」

 

 ナツの無茶振りに、天空魔法だし無理ですよと申し訳なさそうに答えるウェンディ。

 実際はテューズにも使用可能なのだが、どちらにせよナツが習得できない事に変わりはない。

 乗り物に乗っても酔わないという貴重な体験に興奮するナツはルーシィの下へ行き、今のうちに色々な乗り物を体験しようと船や列車の星霊を出すように頼み込むが、そんな星霊はいない、今それどころじゃない、空気を読めと散々に怒られてしまった。

 

「で、どうやって止めるんだ? 見ての通り、この部屋には何もねぇが」

「でも、制御するのはこの場所だってホット──リチャードが言ってたし」

「リチャード殿が嘘をつくとも思えん」

 

 どう止めれば良いのかと頭を抱える彼らに嘆息し、シャルルはもっと不自然なことがあるだろうと声をかける。

 

「操縦席は無い。王の間に誰もいない。ブレインは倒れた。なのに何でこいつはまだ動いているのかって事よ」

「恐らく自動操縦でしょう。操縦席が見当たらない以上、正当な手順で止めるのは難しいかも知れません」

「そんな……!」

 

 フィールの言葉に、テューズは悲痛な表情を浮かべた。止める手段がなければ、ニルヴァーナはこのまま化猫の宿に辿り着くだろう。

 そんな事になればギルドのみんなは善悪が反転し、悲惨な光景が広がる事になる。

 

「私達の……ギルドが……」

 

 体を震わせ、目に涙を浮かべるウェンディ。そして膝をついて俯くテューズ。そんな二人の前に立ったナツは、大丈夫だと声をかけた。

 

「大切な仲間のギルドは絶対やらせねぇ。オレが止めてやる! だから、そんな顔すんなよ」

 

 腰を低くしたナツは、優しげな笑みを浮かべて二人の頭に手を乗せる。それからポンポンと何度か頭を叩き、二人の間をすれ違うように通過して行く。

 すれ違いざまに見えたナツの表情は険しく、そこには絶対に止めるという強い意志が込められていた。

 

「でもナツ、止めるって言っても、どうやって止めたらいいのか分かんないんだよ?」

「前みたいに、壊せば止まるんじゃねぇか?」

「ちょっと、またそういう考え?」

 

 以前幽鬼の支配者(ファントムロード)と抗争した際、ジュピターを止めた経験のあるナツはあんな感じで止まるだろ、とハッピーに説明した。

 思った通り具体的な策のないナツに頭が痛くなるが、そんな事を気にしている余裕はないためルーシィは頭を回転させて案を練る。

 しかしそう簡単に思いつく筈もなく、一同は黙り込んでしまった。

 

「……もしかして、ジェラールなら何か知ってるかな?」

「確かに、ニルヴァーナの封印場所を知ってたし……!」

 

 耳元でそう囁いたウェンディはテューズの同意を聞くと、ナツの様子を一瞥する。

 洞窟でナツがジェラールに対して明確な敵意を抱いている事は知っていたため、ウェンディはナツに聞かれないよう注意を払い小声で会話するようテューズに促した。

 それに頷き、二人はボソボソと小声で作戦会議を進めていたのだが、彼らの様子に気づいたルーシィに何を話しているのかと質問されてしまった。

 

「あ……えぇと……」

「わ、私達、ちょっと心当たりがあるので探してきますね!」

「ウェンディ!? 待ちなさい!」

「何処に行くつもりですか!?」

 

 上手い誤魔化しが思いつかずに言葉を詰まらせたテューズの手を握り、ウェンディは慌てて走り出す。

 制止の声を無視して走る二人に驚きながら、シャルルとフィールも二人を追って走り出した。

 

 

 

 

 シャルル達の協力を得てテューズとウェンディは空からジェラールを探しているのだが、今日一日でかなりの距離を飛行しているシャルル達は限界が来ていた。

 

「ウェンディ……悪いけどこれ以上は飛べないわ」

「私の方も、流石に限界です……」

「うん、ごめんねシャルル」

「ここからは歩いて探そうか」

 

 降下すると、シャルルは匂いを辿ってジェラールを追うことを提案する。

 長い間会っていなかったせいか、再会したジェラールの匂いは以前と同じとは言えないものとなっていたが、全くの別物ということでもなく匂いを辿ることは可能だろう。

 

(ジェラール、どうか無事でいて……!)

(あなたは私の事忘れちゃったみたいだけど、私はあなたの事を忘れた日なんて一日だってないんだよ)

 

 心の中で思いを馳せる二人は、遠くから微かに届く戦闘音を耳にした。

 それはテューズ達が来た王の間とは別方面から聞こえてきて、ナツ達でもない誰かが敵と戦っている事を意味していた。

 この先にジェラールが居る。根拠はないが、そう感じたテューズとウェンディは急いで音のする先へ向かう。

 目的地に近づいて行くと、二人はジェラールの匂いを感じ取った。

 

「ジェラールの匂い! やっぱりこの先にいるんだ!」

「彼ならニルヴァーナを止められるんですよね?」

「うん、きっと何か方法を知ってるはず!」

 

 会話を交わしながらテューズ達は足を速め、辿り着いた先で紫色の衣に身を包んだエルザと、黒いコートを纏ったジェラールを見つけた。

 

「ジェラール!」

「エルザさんも!」

 

 戦闘は終わっていたようで、傷だらけになったエルザはテューズ達の姿を見て笑みを浮かべる。

 

「ウェンディ! テューズ! 無事だったか、よかった」

 

 一方で駆け寄ってくる少年達を視認したジェラールは眉を顰め、ズキリと痛む頭を押さえた。

 

「君達は……確か洞窟にいた……」

「やっぱり、僕達の事憶えてない……?」

「……今のジェラールは記憶が混乱している。私の事も、君達の事も憶えていないらしい」

 

 同じように彼の記憶から忘れられたエルザは、二人に同情して目を伏せる。

 彼女からされた説明に驚いたテューズ達だったが、ジェラールが記憶喪失と知って自分達に対する反応に合点がいったようだ。

 

「ちょっと待ってください! 記憶がないという事は、まさかニルヴァーナの止め方も分からないんですか!?」

「……もはや自律崩壊魔法陣も効かない。これ以上打つ手がないんだ。……すまない」

 

 冷や汗を浮かべたフィールが問い詰めると、ジェラールはそう言って申し訳なさそうに顔を逸らす。その反応にフィールは拳に力を入れた。

 冗談じゃない。ジェラールならニルヴァーナを止められると信じて来たというのに、頼みの綱は断たれてしまった。

 希望は一瞬で絶望に変わり、彼女には一縷の希望すらも残されていない。こんなもの、質の悪い冗談でなければ困る。

 

「それじゃあ、私達のギルドはどうなるのよ! もうすぐそこにあるのよ!? 今すぐにでも止めないと──」

 

 血相を変えたシャルルがジェラールに詰め寄った刹那、シャルルの悲痛な訴えは轟音により遮られた。

 地響きを連れて訪れた轟音は少年達の恐怖感を煽り、エルザ達にはある可能性を思わせる。

 そしてその最悪の可能性が事実であると知らせるように、彼らは後方から凄まじい光に照らされた。

 

「まさか、ニルヴァーナを撃つのか!?」

「嘘だ……そんなッ!?」

「やめてぇぇ!!!」

 

 無情にもウェンディの絶叫は届かず、大量の魔力が込められた極大の光は真っ直ぐ化猫の宿へと放たれた。

 狙いを定めて発射されたニルヴァーナは目標を消し飛ばそうと、猫の頭を模した建物を照らす。

 しかし、極光はギルドの僅か上にそれ、ギルドを消滅するには至らなかった。

 空から落とされた白い光がニルヴァーナの足の内の一本に直撃し、衝撃によって傾いたニルヴァーナは砲撃の軌道をずらされたのだ。

 

「一体何が……!?」

 

 空からの砲撃の影響で地面が傾き、バランスを崩して落ちそうになったテューズを支えながらジェラールは空を睨む。

 その先には、昼間撃墜された鋼鉄の天馬の姿があった。

 

「あれは……!」

「魔導爆撃艇クリスティーナ!」

「味方……なのか?」

 

 一度地に落とされた天馬は所々装甲が剥がれ、剥き出しになった骨格から煙を吹きながらも再度ニルヴァーナに爆撃を食らわせる。

 しかしそれ以上にニルヴァーナは頑丈らしく、傷一つつける事は出来なかった。

 

『聞こえるかい!? 誰か返事を! 無事なら返事をしてくれ!』

「この声……ヒビキか!」

 

 思わぬ助っ人に驚愕していた一同の頭に突然声が響き、その声にエルザが反応する。

 ヒビキは無事に反応が返ってきた事に安堵すると、エルザの何故撃墜されたクリスティーナが動いているのかという問いに答えた。

 

『僕達は即席の連合軍だが、重要なのはチームワークだ。奴らにやられた時に壊れた方の翼はリオン君の造形魔法で補い、バラバラになっていた船体の方は、シェリーさんの人形劇とレンの空気魔法で繋ぎ止めているんだ』

 

 その説明にテューズ達がクリスティーナを凝視すると、確かに片翼は氷で出来ており、船体も所々接合部に隙間が出来ている。

 

『さっきの攻撃は、イヴの雪魔法さ』

『クリスティーナの本来持っている魔導弾と融合させたんだよ……だけど、足の一本すら壊せないや……あんなに頑丈だなんて……それに、今ので魔力が……』

 

 そこでイヴの言葉は途切れてしまい、同時にドサリとイヴが倒れた音だけが頭に響く。

 限界だった体に鞭を打ち、自分達のギルドの為にここまでしてくれたヒビキ達に、テューズとウェンディは感涙を浮かべた。

 

『聞いての通り、僕達は既に魔力が限界だ。もう船からの攻撃はできないし、いつまで飛んでいられるのかも分からない』

 

 イヴと同じくリオン達も限界のようで、クリスティーナは繋ぎ止められていた装甲が剥がれ落ち、今にも墜落しそうな程不安定になっている。

 

『僕達の事はいい! 最後に、これだけ聞いてくれ! 時間はかかったけど、漸く"古文書(アーカイブ)"の中から見つけたんだ! ──ニルヴァーナを止める方法を!!』

 

 ニルヴァーナを止める方法。その言葉に、テューズ達はギルドを救えるかもしれないと互いの顔を見合わせた。

 

『ニルヴァーナには、足のような物が6本あるだろ? その足、実は大地から魔力を吸収しているパイプのようになっているんだ』

 

 中央の街を支えている6本の足から魔力を吸収する。それはこの大きな都市が移動し続ける為の魔力を補う、言わばニルヴァーナの要のような機能を果たしていた。

 その機能のお陰でニルヴァーナは活動でき、こうして一箇所に滞在していれば移動分の魔力を砲撃に回せる為、次弾の装填を早める事も可能だったりと応用もきく重要な部位となっている。

 

『その魔力供給を制御するラクリマが、6本の足の付け根付近にある。その別々の場所にある6つのラクリマを同時に破壊することで、ニルヴァーナは全機能を停止させる。一つずつではダメだ! 他のラクリマが破損部分を修復してしまう』

「6箇所のラクリマを同時にだと!? どうやって!」

『僕がタイミングを計ってあげたいけど、それまで念話が持ちそうにない』

 

 ヒビキがそう言うと同時に全員の頭上にプログレスバーが浮かび上がり、メーターが溜まると脳内に20分のタイマーが表示された。

 

『君達の頭にタイミングをアップロードした。次のニルヴァーナが装填完了する、直前に設定しておいた。君達ならきっと出来る! 信じてるよ』

 

 話し合えると同時に脳内のタイマーは時を刻み始め、ニルヴァーナを止めるために動き出そうとした刹那。

 頭にノイズが聞こえ、彼らの頭に聞いただけで背筋が凍ってしまいそうな圧を持つ声が響いた。

 

『無駄なことを……』

「誰だ!? 僕の念話をジャックしたのか!?」

 

 低い笑い声を響かせた男は自身を六魔将軍(オラシオンセイス)のマスター、マスターゼロだと名乗る。

 

『まずは誉めてやる。まさか、ブレインと同じ古文書を使える者がいたとはな……聞くがいい! 光の魔導士よ! オレはこれより、全ての物を破壊する!』

 

 ゼロの発言から、ブレインは恐らく古文書の中からニルヴァーナを知ったのだろうと推測し、ヒビキは下唇を噛んだ。

 

『手始めに、仲間を4人破壊した。香り使いの魔導士に、滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)と氷の造形魔導士、そして星霊魔導士、それと猫もか』

「ナツ達がやられただと!?」

『香り使い……まさか一夜さんか!?』

 

 返ってきた声に絶望の表情を浮かべる連合の姿が浮かび、ゼロは口元を歪ませて不敵な笑みを作る。

 

『てめえらは魔水晶(ラクリマ)を同時に破壊するとか言ったなァ? オレは今、その六つの魔水晶のどれか一つの前に居る! オレが居る限り、六つ同時に壊す事は不可能だ!』

 

 そう述べたゼロは高笑いをすると、テューズ達に絶望を残して乱暴に念話を切断した。

 ゼロに当たる確率は6分の1。ゼロ相手となると、エルザやジェラールでも勝てるかどうかは分からない。

 そんな彼らに追い討ちをかけるように、指で数を数えるシャルルは全身の毛が逆立つ感覚に襲われた。

 

「待って! 6人もいない!? 魔水晶を破壊できる魔導士が6人もいないわ!」

「わ、私、破壊の魔法は使えません……ごめんなさい!」

 

 申し訳なさそうに頭を下げたウェンディから隣のテューズに視線を移し、エルザは言葉を発さずに視線でテューズに問いかける。

 

「……1つだけなら」

「──やれるか?」

 

 エルザからの問いに返答を窮したテューズだが、これは自分達のギルドを守るための戦い。

 仲間達がここまで無理をしているのに僕が頑張らなくてどうすると、自分自身を奮い立たせた。

 やれるやらないではなく、やるしかない。覚悟を決めたテューズが頷くと、エルザはテューズに頷き返してクリスティーナの方に振り返る。

 

「こっちは3人だ! 後3人、誰か居ないか!」

 

『──オレ達が居る!』

 

 反応があったのは、ゼロが破壊したと述べていたナツからだった。

 

『話は聞いてたわ……』

『気休め程度だが回復はした。オレ達はまだやれる!』

 

 続いてルーシィ、グレイからも反応が返ってくる。二人ともボロボロになっているが自らの足で立ち上がり、膝をつくナツは歯軋りをすると地面を殴りつけ、前方を睨みつけた。

 

「お前達、無事だったのか!」

『一夜のおっさんのお陰でな……』

 

 

 

 

 時は少し前に遡り、ナツ達とゼロの戦闘。一方的に痛ぶられるナツ達が地面に倒れ、止めを刺そうとゼロが腕を振り上げた時、彼らをいい匂いが包み込んだ。

 

「なんだ、この匂い……」

 

 その何処かで嗅いだことのあるような香りが鼻腔を刺激した瞬間、ナツ達の体から徐々に痛みが引いていく。

 

「良かったな。いい香りに包まれて死ねるなんて、ギルド名に恥じねぇ妖精らしい最後じゃねぇか!!」

 

 ゼロはそう告げると、ナツ達に魔法を放つ。

 しかし、自らを盾にする形でゼロとナツ達の間に割り込んだ一夜により、ゼロの魔法は防がれた。

 最初に会った姿から一変し、全身の筋肉が膨れ上がった大男となった一夜は気合いを入れるとゼロの魔法を弾き飛ばす。

 

「嘘だろッ!?」

「バカなッ!? オレの魔法を!?」

「凄い……」

 

 弾き飛ばしたというのに一夜の腕は皮膚が裂けて血が滲み、痛みに表情が歪ませる。

 一夜はゼロから目を離すことなく後方のナツに試験管を投げ渡すと、第二撃を放とうとするゼロに別の試験管を投げつけた。

 投げられた試験管はゼロ手前に落ちて砕け散り、内包していた嗅ぐ者に激痛を与える香り(パルファム)を撒き散らす。

 

「君達、ここは私に任せて逃げるんだ!」

「何言ってんだ! オレも戦う! 仲間を置いて逃げるくらいなら、死んだ方がマシだ!!」

 

 ゼロをかかっていこうとするナツを手で制すると、一夜は心配するなとナツ達に微笑んだ。

 

「仲間思いなのはいいが、ここは退きたまえ」

「でも!」

「退け! 君達のような若い世代に希望と未来を託し、守り抜くこと。それこそが我々大人の役割だ! こいつは私が足止めする!」

 

 怒号をあげた一夜に怯んだナツの手を、ルーシィが掴む。その手は傷だらけで、ルーシィはもう戦える状態ではない。そしてそれはナツ達にも言えることだった。

 このまま戦えばゼロになす術もなく叩き潰される。そんな事は分かっていたが、それでもナツは一夜を置いていく事が出来なかった。

 

「立ち向かう事が勇気ではない! ニルヴァーナを止める方法はヒビキが必ず見つけ出すだろう! その時のために、君達はここで倒れるべきではないのだよ!!」

 

 語りながら鋼の肉体でマスターゼロの攻撃を受け止め、まだ倒れるわけにはいかないと一夜は踏ん張る足に力を入れる。

 

「行け!! 希望の若者(ワコード)達よ!!」

 

 その声を皮切りに涙を浮かべたナツ達はふらつきながらその場から逃げ出し、去っていった若者達に笑みを零した一夜は膝をついてしまった。

 

「あの傷ではあいつらには何もできねぇ。てめぇがした事は、全く持って意味のねぇ事だぜ?」

「それはどうかな? 子ども達というのは、我々が思っている程弱くはないのだよ。あまり、彼らを舐めない方がいい」

 

 口角を上げる一夜に舌打ちをし、ゼロは指先に魔力をためる。

 

「消えろ。光の魔導士」

(……後は頼んだぞ、みんな。未来は君達に託された……)

 

 

 

 

 逃げ延びたナツ達はゼロから受けたダメージによりその場に倒れ込み、鉛のように重い体を動かせずにいた。

 その後、時間はかかったが一夜から渡された痛み止めの香り(パルファム)によって傷を癒し、ナツは自分達に未来を託して散っていった大人たち(ジュラと一夜)に思いを馳せる。

 

「止めてやるよ……! オレ達が! 必ず!!」

 

 叩きつけた拳は地面を砕き、唇を噛み締めて立ち上がるナツは気力十分。彼らから一夜の話を聞いたヒビキは、流石は先輩だとか細い声で感嘆を漏らした。

 

「一夜には、礼を言わなければな……」

「でも、これで魔水晶を破壊できる魔導士が揃いました」

「えぇ! これならニルヴァーナを止められるわ!」

 

 フィールとシャルルが歓喜の声を上げたと同時に、クリスティーナは小さな爆発を繰り返しながら急激に高度が下がる。

 今にも墜落してしまいそうなクリスティーナの内部から、ヒビキは最後の魔力を振り絞ると一同の脳内にある画像を転送した。

 

『もうすぐ……念話が切れる。頭の中に、僕が送った地図がある……各ラクリマに番号を付けた。全員がバラけるように……決めてくれ……』

 

 送られた地図にはそれぞれの足に番号が割り振られていて、まず最初にナツが1番の足を選択する。

 続いてグレイは2番、ルーシィはゼロがいない事を願いながら3番を選択。エルザは4番を選んだ。

 

『エルザ! 元気になったのか!』

「あぁ、お陰さまでな」

「……ではオレは──」

 

 そう言って微笑むと、エルザは言葉を遮るようにジェラールの口元に手を当てる。

 

「お前は5だ」

『他に誰かいるのか!? 今の誰だ!?』

 

 書き慣れない声に驚くナツの声が頭に響き、記憶喪失だと知らないナツはまだジェラールを敵だと思っている、と言うエルザの説明にジェラールは頷くと口を固く閉ざした。

 

「じゃあ、僕が6番に行けばいいんですね?」

「あぁ、頼んだ」

 

 残った6番を選択したテューズを最後に一同は被ることなく割り振られ、それを聞いたヒビキは成功を祈りながら念話を切断する。

 氷の翼もその殆どが欠けてしまい、限界を迎えたクリスティーナは崩壊しながら墜落していった。

 

「クリスティーナが……」

「彼らならきっと大丈夫です。私達は、ニルヴァーナを止めましょう!」

 




 サブタイトルは一夜さん。

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