「エスペランサ?どうしたんだ?ずっと考え込んで」
セオドール・ノットがエスペランサの少し前を歩きながら言う。
夏休みが始まって1週間が経過した。
エスペランサとセオドールとフローラの3人はクィディッチ・ワールドカップに来ていた。
ワールドカップの開催地は英国の僻地にある森林地帯に特設スタジオを設置して行われる。
大規模な国際大会であるため、かなりの広さを必要としたため、あまりマグルが住まない土地をチョイスしたのだろう。
一応、周辺にキャンプ場が数か所程存在したが、どこも閑古鳥が鳴くような施設であり、最寄りの町までは車を30分ほど走らせなくてはならない。
魔法使いたちは数万人規模でその閑古鳥の鳴くキャンプ場に押し寄せて、1泊だけ宿泊するらしい。
エスペランサたち3人はそのキャンプ場へ向かう途中であった。
「あ……いや。少しボーっとしていたんだ」
「さっきからどこか上の空ってかんじだが……。夏休みに何かあったのか?」
「別に……何もないが」
嘘である。
エスペランサは夏休み初日にマグルの男二人から聞かされた“魔法界侵攻作戦”についてずっと考えていた。
ヴォルデモートのような勢力が再び現れて、マグルを脅かすのなら、武力をもってマグルの軍隊が魔法界を滅ぼす。
そして、そうならないようにエスペランサに協力を求めてきた。
魔法界を侵攻させるわけにはいかない。
しかし、仮にヴォルデモートのような闇の勢力が出現して、好き勝手を始めてしまったら……。
今のエスペランサには闇の勢力の出現を抑止する力もなければ、マグルの軍隊を止める力もない。
無力なのだ。
このことをセンチュリオンの隊員に共有するべきか、彼はずっと悩んでいた。
「まあ、何か悩んでいるなら僕に相談してくれ。仲間なんだから」
「仲間………」
「ああ。君がいつも言ってるじゃないか。センチュリオンの隊員は、互いに己の命を預ける仲間だって」
「そうだったな」
そうだ。
今は仲間の隊員がいる。
今は微力でも、いずれは強大な力をもって、魔法界もマグル界も守る。
エスペランサはそう思い直し、今は悩むのを止めた。
「もうすぐキャンプ場に着くと思うのですが………。この霧ではわかりませんね」
セオドールのすぐ横を歩いていたフローラが地図を見ながら言う。
カロー家もクィディッチワールドカップは招待されていたが、フローラは強制的に養子縁組にされた政略結婚用の道具としてしかカロー家では扱われていないため、家族と共にワールドカップに行く、ということはなかった。
そこで、セオドールが招待したわけだ。
セオドールの家であるノット家も純血として名高い(マルフォイ家と並ぶそうである)名家であり、ワールドカップに招待されていた。
しかし、セオドールの両親はクィディッチに興味はないらしく、チケットを全て、息子であるセオドールに渡したようだ。
カロー家から抜け出して、学友とワールドカップに来ることができたのが嬉しいのか、フローラは非常に上機嫌である。
無論、表情はいつも通りのポーカーフェイスであったが。
「ああ。あれじゃないのか?キャンプ場の入り口」
エスペランサは霧の中にぼんやりと見えてきた石造りの小屋と錆びついた門を指差す。
その小屋の向こう側に、数百ものテントが薄っすらと見えていた。
石造りの管理人用の小屋の前にマグルの男が一人立っている。
「あー。すみません。予約していたノットです」
「あ?また客か。今日に限ってこんなに客が来るとは………。いつもはもっと閑散としているんだがね」
管理人は疑わしげである。
当たり前だろう。
突然、数万人もの人間がキャンプ場を予約してきたのだから。
「このあたりでUFOが出るって噂があって、世界中からやじ馬が押し寄せてるんですよ。ニュースとか見てないんですか?」
「いや。ここらじゃ電波が届かないもんでね。そうかそうか。UFOか………」
エスペランサが適当に嘘をついて誤魔化す。
管理人の男は疑心暗鬼ではあったが、一応は納得したようで、エスペランサにキャンプ場の地図を渡した。
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エスペランサたちに割り与えられたキャンプ用の区画は競技場のある森に面した日陰であり、涼しくて快適な場所であった。
「土の質も柔らかくてペグを打つのには困らなそうだな。砂利も少ないし、川も近くて良い立地だ」
エスペランサは背負ってきた野営用の道具一式を地面に落としながら言う。
他の魔法使いたちは魔法でテントを組み立て、ついでに魔法による仕掛けまで施している。
あるテントは煌びやかな装飾がついていたし、あるテントは噴水と中庭までついていた。
どう見ても魔法で作ったものであり、マグル対策もへったぐれもなかった。
エスペランサたち3人は未成年の魔法使いである故に、学校外で魔法を使うことはできない。
なので、エスペランサの私物である野外宿営用の天幕や炊事道具で本格的なキャンプをする必要があった。
「キャンプってどうやってやるんだ?センチュリオンの訓練では天幕(テント)はいつも魔法でくみ上げていたし……」
「任せてとけ。野営は傭兵時代に経験してるから慣れてるんだ。問題は飯だな。食材はあるが、俺は料理なんてしたことないし」
「料理なら私が出来ますよ?」
「え、フローラが?」
「何ですか?その疑わしげな眼は?」
「え、いや。似合わないなーと」
「…………あなたは夕飯抜きですね。その辺で蛇でも焼いて食べておいてください」
「あ、これは言葉の綾だ。撤回する!」
慌ててエスペランサは撤回した。
軍隊の使用する宿営用の天幕は市販されているテントよりも組み立てるのが難しいので、セオドールとフローラにも手伝ってもらいながら組み立てた。
出来上がったカーキ色の天幕の中に寝袋を3つ放り込んだ後、雨水が天幕内に入るのを防止するための溝を、天幕の周囲にエンピを使って堀る。
それが終わったならば、折り畳み式の椅子を3つ出し、飯盒や携帯式ガスコンロ、その他の調理器具や折り畳み式の水入れタンクを展開した。
「よくもまあ、マグルはこんなに色々なものを開発するよな」
「マグルは魔法が使えない代わりに、こういった道具を生み出して便利さを追求したんだ」
まだ夕飯には早い時間であったので、3人はキャンプ場内を散策することにした。
キャンプ場内には海外から数万人もの魔法使いが押し寄せているため、あちらことらから聞こえてくる言語は多種多様である。
また、テントの前では小さい子供がおもちゃの箒に乗っていたり、魔法使いたちが興奮気味で談笑していた。
今回の試合はアイルランドとブルガリアの対戦らしく、国旗をモチーフにした飾りつけや、選手のポスターがいたるところに掲示されている。
「これが選手のポスターなんですか?」
「ああ。これはクラムっていうブルガリアの選手だ。ポジションはシーカーだ」
「へえ。気難しそうな顔してるな。こういう顔のやつ、軍隊にもいたぜ?」
「顔は気難しそうだが、プレイは天才的なんだよ。今日見ればわかるさ」
セオドールは興奮気味にあちこちのテントに張られたクラムという名前の選手のポスターを指差したが、あいにく、エスペランサもフローラもクィディッチにはあまり興味がなかった。
それよりもエスペランサは海外の魔法使いたちの文化に興味があった。
「お、あそこに居るのはセドリックじゃないか?」
クラムのポスターを眺めていたセオドールが別の方向を指差す。
「久しぶりだね。といっても1週間ぶりか?」
3人に気づいたセドリックは話しかけてきた。
「ああ。元気にしていたか?」
「そりゃもちろん。僕のほかにも何人か隊員が遊びに来てるよ。チョウとアーニーが別の区画で泊ってる」
「そうか。あいつらも来てたのか」
「何て言っても英国で久々に開催されるワールドカップだからね!」
セドリックはセンチュリオンで箒を使った遊撃部隊に所属している。
加えて、ハッフルパフではクィディッチチームのキャプテンもしていた。
そんな彼であるから、ワールドカップは非常に楽しみにしていたのだろう。
話しながら彼は興奮していた。
「他には知り合いに会ったか?」
「ああ。ハリーと彼の友人が別の区画に居るよ。ウィーズリー家が貴賓席のチケットを手に入れたらしいからね。あとはオリバー・ウッドも居たかな。彼はクィディッチのナショナルチームに2軍入りしてたよ。彼、キーパーとしての素質あったから」
「そうか。そりゃ良かった」
オリバーはグリフィンドールの元キャプテンであった。
「それはそうと、今回の試合、僕はアイルランドが勝つと思う。ブルガリアにはクラムが居るが、アイルランドのチェイサーが強すぎる。すぐに150点差が開いてしまうだろうさ」
「いや、そうとは限らない。ブルガリアのチェイサーは最近流行のフォーメーションではなく………」
セオドールとセドリックはクィディッチ談義を始めてしまった。
魔法界の男子はクィディッチの話になると止まらない。
エスペランサはうんざりして隣にいるフローラを見た。
どうやら彼女もエスペランサと同じ気持ちだったらしい。
「2人の話が長くなりそうなので、帰りましょうか?」
「ああ。そうだな」
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セオドールとセドリックを残して、宿営地へ戻ろうとしたエスペランサとフローラであったが、戻る途中で会いたくない連中と会ってしまった。
フローラの義理の父、それからカロー家の一族である。
彼らはかなり大きめの黒色のテントを立てていた。
「誰かと思えば、お前か。フローラ」
「…………はい。こんにちは」
フローラの義理の父の声は傲慢さと冷徹さを混ぜたようなものだった。
背は高く、白髪交じりの髪を1つに束ねている。
いかにも悪役という顔立ちで、眼はハイエナのようにギラギラと光っていた。
他の魔法使いたちがマグルの格好をする中、彼は魔法使いの服装をしている。
「あまりこの敷地内を歩き回るな。お前が変なことをすれば、カロー家の名が汚れる」
「………はい」
フローラはいつもと変わらない表情で答えてはいたが、声のトーンは落ちていたし、視線は地面へと下がっていた。
義父の後ろに立つ、義姉のヘスティアをはじめとしたカロー家の親族一同は、どこか憎しみを持った目でフローラを見ていた。
彼らにとって、フローラは完全に余所者なのだろう。
エスペランサはフローラの過去を知っている。
故に、この男が憎らしかった。
無意識に腰に忍ばせている拳銃へと手が回る。
「堪えてください。ここは公共の場です」
フローラがエスペランサの動きに気づき、小声で静止した。
「おい。そっちの男は何だ?ノット家の倅ではないな。私はノット家の倅と行動を共にすると聞いたから、お前に外出許可を与えたつもりなのだが?」
「彼なら先ほどまで一緒に居ました。こちらは………」
「エスペランサ・ルックウッドです。以後、お見知りおきを」
エスペランサは自分から名乗り出た。
「ルックウッド………。お前はルックウッド家の人間か?」
「はい??」
「違いますよ。お父様。そいつはマグルの世界で育った孤児ですから」
義父の後ろからヘスティアがいつもとは違う丁寧な口調で言う。
「マグル生まれ……だと?」
「物心ついた時から両親なんてものはいませんでしたし、4年前まではマグルの世界の軍隊に所属していました。それがどうかしましたか?」
エスペランサが食って掛かる。
「ほう。ということは貴様か。一昨年、秘密の部屋でバジリスクを倒し、その前の年は賢者の石を死守したというのは………」
「その認識であっています」
「なるほど。私はマグル生まれは駆逐するべき存在であると考えているが、貴様のような強い人間は嫌いではない。うむ。確かに、貴様は良い眼を持っている」
「何が……言いたいんです?」
「いや。最近は純血主義者にも腑抜けた輩が多い。だが、お前は……違うようだ。実に狩り甲斐がある」
「…………」
エスペランサは再び拳銃に手をかけようとした。
この男は危険だ。
あらゆる軍人を見てきたからわかるが、この男はおそらく何人もの人間を殺してきたことがある。
しかも、厄介なことに“強さに固着するタイプ”だ。
「通常のマグル生まれであれば、カロー家に近づいた時点で排除しているところだが………。お前のような人間であれば、今は排除しないでおいてやる」
そう言って義父はニヤリと笑った。
ちょっと短めでした。
ワールドカップの試合の光景についてはおそらく割愛となりますので、そちらが気になる方は原作を……というかハリポタのssを読む人で原作や映画を読んだろ観たりしていない人っているのだろうか……??