FAIRY TAIL 海竜の子   作:エクシード

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プロローグ
海竜


 大きな足跡を残し、浜辺を歩く蒼黒の竜。

 まだ早朝だと言うのに燦々と照りつける太陽の光をその鱗に反射させ、竜は浜辺を注意深く偵察する。

 

 先日まで船が沈む程の嵐が続いており、ようやく嵐が静まった今日。その竜は嵐の影響がないか朝早くから自身の縄張りを見て回っていた。

 先日の嵐によって沈没したであろう船の木片が大量に打ち上げられていたが、その他にはこれと言って異常は無い。これならば問題無いだろうと住処へ引き返そうとした時、瓦礫の隙間に紅色の何かがあるのを発見した。

 

 他とは明らかに違うそれが気になってしまい、瓦礫を慎重に退かしてみる。そうして瓦礫の山から出てきたのは紅色の髪をした幼い人間の子供だった。

 ボロボロの薄汚い服を纏い、身体中に痣や傷を作ってはいるものの、辛うじて息はある。

 

 基本、竜は大きく二つに分けられる。人間を愛し共に生きることを望む竜。そして人間を食料として喰らう竜。彼は後者だった。人を喰らい、人を滅ぼす者。

 

 始めはどちらでもなかった。本人は中立として争いを静観していたつもりだったのだが、どちらかと言えば共存寄りであったと言える。彼の友人である炎竜王イグニールが人間との共存を望んでいた為だろう。

 彼とイグニールは友として良好な関係を築いていた。

 

 その友であるイグニールの影響か、彼は以前一度だけ悪魔に襲われる人間の村を救ったことがある。

 当然、人間達は自分達を救い悪魔を追い払った彼に大いに感謝し、村総出でもてなした。しかし、竜が寝静まった頃にその事件は起きた。力を欲した一部の者が、体内にある竜の魔水晶(ラクリマ)を狙い襲撃を行ったのだ。

 

 その時、竜は人を滅ぼす事を決意した。力欲しさに命の恩人である彼に剣を向ける欲深さ、寝込みを襲う卑劣さ。そのような浅ましい人間に価値はない。

 竜にとって人間は滅すべき醜悪な種族。故に、彼が取る行動は一つしかない。

 

 倒れている子供に爪を当てる。すると、触れた爪先から弱々しい呼吸が伝わってきた。嫌悪してはいるものの、まだ幼い子供を殺す事に一切の抵抗が無い訳では無い。

 それでも一思いに息を絶とうとしたその時、以前言われた言葉が竜の脳裏に蘇った。

 

『貴様は本当の人間を知らないだけだ。人間にだって色々居る。我々ドラゴンと同じようにな』

 

 友であるイグニールに自分が共存反対派として戦うと伝えた時に言われた言葉。当時は「下らない」と吐き捨てたその言葉が妙に頭から離れない。

 

(本当の人間……)

 

 子供から手を退かし、もう一度顔を見てみる。

 傷だらけで薄汚く、醜いその姿は彼の思う人間を体現しているようだった。元々は息の根を止めてから食べてしまおうと考えていた竜だが、改めて見てみるとこの汚い状態の者を食べることに抵抗が生じ始めていた。

 

 いくら女や子どもは肉が柔らかいために竜達の間で好評であるとはいえ、汚いし量も少ない。よく見てみれば骨張っていて肉も全くついていない。

 見れば見るほど喰べる気が失せていった。

 

(さて、どうしたものか…)

 

 竜の中に幾つかの選択肢が浮かぶ。

 このまま殺すか。それとも放っておくか。或いは、家畜のように育て、食べ頃になるのを待つか。

 

 暫くの間思考すると、竜は一度深い溜息をつきながら子どもに大きな手をかざす。竜がその手から魔力を放出すると、子どもについていた無数の傷が徐々に癒えていった。

 

(これが食べ頃になるまで、それまでの間だけだ)

 

 そう自分に言い聞かせ、竜は己の中の憎しみに蓋をする。純粋である子どもであれば、イグニールの言う本当の人間を知ることが出来るかもしれない。そんな淡い希望を胸に抱く自分の甘さに嫌気がさしたが、すぐに思考を切り替える。

 

(食料、流石に人間を食わせる訳にはいかぬか…着るものも必要だな)

 

 先を思い、憂鬱になりながら子どもを摘み上げ掌に載せる。そのまま帰路についた竜だったが、掌の子どもは健やかな寝息をたてたまま目を覚さなかった。

 

          *

 

 それから三日が経過した。未だ目を覚さない子どもを見た竜は、このまま目を覚さないのではないかと不安を抱きながら巡回のため住処を後にする。

 自身の縄張りに異常がない事を確認し、戻ってきた竜は目の前の光景に愕然とする。

 子ども居ない。

 寝ていたはずの子どもの姿が消えていた。

 

(逃げられた!? 一体どこに!)

 

 竜が住処にしている海蝕洞は単純な洞窟で道が枝分かれしている訳では無い。そして今竜がいるのが洞窟の最深部だ。故に、ここにくるまですれ違わなかった為竜は子どもは洞窟の外へ出たのだと判断し、翼を広げると鍾乳石を薙ぎ倒しながら猛スピードで外へ向かう。

 

 迂闊だった。完全に油断していた。後悔に苛まれながら洞窟を抜けた竜は急上昇し、辺り一面を上空から見渡す。

 少し考えれば分かる事だった。ただでさえ子どもというのは好奇心が強い。それがしらない場所で目を覚ました時、その場に留まっていられるだろうか。

 確かに怯えて動けない子どももいるだろうが、好奇心に駆られて周辺を探索しに行く可能性も大いにある。竜はその可能性を失念していた。

 

 焦る気持ちを抑えながら視線を動かしていると、海岸で岩に腰をかけ海を眺めている子どもを発見。竜が子どもの後ろに着地すると、突然影で覆われた子どもはゆっくりと振り向く。

 竜を見た子どもは大きく目を見開き、何回か瞬きを繰り返すと自身を見下ろす竜とジッと視線を交わす。

 

「…無駄な手間をかけさせおって」

「…?」

 

 忌まわしげに舌を鳴らす竜に首を傾げる子ども。

 落ち着きを取り戻した竜は、子どもの様子に違和感を覚えた。

 

「貴様、私が怖くないのか?」

「…?」

 

 質問に対する返答はなく、子どもは首を傾げて竜を見つめ続ける。口を開く気配のない子どもに再び舌を鳴らし、竜は諦めて別の質問を投げかける。

 

「…自分の名前は分かるか?」

「…?」

「名前だ。な、ま、え。言葉が通じぬのか貴様は」

「ぁ…んん…? ……テューズ…?」

「…聞くな。私が知る訳ないだろう」

 

 自信なさげに首を傾げるテューズに竜は溜息をつき、次々と質問を変えてみる。しかし、その殆どの質問に対してテューズはうんうんと唸るだけで返答はない。結局竜が得られた情報はテューズという名前と、この子どもは漂流した際に頭を打ったのか記憶がないらしく、以前のことは一切覚えていないという事だった。

 

 記憶のないテューズを面倒と思う反面、竜は好都合だとも思っていた。名前以外の記憶がないという事はテューズを見ていれば本当の人間を知ることができる。この又とないチャンスに竜の口角が上がる。

 

「名前…名前は…?」

「私に聞いているのか? 生憎、貴様に教える名など持ち合わせていない。好きに呼べ」

「……おじ…さん?」

「おじッ!?……ぐぅ……ぬぬ……リヴァルターニだ。二度は言わぬ。次におじさんと呼んだら貴様を食べてやるからな!」

 

 名前を教える事とおじさんと呼ばれる事、この二つを天秤にかけたリヴァルターニは長考の末に自身の名を明かす。その名前を忘れないように何度か繰り返し呟くと、テューズはリヴァルターニに満面の笑みを向けた。

 

「リバル、ターニ!」

「違う!! リ"ヴァ"ルターニだッ!」

「リヴァ…リバル、ターニ?」

「ん"ん"ん"ん"!!」

 

 何故そこまで発音出来たのに間違えるのかと悶々としながら、何度も訂正してはその度間違えられる。そうして長時間格闘した末、ようやく正しく発音させる事に成功したリヴァルターニはテューズの頭を爪で優しく撫でてやった。

 

「よしよし、よく言えた。偉いぞ」

 

 頭を撫でられ、気持ちよさそうに目を細めるテューズを微笑ましく眺めていたリヴァルターニはハッと我に返る。

 

(待て、今私は何を思っていた!? こんな人間の子ども相手に、可愛いなど──)

 

 テューズを一瞥したリヴァルターニはすぐさま視線を逸らす。

 可愛かった。首を傾げる仕草が、頭を撫でるのをやめたリヴァルターニに向けられる寂しそうな瞳が、彼の父性本能を刺激する。

 他の竜達がなぜ人間の子どもなんてものを育てられるのかが何となく分かった気がした。

 

 最初におじさんと呼ばれた時は潰してやろうかとすら思ったリヴァルターニは何処へやら、彼はもうテューズの愛らしさに堕ちかけている。

 肌寒い風のせいか、鼻をすするテューズに気づいたリヴァルターニは彼摘み上げ、掌に乗せた。

 

「今日はもう帰るぞ」

「帰る…?」

「私の家だ。すぐに着く」

「家…??」

 

 言葉を理解していない様子にリヴァルターニは頭を抱えたくなる。記憶障害があるのは分かっていたが、まさかここまで酷いとは思っていなかった。先の苦労を思いながら掌のテューズが風圧を受けないよう拳を握ることで壁を作ってあげ、住処である洞窟へと飛び立つ。

 

 洞窟に着き、リヴァルターニが拳を開くと中にいるテューズは健やかな寝息を立てて熟睡していた。ドラゴンの手の中で、しかも飛行中に熟睡できる度胸に心臓に毛でも生えているのかと呆然としながらテューズを下ろし、その頬を軽く突いてみる。

 

「んん…」

 

 リヴァルターニの指を邪魔そうに払おうとし、石の上で寝返りをうったその様子もまた愛らしく感じてしまう。

 今日一日でテューズに対する印象が一変したリヴァルターニは、明日にでも友人に子育てについて話を聞こうと決心し床に就いた。

 

 

        *

 

 

 微かに差し込む日差しによって目覚め、リヴァルターニは久々に気持ちの良い朝を迎えた。というのも、彼は以前にアクノロギアの滅竜魔法によって魂を奪われており、それ以来ずっと目覚めが悪かったのだ。

 しかし、アクノロギアへの憎しみに満ちていた時とは違い、今の彼の心には余裕ができた。

 

 昔は人間との共存など下らないと吐き捨てた当時の考えも変わり、人間という種族に対しての嫌悪感はまだ残っているが、テューズとなら共に暮らしたいと思えるようになった。

 ほんの少しの触れ合いでここまで考えが変わったのは、元来彼が人間を嫌っていなかった影響もあるだろう。

 

「ん? 目が覚めたか。おはよう」

「おは……よ?」

「今日は少し遠くへ出かけるぞ」

 

 言っている事を理解していないのか首を傾げていたテューズだが、リヴァルターニが掌に乗るように促すと眠そうに目蓋を擦りながら大人しくそれに従い、リヴァルターニは目的の場所へと飛び立った。

 

 

        *

 

 

 暫く飛行したリヴァルターニは何の変哲もない森に着陸する。目的地である彼の住処はまだ先なのだが、これ以上進む事はしたくなかった。

 その場で魔力を解放すると、目的の竜は自らリヴァルターニの元へとやってきた。

 

「何をしにきた、リヴァルターニ」

「久しいな、イグニール」

「質問に答えろ。返答次第では容赦はせんぞ!」

 

 警戒からか、空からリヴァルターニを見下すイグニールの鋭い視線には殺意が含まれており、それを感じ取ったリヴァルターニは自身に敵意はなくただ話をしに来たのだと説明した。

 

「話だと?」

 

 訝しんでいたイグニールだったが、リヴァルターニが彼の縄張りに侵入してすぐの所に留まり、それ以上は進まずに自身の存在を主張するように魔力を放っていた様子から、本当に敵意はないのだと判断して空から降りる。

 

「…オレも暇じゃない。手短に話せ」

「実は、私も人間の子を育てようと思っているのだが──」

「な…に…? …ま、待て、人間の子を育てるだと? 人間との共存を否定したオマエがか!?」

「そうだ。既にここへ連れてきている」

 

 リヴァルターニは掌を開き、その中で健やかな寝息をたてて眠るテューズを見せる。半信半疑で話を聞いていたイグニールは彼の話が事実であると知り、目を丸くして愕然とした。

 

「しかし、この子は記憶障害があるようでな。私では何をどう教えてやればいいのかが分からないのだ。そこで、実際に人間の子を育てているそなたにアドバイスを貰いたい」

「なるほどな…お前が人間を…"アイツ"と同じようにか」

 

 最初は面食らっていたイグニールだったが、落ち着きを取り戻すと嬉しそうにニヤニヤと笑みを浮かべる。

 その様子にリヴァルターニは眉を顰め、大きく咳払いするとイグニールを睨んだ。

 

「それで、何か良い教育方法はないのか?」

「そう怒るな、ちょっとした冗談だろう…」

 

 目つきがキツくなり、声のトーンを落としたリヴァルターニに対し、機嫌を損ねた張本人であるイグニールは悪びれる様子もなくやれやれと言って溜息をつく。

 

「教育なら心当たりがある。ついて来い」

 

 そう言うとイグニールはリヴァルターニに背を向けて飛び立った。リヴァルターニも胸中に一抹の不安を抱えながら翼をはためかせ、イグニールの後を追う。

 

 

        *

 

 

「少しそこで待っていろ」

 

 そう言ったイグニールは上空から下にある森を指差し、何処かへ飛んでいってしまった。有無を言わせないイグニールに内心愚痴を零しながらリヴァルターニは指示された地点に着陸し、手の中でテューズが動いたのを感じてその様子を確認する。

 手の中のテューズは目を覚ましたようで、目蓋を擦りながら大きな欠伸をしていた。

 

「ふぁ……ここ、どこ?」

「さて、な…危険な場所ではないと思うが──」

「あ、蝶々!」

「ちょっと待ッ!? 危なッ!」

 

 目の前をひらひらと優雅に飛ぶ蝶に興味が移り、蝶を捕まえようと掌から身を乗り出して落ちそうになったテューズをもう片方の手を使って足場を作り、地面に降ろす。

 全身から冷や汗が吹き出したリヴァルターニの気など全く気にする様子もなく、テューズは無邪気に蝶を追いかけ回している。

 

「そんなに走り回っていると転ぶぞ?」

「ん〜、大丈夫──べッ!?」

「おい! …全く、言ってるそばから…」

 

 勢いよく転倒したテューズはむくりと起き上がり、その瞳に大きな涙を浮かべる。

 

「ま、待て! 落ち着け! どこが痛かった!? そなたの傷なら私が治してやる! だから取り敢えず泣くのは──!」

 

 残念なことにオロオロと動揺するリヴァルターニの声は一切届かず、小さな身体に見合わぬ大きな声が森中に木霊した。普段なら竜に怯えて隠れている動物達も子どもの泣き声に釣られて姿を現し、リヴァルターニに冷たい視線を送る。

 

(何故私がそんな目で見られる!? 私か? 私が悪いのか!?)

 

 当然子供をあやした経験など微塵もないリヴァルターニが大いに慌てふためいていると、背に金髪の女性を乗せたイグニールが呆れ顔で空から降りてきた。

 

「何をしているんだお前は…」

「イ、イグニール! どうすればいい!? こういう時はどういった行動が最善なんだ!?」

「少し落ち着け、全く…アンナ、頼めるか?」

「えぇ、勿論です」

 

 狼狽えるリヴァルターニを見たイグニールは、それまで彼の中にあったリヴァルターニの厳格なイメージが音を立てて崩れる様に頭を押さえながら、アンナと呼んだ女性を地に降ろす。

 イグニールの背から飛び降りたアンナは、地面に座り込んで泣きじゃくるテューズの元へと駆けて行った。

 

「人間だと!? 貴様、それ以上テューズに近づくと──」

「えぇい、黙ってみてろ! このポンコツドラゴンがッ!」

 

 アンナに対し、警戒心剥き出しで吠えるリヴァルターニの頭をイグニールの拳骨が襲う。そのあまりの痛みに頭を押さえ涙を浮かべながら抗議しようとイグニールを睨むが、そのイグニールはフンスッと鼻息を鳴らすと顎を使ってテューズの方を見るよう促した。

 

 リヴァルターニが視線を向けると、アンナはテューズを抱き起こして立たせてやり、膝などについた埃を払ってやると優しくテューズの頭を撫でてやっている。

 

「大丈夫よ、すぐによくなるから。ね?」

 

 すると先ほどまで泣き叫んでいたテューズは嗚咽をもらす程度にまで落ち着き、アンナの言葉に頷いて相槌をうてるようになっていた。

 

「なんと…凄まじいな」

「それに比べてお前は…情けないな、リヴァルターニよ」

「うぐ…」

 

 感嘆するリヴァルターニをジロリと睨みニヤリと笑うイグニール。言い返そうにもぐうの音も出ず黙ってしまったリヴァルターニの元へ、テューズを抱き抱えたアンナが戻ってきた。

 

「最初はみんなそんなものですよ。私もそうでした」

「…随分と手慣れているように見えたが」

「喧嘩ばかりする子達の面倒を見てますので、恐らくそのお陰ででしょう」

 

 ね? とアンナに同意を求められ、イグニールはばつが悪そうに目を逸らす。アンナの言う喧嘩ばかりする子に心当たりしかない。元気がいいのは良いことだと思うものの、毎度毎度アンナに手間をかけさせていることに申し訳ないと感じてはいたのだ。だからと言って大人しくしてくれる子ではなかったようだが。

 

「そうかなるほど、コレにテューズの教育を任せるのか」

「その通りだが、コレとか言うなポンコツ」

「ポンッ──!? さっきから聞き捨てならんぞイグニール!」

「ハッ! 確かにお前の魔力や戦闘力は並々ならぬものだが、育児に関しては正しくポンコツだろう?」

 

 鼻で笑うイグニールと青筋を立てたリヴァルターニが火花を散らせる中、アンナが低い声でイグニールの名を呼んだ。顔は笑っているが明らかに怒気を含んだ声色にリヴァルターニまでもが冷や汗を浮かべる。

 

「喧嘩なんてしたらまたこの子が泣いてしまうでしょう」

「「はい…すみません」」

 

 しょぼくれてしまい、竜の威厳など微塵も感じさせない二頭見て困ったように微笑んだアンナは腕の中で再び泣きそうになっているテューズの頭を撫でる。

 

「この子に物事を教えるのは構いませんが、例の件はどうするんです?」

「例の件?」

「あぁ、まずはそれを説明しなければな…」

 

 ポリポリと頭を掻きどこから話そうかと暫く考え悩んでいたイグニールは、一度息をつくとリヴァルターニの瞳を見据えて口を開いた。

 

「まず、オレはアクノロギアに殺された。魂を奪われたのだ」

 

 リヴァルターニはその言葉をすぐには理解できなかった。あの炎竜王イグニールが、自身の知る限り最強の竜である彼が自分と同じようにアクノロギアに敗北し、魂を奪われたなど。

 思わず息を飲む。イグニールは未だリヴァルターニを見据えており、顔を伏せたアンナの腕の中でただならぬ雰囲気に不安げな表情を浮かべるテューズと目があった。

 

「嘘ではないようだな…信じられん」

「それほどまでに、アクノロギアは強力だったのだ」

 

 少しばかり落ち着きを取り戻し目を伏せるリヴァルターニに、イグニールはそう気を落とすなと肩に手をかけ口角を上げる。

 

「オレもただではやられん。奴を倒すための策は考えている」

「策…? そなたでさえ勝てぬのなら他にアクノロギアを倒せる竜などいないだろう。弱体化している我々が束になった所で勝てる相手ではないぞ」

「あぁ、普通の方法では無理だろうな。アンナ」

 

 イグニールに呼ばれたアンナはテューズに森で遊んでくるようにと言ってその場から立ち去らせ、リヴァルターニにイグニールの策を説明し始めた。

 他の竜と共に今よりも魔力の満ちた時代に行き、その時代でアクノロギアを討つということ。それまでは延命の為にも自分達の子の中に入り、子ども達がアクノロギアのように竜化してしまわないよう抗体を作ること。

 

 その策を聞いてリヴァルターニは言葉を失った。

 時代を越えるということにも驚きだが、人間の中に入るなどそう思いつくことではない。確かにそれならば延命は出来るだろうが、一度外に出てしまえばそのまま昇天してしまうだろう。

 そこまでしてもたった一度のチャンスを作ることしかできない。

 

「勝算はどれくらいある」

「お前が協力してくれれば勝算はそれだけ上がる」

「私にも協力しろと?」

 

 イグニールはその問いに首を縦に振って答えると頼むと言って頭を下げる。どの道消えてしまうのだから、あの忌々しいアクノロギアに一矢報いる為この策に賭けるのも悪くはない。それに、こうして頭を下げるイグニールの頼みを断ることなどリヴァルターニには出来なかった。

 

「分かった。引き受けよう」

「助かる。お前が協力してくれるなら心強い」

 

 そう言って安心したように息を吐いたイグニールは、次に他の竜達と共にアンナの元へ集まる予定の日時をリヴァルターニに伝えると一人残して来た息子が心配だとアンナを連れてその場から飛び去って行った。

 

「…終わった?」

 

 リヴァルターニが一人でいることに気付いたテューズの問いに肯定を返すと、テューズはリヴァルターニの元へ駆け寄っていき彼の大きな手に抱きついた。その様子を愛らしいと思う反面、リヴァルターニは胸が締め付けられる様な感覚を感じていた。

 

 こんな子どもに魔法を、戦い方を教えることに心が痛んだ。遥か先の未来に於いてテューズがアクノロギアと相対することになることは想像がつく。自分達の戦いに子どもを巻き込んでしまう事に胸が痛むリヴァルターニだが、自衛の為にも魔法を教えておいて損はないと自分自身に言い聞かせる。

 

「…お腹、空いた」

 

 そのテューズの呟きを裏付けるようにお腹が鳴り、それに呼応したのかリヴァルターニの腹の虫も騒ぎ出す。一先ずは家に帰り腹を満たしてから考えようと判断すると、リヴァルターニはテューズを連れてその場から飛び去って行った。

 

 

        *

 

 

「そなた、魔法に興味はあるか?」

 

 見晴らしの良い崖で海を眺めながら腹を満たしていた時、リヴァルターニからの問いに果実を頬張っていたテューズは首を傾げる。そして何度か瞬きをした後、リヴァルターニに魔法とは何なのかと質問を返した。

 

「そんな気はしていたさ…魔法に関しては実際に見たほうがはやいか」

 

 記憶のないテューズは魔法についても覚えていないだろうと予想していたリヴァルターニは、崖から僅かに上昇すると遠くの海に浮かぶ岩を狙いブレスを放つ。

 リヴァルターニの口から放出された水は狙い通り岩に直撃し、その岩を跡形もなく消し去った。

 

「…すごい」

「今見せたのが私の魔法、"大海魔法"だ」

 

 そう言いながら、リヴァルターニは頭の中で激しく思考を巡らせていた。全ての人間が魔法を使えるという訳ではなく、魔法を行使する事が出来る人間は極一部。幸いテューズからは魔力を感じたためその点は心配ないと分かっているのだが、問題は何を教えるかだった。

 

 こうしている間にも未来へ行く計画は着々と進んでおり、魔法を教えられる時間は限られている。そんな限られた時間で全てを教えることなど不可能であるため何を習得させるかを決めなければならなかった。

 取り敢えず習得とまではいかなくても知識だけは叩き込むつもりではあるのだが、習得出来るものはさせておきたい。

 故にリヴァルターニは自身の使う魔法を頭の中に選択肢として浮かばせていた。

 

「テューズ、転んだ時に傷が出来ていただろう。見せて欲しい」

 

 言われた通りに擦りむいた膝を見せたテューズに手を伸ばし、リヴァルターニは傷口に魔力を流し込む。すると傷は見る見る内に癒えていき、その傷はまるで最初から無かったかのように姿を消した。

 

「これが治癒魔法。そなたに教える最初の魔法だ」

「ひりひり、しない…!」

 

 痛みの消えた膝を何度か曲げた後、テューズはキラキラと瞳を輝かせてリヴァルターニを見つめる。無邪気に喜ぶテューズの姿を見て、リヴァルターニは自分の頬が緩んでいるのを感じた。

 

「幾ら体の傷を治せても、魔法で癒せないものもある」

「魔法で、治せないもの…って?」

「心の傷だ。それは魔法ではなく、誰かとの繋がりが癒してくれる。そなたが私にしてくれたようにな」

 

 頭を撫でられたテューズは目を細めるが、自分がリヴァルターニに何かをした実感などないために再び首を傾げる。

 

「繋がりを大切にしろ、ということだ」

 

 人間に対する価値観によって対立し、一度繋がりを失ってしまったリヴァルターニはその大切さをよく知っていた。その失った繋がりもテューズによって再び結ばれている。

 だからこそ、今後テューズの助けとなるよう時間の許す限り多くの魔法を覚えさせてやりたい。そんな思いを胸にリヴァルターニは熱心に授業を始めた。

 


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